ハルツームのスーパーにて

エジプト、スーダンより帰国。スーダンには暑い季節、酷暑の季節、猛暑の季節、極暑の季節があるといわれ、今回初めて極暑の季節に、この地を訪れた。なにしろ20年ぶりのスーダンなので、あれも見たい、これも見たいと昂揚していたのだけれど、空港を一歩出ると、あまりの暑さに、すべてのやる気が、みるみるしぼんでいくような脱力感におそわれた。


乾燥しているので熱帯雨林のような重たさは感じないが、からだの四方、そして頭上にと、あわせて5台のストーブを背負って歩いている気分だった。それでも現地の人の話では、今年は暑さが厳しくないほうだという。やはりスーダンは暑い季節、せめて酷暑の季節に訪れるべきだ。


20年ぶりということもあって、訪れるにあたってはいろいろ感慨もあった。とくに昔、しばらく滞在して、個人的にとてもいい思い出のあるダルフールが、悲劇的な内紛と殺戮の地として報じられるようになってしまったことへの葛藤もある。だが、今回スーダンにいってみようと発作的に思ったのは、ネット等を通じて得られるヴァーチャルな情報から見えてくるこの国の姿が、自分がなんどか旅し、経験したかつてのスーダンと結びつかなくなってきたことへのいらだちだった。


ヴァーチャルな情報というのは、どこか二次元的だ。自分の中で三次元的に置き換えないと、どうもリアリティが湧かない。それはちょうど地上から星座を見ているのに似ている。地上から見ると隣同士のように見える星同士でも、三次元的に見ると、とても離れているように。情報を立体感をもって感じるには、やはりどこかで身体化というか、歩いたり、嗅いだり、なめたりすることも大切だと思う。

 

で、スーダンだけれど、近年のグローバル化や中国やアラブ諸国の投資マネーのおかげで、首都ハルツームの建設ラッシュぶりは聞いていたが、実際に目にしてやはり驚いた。以前のハルツームはといえば、砂漠の中にうち捨てられた廃墟のような、滅びの街といった印象だったし、商店の棚をのぞいても、がらんとしてなにもなかった。植民地時代につくられた、いかめしい建物はあっても、大きなホテルはヒルトンやメリディアンとあと一つか二つくらいしかなかった。

 


それがナイル川沿いにリビア資本の、湾岸諸国などにありがちな奇抜な形のホテルや、中国語のネオンサインの書かれたホテルなどがたっており、さらに巨大ショッピングモールや、トルコ系の大型スーパーやレストランなどが郊外にぞくぞくつくられている。しかも、高層ビルの多くは、みなそろえたように青いガラス張りである。冷房効率も悪そうだし、砂嵐ですぐにくすんでしまうとおもうのだが、デザインが好みなのだろうか。


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日本や欧米にくらべれば、たいした規模ではないが「AFRA」というトルコ系のショッピングモールにかなり感動した。

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二階建てで中華やイタリアンまで食べられるフードコートもある。マレーシアなど中華系の人が働いている。


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一階はスーパーマーケット。品数は豊富というほどではないし、しゅっちゅう停電するのだけど、それでもハルツームにこんなスーパーができるようになるとは、時代は変わったんだなと感じる。

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なにしろ、iPodだって売っている!

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ただ、よく見ると、ちょっとへんな気もするのだが(クリックで拡大)・・・。

 
 
 
 

これは日本からわざわざ輸入したのだろうか。

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スーダンはアルコール禁止の国のはずだが・・・なにに使うのだろう。


 
 

これはスーダンのオリジナルドリンクらしい。

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粉末で水で溶かして飲むもののようである。バオバブドリンクというのは初めて聞いた。左はアラビアゴムとハイビスカスのミックスドリンク。アラビアゴムというのも不思議な名前だが、どうもアカシアの樹皮からとれる天然のゴムで糖類をふくんでいることから甘味料として使われているらしい。調べてみると、スーダンはアラビアゴムの世界シェアが80パーセントだという。味はというと、買ってきたのだが、まだ飲んでいない。飲んだらご報告します。


これは文房具コーナーにあったスーダン大統領とスーダン国旗の入ったシール。ノートなどに貼って、自分の名前、学校名、クラス名、先生の名前を書くようになっている。買う人はいるのかなと思って、しばらく売り場を見ていたら、ひとりの主婦らしきスーダン人女性が手にとってかなり長い間買おうか買うまいか悩んでいたようだったが、結局、シールを元に戻して行ってしまった。

 
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オバマとベールと黄熱病

取材仕事で2年ぶりにエジプトに来ている。ちょうどオバマ大統領のエジプト訪問直前にエジプト入りしたので、こっちの新聞やテレビでもオバマ関連のニュースが目立った。撮影で大ピラミッドに入ると、オバマがくるのに備えて玄室に電話線を引く工事が行われていた。ピラミッドを訪問する予定とのことだが、いくらなんでもオバマがピラミッド内部の細い通路を腰を曲げて上って、蒸し暑い玄室までやってくるとは考えられない(実際、内部には入らなかった)。


ただ、オバマがカイロ大学で行った演説はエジプト国内ではすごい視聴率だったようで、タクシーの運転手なども、オバマはいいことをいう、と上機嫌だった。オバマの演説はイスラム教徒に呼びかける内容だったそうだが、エジプト国民の一割を占めるコプト教徒についてはなにかいっていたのだろうか。演説の内容をくわしく読んだわけではないのでわからないが。


オバマ来訪に備えてというわけではないだろうが、空港や遺跡の入り口など、いろんな施設が新しくなっているのにはおどろいた。カイロ空港にはメタルフレームにガラス張りの新しいターミナルビルができていた。床は磨き上げられ、スターバックスみたいな、おしゃれなカフェもある。昔の上野駅のような古色蒼然とした、かつての空港の雰囲気も好きだったのだが、時代は変わるのだなあ。いま、これを書いているのだってカイロ市内のマクドナルドである(自分のコンピューターなので、もちろん、ひらがな入力!)。カイロのマクドナルドでは、いまや全店無線ランが通じている(遅いし、不安定だが)。ここの女子大生たちもパソコンを持ち込んでいる。


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街並みの雰囲気はあまり変わったようには見えない。自動車の数がますます増え、以前から手の施しようもなかったカイロの街の渋滞がさらにひどくなった。あっちでプップー、こっちでプップーとクラクションのとぎれる暇がないのも以前と同じだ。


渋滞がひどいので移動には地下鉄を使うことが多い。地下鉄はたしか2000年くらいに開通したはずだが、この国では日本などに比べると物が古びるスピードが10倍くらい速いのではないかと思うほど、車両といい、窓や座席といい、もう50年もたったのではないかと思うほどに、すっかりくたびれている。路線を示したシールははがれ落ちたり、一部読めなくなっていたりするし、プラスチックの座席は黒ずんで、亀裂が入っていたりする。こう見ると、日本の地下鉄や電車はきちんとメンテナンスしているのだなと、あらためて思う。列車がホームに着くと、人が降りる前に乗り込んでくるのは、以前と変わらない。

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あと、2年前との大きなちがいは携帯の普及である。ただの携帯ではなく音楽機能のある端末が普及したのか、車内で携帯で音楽をかけているエジプト人がけっこういる。それもヘッドホンなど使わないで、携帯のスピーカーで堂々と鳴らしている。となり同士でちがう曲をかけていることもある。携帯のスピーカーだから音質はよくないし、音量を上げれば音が歪む。でも、だれも注意しない。音に対して寛大なのはあいかわらずである。


携帯でクルアーン(コーラン)を流している人も多い。突然、隣の座席に座っている人のポケットからクルアーンが鳴りだしたりもする。携帯の着信音をクルアーンに設定しているのだ。タクシーで運転手がラジオでクルアーンを流していることはよくあるが、着信までクルアーンとは。もちろん、そこには信仰心もあるだろうが、くわえて周囲に自分の信仰心をアピールするという見栄もあるのだろう。


あと、街中でベール(ヒジャーブ)をかぶって髪を隠している女性の姿が、さらに増えた。ベールの着用率は1990年代から増えてきたといわれるが、いまでは若い女性の8割近くがベールをしているのではないか。この現象をイスラム回帰と見るむきもあるが、むしろ、ベールが宗教的シンボルではなく、ここの女性のファッションとして定着したというほうがあたっているように思う。現にベールのデザインは以前よりバラエティーにとんでいるし、それがいちがいに宗教回帰と思えない理由に、ベールはしているけれど、ボディーラインが浮き出るようなぴっちりした服やジーンズの若い女性の姿が目立つ。べール&ボディコンである。

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話はがらりと変わる。このあとスーダンに行くので、先日、黄熱病の予防接種を受けにいった。日本だと接種場所がかぎられ、接種にかかる代金が約1万円と高い。カイロだとその数分の一ですむ。ただし、接種場所は病院ではなく、新市街にある古いホテルの中。いかにも怪しいのだが、ずいぶん昔、やはりそこで接種を受けて、公式なイエローカードをもらった記憶がある。いまもやっていると聞いて、足を運んだ。


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くだんのホテルは看板は出ているものの、中はがらんとして真っ暗で営業している様子もない。奥の方では壁をこわしている人もいて、ほとんど廃墟と化している。つぶれたのかと思って帰ろうとしたら、中にいた人が注射はあっちだと教えてくれる。教えられた方へ行くと、奥に一室だけ明かりがついている。六畳ほどの小部屋に小さな机と椅子があり、そのまわりでベールをした普段着のエジプト人女性が三人でおしゃべりしている。


ぼくが入っていくと、みながいっせいに振り向く。「ここで黄熱病の接種をしてくれると聞いたのですが」というと、ここだ、ここだといって、すわるようにいわれる。どこに行くのかと訊くので、スーダンに行って、それからエジプトに戻ってきて、日本に帰る予定だというと、机の前にいた女性が「それなら3本だ」といって、指を3本立てる。


3本? 聞けば、「アフリカ」からエジプトに戻ってくる場合には、黄熱病のほかにコレラと髄膜炎の接種が必要だという。そんな話は初耳である。日本の外務省では接種が義務化されているのは黄熱病だけのはずだと反論しても、「エジプトに戻ってくるのなら3種打たなくてはだめだ」の一点張り。しかも、その3種をいちどに打つという。


そんなの大丈夫なのか。日本ではコレラだって二回に分けて打つ。黄熱病はたしかほかの接種との間隔を一週間くらい空けるんじゃなかったか。それにまとめて3本も注射してちゃんと免疫ができるのか、副作用はどうなのか。説明を求めても、「だいじょうぶ、怖がらなくていい。先月まではさらにインフルエンザの接種も必要だったので4本だった。あなたは3本なんだからラッキーなのよ」という。答えになっていない。医学的におかしいのでは、となおも反論するも、その女性は「私は医者よ、医者の私がいっているのだからだいじょうぶ」という。そのとき初めて彼女が医者だと知った。彼女は、これはエジプトの法律にのっとって行われることなのだ、断ればイエローカードは発行できないという。うーん、ほとんど脅迫ではないか。


押し問答するも、こちらもイエローカードが必要なので結局、観念する。注射代135ポンド(約2500円)を払うと、看護婦らしき別のエジプト人女性がにこにこしながら、冷蔵庫からワクチンと3本の注射器を取り出して、左腕に二本、右腕に一本、たてつづけに注射。「腕がだるくなるかもしれないけど、それはノーマルだから」といわれイエローカードを渡され、「バイバイ」といわれる。


そのあとネットで調べてみると、黄熱病の接種についての日本語の解説ページに、「接種後10日目から10年間有効です。接種しますと、1ヶ月は何も注射できませんのでご注意下さい」とある。1ヶ月だって? あーあ、なんてことだ、と思っても、もう後の祭りである。発熱などはないし、気持ち悪くもならなかったが、腕はだるいし、やはり不安なので翌々日に大使館の医務官に電話して聞いてみる。


医務官は、3本ですか、といってちょっと黙っていた。そのあと「ただ、緊急の場合には同時に注射をすることはあります。副作用のリスクという点からすれば望ましいことではありませんが、それがもとで免疫ができないということはないとおもいます。まあ、二日たって発熱などないようでしたら大丈夫でしょう」とおっしゃる。「緊急の場合」ではけっしてなかったはずだが、とりあえずは、ひと安心する。


カイロの居候先のエジプト在住ウン十年のWさんに話すと、「それは交渉しなくてはいけませんな」といわれる。「冗談まじえて、エジプト人のあんたたちは強いから3本でも大丈夫だけど、日本人は弱いから1本で十分なんだとか、この前、黄熱病だけしか打っていなくてエジプトに来た日本人の知り合いがいたとか、うそでもいいので、いろいろいうことです。実際には黄熱病だけでも空港で問題になることはないはずですから。まあ、そのときに笑いやジョークをまじえながらするのですよ。そうしないとこっちの人は意地になりますからね」。


さすがに、ジョークをまじえるゆとりはなかったな。Wさんによると、カイロ空港でも黄熱病の接種は受けられるそうだが、その場合イエローカードが発行されないこともあるらしい。「それじゃ受けたことを証明できないので意味ないじゃないですか」というと、「まあ、そうですな、ははは」という。エジプトはあいかわらず、深いのか浅いのかわからない。

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あまやどり (かっぱとあひる  4)



 


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きょうも こさめが ふっている


 
 
 
 
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でも あまやどりは すきだ


 
 
 
 
 
 

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くさが どんどん のびていく


 
 
 
 

 
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きのねっこも かさを さしている

 
 

 
 
 


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あ あかいみだ

 
 
 
 
 
 

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なんのみ だろう

 
 
 
 
 
 
 
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あひるさんが いたら おしえてもらえるのにな

 
 
 
 
 
 

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あれ これは

 
 
 
 
 

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いんでぃあんの はねだ

 
 
 
 
 
 

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いんでぃあんも あまやどり しているのかな
 
 
 
  
 
 

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あ みずたまりだ

 

 
 
 
 
 
 
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みずたまりの なかは いろが ついていないんだ

 
 
 
 
 
 

 
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むかしの せかいを のぞいているみたいだ


 
 
 
 
 
 
 

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そういえば このまえ あひるさんが おおきなみずたまりに つれていってくれた

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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そこは とても おおきな みずたまり だった

 

 
 
 
 
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「おおきな みずたまりだね」

 

「それほどでも ないさ」

 
 
 
 
 

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「あの ひとは なに?」


「あれは りょうし だよ」


 
 
 

 
 
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「りょうし?」
 


「そう さかなを つかまえているのさ」
 

 
「ふーん」
 
 


 


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「この みずたまりのむこうに なつ がいるんだ」


「なつ?」
 

「そう とても あついやつ なんだ」


「ふーん」

 

 
 

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なつって どんなものだろう


 
 
 
 
 

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こんなかな・・・


 
 

 
 


 
 
 
 


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こんなんだったら やだな・・・

 
 
 
 


 
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「じゃあ ちょっと なつを さがしに いってくるから きみは いいこに しているんだよ」

 

「あひるさん!」


 


 

 

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あひるさん いっちゃった・・・


 
 
 
 
 
 

 

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あひるさん いまごろ なつのくにに ついたかな


 

 
 
 

 
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なつの くにって どんなところ だろう
 

 
 


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こんなとこだったら いいな


 

 


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あ すこし ひが さしてきた

 


 
 
 
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なつの くにに いってみたいな


 
 

 
 
 

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〈おわり〉
 
 
 
 
 
 
 
 

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カミングアウト

最近は世の中もオープンになってきて、いろんな人たちがこれまで公にできなかった自分の秘密をカミングアウトできるようになってきたのは、いいことだと思う。人知れず秘密を抱えて、人前ではそれを知られないようにふるまうのは、なかなかつらいものがある。


じつは、ぼくにもそんな秘密がある。といっても、自分自身にとっては秘密でも何でもなく、気がついたらそうなっていたのだ。自分には自然なことなのだが、他人からするとかなり変わっているようなので、あえて口にすることはなかった。知っているのは家族だけである。だが、その家族の反応はというと、「信じられない」「かっこわるすぎる」「恥ずかしい」など、すこぶる評判が悪い。


どうして、そんな差別的ないわれ方をしなくてはならないのか。べつに恥じるようなことではない。法を侵しているわけでもない。たまたま、自分がそうだったというわけで、それで日陰者扱いされるのは不本意というものだ。人に迷惑をかけているわけでもないし、気づいたらそうなっていたのだから仕方ないではないか。


それでも、他人にそのことを知られたいかというと、やはり抵抗がある。いちどうちに来た友人がネット検索をしたいというので、うっかり何も考えずにぼくのパソコンを使わせた。ところが入力しようとした彼がモニターを見つめて「ありゃ、なんですか、これ!」とびっくりしたような声を上げた。その声ではっと気づいて、あわてて友人をどかして、いや、なんでもない、あれ、どうしたのかなとごまかした。危なかった。


でも、考えてみればべつにごまかさなくたってよかったのだ。これがありのままの自分なのだから。それに、ひょっとしたら自分のような人間はほかにもたくさんいるのかもしれない。世間の目が気になって公にできないだけかもしれない。そう家族に話すと、「ありえない」「そんな人、会ったことない」と言下に否定される。


ほんとうにそうなのか。たしかに、これまで会ったことはない。でも、おおっぴらには口にできないだけで、本当はけっこうたくさんいるのではないか。じつは、そうした仲間が集うマニアックな雑誌がひっそりと売られていて、こっそりと秘密の会合などが開かれているのではないか。
 

そう思ってネットで検索してみたが見あたらない。ミクシーでコミュニティを検索してみても、やはりない。よほど地下深くまで潜入しているのか、それともほんとうにいないのか。いや、いないはずはない。


そこでまず自分からカミングアウトすることにした。これ以上、隠していても(隠しているわけではないのだが)謎はとけそうもない。もし、自分のような人が思いのほかたくさんいることがわかれば、家族からのたびかさなる暴言も不当であったことがわかるし、負い目を感じることもない。なので、もしぼくと同じタイプだという人は恥ずかしがらずに教えていただきたい。


肝心のカミングアウトの内容だが、パソコンの入力で「ひらがな入力」を使っている、ということである。

 
つまり、キーボード上でローマ字を打って、それを日本語に変換しているのではなく、キーボード上に書いてある「ぬ」とか「ふ」とか「あ」という文字を直接打って入力している、ということである。


家族のいうように、ぼくもこれまで「ひらがな入力」で文章を書いているという人に直接会ったことがない。年をとってから初めてパソコンにふれた人には、そういう人もいるかもしれないが、若い人で最初からひらがな入力でという人は、どのくらいいるのだろう。

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自分の場合、英文タイプはやったことがあったが、初めてワープロ専用機を買ったとき、そこに書いてあったひらがなを見て、ローマ字入力よりも打つ回数が少なくてすむと思って、以来、ずーっと疑問を持つこともないまま、ひらがな入力だった。とくに不便を感じることもなかった。


ところが、パソコンが普及するようになってから事情が変わった。外国でネットカフェに入ってメールを打とうとすると、キーボードに「ひらがな」が書いていない!

  
それならローマ字入力で打てばいいのだが、もうずーっとひらがな入力しかやっていないものだから、打つのが極端に遅い。たまに英文を書くこともあるので打てないわけではないのだが、ローマ字入力で日本語を打とうとすると思考とタイピングのテンポがずれてしまって、時間はかかるし文体はおかしくなる。

 
しかもネットカフェにおいてあるのは、ウインドウズ・マシンである。パソコンはマックしか使ったことがないので、ウインドウズの使い方がわからないので操作にも苦労する。二重苦である。短いメール一通書くのにも人の倍以上時間がかかる。


そんなわけで、ひらがな入力が少数派であるのはおそらくまちがいないのだろうが、じつはけっこうマニアックに使っている人は多いのではないかと期待もしている。だって、やっぱり二文字打つより、一文字で打つ方が速いし、宇摩志阿斯詞備比古遲神とか高御産巣日神といった言葉をローマ字で打つなんてなんだかなあという気もしないだろうか。

 
みんな、ほんとうにローマ字入力なのだろうか。キーボードに書いてある、あのひらがなに誘惑されないなんて、そっちのほうが信じられないのだが。 「あの有名な作家のだれそれはひらがな入力だった」とか、そういうたのもしい情報などもご存じの方がいたら教えてください。


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エジプトの豚のこと その2

前回、エジプトの豚虐殺の話を書いたら、長年エジプトに住んでいる友人からメールをもらった。それについてコメント欄に書きだしたら長くなってしまったので続編ということで新たにエントリーを立てました。


エジプトの友人によれば、「(今回の措置は)全く偽善そのもの……他国に先立って衛生面から防御策をとっているとの恰好づけ」という。「コプトの大主教もこの処理案に賛成したそうです。政府は補償するといってますが、これもまずないのではないかと思います。会社の同僚(イスラム教徒)に今回の政府の方針についてきくと賛成との事。決して日常的に過激な言葉を口にする者たちではないのですが」とのこと。ほぼ思ったとおりだった。


ただ、意外だったのはエジプトのコプト大主教が、このたびの豚の処分に賛成しているらしいということだった。調べてみると、たしかにそのとおりだった。しかし、今回、いちばん打撃を受けるのはコプト教徒の豚生産者・処理業者などだ。彼らを保護する精神的支柱であるはずの大主教なのに腑に落ちない。しかも、その発言は、政府の方針に逆らってはいないものの、なんとも歯切れがわるい。


大主教は「エジプトのコプト教徒のほとんどは豚肉を食べない。エジプトの豚肉は非イスラム教徒の観光客によって食べられている」と述べ、さらに感染予防対策を優先する政府のやり方を認めるような発言をしている。でも、これは明らかにエジプト政府の顔色に気をつかっている弱気な発言だ。しかも事実ともちがう。「エジプトのコプト教徒のほとんどは豚肉を食べない」というのは正しくないし、今回の処置が感染予防対策などではないこともはっきりしている。国連のFAOをはじめ、感染症の専門家たちも感染の確認されていない国で豚を処分することがナンセンスであることは明言しているのだ。


にもかかわらず結局、処理は強行された。予想されたことだが、警察隊が装甲車で豚を飼育している地域に乗り込み、豚を飼育している人たちとの間で衝突が起こり、負傷者や逮捕者が出ている。このような事態を止められなかった大主教への失望を口にするコプト教徒も多いというが、そりゃそうだ。でも、そこまで大主教が政府に気をつかわなくてはならないのには理由がある。やはりコプト教徒の立場が弱いのだ、エジプトでは。

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今回の事件には、やはりエジプトのイスラム化という背景があるのだと思う。長い歴史の中で見るとエジプトにはなんでも飲み込んでしまうような、ふところの広い寛容さがあった。しかし、それと逆行するようにエジプトのイスラム化が、近年じわじわと進んでいる。キリスト教徒やさまざまな移民を抱え込んだ国家主義的なアイデンティティは影をひそめ、むしろ汎イスラム主義とでもいうか、イスラム国家の道をめざしているような政治的動きが目立つ。要するに、国内のコプト教徒よりも、外国のイスラム教徒のほうを同胞と見るような感覚である。こうした極端なやり方が粛々と進められていくことは、とても怖い。それは南隣のスーダンで長年行われてきたイスラム化という名の下の民族浄化政策に重なるものがある。


現在も、エジプトのコプト教徒にはいろんな法的な制約がある。モスクを建てるのにはたいした許可が要らないが、新たに教会を建てようとすれば、膨大な手続きが必要になる。警察や役人、教育機関などでもコプト教徒が高い地位に就くのはむずかしい。コプトにとって社会的に不利な法的システムがまかりとおっているのが現実である。けれども、事実上の一党独裁の政府の下では、それに表立って逆らうことは、かえって自分の首を絞めることになる。今回の大主教の弱気発言も、そうした事情があるのだろう。


気の毒なのは、今回のあおりをいちばん食ったのが、エジプトのマイノリティであるコプト教徒の中でも、もっとも弱い立場にある人たちであったことだ。政府は補償をするといっているというが、その額は豚1頭につき1000ポンド(約2万円)という。しかし、実際にエジプトの事務処理の煩雑さや遅さを考えると、友人がいうようにきちんと支払われる可能性はとてもあやしい。それにたとえ一時的にわずかばかりの補償金をもらったからといって、生活の糧を失った彼らの先行きは暗い。それに豚の飼育者だけの問題ではなく、冷凍倉庫業者や運搬業者、販売業者など、その周辺の何万という人たちの生活だってかかっている。コプト教徒は豚を食うとか食わないという問題ではない。


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