大連のスパへ行きたい

 
あっというまにに9月も半ばである。北京オリンピックも終わってしまったが、いま中国へ出かけている文化人類学者のlalombeさんのこの大連レポートがすごい! あまりにすごいので、ぜひ、みなさんも見てください。

 
それにしても、どうするとこうなってしまうのだろう。中国語に堪能なかおりさんのご光臨を本心からお待ち申し上げています。それとやはり、lalombeさんがよもや、耳を採取されたり、足をかすめ取られたりしてはいないかと心配でならない。(意味は上記レポートを読めばわかります)
 

これはおまけ(英語もなかなか……)↓

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北京オリンピック予言の書

暑中お見舞い申し上げます。更新が滞っているうちに夏になって北京オリンピックまで始まってしまった。むう。これからはもっとどうでもいい話でも、こまめに書いていこうと思います、といっても説得力ないなあ。
 

オリンピックといえば、2004年に中国に行ったとき、瀋陽の空港の売店で『SHUO RIYU 説日語』というタイトルの日本語・中国語の日常会話集を買った。ぼくは中国語を知らないが、筆談ができればなんとかなると思っていた。しかし、タクシーに乗って「北京国際空港」と書いた紙を見せたら空港とはまるでちがう倉庫みたいなところに連れて行かれ、危うく飛行機に乗り遅れそうになったことがある。


あとで知ったのだが、「空港」という単語は中国語にはないらしい。運転手は「空っぽの港」という意味だと解釈して、閑散とした倉庫みたいな所へ連れていってくれたのかもしれない。
 

これではまずい。中国を歩くのなら、片言でも中国語を覚えなくてはと思い、機内でその会話集を開いた。ところが、二色刷のしゃれた装丁にもかかわらず、中身が偽装されているというか日本語の訳語部分がかなり変である。


まず「常用会話」編の扉だが、「ナミいしこぶぶん」とあり、かっこの中に「わるかついす」とある。これが何を意味しているのか、どうしてこうなるのか考えたのだがわからない。中国語にくわしい方がいたらご教示願えれば幸いである。

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たとえば、つぎのイラストの吹き出しの「ぉはょうごずぃます」は「おはようございます」が不正確に転写されたらしいということはわかる。

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ほかにも、「お目にかかれて大真嬉しいです」とか「彼めはどなたなのか教えてほしいごす」というのは、「大変」が「大真」になり、「です」が「ごす」になったのだと推測される。しかし、「わるかついす」はわからない。なんとなく語感からすると、「わかりますか?」と念を押されているような感じもするが、実際はどうなのだろう。


また、さすが経済大国中国というべきか、お金のやりとりに関する例文が多い。


定期預金ほ年利がどのぐらいですか

 
2パセントです

 
暗証番号はいケますか

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いけてる暗証番号というのはどんなのだろう?
 


日本元をドルにバ替たいのですが

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日本円のまちがいだろうが、なんとなくそんな時代が来そうな気もして少し怖い。「バ替」とは両替の誤りだろうが響きに、なかなかインパクトがある。


だが、さすが中国と思ったのは、この本にすでに北京オリンピックについての章がもうけられていた点だった。奥付を見ると、この本の発行年は2002年。いまから6年前であり、まだ北京への招致が決まってまもない頃である。にもかかわらず、この本には来るべき北京オリンピックへの期待と夢を先取りした現実的な例文が豊富に取り入れられている。


中国は、輝かしい歴史・文化を持ち、オリンピツク大会を行うことには有意義です
 

北京のオリンピツク公園は、世界一流の環境を持っています
 

北京のオリンピツク公園は、中国のスタイルが濃く、現代風の味わいもたっぷりです
 

北京のオリンピヅク施設は、世界一流です

 
北京のオリンピヅク施設は、まさにハイテク五輪・グリーン五輪・ヒユーマニテイー五輪の精神を表します

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考えてみると、このような例文を、中国語や日本語の初心者がはたして使うのだろうかと疑問も湧く。なにより、不思議なのは、これらの例文を口にしている話し手が誰なのか、文章によって、かなり混乱が見られる点だ。


体育館に来たすべての中国人は、きっとすべての選手に、がんばれと叫ぶでしょう
 

今度の開会式は、最も忘れられないものでありますよう期待します
 

試合は激しくて、見る人をぞくさせました
 

北京オリンピツク開催期の交通がこんはに迸んたのは、全く現代科学技術によるたまものです
 

五輪記録はしばしば更新され、五輪をつなぐ友情は錦に花添えます
 
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「錦に花添える」という古風な表現がいい。これらの話し手は中国人と思われるが、次の例文などの話者はどうやら、日本人のオリンピック選手のようだ。はたして日本人選手でこのテキストを買った人はいるのだろうか。


オリンピック大会にも参加し、ちいしい中国料理も味わて、今回の旅行は、とても楽しいでした

 
 
 
オリンピック村のディナーを食べることができて、ほんとうに恵まれています


 

次などはオリンピック会場で選手の案内する係の人の言葉を想定しているらしい。
 


水泳館への選手は、どうぞこの車にお乗りください 

 

かと思うと、次は、一人でオリンピックを見に北京にやってきたものの、空いた時間に観光をしたいという日本人旅行者を想定したらしい例文である。
 


すみません、私は、独りで故宮へ見学に行きたいんです・が、どいけぼいいですか

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この章の最後になると、例文は盛り上がりを見せて、中国国営放送の実況アナウンサーのせりふのようになる。中でも、閉会式を思わせる大団円のシーンは感動的だ。



ろようなそ、各国の五輪選手! ろようなら、試合場の内外で知り合った新しい友人、ふるい友人!
 

北京は、各国選手の友情と情熱をいつまでも忘れられません


北京オリンピシクがあなたの永遠の美しい思い出になるうよ愿,つわクきす


五輪選手よ、道中ごぶじで!
 


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「ろようなそ」は「さようなら」の誤植なのだろう。「つわクきす」が何を意味しているのかわからないが、迫力のある呪文めいた響きだ。オリンピック招致が決まってわずか一年後にこれだけノリに乗った例文を語学学習書の例文に盛り込んでしまうところに、さすが中国の勢いを感じる。


それにしてもこのオリンピック関連の例文の力の込めように感心して、ふと表紙を見返してはっとした。2002年発行のこの本の表紙の右下に注目! 

 
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そう、「鳥の巣」である。鳥の巣といえば、ほかでもない。北京オリンピック会場の愛称だ。しかも、そこに盛られた卵はみな黄金である。これが金メダルの隠喩でなくて何であろう。もちろん、この本が発行されたときには、まだオリンピック会場のデザインは決まっていなかった。

 

ひょっとしてこれは会話学習書の姿を借りた予言の書なのではないか。オリンピックだけでなく、いつか日本の通貨も元になって、ドルをバ替することになるのではないか。そんな夏の夜の夢を見つつ、みなさん、ろようなそ!

 
つわクきす!

 
 

 
〈参考画像〉コメント欄参照

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〈参考画像2〉

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孤独な鳥もときには……

本を書くのは、もちろん人に読んでもらいたいからなのだけれど、人がそれをどのように受け取るかまでは書き手はかかわることができない。


文章を書くというのは、なにかの思いを言葉にのせることだ。でも、すべてを言葉に乗せてしまって、そこに書かれたこと以外にはなにも残っていないという文章は、あまり面白く思えない。むしろ、どれほど書かれていないことがあるか。書かれている言葉の背後に、どれほどの言葉にならない広がりや深さがあるかが伝わってくるような文章がいい。


自分の書くものもそうありたいとは思うけれど、それができているかどうかは自分ではわからない。でも、その書かれていないことを見透してくれるような読者からの反応にふれると、うれしくなる。


もちろん、メディアにありがちな通り一遍な紹介であっても、それがきっかけで本を手にとってくれる人がいればありがたいが、こんどの『孤独な鳥はやさしくうたう』のように、旅の本のようでありながら、じつは紀行でも冒険でもなく情報とも縁がないとなると、とりあげ方もむずかしいだろう。自分でもどういって紹介すればいいのかわからず途方に暮れる。


 
「あら、旅の本なの、あたしも香港の食べ歩きとか好きなのよ。そういう話なの?」とか聞かれると、思わず「はあ、まあ、そんなもんです」とか答えてしまって、あとでちょっとさびしくなったりもする。

 

だからこそ、その奥にあるものに気づいてくれる人がいると、ああ、よかったなという気持ちになる。また、そういう人が書いてくれた感想を読んでくれれば、この本がどのようなものなのか、読んでいない人にもなんとなく伝わるのではないかと思う。

 

ひとつは黒夜行さんという、面識はないが、どうやら書店員さんらしい方が書いてくださったブログの文章だ。ひんやりとしたたたずまいのある端正な文章も、なかなかいいです。

 

つぎは、面識はなくはない美人人気主婦ブロガーの方が10日間かけて書いてくださったという渾身のレビュー。こんなに熱く、しかも細部にいたるまで読み込んでくれている読者がいることは書き手冥利に尽きる。ただし「ディーセント」とか「グレイスフル」といった点については多分に誤解もあるのですが。

 

あと、編集長宛てに椎名誠さんから、「孤独な鳥……を読みました」というファックスが来たという。あの忙しい椎名さんが読んでくれたというだけでも驚きなのだが、その感想もとてもうれしいものだった。私信なので、引用するのはどうかと思うのだが、ほんのちょっとだけ引用させてください。

 
「……おだやかで沈静したようなふところの深い文章に感心しました。この作品は文学ですね。現代の話なのに古典的な風景がひろがっている。……いい文章、いい本です」


 
なんとなく、どんな感じのものかわかっていただけたでしょうか。もし読んでみようという気になっていただけたらうれしいです。


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アートセラピーする

友人が企画にかかわっている「ルドルフ・シュタイナーと芸術」という展覧会に行った。シュタイナーは20世紀に活躍したユニークな思想家で、ぼくもずいぶん昔シュタイナーの研究会に出ていたりしたこともある。ただ、あまりに多様な面を持った人なので、理解しているとはとてもいえないのだが、昔シュタイナー関係の知り合いを訪ねてドイツを旅行したこともあり、なつかしくなって足を運んだ。


その展覧会のワークショップでシュタイナーの考え方にもとづくアートセラピーというのをやった。アートセラピーとは絵を描くとか、粘土でなにかを作るといった行為を通じて精神のバランスを回復させる療法。ドイツでは精神病院や学校、障害者施設などに広く取り入れられているらしいが、日本では保険点数にならないこともあって、なかなか普及しないとのこと。


指導してくれたのは、ブラウボイレンという美しい泉のある町で会ったことのあるKさん。当時の彼女は夢見るようなピュアな雰囲気をまとった女の子で、澄んだ泉のほとりでアートについて語るその姿は、カイロでエジプト人相手に怒鳴り暮らすような毎日をおくっていたぼくには天使のように見えたものだ。あれから10数年もたっているのに、あまり雰囲気が変わっていないのに驚いた。

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それはさておき、これが自分の描いたもの(↓)。紙は無地のハガキの裏である。描いてあるものがなにかということよりも、プロセスが面白い。どうやるかというとまず4人でテーブルを囲む。真ん中に花瓶にさしたバラの花がある。そのバラを、形を意識しないで、その葉と花の色だけを集中してよく見て、その色の世界に没入する。没入できなくても、しているつもりになる。


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いよいよ描き始めるのだが、使うのは3色(赤・青・黄)のパステルだけ。筆の代わりに脱脂綿と綿棒を使う。まず紙全体を暖かいと感じる色で満たすことからはじめる。脱脂綿にパステルをなすりつけ、その綿で紙をなでたり、こすったりして色をのせていく。赤でも黄色でも青でも、あるいは色同士を混ぜ合わせてもいい。


紙に暖かい色が広がったら、その暖かさの上に葉っぱの色を重ねていく。青と黄色をまぜて緑を作ってもいいし、そうでなくてもいい。とにかく自分の感じた葉っぱの色を描いていく。それができたら、こんどはその葉っぱから咲くバラの花の色を描く。横からだと形が強調されるので、真上からのイメージで描く。満足するまで色をのせたら、できあがり。30分もかからない。


やりかたは、これだけ。手法がシンプルで、形も描かず、使う色もかぎられているため、みんな似た感じになるかなと思ったら、同じテーブルのメンバーでも、人によって驚くほどちがいが表れるのが不思議だった。しかも、思いのほか複雑な深みも出てくる。シンプルなやり方なので、巧拙とか構図とかオリジナリティといったものにとらわれなくていい分、描き手の持ち味が逆にストレートに表れるのかもしれない。


できあがったら、ペーパーセメントをスプレーする。あと、ハガキは最初テーブルに紙テープで四辺を貼り付けて動かないようにしてから描く。描き終えたあとで剥がすと、剥がした部分が白枠のようになり、いかにもアートっぽく見えるのもいい。癒されたかどうかはよくわからないが、気分がリラックスしたのか帰りの地下鉄で、その場で知り合った人と話していたら、隣に座っていたおやじに「もっと小さな声でしゃべってください」と注意された。


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すごい雷

 
梅雨に入ったせいか、夕方から雷が鳴りはじめた。中途半端に腹を下したみたいに、しばらくは、ごろごろくすぶっているばかりだったが、やがて雨が強まり、稲妻が激しく明滅しはじめたかと思うと、やにわに立て続けの落雷があたりを震わせはじめた。


雷は好きだ。これまでいろんな雷を見たが、雨季の初めのザイール河で見た雷はとくにすごかった。はじまりは森の上にぽつんと浮かぶ、ほんの小さな雲のかけらだった。そのかけらがみるみるうちに黒々とした塊へと育っていく。


風が吹きはじめ、空気が冷えていくうちに、塊は青みを帯びた暗い鉛色に沈み、森の上に重たくかぶさっていく。やがて、その鉛色の内側で小刻みな発光が始まり、塊の中に無数の閃光がほとばしる。引きちぎれるような音が空にこだまし、塊全体が紅く燃えあがり、雨も降り出す。塊の中に溜め込まれたエネルギーは、まもなく飽和状態に達し、地面を揺るがす大音響とともに、光の柱となって真下のジャングルにぶすぶすと打ち込まれていくのだ。


先日、知人から5月の初めにチリで起きたという活火山噴火時の写真が送られてきた。チリに住む親類が送ってきてくれたものだそうだが、撮影者はわからないとのこと。火山の噴煙の中で暴れまわる稲妻が凄まじい。稲妻に取りまかれた噴煙は、無数の神経網に覆われた剥き出しの心臓のようにも見える。まがまがしき崇高さとでもいおうか、こんな雷を目の前で見てみたい。


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