暑中お見舞い申し上げます。更新が滞っているうちに夏になって北京オリンピックまで始まってしまった。むう。これからはもっとどうでもいい話でも、こまめに書いていこうと思います、といっても説得力ないなあ。
オリンピックといえば、2004年に中国に行ったとき、瀋陽の空港の売店で『SHUO RIYU 説日語』というタイトルの日本語・中国語の日常会話集を買った。ぼくは中国語を知らないが、筆談ができればなんとかなると思っていた。しかし、タクシーに乗って「北京国際空港」と書いた紙を見せたら空港とはまるでちがう倉庫みたいなところに連れて行かれ、危うく飛行機に乗り遅れそうになったことがある。
あとで知ったのだが、「空港」という単語は中国語にはないらしい。運転手は「空っぽの港」という意味だと解釈して、閑散とした倉庫みたいな所へ連れていってくれたのかもしれない。
これではまずい。中国を歩くのなら、片言でも中国語を覚えなくてはと思い、機内でその会話集を開いた。ところが、二色刷のしゃれた装丁にもかかわらず、中身が偽装されているというか日本語の訳語部分がかなり変である。
まず「常用会話」編の扉だが、「ナミいしこぶぶん」とあり、かっこの中に「わるかついす」とある。これが何を意味しているのか、どうしてこうなるのか考えたのだがわからない。中国語にくわしい方がいたらご教示願えれば幸いである。

たとえば、つぎのイラストの吹き出しの「ぉはょうごずぃます」は「おはようございます」が不正確に転写されたらしいということはわかる。

ほかにも、「お目にかかれて大真嬉しいです」とか「彼めはどなたなのか教えてほしいごす」というのは、「大変」が「大真」になり、「です」が「ごす」になったのだと推測される。しかし、「わるかついす」はわからない。なんとなく語感からすると、「わかりますか?」と念を押されているような感じもするが、実際はどうなのだろう。
また、さすが経済大国中国というべきか、お金のやりとりに関する例文が多い。
定期預金ほ年利がどのぐらいですか
2パセントです
暗証番号はいケますか

いけてる暗証番号というのはどんなのだろう?
日本元をドルにバ替たいのですが

日本円のまちがいだろうが、なんとなくそんな時代が来そうな気もして少し怖い。「バ替」とは両替の誤りだろうが響きに、なかなかインパクトがある。
だが、さすが中国と思ったのは、この本にすでに北京オリンピックについての章がもうけられていた点だった。奥付を見ると、この本の発行年は2002年。いまから6年前であり、まだ北京への招致が決まってまもない頃である。にもかかわらず、この本には来るべき北京オリンピックへの期待と夢を先取りした現実的な例文が豊富に取り入れられている。
中国は、輝かしい歴史・文化を持ち、オリンピツク大会を行うことには有意義です
北京のオリンピツク公園は、世界一流の環境を持っています
北京のオリンピツク公園は、中国のスタイルが濃く、現代風の味わいもたっぷりです
北京のオリンピヅク施設は、世界一流です
北京のオリンピヅク施設は、まさにハイテク五輪・グリーン五輪・ヒユーマニテイー五輪の精神を表します

考えてみると、このような例文を、中国語や日本語の初心者がはたして使うのだろうかと疑問も湧く。なにより、不思議なのは、これらの例文を口にしている話し手が誰なのか、文章によって、かなり混乱が見られる点だ。
体育館に来たすべての中国人は、きっとすべての選手に、がんばれと叫ぶでしょう
今度の開会式は、最も忘れられないものでありますよう期待します
試合は激しくて、見る人をぞくさせました
北京オリンピツク開催期の交通がこんはに迸んたのは、全く現代科学技術によるたまものです
五輪記録はしばしば更新され、五輪をつなぐ友情は錦に花添えます

「錦に花添える」という古風な表現がいい。これらの話し手は中国人と思われるが、次の例文などの話者はどうやら、日本人のオリンピック選手のようだ。はたして日本人選手でこのテキストを買った人はいるのだろうか。
オリンピック大会にも参加し、ちいしい中国料理も味わて、今回の旅行は、とても楽しいでした
オリンピック村のディナーを食べることができて、ほんとうに恵まれています
次などはオリンピック会場で選手の案内する係の人の言葉を想定しているらしい。
水泳館への選手は、どうぞこの車にお乗りください
かと思うと、次は、一人でオリンピックを見に北京にやってきたものの、空いた時間に観光をしたいという日本人旅行者を想定したらしい例文である。
すみません、私は、独りで故宮へ見学に行きたいんです・が、どいけぼいいですか

この章の最後になると、例文は盛り上がりを見せて、中国国営放送の実況アナウンサーのせりふのようになる。中でも、閉会式を思わせる大団円のシーンは感動的だ。
ろようなそ、各国の五輪選手! ろようなら、試合場の内外で知り合った新しい友人、ふるい友人!
北京は、各国選手の友情と情熱をいつまでも忘れられません
北京オリンピシクがあなたの永遠の美しい思い出になるうよ愿,つわクきす
五輪選手よ、道中ごぶじで!


「ろようなそ」は「さようなら」の誤植なのだろう。「つわクきす」が何を意味しているのかわからないが、迫力のある呪文めいた響きだ。オリンピック招致が決まってわずか一年後にこれだけノリに乗った例文を語学学習書の例文に盛り込んでしまうところに、さすが中国の勢いを感じる。
それにしてもこのオリンピック関連の例文の力の込めように感心して、ふと表紙を見返してはっとした。2002年発行のこの本の表紙の右下に注目!

そう、「鳥の巣」である。鳥の巣といえば、ほかでもない。北京オリンピック会場の愛称だ。しかも、そこに盛られた卵はみな黄金である。これが金メダルの隠喩でなくて何であろう。もちろん、この本が発行されたときには、まだオリンピック会場のデザインは決まっていなかった。
ひょっとしてこれは会話学習書の姿を借りた予言の書なのではないか。オリンピックだけでなく、いつか日本の通貨も元になって、ドルをバ替することになるのではないか。そんな夏の夜の夢を見つつ、みなさん、ろようなそ!
つわクきす!
〈参考画像〉コメント欄参照

〈参考画像2〉

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