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*怨霊よ、鎮まれ!

カイロに暮らしていてなにが怖いって、結婚式にまさる恐怖はなかった。門番がにこにこしながら、今夜は近所で結婚式があるよと教えてくれたりすると、これからやってくる地獄の一夜を思って、目の前が真っ暗になった。

エジプトでは庶民の結婚式は野外で行われるのがふつうだ。夏になると、うちの前の地区では、多いときには週に2回くらいの割で結婚式があった。式がある日は、路地の一角に天幕が張られ、色電球が鈴なりにぶら下がる。そして日が暮れると、怖れていたことが始まる。バンドの生演奏である。

エジプトの結婚式にバンドとベリーダンスはつきものだ。楽器編成はシンセサイザーと打楽器と歌。演目はベリーダンスの伴奏と流行歌だが、問題は演奏である。これまでフリージャズやらパンクやら、いろいろ聞いたが、これほどまでに破壊しつくされた演奏は耳にしたことがない。これに比べれば、ノイバウンテン(というドイツのノイズバンドがありました)だってヒーリング・ミュージックである。

曲者はシンセだ。爪でガラスをかきむしるような電子音がぎゅわぎゅわと踏ん張るように絞り出される。歌はエコーのかけすぎで、ハウリングを起こして、なにがなんだかわからない。怨霊、いや音量もアザーンを上回る。会場から数百メートル離れた10階のわが家の中にいて窓を閉めても、うるさくて話ができない。頭の中を音でひっかきまわされ、いっさいなにもできなくなるのだ。こんなのが夜中の2時、3時までつづく。拷問である。

それにしても、どうして、ここの人たちは、こんな尋常ならぬ音にさらされて平気なのか。双眼鏡でのぞいてみると、大音響をまき散らす巨大スピーカーのすぐ前で、おおぜいのエジプト人が手拍子をとって踊っている。ガキどもはかけまわっているし、踊る母親の背中では赤ん坊が眠っている。なんなんだ、あんたたちは。どうかしちゃっているのではないのか。

ベルリンあたりのノイズ・ミュージックは、あえて生理的に不快で耳障りな音を使うことで前衛性を出している。だから、あれはいわゆるマニアのための音楽である。けれども、エジプトの結婚式バンドの場合、音そのものは、ノイズミュージックなどより激しくアバンギャルドなのに、老いも若きも男も女も、それを生理的に気持ちのよい、くつろげる音楽として楽しんでいる。前衛の極右が、ここではスタンダードなのだ。

そう考えると、ヒーリング・ミュージックとか音楽療法というのはじつに胡散臭い。CDショップに行くと、心を落ちつける音楽とか、元気が出る音楽といったCDがあって、アルファ波がどうしたとか書いてあるが、あんなのはウソだ。エジプト人に、こんなCDを聞かせてもアルファ波なんか出ないだろう。むしろ、あの結婚式バンドの演奏を聞いているときこそ、びんびんアルファ波が出ているのではないか。

しかし、彼らが癒されれば癒されるほど、こっちは苛立ち、精神のバランスは崩れ、エジプト人にたいするネガティブな感情ばかりがふつふつとこみ上げてくる。耐えられなくなると、10階の窓から身を乗り出して、下に向かって「この****め、おまえたちは****で****だ、この*****め!」と怒鳴るのだが、その声もまた茫々たる音の洪水にたちまちのうちに呑み込まれてゆく。空しく長い夏の夜である。

 

*後記

ここに収録した音が、そんな夏のある晩の結婚式。住んでいたマンションの門番の息子の結婚式ということでわれわれも誘われたのだが、丁重に固辞した。時刻は夜11時頃、場所は300メートルほど離れた庶民街の一角。そのくらい離れていても、このくらい響く。演奏は休みをはさんで深夜まで続く。もっとも、録音された音では、あの神経をかきむしるような毒気が100分の1も伝わらないのが残念である。

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