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*目覚めよと呼ぶ声あり

運命とはつくづくわからない。音にたいして繊細なつもりでいた自分が、エジプトのカイロという、世界でももっとも騒々しいといっていい街に、長きにわたって暮らすことになったのだから。しかも、よりによって、うちの目の前がモスクである。

目の前にモスクがある。これがなにを意味するか、中東世界を旅したことのある人なら、わかるであろう。イスラム教では、一日5回のお祈りが義務とされている。このお祈りの時刻を告げるのが、モスクから流れるアザーンという呼びかけである。

もともと生の声でなされていたこのアザーンは、いまではモスクの塔につけられた拡声器から流される。これはどこのイスラム諸国でも同じである。しかし、とくにエジプトの場合、音が並はずれて大きいうえ、エコーがたっぷりとかけられる。音が割れようが、ハウリングを起こそうが、そんなことは気にしない。

モスクの前に住むとは、この強烈なアザーンの直撃を一日5回浴びるということである。それもひとつだけではない。うちのアパートの前に広がる庶民的な地区には、50メートルとおかずたくさんのモスクが立ち並んでいた。それらがお祈りの時間になると、いっせいにアザーンをはじめるものだから、それが終わるまでの5分ほどの間、あたりは茫々たる音の大洪水に浸される。窓を閉めたって、なんの効果もない。

それでも昼間はまだいい。悩まされたのは明け方である。第1回目のアザーンは、夜明け前である。周りが静かなだけに、ただでさえ圧倒的なアザーンの響きは、いっそうきわだつ。それが津波のように押し寄せて、安らかな眠りをさらってゆく。どうしようもない。むこうにはなにしろイスラム1300年の伝統がついているのだから。

それでも意外なことに、この大音響にたいして、日本の移動パン屋や、ミニパトにたいするように激しく苛立つことはなかった。ああいう放送が我慢ならないのは、人が聞いていようがいまいがそんなことはおかまいなく、ただ流していりゃあいいという音の使い方の無神経さだったことに気がついた。アザーンは少なくともそうではない。

夜明け前、アザーンが流れているときに窓を開けると、まだ暗いなか、モスクに入ってゆくひとたちの姿が見える。それを見ていると、まあしょうがないかなという気もしてくる。そのうちに慣れてしまったのか、明け方のアザーンでも目が覚めなくなった。

毎回アザーンを耳にしていると、最初はみないっしょくたに聞こえたアザーンが、だんだん聞き分けられるようになってくる。どう聞いても下手くそなアザーンもあれば、うまいのもある。風邪でもひいてるのか「アッラ〜フ、アクバ〜ル」とやらなくてはならないところを、「アッラ〜、ゴホッゴホッ、オッホン、アクバ〜ル、クワッ、ペッ」とか、いかにも苦しそうなこともある。

あるとき、午後のアザーンの時間に停電になったことがある。「やった!」と思って外を見ると、朗唱士たちがそれぞれモスクの外に出てきて、手を口の横にあてて、生の声でアザーンをやりはじめた。みな太くて、よく通る美しい声だった。それぞれの声が重なって暴力的になることもない。拡声器を通さなければ、アザーンの響きはこんなに味わい深いものだったのだ。

考えてみれば、100年くらいまでは拡声器などなかったのだから、これがアザーンのかつての姿だった。拡声器やらエコーやらで、音を歪め、増幅し、ぐちゃぐちゃぐちゃにしてしまうことが問題なのだ。しかし、エジプト人は、むしろこの歪んで、ぐちゃぐちゃになった音の方が好きなのだと思えてならない。そうとしか思えないことが、つぎつぎと起こるからである。
 

 
*後記

こんなやかましいアザーンに耐えられるなんて、ほとんどのエジプト人の耳はどうにかしているにちがいないと思っていた。ところが、2004年の秋、エジプト政府がモスクのアザーンの音量を規制することを決めたというニュースを聞いて驚いた。そのきっかけは、モスクのそばに住むエジプト人からの投書だったという。やはりエジプト人の中にも、あのアザーンに耐えられなかった人たちがいたのだ。

政府が発表したのは、カイロにおよそ4000あるといわれているモスクを有線放送システムでつないで同一のアザーンを抑えた音量で流すという案だった。しかし、あのエジプトでそんな案が実現できるはずがないだろうと思っていたら、案の定、イスラム系のグループの側から大きな反撥があったようだ。政府が宗教に口を出すというのは、イスラム過激派にとって攻撃の格好の口実になる。いままでモスクのアザーンの騒音が野放しだったのは、そのせいもあるのだ。

有線放送などにしなくても、やはり、いちばんいい解決法はスピーカーを使うのをやめることだと思う。コーランにもハディース(ムハンマドの言行録)のどこにも「アザーンにはエコーを効かせたスピーカーを使うように」などとは書かれていないのだから。

その後、カイロのモスクはどうなったか。2005年の夏の時点では、やはり以前とまったく変わっていなかった。

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