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*サカナを食べても、アタマは痛い

最近スーパーの鮮魚コーナーでサカナなんとかという曲が猛威を振るっている。このコラムでも再三書いているが、この手の音の垂れ流しに免疫のない者にとっては、かなり苦痛である。たいてい売場の片隅に置いたCDラジカセから流れているので、見つけしだい即刻ボリュームを10分の1に下げている。

文句をいわれたことはない。営業妨害だと文句でもつけてくれたら、経営者サイドにお得意さまの声というものを、とくと聞かせてやるつもりでいるのだが、まだその機会がない。苦情をいわれるのを、ちょっと期待しているところもある。いや、苦情をいいたいのは、こっちのほうなのだが。

話は変わる。前回、音楽室にある作曲家の肖像画の話を書いたが、1950年代初め生まれで美大の講師をしている友人と話していたところ、彼が小学生の頃、音楽室にあんなポスターのセットはなかったという。

彼がいうに、日本でカラー印刷が普及しはじめたのが、東京オリンピック以降の高度成長期以後だという。それ以前は、町なかでもカラーポスターなんてほとんど見かけなかったらしい。だとすれば、公立の小学校にカラーポスターを飾るゆとりなどなかったのではないか。

東京オリンピックといえば1964年だ。すると、あの作曲家ポスターも、それ以降の産物だったのだろうか。正確には、いつから音楽室に作曲家の肖像画を飾るという習慣が定着したのか。いや、その前に、あのポスターは、どこがつくっているのだろう。

音楽室にあるのだから音楽教科書の出版社が各小中学校に配っているのかなと思って電話で訊いてみると、うちではつくっていないという。あれこれ訊いてくれて、どうやら、ある楽譜専門の出版社がつくっているらしいという情報を得る。

その楽譜出版社に訊いたところ、たしかにうちでつくっているという。だが、この出版社が作曲家ポスターの販売を始めたのは1970年代の終わりだという。計算が合わない。遅くとも1960年代後半には、すでに小学校の音楽室にポスターは飾ってあったのだから。

「うちがオリジナルでつくったわけではないんです。その元になった作曲家ポスターのセットがすでにあって、それをうちで模写して販売したのが、だいたい70年代の終わり頃だったんです」と出版社の人はいった。

「その元になったセットは、どこから出ていたんですか?」

「それがわからないのですよ。おそらく元のセットも西洋絵画からの模写で、それをさらにうちのデザイナーが模写してつくったものなので。版権の問題があるので、まったく同じではまずいので」

なるほど、そうやって模写を重ねてゆくうちに、作曲家の顔もだんだん歪んで、グロテスクになっていったのだ。

おそらく作曲家ポスターの誕生は、1964年以降の高度成長期だろう。この時代、クラシック音楽=高級というイメージがつくられ、ピアノの生産台数はそれまでの4、5倍に増え、ピアノを弾くとアタマがよくなるという風評が出回った(サカナを食べるとアタマが良くなるというのと、たいして変わらない)。作曲家ポスターは、高度成長期における西洋音楽の啓蒙ムーブメントの名残なのだろう。

 

*後記

スーパーの食料品売り場で流れるキャンペーン・ソングのその後については、こちらに書いた。

作曲家ポスターについては、その後、読者の方から「こんにちは、ホームページをみさせていただきました。実は、私は大のクラシック好きで部屋に作曲家のポスターでも貼ろうかなと考えていました」(正道)というメールをいただいた。

この作曲家ポスターをつくっているのは全音楽譜出版社というところで、ヤマハや山野楽器のような大きな楽器屋に注文すれば、個人でも購入できるそうである。ただ値段が高い。26枚セットで1万3000円(!)もするという。ちなみに近所の小学校の音楽室に貼られているのは21名なので、この出版社のほかにもポスターをつくっているところがあるのかもしれない。その21名は以下の通り。

バッハ−ヘンデル−モーツァルト−ベートーベン−シューベルト−シューマン−ショパン−リスト−ブラームス−サン・サーンス−ビゼー−チャイコフスキー−ドボルザーク−グリーグ−プロコフィエフ−滝廉太郎−山田耕筰−宮城道雄−ハチャトリアン−カバレフスキー−アンダソン

あれっと思うのは、ここにはハイドンもシベリウスもフォスターもワーグナーもドビュッシーもストラヴィンスキーもいないことだ。宮城道雄は日本人だからいいとしても、代わりにカバレフスキーやアンダソンといった比較的マイナーな作曲家が入っている。どういう基準でこの面々を選んだのだろう。

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