« 2002年4月 | トップページ | 2002年6月 »

2002年5月

*恐れを知らないコンサート

恐れを知らないコンサート

以前書いた恐れを知らないアサカワ君がライブを企画した。アサカワ君が出るのではなく、彼の奥方の単独ライブである。彼の奥方は、音大のクラシック声楽出身である。今回は自作の曲のピアノによる弾き語りを中心としたコンサートを開くという。

奥方の歌は聞いたことがある。声楽をやっていただけあって、張りのきいた伸びのある美しい歌声だ。どんなライブになるのか楽しみにして、当日、会場のライブハウスに出かけた。

会場につくと、開場前から長蛇の列だ。宣伝もほとんどしていないというのに、たいしたものである。アサカワ君に会うために、開場前にライブハウス内に入れてもらう。アサカワ君と奥方のほかに若い男女が10数人いる。スタッフにしては多い。バンドのメンバーなのか。

聞けば、彼らは奥方が歌を教えている生徒たちだという。しかも、彼らも出演するという。プログラムを見せてもらうと、なんと生徒たちの出番が全体の3割を占めている。こ、これは……。

アサカワ君に聞くと、出演させてあげるからチケットを買うようにといったのだそうだ。出演者にまでチケットを買わせるとは、さすが恐れを知らない。それも10数人もである。

奥方のリハーサルのあと、生徒たちのリハーサルが始まった。ギターとドラムという男の子二人がステージに上がった。しかし、これだけでは伴奏が貧弱なので、彼らはあらかじめつくったベースやキーボードの入った伴奏テープをバックに流し、それに合わせて演奏をするらしい。

テープが流れはじめ、それに合わせてギターがジャジャーンと入った。ところが、その響きを聞いて唖然とした。伴奏と楽器と歌のキーがまるで合っていない。しかも、なお驚いたのは、演奏者たちはそのずれを気にすることもなく、そのまま演奏をしている。こんなんで大丈夫なのか。

やがて開場となった。列をなしていたお客さんたちが店内に入ってくる。しかし、その数が尋常でない。どう見ても30人くらいしか入らないライブハウスなのに、客は優にその倍以上はいる。いったい、アサカワ君はチケットを何枚売ったのだ。

アサカワ君に聞くと、先日、お台場で農業見本市があったときに、自社(彼は農業関係の会社に勤めている)のブースで農機具や農薬などのパンフといっしょに、奥方のライブのチケットやパンフもいっしょに並べて売ったという。そのほか取引先をはじめ、あらゆるつてを利用して、チケットを売りまくったという。

そういわれると、中年のおばさんのグループやら、スーツを着込んだ役員風のオヤジの団体とか、よくわからないお客さんが目立つ。少なくとも、こういうライブハウスに来るような雰囲気の人たちではない。それより問題なのは、とっくに定員オーバーで店内が満員電車状態になっていることだ。入りきらないお客さんが入り口の階段まであふれている。

でもアサカワ君はどこ吹く風である。ちょっとチケットを売りすぎたみたいですね、と涼しい顔をしている。

ライブが始まった。奥方がピアノの弾き語りを始める。しかし、入り口では入りきらない人たちが押し合っている。店内では身じろぎもできず、低いステージぎりぎりまで人が押し寄せている。

数曲終わったあと、生徒たちの出番となった。さっきのギターとドラムの二人がステージに上がった。テープが流れ、演奏が始まった。さっきと同じである。キーは最初からずれているうえ、伴奏とドラムのリズムがどんどんずれてゆく。とんでもないことになっているが、ステージの二人はまるで気にしていないようで、「虹を越えて、ぼくらの夢は〜」とかシャウトしている。

これはちょっとまずいのではないか、とどぎまぎしながら客席に目をやると、お客さんもどう反応していいのかわからないようで、呆然としている。

そのあとも続々生徒たちの演奏がつづく。「この曲はわたしの勤めている幼稚園の生徒たちといっしょに歌うためにつくった曲です」といって、女の生徒さんが童謡めいた曲をピアノで弾き語る。ここは幼稚園か。

生徒たちの合奏はつづく。彼らはほんとうに歌を習っているのか。本気でプロのミュージシャン志望だというのか。NHK素人のど自慢の予選だって、もう少しましなのではないか。お客さんたちはこんなものを聴くために2000円払ったのか。暴動になるのではないかと、人ごとながら心配になってくる。アサカワ君を見ると、笑っている。笑っている場合か!

しかし、ここまで開き直った突拍子もない演奏がつづくと、逆に自分が置かれている状況のナンセンスさに笑いが込み上げてくる。なにかとんでもない別世界にまぎれこんでしまったのではないか。夢でも見ているのではないか。しまいには横隔膜の震えが止まらなくなり、涙があふれてくる。音楽を聴いて涙を流したのなんて、何年ぶりだろう。

演奏が終わると、静まり返っていた満員の客席からも、笑いが爆発した。笑いによって緊張がほぐれたのか、もう何でもいいやという気持ちになったのか、そのあとはなんとなく和やかな楽しげな雰囲気のうちに幕を閉じた。これも計算されていたことだったとしたら、たいした企画力である。

ステージ後、アサカワ君に、どうでしたかと訊かれる。かろうじて「す、すごかったね……」というと、彼も「これほどになるとは思っていなかったんですけどね、ハハ」と笑った。それから「また、こんどやるときも来てください」と恐れを知らない男はつけくわえた。

 
*後記

パソコンやネットの普及のおかげで、いまやだれでも自作の曲を発表できるようになった。中には思わず言葉を失うものもある。その中でも、このサイトで公開されているオリジナル曲はおそろしく衝撃的だった。一部ではカルト的な人気があるらしいが、なんともいえない。「僕はCDデビューしたいし」とのことだが、うーむ、アサカワ君なら彼をどうプロデュースするだろう。2001年の曲の「エビ、丸まってた」と2002年の「茶道部」が、けっこう好きだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*ベートーベン七変化

以前、学校の音楽室に飾ってあるベートーベンの肖像画が怖いという話を書いた。右手にペン、左手に譜面をもって中空をキッと見据える、例の肖像画である。
Beethoven3_2

ベートーベンというと、この絵によってイメージがつくられてしまったといっても過言ではない。いまでもベートーベンを紹介する書物や記事のほとんどは、この絵を挿し絵につかっている。この絵は1819年にシュティーラーという画家が描いた肖像画だという。しかし、このほかにベートーベンの肖像画はないのだろうか。

探してみると、ほかにもあった。若いときのものもあれば、ほとんど犯罪者のような悪相をしたこんなのもある。
Beethoven_1

これなど気のいいパン屋の親父みたいである。
Beethoven_l_1

けれども、結果的に定番であるシュティーラーによる肖像画が、他を圧倒した。今日、それとともに、われわれの抱くベートーベンのイメージも、おのずと、あの絵に喚起されるような、困難を克服した意志の人というものに仕立て上げられていった。実際そういうところのある人だったのだろうとは思うが、時代もそういうイメージを求めていたのだろう。

『聴衆の誕生』(渡辺裕著)という本を読んでいたら、ベートーベンにまつわる絵画や彫刻の類が好んでつくられたのは、19世紀半ばから20世紀初頭にかけてだと書いてあった。なるほど、この頃はドイツがフランスやオーストリアとの関係をめぐって、ぎくしゃくしていたときである。そうした時代にゲルマン民族の英雄たるベートーベンの神格化が推し進められたというのは興味深い。

じつはこの時期つくられたベートーベンの彫像の中には、ギリシア神話の英雄像みたいなのや、ミケランジェロのモーセ像みたいなのもある。見たことはないのだが、ベートーベンの誕生をキリストの誕生になぞらえたものまであるという。ウィーンにある像など、ベートーベンの足下を天使が取りまいている。ほとんど宗教美術の世界である。そして、こうしたさまざまな像に共通しているのは、その顔が、どれもシュティーラーの描いた顔をモデルとしていることである。

これは現代になっても変わらないようだ。ポップアートやイラストの世界でもシュティーラーによるベートーベンはフォトショップで色をつけられたり、宇宙服みたいなのを着せられたり、裸にされたり、さんざんである。オリジナルに忠実なはずの音楽室の肖像画にしても模写を重ねたせいで、すっかり色がおかしくなってこんなふうになっている。これは怖い。
Beethoven_1

それでも、もしシュティーラーがベートーベンを描かず、さっき見たパン屋の親父バージョンの肖像画しかなかったとしたら、作った音楽がいかに偉大であっても、これほど神格化されたり、遊ばれたりすることもなかったのではないか。肖像画もまた偉大だったのである。

*後記

ベートーベンの神話化を促したのは肖像画ばかりではない。彼にまつわるさまざまなエピソードそのものが、かなり神話的脚色を帯びていることは、今日ではけっこう知られている。

たとえば、有名すぎる交響曲第5番。ベートーベンがその冒頭のタタタターンというモチーフについて「運命はこのように扉を叩く」と語ったことから、この曲に「運命」という副題がついたとされている。しかし、これはベートーベンの雑用係をしていたシントラーによる作り話というのが、どうやら本当のところらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*貴公子がいっぱい

夜遅い時間、ジャン・イヴ・ティボーデがビル・エバンスの曲を弾いているアルバムをよく聴く。ティボーデはもともとドビュッシーやラベルを得意とするフランス人ピアニストで、そっちのほうの演奏もとてもいい。
月の光~ドビュッシー・ピアノ作品集

ところで、このティボーデだが、この前、雑誌の宣伝を見ていたら「ピアノの貴公子、ティボーデ」と書いてあった。やや!? ピアノの貴公子といえば、てっきりリチャード・クレイダーマンを指すとばかり思っていたので、その称号がティボーデに移ってしまったのかと思って、やや焦った。
<COLEZO!TWIN>リチャード・クレイダーマン・オリジナル・ヒット

その後、大きなCD店のポップ広告など見ていたら、ピアノの貴公子はほかにもいるらしい。一時期ブームになったブーニンもそうみたいである。

ブーニンやティボーデと、リチャード・クレイダーマンを同列に論じるのはかなり無理があると思うのだが、貴公子という言い方がかならずしもリチャード・クレイダーマンのようであることを意味しているわけではないのだろう。最近はスティーブ・レイマンとか、マノロ・カラスコとか、よくは知らないが、ピアノの貴公子と呼ばれる人物はいろいろいるようである。

いったい貴公子と呼ばれる条件はなんなのか。辞書によると、貴公子とは「身分のある家の若い男子」という意味だが、不思議なのは、いちどこの称号がついてしまうと、そのあと年をとっても、永遠に貴公子のままだということである。リチャード・クレイダーマンが白いスーツにおかっぱ頭で出てきたのは、もう20年くらい前だけれど、20年たった今、相変わらず白いスーツにおかっぱ頭のままである彼が、ピアノの貴公子からピアノの王様になったという話は聞かない。

ところで、日本人の場合、貴公子の条件は、ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMに出たかどうかというあたりがポイントなのではないか。たとえば狂言の野村萬斎と和泉元彌、バレエの熊川哲也、オペラの錦織健などがそうだ。しかし、雅楽界の貴公子と呼ばれている東儀秀樹は、まだあのCMには出ていないはずだ。それでも彼を貴公子と呼んで差し支えないのか。判断のむずかしいところである。
かまいたちの夜2 - 海の向こうのさがしもの

ともあれ、こうして見てみると、いろんなところに貴公子がいる。試しに、インターネットで「○○界の貴公子」というキーワードで検索してみたら、出るわ出るわ、なんと2000件以上もヒットした。

メジャーなところをいくつかあげると、フランス料理界の貴公子(フィリップ・バトンほか)、テクノ界の貴公子(クリスチャン・スミスほか)、プログレ界の貴公子(エディ・ジョブソン)、落語界の貴公子(桂春雨ほか)、テニス界の貴公子(松岡修造ほか)、文壇の貴公子(島田雅彦)、政界の貴公子(鳩山由起夫)などなど。なかには疑問の残るものもあるが。

音楽系の場合、楽器ごとに、ギターの貴公子(渡辺香津美ほか)、ヴァイオリンの貴公子(中西俊博ほか)、シンセサイザーの貴公子(ジャン・ミシェル・ジャールほか)、オーボエの貴公子(宮本文昭ほか)、クラリネットの貴公子(赤坂達三)というふうに、それぞれ貴公子がいることもわかった。貴公子だけを集めてオーケストラが作れそうだ(ただし、ドラムの貴公子というのはいなかった。打楽器は貴公子にふさわしくないらしい)。

マイナーどころになると、このかぎりではない。占星術界の貴公子、大学受験界の貴公子、クワガタ界(?)の貴公子、霊界の貴公子、ミニカー界の貴公子、大食い界の貴公子、ラーメン界の貴公子などというのもいて、要するにありとあらゆる細分化された分野に貴公子がいることがわかった。

では、こうした並みいる貴公子の中で、ジャンルを越えて貴公子の中の貴公子はだれなのか。やはりリチャード・クレイダーマンなのか。

そこでふたたびインターネットの出番だ。検索エンジンのキーワード欄に「貴公子」という語と、名前(たとえば「リチャード・クレイダーマン」)を入れて、絞り込み検索をかけてみる。その結果、ヒット数の多かった貴公子ベスト10を以下に挙げる。

10位 藤原道山(尺八界の貴公子) 17件
  9位   溝口肇(チェロ界の貴公子) 18件
  8位   和泉元彌(狂言界の貴公子) 23件
  7位 鏡リュウジ(占星術界の貴公子) 29件
  6位 パスカル・ラファエル(バレーボール界の貴公子) 43件
  5位 野村萬斎(狂言界の貴公子) 57件
  4位 熊川哲也(バレエ界の貴公子) 78件
  3位 リチャード・クレイダーマン(ピアノの貴公子) 109件
  2位 東儀秀樹(雅楽界の貴公子) 174件
  1位 広瀬光治(ニット界の貴公子) 332件

やはり貴公子は音楽系が多い。日本のページが対象なので、たとえばチェロの貴公子でもヨーヨー・マ(2件)を溝口肇が上回るのは仕方あるまい。
yours

スポーツ界から唯一ベスト10入りしたのはパスカル・ラファエル。サッカー界の貴公子はベッカムとレオナルドで票が割れ、いずれもベスト10入りは果たせなかった。野球界では日米ともに貴公子は不在。野球は貴公子にふさわしくないスポーツなのかもしれない。占星術界では鏡リュウジの一人勝ち。占いという怪しげな世界に、知性と癒しを取り入れたあたりがポイントかもしれない。外国人トップはやはり本命リチャード・クレイダーマン。ベテラン貴公子の意地を見せてくれた。

しかし、いちばん驚いたのは、リチャード・クレイダーマンや東儀秀樹に倍近くの差をつけて貴公子界のトップに立った広瀬光治という人物である。寡聞にして、ぼくはこの方を知らなかったのだけれど、NHKの「おしゃれ工房」という番組に出演されたりしていて、ニットデザイナー界ではたいへん人気のある方なのだそうだ。
広瀬光治のパーティーニット

写真を見ると、う〜ん……なるほど、これが日本の貴公子界の頂点に立つ顔なのか。どことなく及川光博というタレントに似ている。年齢を見ると40代後半である。しかし、リチャード・クレイダーマンだって、もう50過ぎなのだから、貴公子に年齢は関係ないのだろう。そんなわけで、日本の貴公子界の貴公子は広瀬光治さんに決定!
 

*後記

ここに記したのは2002年春の貴公子ランキング事情である。その後、ネット情報は爆発的にふくれあがり、貴公子のヒット数も飛躍的に増えた。その結果がどうなったかは、この4年後に書いた「ますます貴公子がいっぱい」を参照のこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*バジェット・リスナーの憂い

クラシック音楽を聴くようになるきっかけは人それぞれだろうが、自分の場合は、経済的理由が大きかった。学生時代、レコード代をいかに捻出するかというのは、けっこう大きな問題だった。ぼくはプログレが好きだったのだが、新譜だとLPが一枚2500円、レアものだと中古で3000円以上するものもある。こんな高いものばかり買っていられない。

そんなあるとき、はたと気がついたのがクラシックである。クラシックのLPには廉価版というのがある。同じLPなのに、安いものだと一枚1300円で買える。プログレやジャズ1枚の値段で2枚、ときには3枚だって買える。お得である。

プログレはもともとクラシック音楽の要素を取り入れた前衛ロックである。そう考えれば、プログレのルーツを1000円そこそこで聞けるというのは、得した気分である。廉価版クラシックの場合、聞いたこともない無名の演奏者だったりすることが多い。しかしマイナー指向の自分としては、こんな演奏家は自分しか知らないだろうという優越感に浸れるので、かえってうれしい。安いから演奏が悪いというわけでもない。

やがてレコードからCDの時代になったが、CDの場合、材料費や制作費が安いせいか、さらにがくんと値段が下がった。NAXOSレーベルのクラシックなど1000円均一だし、駅の地下街では民族音楽やジャズのCDが同じく1000円で売っている。輸入物クラシックの通販だと円換算して700円台のものもある。

いったい、CDはどこまで安くなってしまうのだろうかと思っていたとき、なんと近所の大型100円ショップで、100円CD(!)というのを見つけてしまった。ラインナップも豊富だ。クラシック、ジャズ、ヒーリング系など50枚以上出ている。オリジナル企画らしい。ジャケットの裏には「このディスクを賃貸業に使用することは禁止されています」と書いてある。賃貸業? 100円のCDを、それ以上の金を払って借りるやつが、どこにいるというのだ。

失敗しても、たった100円である。クラシックを2枚(ラフマニノフのピアノ協奏曲とベートーベンのピアノソナタ)とジャズ・ピアノ2枚、それにジャケットがピラミッドのヒーリング系CDの計5枚を買う。その横の売場に、やはりオリジナル企画らしい旅ロマンス小説シリーズが並んでいたので、その1冊『愛の迷宮・イスタンブール』というのをひっこぬいてレジに向かう。計600円+消費税也。

家に戻り、100円CDをプレーヤーにかける。ラフマニノフやベートーベンは、なんと演奏がホロヴィッツとギーゼキングとある。二人とも巨匠だ。演奏についてのデータは書いてないが、極度に古いのだけは確かである。演奏の善し悪しは、よくわからない。いずれにしても、100円である。そういわれてしまうと、なにもいえなくなる。

ジャズ・ピアノのほうは、アート・テイタム、ファッツ・ウォーラーといった名人たちの、おそらく1930,40年代の演奏や、初期のバド・パウエル、セロニアス・モンク、テディー・ウィルソンなどのオムニバスで、これはいい。録音が古いので音質はよくないが、そんなことはまるで気にならない。選曲もいい。嘘だと思ったら買ってみてください。100円なら損してもいいやという気になるでしょう。

ただ不思議なのは、内容がいいのに、ああ得したなという気分になれない。むしろなんだか悲しくなってくるのだ。これが仮に1000円だとしたら、得した気分になるかも知れないが、100円となると、思いは複雑である。これだけのものが100円で消費されてしまう世の中なのだということに、なんともいえない憂いをおぼえる。100円というインパクトがつよすぎて、ついあれこれ考えてしまい、演奏を純粋に味わえない。

いくら、いいものを安くといっても、程度というものがあるのではないか。100円というのは、作り手に対する敬意をあまりに欠いた値段だ。それはCDに限らず、100円ショップに入ったときに本能的に感じる思いである(といいつつ、けっこう買ってしまうのだけど)。理想をいうなら、100円ならば、100円なりのものを売ってほしい。その意味では、いっしょに買ったヒーリング系CDや『愛の迷宮・イスタンブール』は、まさに100円にふさわしいアイテムでありました。

 
*後記

最近は見ないが、何年か前、近所の中古CD屋で100円CDを500円で売っているのを見たことがある。べつにプレミアがついていたわけではない。たぶん元の値段を知らないで引き取った中古CD屋が勝手に値段をつけたのだろう。いくらなんでも100円のCDがあるなんて、その頃の中古CD屋の店員は知らなかったのかもしれない。

だとすれば、100円CDをたくさん買って、そのまま中古CD屋にもっていって、一枚150円で引き取ってくれたら50円儲かってしまうではないかと、ちらっと思った。20枚なら1000円の儲けだ。結局そのアイディアを実行する前に、100円CDはすっかりポピュラーになってしまった。さすがに、いま同じことをやろうとしてもむりだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

*素直になったわたしを見て

大学生の頃、一時期バンドに入っていたことがある。当時クロスオーバーと呼ばれていた音楽をやっていたのだが、苦手だったのが、学園祭などに出るときに、それっぽい恰好をしなくてはならないことだった。

リーダーのフジイ君は、そういうとき変な恰好をするのが好きで、ぼくのもっていた人民服を着たり、ほかのメンバーにアラブの王様みたいな恰好をしろとか、わけのわからないことをいった。

ぼくはこういうときこそ、逆に普段着のほうがスマートだと思っていた。無地のシャツとジーパンでピアノの前に座って流麗な即興をするキース・ジャレットを見よ。人間、衣装なんぞで気分が変わってたまるものか。だいじなのは中身である。

ところが、衣装と気分の結びつきを、身をもって実感させられたことがあった。長期旅行の資金を稼ぐために、しばらく工場で夜勤のバイトをしていたときのことだ。

けっこう汚れる肉体労働だったので、工場からは作業服を支給された。ズボンは裾がふくらんでいて、その頃不良学生がよくはいていたボンタンというのに似ていた。仕事が終わると、作業服を脱いで普段着に着替え、それから出勤する会社員や学生で込み合う電車に乗って帰った。

ある朝、いつものように仕事を終えて、作業服を脱ごうとすると、工場に着てきたズボンが、だれかが床にこぼしたジュースの上に落ちて、べたべたになっていた。これでは着替えられない。仕方なく、その日は、汗と油で汚れた作業服を着たまま、家路につくことにした。

ところが、駅に着いてみると、いつもとなにかちがう。ふだんは、ここで自販機の清涼飲料水を買って飲むのだが、この日はどういうわけかその隣にある缶ビールの自販機へと自然に足が向かった。朝っぱらからビールを買うことに抵抗感がない。そうするのが、当たり前という感じなのだ。この気分の変化はなんだろう。

缶ビールを手に改札をぬけ、出勤客でがさがさ込み合うホームへと下りる。やがてやってきた電車に乗り込むと、混んでいるのに自分の周りだけ余裕ができている。そうか、この恰好のせいか。そう気がつくと、なんだか気が大きくなってくる。

肉体は疲れているので、立っているとしんどい。思わず「あ〜あ」と声が出てしまう。その瞬間、自分でもはっとする。周りの通勤客はなにもいわない。なにごともなかったかのように居眠りしていたり、新聞を見つめていたりする。ふだんなら、どんなに疲れていても電車の中でそんなことけっして口に出ないのに、この恰好だと思わず自分に素直になってしまう。

いちど声が出てしまうと、そのあとは自然に言葉が出てくる。吊革につかまったまま、「あ〜あ、やんなっちゃった〜」とか「ばか、いってんじゃないよ〜♪」とか、ちょっとした歌まで飛び出してしまう。酔っていたわけではない。朝の出勤時刻には場違いなこの服を着て、缶ビールを手にしているだけで、これほど気分が変わるとは自分でも驚きだった。

それにしても頭のなかに浮かんだことを、公衆の面前でそのまま口に出せるとは、なんと気持ちいいのだろう。ひとが読んでいるスポーツ新聞の見出しを見て、「おっ、巨人負けたか」とかもいえる。

ふだんは電車に乗り合わせたほかの客の顔をまじまじ見ることもないが、この恰好だと人の顔を堂々と正面から見ることができる。女の子に笑いかけることだってできる。自分らしく、いや、人間らしくなれるのだ。もっとも、そんな素直で人間らしくなったぼくなのに、むこうはなかなか視線を合わせてくれない。

これがもしスーツにネクタイのような恰好だったら、こうはいかない。周りの人はもっと恐がり、緊張するだろう。第一、独り言を口に出すなんて発想自体が浮かんでこないし、からだが反応しないと思う。

朝の通勤電車の中で声に出して歌を口ずさんだのは、あとにも先にも、あのときだけだ。そんなとき出てくる歌が、どういうわけか、ふだんけっしてすすんで聴くことのない演歌だったりするのは不思議である。

  

*後記

電車の中でちょっと風変わりな人に出会うことが、以前より増えている気がする。先日も「つぎわあ〜、しんじゅく〜、しんじゅく〜、おてまわりひん、おわすれものないようにねがいます」と駅に近づくたびに告知している乗客がいた。ただ、まわりの乗客もこういうのには慣れているのか、とくに遠ざかろうとはしない。

かと思うと、この前は、満員電車で携帯電話で大声で話している若者がいた。「うるせー! ふざけんじゃねーよ、ぶっ殺してやるぞ」と物騒なことを怒鳴っているので、ちらっとその人の方を見て、思わず息を呑んだ。若者が耳に当てていたのは携帯電話ではなく、自分の右手こぶしだった。そして窓の外を見つめながら、「だまれ、うるせーんだよ、こんどあったらぶっ殺すぞ」とつぶやきつづけているのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2002年4月 | トップページ | 2002年6月 »