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*恐れを知らないコンサート

恐れを知らないコンサート

以前書いた恐れを知らないアサカワ君がライブを企画した。アサカワ君が出るのではなく、彼の奥方の単独ライブである。彼の奥方は、音大のクラシック声楽出身である。今回は自作の曲のピアノによる弾き語りを中心としたコンサートを開くという。

奥方の歌は聞いたことがある。声楽をやっていただけあって、張りのきいた伸びのある美しい歌声だ。どんなライブになるのか楽しみにして、当日、会場のライブハウスに出かけた。

会場につくと、開場前から長蛇の列だ。宣伝もほとんどしていないというのに、たいしたものである。アサカワ君に会うために、開場前にライブハウス内に入れてもらう。アサカワ君と奥方のほかに若い男女が10数人いる。スタッフにしては多い。バンドのメンバーなのか。

聞けば、彼らは奥方が歌を教えている生徒たちだという。しかも、彼らも出演するという。プログラムを見せてもらうと、なんと生徒たちの出番が全体の3割を占めている。こ、これは……。

アサカワ君に聞くと、出演させてあげるからチケットを買うようにといったのだそうだ。出演者にまでチケットを買わせるとは、さすが恐れを知らない。それも10数人もである。

奥方のリハーサルのあと、生徒たちのリハーサルが始まった。ギターとドラムという男の子二人がステージに上がった。しかし、これだけでは伴奏が貧弱なので、彼らはあらかじめつくったベースやキーボードの入った伴奏テープをバックに流し、それに合わせて演奏をするらしい。

テープが流れはじめ、それに合わせてギターがジャジャーンと入った。ところが、その響きを聞いて唖然とした。伴奏と楽器と歌のキーがまるで合っていない。しかも、なお驚いたのは、演奏者たちはそのずれを気にすることもなく、そのまま演奏をしている。こんなんで大丈夫なのか。

やがて開場となった。列をなしていたお客さんたちが店内に入ってくる。しかし、その数が尋常でない。どう見ても30人くらいしか入らないライブハウスなのに、客は優にその倍以上はいる。いったい、アサカワ君はチケットを何枚売ったのだ。

アサカワ君に聞くと、先日、お台場で農業見本市があったときに、自社(彼は農業関係の会社に勤めている)のブースで農機具や農薬などのパンフといっしょに、奥方のライブのチケットやパンフもいっしょに並べて売ったという。そのほか取引先をはじめ、あらゆるつてを利用して、チケットを売りまくったという。

そういわれると、中年のおばさんのグループやら、スーツを着込んだ役員風のオヤジの団体とか、よくわからないお客さんが目立つ。少なくとも、こういうライブハウスに来るような雰囲気の人たちではない。それより問題なのは、とっくに定員オーバーで店内が満員電車状態になっていることだ。入りきらないお客さんが入り口の階段まであふれている。

でもアサカワ君はどこ吹く風である。ちょっとチケットを売りすぎたみたいですね、と涼しい顔をしている。

ライブが始まった。奥方がピアノの弾き語りを始める。しかし、入り口では入りきらない人たちが押し合っている。店内では身じろぎもできず、低いステージぎりぎりまで人が押し寄せている。

数曲終わったあと、生徒たちの出番となった。さっきのギターとドラムの二人がステージに上がった。テープが流れ、演奏が始まった。さっきと同じである。キーは最初からずれているうえ、伴奏とドラムのリズムがどんどんずれてゆく。とんでもないことになっているが、ステージの二人はまるで気にしていないようで、「虹を越えて、ぼくらの夢は〜」とかシャウトしている。

これはちょっとまずいのではないか、とどぎまぎしながら客席に目をやると、お客さんもどう反応していいのかわからないようで、呆然としている。

そのあとも続々生徒たちの演奏がつづく。「この曲はわたしの勤めている幼稚園の生徒たちといっしょに歌うためにつくった曲です」といって、女の生徒さんが童謡めいた曲をピアノで弾き語る。ここは幼稚園か。

生徒たちの合奏はつづく。彼らはほんとうに歌を習っているのか。本気でプロのミュージシャン志望だというのか。NHK素人のど自慢の予選だって、もう少しましなのではないか。お客さんたちはこんなものを聴くために2000円払ったのか。暴動になるのではないかと、人ごとながら心配になってくる。アサカワ君を見ると、笑っている。笑っている場合か!

しかし、ここまで開き直った突拍子もない演奏がつづくと、逆に自分が置かれている状況のナンセンスさに笑いが込み上げてくる。なにかとんでもない別世界にまぎれこんでしまったのではないか。夢でも見ているのではないか。しまいには横隔膜の震えが止まらなくなり、涙があふれてくる。音楽を聴いて涙を流したのなんて、何年ぶりだろう。

演奏が終わると、静まり返っていた満員の客席からも、笑いが爆発した。笑いによって緊張がほぐれたのか、もう何でもいいやという気持ちになったのか、そのあとはなんとなく和やかな楽しげな雰囲気のうちに幕を閉じた。これも計算されていたことだったとしたら、たいした企画力である。

ステージ後、アサカワ君に、どうでしたかと訊かれる。かろうじて「す、すごかったね……」というと、彼も「これほどになるとは思っていなかったんですけどね、ハハ」と笑った。それから「また、こんどやるときも来てください」と恐れを知らない男はつけくわえた。

 
*後記

パソコンやネットの普及のおかげで、いまやだれでも自作の曲を発表できるようになった。中には思わず言葉を失うものもある。その中でも、このサイトで公開されているオリジナル曲はおそろしく衝撃的だった。一部ではカルト的な人気があるらしいが、なんともいえない。「僕はCDデビューしたいし」とのことだが、うーむ、アサカワ君なら彼をどうプロデュースするだろう。2001年の曲の「エビ、丸まってた」と2002年の「茶道部」が、けっこう好きだ。

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