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「んっ?」

東アフリカのケニアのコースト近くにドゥルマという人びとが住んでいる。先日、そこの村に住み込んでドゥルマの太鼓を習ってきたという日本人の演奏を聞いた。

演奏のあとにかんたんなワークショップがあった。音程のちがう太鼓をたくさんならべて、それぞれの太鼓の前に叩き手がつく。いちばん低い音程の太鼓が基本的な8ビートのリズムを叩き、そのとなりの太鼓が、そのバリエーションを叩き、そのまたとなりの太鼓がまたべつのバリエーションを叩きというふうにして、太鼓の音が重なり合っていくというもので、これがドゥルマの太鼓のシステムなのだそうだ。

いちばん基本となる低い音の太鼓のリズムは決まっていて、口でいうと「クーニービッチ、クーニービッチ」(だったと思う)という音で表されるという。つまり、太鼓のリズムが「クーニービッチ、クーニービッチ」と聞こえるように叩かなくてはいけないというのだ。「ドンツクドンツク」でもなければ、「タータカタータカ」でもなく、クーニービッチなのだそうだ。

とはいっても、木の胴に牛の皮を張った太鼓だから、どうやってもクーニービッチとは聞こえない。ワークショップをしてくれた彼も、村で太鼓を習っていたときには、その感覚がつかめなかったという。彼が叩いていると、ドゥルマの太鼓の先生は「おまえの叩く太鼓の音は四角い、そうじゃなくてもっとクーニービッチでなくちゃだめなんだ」と教えてくれたという。

ノリのちがいといえばそれまでだが、このリズム感のちがいはなかなか、からだではつかみにくい。思い出したのは民族音楽研究家の若林忠広さんが、著書『スロー・ミュージックで行こう』の中で書いていたジョークだ。すごく面白かったので、ここでも紹介する。若林さん自身も、最初にだれがいいだしたのか知らないので、もし知っている人は教えてほしいと書いている。

それによると、道ばたの壁にアルファベットでAとNとDという文字がずらずらと隙間なくつづけて書いてあったという。ちょうど、つぎのようなかんじだ。

ANDANDANDANDANDANDANDANDANDAND

壁のそばを通りかかったアメリカ人が、この文字列の落書きを見てつぶやいた。

「AND、AND、AND、AND……What's that?」

アメリカ人が行ってしまった後にやってきたのは日本人だった。日本人もまた、この文字列を見てつぶやいた。

「DAN、DAN、DAN、DAN……なんだこれは?」

最後にやってきたのはアフリカ人だった。彼はこの落書きを見て、こうつぶやいた。

「NDA、NDA、NDA、NDA……Hii ni nini ?(こりゃなんだ?)」

若林さんも書いているが、これは民族の言語感覚とリズム感の関係を絶妙にとらえたすごいジョークである。ANDANDANDという文字列の分節の仕方に、それぞれのリズム感の特徴がみごとに現わされているからだ。

実際、アフリカにはNやMからはじまる言葉が多い。地名にも、ンジャメナとか、ンバンダカとか、ンゴロンゴロなどがあるし、南アフリカにはンデベレ族というのもいる。

もっとも日本でも山形などは、「んだ」とか「んだの?」といった「ん」から始まる言葉がけっこうあるので、通りかかった日本人が山形県人だったら、アフリカ人みたいに「NDA、NDA」と読むのかもしれない。ただ山形弁の「ん」はしっかり発音されるのにたいして、アフリカの「ン」ははっきりとは発音されない。「ンジャメナ」にしても「ッジャメナ」、「ンバンダカ」にしても「ッバンダカ」といった裏ノリ的なリズムなのである。

それで思い出すのは、中央アフリカのザイールを訪れたとき、人びとが息を吸いながら返事したり、相づちを打っていたことだった。頭を後ろにそらせながら、息を吸いながら喉をすぼめるように「アー」と音を出して相づちを打つ。いや、「打つ」というのは正しくないな。むしろ、引っこ抜くような感じといったほうがいいかもしれない。これも「NDA」と同じく、裏ノリの一種だ。中には、そのまま息を吸いながら笑い出す人もいて、ちょっとこわい。

若林さんは「アフリカでアフリカ人の師匠にたっぷり太鼓を学び、体で覚えたつもりで帰ってきても、ンダをダンで学んできている場合がある」と書いている。では、どうしたら「ンダ」の奥義を身につけられるのか。

ひとつ、いい方法を思いついた。日本の伝統芸能である「しりとり」を使うのである。ただし、これまでのしりとりは最後に「ん」がついたら負けということになっているが、このルールを変える。「ん」がつく言葉がきても、「ん」で始まる地名や人名や方言を探して、しりとりをつづけていくのだ。

たとえば、かめ−めだか−からすみ−みかん−ンジャメナ−なまこ−こたつ−つみき−きりん−ンデベレ−レモン−ンゴロンゴロ……というふうにつづけていく。これこそ国際化というものだ。えっ、どうやって終わればいいのかだって? んー……。

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

 トリノの冬期オリンピックが終わりましたが、春を迎え、サッカーWカップを含めお天気スポーツも本シーズンとなります。
 さあ、そこでいつもの「ニッポン。チャチャチャッ!」を聞くことも増えると思うのですが、ソイツに対して「ニッポ~mチャmチャッ」とタイミングをオフにずらして合わてる若者が増えてるかどうか確認してみる価値がある、ワケもないか。。

投稿: オイちゃん | 2006年3月 1日 (水) 01時55分

>オイちゃんさん
リズム感というのはどうも歩き方と関係している気がします。アフリカでも背の高いナイル系の人の歩きというのはキリンに似ている。前に出した足が着地して一拍目ではなく、ふりあげたところで一拍、着地で一拍、つまりそこですでに「NDA」になっている。日本人が「ニッポ~mチャmチャッ」といえるようになるには、歩き方から変えないとむずかしいのではないかなあ。

投稿: 田中真知 | 2006年3月 1日 (水) 14時07分

田中さんの観察力はすごい。ナイル系の長身の人が歩く姿を実際見た、ような気にさせてくれる(実際は見ていないのだが)。そして振り上げて一拍、着地でもう一拍、を早速やってみた。なんだか随分と歩くのが楽しくなってくる。

歩く時の手の振り方を軍隊式、学校式でなくブラブラと成行きにまかせるともっとよい。

気がついたら意識的に「NDA歩行」をやってみよう、と思う。

投稿: 小松 | 2006年3月 2日 (木) 17時22分

>小松さん
きのう、地下鉄の構内ででたぶん西アフリカの人だと思うのですが、背が高くて、足がすらーっと伸びたスーツ姿のビジネスマンが歩いているのを見ました。膝から下の動きが、まるでリズミカルに揺れる振り子のようで、そのたわみが股から腰、そして上体へと伝わり頭から上に抜けていくように見えた。優雅な歩き方でした。

投稿: 田中真知 | 2006年3月 3日 (金) 11時21分

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