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2006年3月

私に恥ずかしい言葉を使わないで

先日、銀行のATMで預金を少々引き出したときのこと、手続きを終えたあと、画面に表示された残高を見て、我が目を疑った。3日前にATMで確認したときとくらべて、残高がなんと30万近くも減っている!

なんだ、これは? そんなはずはない。記憶をひっかきまわしても、そんな高額の買い物をした覚えはまったくない。なにかのまちがいにちがいない。

もう一度、ATMにキャッシュカードを入れ、再度、残高照会してみる。結果は同じだった。3日前にはたしかにあったはずのカネが、いまでは存在しなくなっている。なぜだ? どこに行ったんだ? 一言も告げずに行ってしまうなんてあんまりではないか!

冗談ではない。ほんとうに、どうしたんだろう。これはひょっとして、いま流行のスキミングというやつではないのか? 知らぬ間にカードの番号を盗み取り、ひそかにカネを引き出す。そんな手口の犯罪が増えているというニュースを見たばかりだった。まさか、自分がその被害者になるとは。このままでは顔にモザイクをかけられ、音声は変えてありますというテロップのもと、被害者Tさんとしてニュースで紹介されてしまう。ホント冗談ではない。

ATMの横にあるお客様用電話の受話器をとりあげる。呼び出し音が2、3回鳴ったあと、銀行のお姉さんの明るい声がした。

「はい、どうされましたか?」

「あ、あの、預金が、減っているんです。知らぬ間に30万もなくなっているんです。まったく覚えがないんです。3日前にはたしかにあったんです。それが、なくなっているんです」

「それではお調べいたします。口座番号とお名前をお願いします」

お姉さんの明るい声が、逆に不安をかき立てる。むしろ「それはたいへんですね、いますぐ調べますから落ち着いて待っていてくださいね」くらいのことはいってほしい。ともかく名前と口座番号を伝えると、まもなく返答があった。

「クレジットカードからの引き落としとなっていますね。中身についてはカード会社さんのほうにお問い合わせいただけますか」

さてはクレジットカードがスキミングされたのか! しかし、どこから漏れたのだろう。ネットで買い物した際に入力したカード番号が、どこからか流出したのかもしれない。それともどこかのサイトでウイルスに感染して、カード情報を盗まれたのだろうか。

いかがわしいサイトには行かないようにしているが、それでもごくたまになにかの拍子や、思いもよらぬ偶然で、そういうところにつながってしまい、あれよあれよという間にウインドウがつぎつぎと開きだし、あわてて終了しようとしてもキーがいうことをきかず途方に暮れていると、そんなときにかぎって奥さんが部屋に入ってきて「なに見てんのよ!」といわれ、「ちがう、これにはわけがあるんだ」と弁解するも受け入れてもらえず、くやしい思いをしたこともあるが、そんなときにウイルスに感染したのだろうか。

銀行のお姉さんが、カード会社の電話番号を教えてくれたので、さっそくかけることにする。どういうわけか親指がうまく動かず、なんども数字のボタンを押しまちがえた末、ようやく呼び出し音が鳴った。

「はい、○○カードお客様相談センターです」

「あ、あの、○○カードを使っているんですが、銀行でいま残高を調べたら、お金がなくなっていて、その30万も、私の知らないうちに、それでカードからスキミングされたみたいで……」

「あのう、申し訳ありませんが、よく聞こえませんので、もう一度、ゆっくりお話しいただけますか」

「はい、あのですね、その、カードがですね、お金がなくなって、銀行から30万もですね、引き落とされて、でも覚えがないんです」

「……そうですか。先月分のカードご利用代金の明細書はごらんになりましたか。」

明細書? そういえば、そんなものが来ていたような気もするな。でも、どこにあるかわからないし、最近は見たおぼえがない。きっと奥さんが古新聞やチラシといっしょに捨ててしまったんだ。どうしようもないな。だが、そんなことより、大切なお客様の緊急事態だというのに、ここでも話し方が冷たい。もっと親身になって温かい言葉の一つもかけられないものか。まったく他人のいたみをわかろうとしない、思いやりのない世の中になったものだ。だいたい、こういう事件が起きてしまうそもそもの原因はカード会社の情報管理の杜撰さにあるのではないか。その責任を棚上げして、弱い消費者につけを払わせているのだ。そのあげく、振り込み詐欺だ、ウイルスメールだ、スキミングだ、なんだかんだで、社会は悪くなる一方だ。なんだか、だんだん腹が立ってきたぞ。

「……それでは、こちらからお客様のカードの過去1ヶ月のご利用明細をお調べいたします。お名前とカード番号をお願いします……」

質問に一つ一つ答えてから、しばらく待つ。受話器の向こうで端末のキーボードを叩く音がする。30秒ほどすると、お姉さんの声がした。

「お待たせいたしました。では、こちらに記録されている先月分のご利用の明細と金額を申し上げますが、よろしいでしょうか」

「はい、お願いします」

 

「では、申し上げます。○月○日、ソネット、3308円」

 

「はい」(うん、これはネットのプロバイダー代だな)

 

「○月○日、ヤフージャパン、294円」

 

「はい」(これもいつもどおりだ。ネットオークションの登録料だな)

 

「○月○日、ウイルコム、3173円」

 

「はい」(これは携帯だな。ほとんど使っていないわりには高いな)

 

「○月○日、○○病院、28万7600円」

 

「はっ!?」


 

一瞬してから思い出した。そういえば奥さんが入院していたのをすっかり忘れていた。。その入院費をカードで払ったのも忘れていた。しかし、請求がずいぶん遅い。もう何ヶ月もたっているぞ。だけど、そうか、スキミングじゃなかったかもしれないな。よかった、よかった。

「あのー、まだ続けますか?」

 

「えっ?」

 

待てよ、まだスキミングされていないと証明されたわけではない。これでもいぜんとして3万円以上足りないではないか。ここは、きちっと確認した方がいい。

「では、つづけます。○月○日、アマゾン、1万5420円」

 

「はい」(そうか、これはたしか洋書を取り寄せたときの代金だな)

 

「○月○日、ユニクロ、780円」

 

「はい」(ユニクロか、そういえば買ったかもしれんな)

 

「○月○日、ユニクロ、500円」

 

「はい」(うーむ、一回だけじゃなかったのか)

 

「○月○日、ユニクロ、680円」

 

「はい」(……)

消え入りたいような気分だった。なんでこの月はよりによって、ユニクロばかり、それもカードで一度ならず何回も買ってしまったのだろう。電話とはいえ、耳元で若い女性に冷たい声で「ユニクロ 680円」と値段まで口にされると、悪いことをしたわけでもないのに、恥ずかしくて身が縮んだ。せめて、エディーバウアーかギャップあたりにしておくんだった……。

「あのー、まだ続けますか?」

 

「えっ? はい」

 

いくらなんでも、もう終わりだろうと思っていたら、お姉さんが明細を読み上げる無表情な声が、ふたたび受話器の向こうから響いた。

 

「○月○日、ユニクロ、1280円……」

 

あんな無表情な冷たい声を出しながら、お姉さんは心の中で笑っているにちがいない。勤務の終わったあと、同僚に「ねえ、今日、スキミングされたっていう変なオヤジから電話が来てさあ、ひどくあわてているんで、明細読み上げてやったらさ、ユニクロばかりでさあ、あたし吹き出すのこらえるので必死だったわあ」とか話して、友だちが「だっせー」とかいって爆笑したりするにちがいない。その光景がいまから頭の中にリアルに浮かんで、いたたまれなくなってきた。

 

「○月○日、ユニクロ、1000円……」

 

「……はい」

 

誤解しないでください。お姉さん、ぼくはめったにユニクロなんて買わないんです。たまたまこのときは、何年かに一度のことで、偶然ユニクロで買い物したのであって、ふだんはそんなことはないんです。そこのところを誤解しないでいただきたい。スコッチハウスとか、なんだかそういうのだって着ないわけではないんです。いまだってギャップのGパンを履いているし、上だって……あれ、これユニクロかよ……。

いや、そもそもユニクロで何が悪い。ヒートテックは温かいし、いや、よくは知らないけれど温かいという噂だし、そういうものを軽蔑して、見た目やブランドで人や物の価値を判断するようでは、大切なお客様に失礼というものではないか。だいたい、どいつもこいつもぶら下げているルイ・ヴィトンやら、プラダやらのバッグのどこがいいのか、さっぱりわからない。あんなものをありがたがっている、その感性のほうが国際的に見ればまちがっている……。

受話器の向こうのお姉さんの声に耳を傾けながら、頭の中では、弁解とも愚痴とも怒りともつかぬ言葉がカラカラと空しくまわりつづけていた。最後にお姉さんが無表情にいった。

 

「○月○日、ダイエー、2980円。○月分は以上になります。よろしいでしょうか」

 

「……ありがとうございました」

 

携帯電話のスイッチを切った。ひどく疲れた。電話でこれほど疲れたのは、久しぶりだった。だから、電話は好きではないのだ。

 

 

 

  ……さて、ここからは余談である。ユニクロといえば、2月にECMレーベルのアルバムジャケット柄のプリントTシャツを出している。ECMというのは、ドイツで設立されたジャズと現代音楽のレーベルである。「静寂の次に美しい音楽」というコピーにたがわぬ透明感のある清冽なサウンドが特徴的なのだが、ここに目をつけるとはさすがである。しかも、選んだアルバムも渋い。  

このキース・ジャレットの極上のバラード集(The Melody At Night, With You )はもちろんだが、

Melody

ヴァイオリニストのマイケル・ガラッソの「Scenes」 を取り上げるとはおどろきである。ガラッソは映画音楽をたくさん手がけている音楽家だが、ECMの中ではほとんど目立たないアーティストである。ヴァイオリンの多重録音によるこの作品は北の冷気が部屋に広がってくるような、つめたい緊張感をはらんだ美しく静かな音楽である。

Scenes

さらにギタリストのパット・メセニー、キーボードのライル・メイズ、そしてパーカッションのナナ・ヴァスコンセロスによる「As Falls Wichita, So Falls Wichita Falls 」も選ばれている。数あるパット・メセニー作品の中で、なぜこの地味な作品を選んだのか。

Witchta

これは映画なきサントラというか、みるみる目の前に荒涼とした大地がひろがっていくような、とても視覚的な作品である。じつはパット・メセニー作品の中で、いまでもいちばん好きなのがこれなのだ。

最後は趣味に走ってしまった。カード会社のお姉さんにも聞かせてあげたい。

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イルカのくる渚に感動は待っているか?

文化人類学者のlalombeさんが、自身のウェブサイトの一コーナーで「簡単に感動してたまるか」という一文を書いていた。World Baseball Classicの感想に寄せて、あいかわらず「感動」という言葉が日本人は好きなようだという話だった。

感動という言葉は、最近では以前ほどは使われなくなってきたように思うのだけれど、数年前までの感動の乱発ぶりはほんとにひどかった。そのきっかけは、2001年、優勝した横綱・貴乃花に小泉首相が「痛みに耐えてよくがんばった。感動した!」といったあたりだったような気がする。

あの頃から、スポーツ中継をつければ「感動をありがとう」「みなさまに感動をおとどけします」という紋切り型のいいまわしが赤字国債さながらに乱発されだした。地味なスポーツは実況で盛り上げ、それでもだめなら選手にまつわる人間ドラマや家族や恋人まで総動員して強引に感動につなごうとする。スイングしなけりゃ意味がないのではなく、感動しなけりゃ意味がないのである。

スポーツばかりではない。旅ものや自然もののテレビ番組でも、いまや「感動」は絶対条件である。「そこには思いがけない感動の出会いが待っていた」とか「自然の恵みにあふれた感動の毎日のなかで」とか、どうしようもなく紋切り型の常套句が旅を語るエクリチュールにはあふれている。

感動のほかにも「目をきらきらさせた子供たち」、「私たちが失ってしまった何か」、「ふれあい」といったボキャブラリーも定番である。その使われ方もひどく安易なことが多い。

以前、旅の番組で、外国の市場で商品を値切っている場面で、「現地の人びととのふれあい云々」というナレーションが流れていた。だが、市場で買い物することのどこが「ふれあい」なのか。それなら、東南アジアの人たちが、秋葉原で電化製品を値切って買うのも「ふれあい」なのか。日本のすけべなおやじが、東南アジアに少女の性を買いに行くのも「ふれあいの旅」ということなのか。まあ、ふれあいといえば、ふれあいと呼べるのかもしれないが。

感動やふれあいという言葉がまったくいけないというわけではない。ただ、その使われ方があまりにも軽すぎるのだ。はっきりいって、現在メディアで使われている「感動」という言葉の九割以上は「快楽」あるいは「興奮」という語に置き換えても、なんら差しさわりないように思う。「みなさんに快楽をお伝えしたい」とか「興奮をありがとう」とか「快楽が待っています」というほうが、ずっと本質を衝いているのではないか。

そんな感動強要型のテレビにうんざりしていたころ、知人から、パプア・ニューギニアの島の人びとの暮らしについてのドキュメンタリーのDVDをいただいた。タイトルは「イルカのくる渚」。制作は『海が見えるアジア』などの著書のあるカメラマンの門田修さん。ネーミングからすると、内容はNHKで放送される「なんとか自然紀行」のようなものであろうと思った。

再生してみると、癒し系の音楽をバックに、画面には美しい海の風景、のどかな島の人びとの様子が映った。まさに南太平洋の素朴な暮らしという雰囲気である。

やがて渚に迷い込んでくるイルカの群れが映った。詩情あふれる光景だ。久保純子や宮崎美子の「この美しい渚に、仲の良いイルカの群れがやってきました……」というナレーションが聞こえてきそうだ。このあと、島の子供たちがイルカと戯れたりすれば完璧な感動のできあがりである。

ところが、そこから様子が変わってきた。十数頭からなるイルカの群れが渚に迷い込むと、村人たちは何そうものカヌーを出し、竹を海中に突き立てて、渚の入口をふさぎにかかった。竹同士の間隔は何メートルも開いているので、逃げ出そうと思えば、かんたんに外洋に出られる。しかし、イルカは竹のそばまで来ると、なぜか渚に引きかえしてくる。人間と遊びたいのだろうか。

そうではなかった。村人たちはとまどうイルカと戯れるどころか、銛や棍棒をふりあげると、雄叫びを上げて、そのあとを追いまわしはじめたのだった。パニックを起こしたイルカに、村人たちはつぎつぎに銛を投げ始める。銛の刺さったイルカはカヌーの船縁に引き寄せられ、棍棒でしたたか頭をたたかれ、つぎつぎと絶命していく。イルカの悲鳴や、棍棒で頭をつぶすバコッという鈍い音が、のどかな風景のなかにくりかえされる。こうして子イルカも含めて、最後の一頭にとどめを刺すまで殺戮はつづく。

Dolphin1

やがて場面は変わり、海岸では村人によるイルカの解体が始まる。割かれた腹から腸が飛び出し、渚はイルカの血で真っ赤に染まる。そのそばを、死んだイルカの臓物をもって、子供たちが文字どおり「目をきらきら輝かせて」走りまわっている−−。

Beach

ぼくは口をぽかんと開けて、映像に見入った。予期せぬ展開に、すっかり不意をつかれた。これを感動といっていいのかどうかわからないが、衝撃を受けたのはたしかだった。イルカのくる渚、たしかにそのとおりではあった。

以前、モーリタニアで行われているイルカ漁の様子をやはりドキュメンタリーで見たことがある。これはイルカ漁といっても、イルカが人間のいる浜辺に魚の群れを追ってきて、それを人間が網で捕らえるという話であった。人間とイルカが協力して漁を行うという、なんとなく共生とか、知能の高い生き物同士のコミュニケーションといったイメージと結びつくためか、とてもNHK的な番組だった。

だが、パプアのイルカ漁は、それとは対照的だ。とはいえ、これだって自然の中で生きる人間のたくましさや、漁の伝統の姿を生き生きと描いているではないか。イルカを追うときの男たちのたくましさ、解体されていくイルカを見つめる子供たちのキラキラしたまなざし、そしてどこまでも美しい青い海。感動の条件をしっかり満たしているではないか。

そのときふと頭の中で、あの「なんとか自然紀行」のナレーションが聞こえてくる気がした。「自然の中にはかならず感動が待っています。日本人が忘れてしまった何かが、ここにはまだ生きているのです。子供たちのきらきらしたまなざしが、そのことをなによりも語っています。またひとつ、地球のかけがえのなさを見つけました……」

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妻の贈りもの

顔面神経麻痺はだいぶ回復した。なにより閉じなかった左まぶたが一応閉じられるようになったのがうれしい。おかげで、夜、寝るときにまぶたを絆創膏で貼り付けなくてもすむようになった。

まわりの人に聞くと、「自分も経験がある」という人が意外といるのに驚いた。わりとよくある病気だったのだ。経験者が一様に話していたのは、どうも冷やすとよくないということだった。寝るときも、できれば顔を温めたほうがいいという。

しかし、寝るときに顔を温めるといってもむずかしい。顔にタオルをかけるという方法もあるが、寝返りを打ったら落ちてしまう。なにかいい方法はないだろうかと思案していたら、奥さんが100円ショップでこういうものを買ってきてくれた。

Mask

なるほど。たしかに、これなら寝返りを打っても取れたりはしないだろう。だが、これをかぶって寝るというのは、少々抵抗があった。発想は悪くないと思うが、なんで赤に金色の縁取りなんだよ。もう少し色とか考えてくれてもよかったのではないかと彼女にいうと、これ一種類しかなかったのよという。

せっかく買ってきてもらったので、その晩からさっそく、これをかぶって布団に入ることにした。ところが、それを見た彼女が自分で買ってきておきながら、げらげら笑うのである。「変質者みたい」などと、ひどいことまでいう。失敬な。たしかに、こんなものをかぶって布団に入っているとなにかと誤解を受けかねないかもしれないが、これは医学であり、まじめな治療なのである。

着け心地は悪くない。薄いナイロン製だが、肌にやさしくフィットして、ほのかに温かい。冷えやすい耳の後ろもカバーしてくれるので、明け方の冷え込みにも安心である。乾燥肌でお悩みの女性にもいいかもしれない。お化粧ののりだってよくなりそうだ。独り暮らしの女性がこれをかぶって寝ていれば、たとえ変質者に侵入されても、相手は一瞬引いてしまうのではないか。お肌にやさしいうえ、セキュリティ効果もあり、一石二鳥である。ただ、奥さんとしては、朝起きぬけに、となりを見ると少々複雑な気持ちになるらしい。

あと、今回のことで新たにわかったことがある。顔面の筋肉が麻痺すると耳の聞こえ方が変わるのだ。大きな音とか、高い音が、ふだんよりも耳に障るのである。ふだんの生活でいうと、食器を洗うときの茶碗同士がふれあう音が、文字どおり「痛い」のだ。本当に耳の奥を針でちくりと刺されるようで、思わず「いててて」と声が出てしまうほどなのである。パソコンのキーボードを叩く音でさえ、ちくちくする。

どうしてこういうことが起きるのか? 神経内科のカミタニ先生によると、鼓膜を支えているのは筋肉だからだという。その筋肉に力が入らないため、鼓膜の張り方がいつもとちがってしまっているのだ。

Drum

これはナイジェリアのトーキングドラムだが、この皮の部分が鼓膜で、その皮を引っ張っている胴体の白いひもが筋肉だとしよう。このひもがゆるんだり、逆に張りすぎたりすると、太鼓の響きが変わってしまう。鼓膜も同じで、まわりの筋肉の引っ張る力がかわってしまうと、響きが変わってしまうというわけだ。

さらにこの筋肉には、大きな音が入ってきたとき反射的に収縮して、その衝撃を弱める役割がある。音響機器でいえば、リミッターという装置がそれにあたる。レコーディングなどで、あるレベル以上の音をカットして、音が割れないようにするというものだが、耳の筋肉もこれと同じ役割を果たしているのだ。ところが、筋肉や神経が麻痺すると、このリミッター機能が働かなくなる。すると、大きな音や高い音がカットされず、そのまま脳に伝わるのである。

このちがいは、町を歩いてみると、いっそうはっきりする。ふだんでも、スーパーの宣伝ソングやら、電車のホームのアナウンスやら、パチンコ屋から漏れる音がだめなのに、さらに道路工事の音やら、車のクラクションやら、それまで無視できた音までもが、一気に殺到してくる。これは痛いのだけれど、ちょっとエキサイティングな経験でもあった。耳が変になったというより、耳にかぶせていたフィルターを一時的に外したみたいなのだ。世界は音に満ちているとは、こういうことだったのか。

しかし、筋肉の動きが回復しはじめると、だんだんそれらの音が遠ざかってゆくのがわかる。食器のふれあう音も以前よりキンキン響かなくなり、日に日に音の背景へと溶けこんでゆく。耳にとっては、たしかに楽なのだけれど、しばらくかいま見えた音の洪水の世界もまたちょっとした衝撃であった。

まあ、そのようなかんじで順調に回復しているのだが、まだ寒い日もあるし、油断は禁物なので、今夜も妻の贈りものをかぶって寝ることにする。

……あとで、ふと思い出したのだが、コンゴ南部シャバ州に暮らすルバ族の仮面にこういうのがある。

Luba

なんとなくレスラーっぽい風貌なので、ちょっとかぶせてみた。

Luba_mask

よく似合う。

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ペンデの仮面の謎

違和感をおぼえたのは、朝、パンを食べていたときだった。パンを咀嚼するときの左側の頬の動きが悪い。噛んだパンが左側の歯茎と唇の間に落ち込んで、舌ですくい上げようとしてもうまくいかない。起きぬけで顔がこわばっているのだろうと初めは気にとめなかったのだけど、しばらくたっても違和感が消えない。

目がしょぼつくので片目ずつまばたきしようとしたところ、左のウインクができない。おどろいて「えーっ」と声をあげた。しかし、いつもなら声をだしたとき左右に広がるはずの口がうまく広がらない。どうなってしまったのか。

鏡に顔を写してみる。顔の左半分から表情が失われている。顔をしかめてみたり、笑ってみたり、額にしわを寄せようとしても、筋肉がついてくるのは右半分だけで、左側は知らんぷりだ。

ネットで調べてみると、顔面神経麻痺というものと症状が似ている。顔を動かす筋肉に信号を送る顔面神経がなんらかの原因で麻痺してしまったために、顔の半分の自由がきかなくなったということらしい。放っておくと後遺症がのこる場合もある、と書いてある。

これはたいへんだと、すぐに近所の総合病院に行った。神経内科で診てもらったところ、やはり顔面神経麻痺だろうということだった。顔面神経麻痺には大きく分けて二つあって、ひとつは脳血管障害のような脳から来るもの、もう一つはウイルスなどによる末梢神経の異常によるものだという。たいていは末梢神経の異常のケースが多く、たぶんぼくのもそれだろうという。

通常の治療はステロイド剤で行われ、二、三週間でよくなることが多いとのことだった。「一週間くらいでピークがくるはずです。いまの症状がもっときつくなりますので、その前にまた来てください」といわれた。血をたくさん抜かれ、MRIで脳の断層撮影をして、点滴もやって、大量の薬を出された。

顔面神経麻痺といっても熱が出たり、痛みがあるわけではないので日常生活にさしさわりはない。ただ、困ることはけっこうある。まず食事。噛んだものが麻痺した側のあごの下にたまってしまうので、指でかき出しながらでないと飲み込めない。

麻痺した側の口がきちんとしまらないものだから、水なども注意して飲まないと口の端からだらだら垂れてしまう。うどんやパスタも食べにくい。パピプペポといおうとしてもファ、フィ、フ、フェ、フォーとなってしまう。ひどく年をとった気分である。

顔が変わってしまっているので、営業のように人に会う仕事だと困るだろう。人に会わなくても、ヤクザとすれちがったらガンつけていると思われかねないので、盛り場にも近づかない方がいい。

いちばん困るのは目が閉じられないことである。まばたきもできないので目がすぐ乾く。目薬は片時も手放せない。顔や頭を洗うときにも片手で目を押さえてなくてはならないし、なによりやっかいなのは夜寝るとき、まぶたが開かないよう絆創膏で押さえておかなくてはならないことである。

そんな状態で数日たって、ふたたび鏡に顔を写してみた。顔の左半分はいっそうよそよそしくなって、ほとんど別人のように見える。左側の口の端がだらんと下がり、左まぶたもこわばって垂れ下がり、左小鼻の肉も心なしかふくらんで下に傾いている。自分の顔に二人の人間が同居しているような気がするほどだ。

そのとき、ふと、この顔はどこかで見たことがあると思った。だが、いったいどこだったのか。しばらく鏡とにらめっこしているうちに、はたと思い出した。

部屋に戻り、押し入れの奥から衣装ケースを取り出した。中に入っているのは、中央アフリカのザイール(現コンゴ)を訪れたときに、首都のキンシャサで買ったさまざまな仮面である。いずれもザイールからアンゴラにかけてのさまざまな民族が通過儀礼で用いる伝統的な仮面だ。

一般に、アフリカの仮面はデフォルメが激しく、抽象的でシュールレアリスティックだといわれている。しかし、実際にアフリカを歩き回ると、そんなことはないことにすぐ気づく。というのも、実際に仮面そっくりの人が、ふつうに歩いていたりするからだ。

たしかにそれはヨーロッパの写実主義のような意味でのリアリズムではないかもしれない。けれども、顔のつくりや表情、そこから受ける印象は、根本的にはリアリズムにほかならないように思う。ザイールの数々の仮面もその例にもれない。

しかし、そのなかで、ずっと気になっていた謎めいた仮面があった。ザイール南西部に暮らすペンデ族という人たちがつくる仮面の一つで、ペンデ・マラード(病気のペンデ)と呼ばれているものである。仮面の左右の色がちがっていて、白い側の鼻や口がだらりと垂れ下がっているのである。

これがなにを意味しているのか、いろいろ調べても結局わからなかったのだが、なんということだ、いま鏡に映っている自分の顔こそ、あのペンデの仮面そのものではないか。どんな仮面かというと、こういうものである。

Pende_malade


翌日の診察のとき、担当の神経内科医のカミタニ先生に「つかぬことをお聞きしますが」といってデジカメで撮影したペンデの仮面の写真を見てもらった。

「これって顔面神経麻痺の症状とはいえないでしょうか?」

「ああ、そうですね。そっくりですね」

「こういう顔になる原因って、どんなものがありますか?」

「外傷で顔面神経を損傷してなる場合もあるし、脳梗塞や、あなたのように末梢神経の場合もありますけど、結果的に顔面神経麻痺の症状でしょうね」

おそらく、かつてペンデの人びとは、顔面神経麻痺になって顔の半分が別人のようになってしまった人を見たのだろう。その左右の顔の表情のあまりのちがいに、人は彼が悪霊や精霊に取りつかれていると思って畏怖したのではないか。いずれにしても、そこに超自然的な存在の関与を見た彫刻家が、その人の顔をリアルな造形に仕立てあげた結果、生まれたのがこの仮面だったのではないだろうか。そんなことを考えた。

顔面神経麻痺になったおかげで、長年の謎が、ひとつ解けた気がした。あらためて壁にかけたペンデの仮面を見ていると、なんとなく親近感が湧いてくる。この仮面が、どことなく困ったような情けない顔をしているのもよくわかる。モデルになったペンデの男も、きっとものが食べづらかったり、目が乾いて苦労したのだろう。夜には椰子の繊維とバナナの葉っぱかなんかで、まぶたを押さえて寝たのかもしれない。そして、みながハッハッハッと笑っているときに、彼はひとりフォフォフォフォと笑っていたのだろうな。

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ますます貴公子がいっぱい

以前「貴公子がいっぱい」というタイトルのコラムを書いた。音楽界には「ピアノの貴公子」リチャード・クレイダーマンをはじめ、「貴公子」と呼ばれる人物がけっこういるのだが、じつは芸術やスポーツなど、ほかの世界にも貴公子はあふれている、というよりそこいらじゅう右も左も貴公子だらけだったという話だった。
<COLEZO!>音楽の旅

そこで各界の貴公子のインターネット上の検索ランキングを行ってみたのだが、あれから4年、貴公子の世界はどう変わったのだろう。ネットの情報もあれからまた爆発的に増えていることだろうし、貴公子ランキングにもかなりの変化や入れ替わりが見られるのではないかと思って、調べてみることにした。

前回、「○○界の貴公子」というキーワードで検索してみたところ、ヒット数は2000件ほどだった。それでもすごい数だと思ったものだが、今回、同様に検索してみたところ、なんと12万件を超えていた。貴公子の数が4年で60倍にも増えたというわけではないだろうが、地方がローカル・ヒーローを求めているように、大衆は貴公子をもとめているのだ。

あらためて気づいたのは、貴公子の世界の細分化がいっそう進んでいるらしい傾向である。音楽の世界で見ても、フランス音楽界の貴公子(ドビュッシーだそうだ)、ブラジル音楽界の貴公子(フォンセカ)、韓国ポップ界の貴公子(ソン・シギョン)、台湾ポップ界の貴公子(ゼイ・チョウ)と、音楽ジャンルの枝分かれにしたがって、そこに貴公子が登場する。ちょうど木が枝分かれをくりかえし、その梢の先に花をつけるように貴公子の花が咲くのだ。

さらに忘れてならないのは、日本ではいわば「貴公子革命」ともいうべきできごとが起こっていたことである。それまでまったく知られていなかったある人物が、一気に貴公子界の下剋上を図ったのである。その人物とは、いうまでもなく微笑みの貴公子ペ・ヨンジュンである。
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ペ・ヨンジュンには、ほかの多くの貴公子と明確にちがっている点がある。それはほかの多くの貴公子が「○○界の貴公子」というふうに、あるジャンルを代表しているのに対し、ペ・ヨンジュンの場合、微笑みという抽象的な概念を象徴した形容詞が与えられていることである。これは貴公子界において、ひじょうに稀なことなのである。

微笑みのような抽象概念をシンボライズしている貴公子というのは、きわめて少ない、たとえば抽象概念の花形である「愛の貴公子」となると、ヒットするのはドン・ファンくらいである。しかし、ドン・ファンを愛の貴公子と呼ぶのには異論もあるだろう。日本だと、光源氏が美貌の貴公子と呼ばれているが、なにしろ1000年以上昔の人だし、架空の人物でもあるし、やはり微笑みの貴公子のインパクトにはかなわない。ちなみに『冬のソナタ』で共演したパク・ヨンハは「はにかみの貴公子」といわれているそうである。
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さて、このルール違反ともいうべき貴公子の登場によって、貴公子ランキングはどのような変化を遂げたのだろうか。ちなみに4年前のネット上の貴公子ランキングの結果は以下の通りだった。くわしくは前回のコラムを見ていただきたい。

10位 藤原道山(尺八界の貴公子) 17件
9位 溝口肇(チェロ界の貴公子) 18件
8位 和泉元彌(狂言界の貴公子) 23件
7位 鏡リュウジ(占星術界の貴公子) 29件
6位 パスカル・ラファエル(バレーボール界の貴公子) 43件
5位 野村萬斎(狂言界の貴公子) 57件
4位 熊川哲也(バレエ界の貴公子) 78件
3位 リチャード・クレイダーマン(ピアノの貴公子) 109件
2位 東儀秀樹(雅楽界の貴公子) 174件
1位 広瀬光治(ニット界の貴公子) 332件

今回の見どころは、なんといっても彗星のごとく登場して貴公子界に激震を与えたペ・ヨンジュンが、前回の覇者ニット界の貴公子・広瀬光治とどのような勝負をくりひろげるかである。
広瀬光治の華麗なニット

また、元祖・貴公子であるリチャード・クレイダーマンの健闘からも目が離せない。新人貴公子としては角界の貴公子・琴欧州もランキング入りが予想される。さらには狂言界の貴公子・和泉元彌のランクが一連の騒動とプロレス参入によって、どう変化したかも興味深いところである。

ということで、実際に検索してみた。検索方法は前回と同じく、検索エンジンのキーワード欄に「貴公子」という語と名前(たとえばリチャード・クレイダーマン)を入れて絞り込み検索をかけるというやり方である。正確無比とはいえないが、一応検索結果をチェックして名前と貴公子が結びついていないものは外した。結果は以下の通りである。まずは前回ランク入りしていたのに、今回は外れてしまった貴公子たちである。

パスカル・ラファエル(バレーボール界の貴公子) 9件
溝口肇(チェロ界の貴公子) 97件
鏡リュウジ(占星術界の貴公子) 155件
藤原道山(尺八界の貴公子)  156件
和泉元彌(狂言界の貴公子)  229件
リチャード・クレイダーマン(ピアノの貴公子)  280件
熊川哲也(バレエ界の貴公子) 294件
野村萬斎(狂言界の貴公子)  314件

なんと驚いたことに元祖貴公子にして前回3位だったリチャード・クレイダーマンがランク外である。50歳を過ぎても、なお貴公子としてがんばっていたクレイダーマンだったが、さすがに息切れしてきたようである。やはり「だんご3兄弟」やら「リカちゃんに捧ぐ」やら流行ものに追随するようになったことが貴公子力の低下につながったのだろうか。それでも前回の109件に比べれば、ヒット数は3倍近く増えている。ただ、ほかの貴公子たちの台頭ぶりがめざましすぎるのだ。それにくらべて和泉元彌はといえば、プロレス参入にもかかわらずランキングががくんと落ちてはいない。ヒット数だって前回の10倍である。逆にプロレス参入によってヤケクソ的な貴公子力がついてきたともいえよう。

さて、いよいよベストテンの発表である。

10位 琴欧州(角界の貴公子) 348件
 9位 高橋大輔(氷上の貴公子) 368件
 8位 錦織健(オペラ界の貴公子) 384件
 7位 東儀秀樹(雅楽界の貴公子) 394件
 6位 エフゲニー・プルシェンコ(氷上の貴公子) 799件
 5位 氷川きよし(演歌界の貴公子) 2270件
 4位 広瀬光治(ニット界の貴公子) 貴公子 2970件
 3位 デヴィッド・ベッカム(サッカー界の貴公子) 45200件
 2位 パク・ヨンハ(はにかみの貴公子) 51600件
 1位 ペ・ヨンジュン(微笑みの貴公子) 107000件

予想通り、琴欧州はベストテンに食い込んできた。また、トリノ五輪のあとだけに、オリンピック選手のランクインも順当な結果といえよう。歌謡界からは氷川きよしが唯一ランクイン。ライバルが少ない土壌で、着実な地位をかためてきたことが勝因だと思われる。

日本人トップは前回と同じく広瀬光治。前回1位をとったときには332件だったが、今回は2970件と約9倍にヒット数を伸ばしているところもさすがである。彼もまたニット界という、男性が希少な世界の中でユニークな地位を築いてきたことが、前回・今回の結果につながったといえよう。日本代表のベテラン貴公子として今後のさらなる健闘を期待したいところだが、一方で若手貴公子たちのいっそうの奮起を望みたい。
ニットの貴公子広瀬光治のエレガンスニット

しかしというか、さすがというか、ふたをあけてみれば、やはり他を寄せ付けないペ・ヨンジュンの圧倒的勝利であった。2位がパク・ヨンハと「冬ソナ」コンビに貴公子ランキングの1位、2位を占められ、3位も英国人ベッカムにとられてしまった。前回は1位、2位を日本人が占めたのだが、今回はトリノ五輪同様、日本は惜しくもメダルを逃した岡崎朋美、あるいは皆川賢太郎である。とはいえ、1位のペ・ヨンジュンと4位の広瀬光治のヒット数の差は桁ちがいであり、とても容易には超えられそうもない。この結果を厳粛に受けとめ、日本貴公子協会(?)あげての長期的な貴公子養成強化プログラムの遂行が望まれる。4年後のバンクーバーがたのしみである。

さて、最後に番外編の発表である。歴史上の人物、故人、架空の人物、動物など本戦へのエントリーがためらわれた貴公子たちのなかにも、人気者がけっこういるのには驚かされた。

大伴家持(佐保の貴公子) 140件
ドン・ファン(愛の貴公子) 269件
三木谷浩史(ベンチャー界の貴公子) 275件
源義経(悲運の貴公子) 532件
サイレンススズカ(音速の貴公子) 650件
光源氏(美貌の貴公子) 5640件
アイルトン・セナ(音速の貴公子) 21900件
テンポイント(流星の貴公子) 41600件

貴公子とはかならずしも、人間でなくてもよいようである。それにしても、競馬馬サイレンススズカとアイルトン・セナが同じ称号で呼ばれているとは。しかし、そのアイルトン・セナの2倍近いヒット数を獲得した流星の貴公子テンポイントには驚いた。レースならば、セナを100馬身くらい引き離して独走状態でゴールするようなものだ。
Tenpoint

テンポイントは昭和52年のレース中の事故が原因で悲劇の死を遂げた伝説の競走馬だが、いまだ日本人貴公子の誰も、彼にかなわないのである。だが貴公子界トップのペ・ヨンジュンは、それをさらに2倍以上、上回るのだ。恐るべし、ペ・ヨンジュン!

そんなわけで、今回は元祖貴公子リチャード・クレイダーマンの凋落ぶりと、圧倒的な強さを誇った新たな貴公子の王ペ・ヨンジュンの活躍ぶりが印象的だった。さらに貴公子がかならずしも人間である必要がないというのも、とりわけ大きな発見であった。

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