« ペンデの仮面の謎 | トップページ | イルカのくる渚に感動は待っているか? »

妻の贈りもの

顔面神経麻痺はだいぶ回復した。なにより閉じなかった左まぶたが一応閉じられるようになったのがうれしい。おかげで、夜、寝るときにまぶたを絆創膏で貼り付けなくてもすむようになった。

まわりの人に聞くと、「自分も経験がある」という人が意外といるのに驚いた。わりとよくある病気だったのだ。経験者が一様に話していたのは、どうも冷やすとよくないということだった。寝るときも、できれば顔を温めたほうがいいという。

しかし、寝るときに顔を温めるといってもむずかしい。顔にタオルをかけるという方法もあるが、寝返りを打ったら落ちてしまう。なにかいい方法はないだろうかと思案していたら、奥さんが100円ショップでこういうものを買ってきてくれた。

Mask

なるほど。たしかに、これなら寝返りを打っても取れたりはしないだろう。だが、これをかぶって寝るというのは、少々抵抗があった。発想は悪くないと思うが、なんで赤に金色の縁取りなんだよ。もう少し色とか考えてくれてもよかったのではないかと彼女にいうと、これ一種類しかなかったのよという。

せっかく買ってきてもらったので、その晩からさっそく、これをかぶって布団に入ることにした。ところが、それを見た彼女が自分で買ってきておきながら、げらげら笑うのである。「変質者みたい」などと、ひどいことまでいう。失敬な。たしかに、こんなものをかぶって布団に入っているとなにかと誤解を受けかねないかもしれないが、これは医学であり、まじめな治療なのである。

着け心地は悪くない。薄いナイロン製だが、肌にやさしくフィットして、ほのかに温かい。冷えやすい耳の後ろもカバーしてくれるので、明け方の冷え込みにも安心である。乾燥肌でお悩みの女性にもいいかもしれない。お化粧ののりだってよくなりそうだ。独り暮らしの女性がこれをかぶって寝ていれば、たとえ変質者に侵入されても、相手は一瞬引いてしまうのではないか。お肌にやさしいうえ、セキュリティ効果もあり、一石二鳥である。ただ、奥さんとしては、朝起きぬけに、となりを見ると少々複雑な気持ちになるらしい。

あと、今回のことで新たにわかったことがある。顔面の筋肉が麻痺すると耳の聞こえ方が変わるのだ。大きな音とか、高い音が、ふだんよりも耳に障るのである。ふだんの生活でいうと、食器を洗うときの茶碗同士がふれあう音が、文字どおり「痛い」のだ。本当に耳の奥を針でちくりと刺されるようで、思わず「いててて」と声が出てしまうほどなのである。パソコンのキーボードを叩く音でさえ、ちくちくする。

どうしてこういうことが起きるのか? 神経内科のカミタニ先生によると、鼓膜を支えているのは筋肉だからだという。その筋肉に力が入らないため、鼓膜の張り方がいつもとちがってしまっているのだ。

Drum

これはナイジェリアのトーキングドラムだが、この皮の部分が鼓膜で、その皮を引っ張っている胴体の白いひもが筋肉だとしよう。このひもがゆるんだり、逆に張りすぎたりすると、太鼓の響きが変わってしまう。鼓膜も同じで、まわりの筋肉の引っ張る力がかわってしまうと、響きが変わってしまうというわけだ。

さらにこの筋肉には、大きな音が入ってきたとき反射的に収縮して、その衝撃を弱める役割がある。音響機器でいえば、リミッターという装置がそれにあたる。レコーディングなどで、あるレベル以上の音をカットして、音が割れないようにするというものだが、耳の筋肉もこれと同じ役割を果たしているのだ。ところが、筋肉や神経が麻痺すると、このリミッター機能が働かなくなる。すると、大きな音や高い音がカットされず、そのまま脳に伝わるのである。

このちがいは、町を歩いてみると、いっそうはっきりする。ふだんでも、スーパーの宣伝ソングやら、電車のホームのアナウンスやら、パチンコ屋から漏れる音がだめなのに、さらに道路工事の音やら、車のクラクションやら、それまで無視できた音までもが、一気に殺到してくる。これは痛いのだけれど、ちょっとエキサイティングな経験でもあった。耳が変になったというより、耳にかぶせていたフィルターを一時的に外したみたいなのだ。世界は音に満ちているとは、こういうことだったのか。

しかし、筋肉の動きが回復しはじめると、だんだんそれらの音が遠ざかってゆくのがわかる。食器のふれあう音も以前よりキンキン響かなくなり、日に日に音の背景へと溶けこんでゆく。耳にとっては、たしかに楽なのだけれど、しばらくかいま見えた音の洪水の世界もまたちょっとした衝撃であった。

まあ、そのようなかんじで順調に回復しているのだが、まだ寒い日もあるし、油断は禁物なので、今夜も妻の贈りものをかぶって寝ることにする。

……あとで、ふと思い出したのだが、コンゴ南部シャバ州に暮らすルバ族の仮面にこういうのがある。

Luba

なんとなくレスラーっぽい風貌なので、ちょっとかぶせてみた。

Luba_mask

よく似合う。

|
|

« ペンデの仮面の謎 | トップページ | イルカのくる渚に感動は待っているか? »

「雑記」カテゴリの記事

コメント

あらまー、ホント。
驚くほど良く似合う!!
ついでに、真知さんの寝顔も想像してしまいますね(苦笑)。

快方に向かっているようで、何よりです!

投稿: あきら | 2006年3月16日 (木) 23時19分

>あきらさま
じつは病気のペンデの仮面にも覆面をつけてみたのですが、とても怖くて、呪われそうだったので写真をとれませんでした。
それにしても今回の記事の下にある「おなら匂いを吸収下着」という広告が気になるな。

投稿: 田中真知 | 2006年3月17日 (金) 12時24分

 ルバ族のお面はマスクをかぶると筋肉マンににていますね。
今日、これから伊豆に行きます。伊豆高原のアフリカン・アート・ミュージアムを再訪しようかと思っています。一度しかいっていないのでゆっくりと見てみたいです。(時間があれば)

 東西線東陽町の竹中工務店でやっている北田英治さんのインドでのコルビジェの作品、チェンディガール内部の写真は私には衝撃的でした。田中さんも顔面が良くなって、人前に出られるようになったらぜひ。

 顔を冷やすのは麻痺に良くない、とオープンカーに乗る若いカップルを仮定して嫌味を言ったのは、ジジイの嫉妬です。でも、、、、若い二人がドライブの途中顔を見合わせたら、あるときそのうちの一人の顔がダラリ、、、はありうる。私にはどうでもよいことだが。

では。

投稿: 小松義夫 | 2006年3月19日 (日) 13時20分

>小松義夫さま
そうか。レスラーを連想したのは、キン肉マンに似ていたからだったのか。とくに口元が。

日本にはあまり知られていない個人美術館がいろいろあるようですね。何年か前、エジプトで考古学をやっている友人に聞いたのですが、彼のアメリカ人の先生が「日本に行ったらMiho Museumに行きたい」といったそうです。Miho Museumとは滋賀県にある個人美術館でエジプトやオリエントもののコレクションで有名らしいのですが、なんでも途方もなく広いらしく、しかも建物のほとんどが山中の地下にあるとか。建物の設計者はルーブルのピラミッドをつくった建築家だそうです。

投稿: 田中真知 | 2006年3月21日 (火) 10時50分

MIHO MUSEUMのホームページを見てみました。先ずムージアム全景がモノクロ写真ででてきて、好ましかったです。
早速、地図その他をプリントアウトして4月20日前後に訪れてみたい、と思っております。

行く途中、養老にある荒川修作(?)の公園も見てみたいが、時間があるかな、と思っております。時間は作るものですが、、、、。

MIHO MUSEUMのことはまるで知りませんでした。
情報ありがとうございました。

では。

投稿: 小松義夫 | 2006年3月23日 (木) 09時46分

 人頭模型の両耳にマイクを内蔵した<録音装置>を、ある音響機器メーカーが発売したことがありました。スーパーリアルサウンド。顔の周りの空気の流れを再現するとかで、たとえば、走る列車内で録音しヘッドフォンで再生すると、カタコトいう音に合わせてからだも揺れてるように感じる。という事でした。あれ、買った人いるのでしょうか。
 テレビ通販で、小顔マスクなるものを見たことがあります。補正下着様の素材で出来た、まさにレスラーマスク。寝てる間に引っ張り、汗かき、、、、。
 ついつい両方買ってしまった人は今頃置き場に困り、録音装置にマスクをかぶせて収納している事でしょう。

投稿: ヨコタニ | 2006年3月29日 (水) 05時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/21644/1060057

この記事へのトラックバック一覧です: 妻の贈りもの:

« ペンデの仮面の謎 | トップページ | イルカのくる渚に感動は待っているか? »