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夏休みの家 その2

子供の頃、父から「須坂の家でいちどだけ幽霊を見たことがある」と聞いたことがある。彼がまだ幼い頃ころ、夜中に、ふとめざめて目を開けると、部屋の天井に、侍の顔が浮かんでいたのだという。

「こわかった?」と聞くと、「こわいとは思わなかったな。若い侍で、白粉を塗ったような、とてもきれいな顔をしていた」と父はいった。

くわしいことは聞かなかった。その幽霊が出たのはどの部屋だったの、という質問が喉から出かかったが、それを聞いてしまったら、こんど須坂を訪れたとき、もうその部屋に入ることはできなくなってしまう。それを思うと、くわしいことをたずねる勇気はとてもなかった。

けれども、夏休みになって須坂を訪れる日が近づくにつれて、父親から聞いた幽霊の話が想像のなかでふくれあがっていった。幽霊の出た部屋というのは、母屋の奥の鎧甲と写真の飾ってある、あの部屋だろうか、だとしたらその幽霊というのは、あの鎧甲を着ていた侍だったのかもしれない。

いや、もしかしたら、父が子供の頃に寝ていたのは二階だったのではないか。以前、祖母が二階に上がってはいけないといったのは幽霊が出るせいなのだ。二階につづく階段を隠してしまったのもそのためなのではないか。そんな想像が頭のなかをぐるぐるめぐった。

たとえ、きれいな顔をしていても幽霊にはちがいない。もし運悪く幽霊に出会ってしまったときのために、ぼくはひそかに水木しげるの本に書いてあったいろんな幽霊の弱点を頭に入れたり、雑誌の付録についていた怪しげな幽霊退散のおまじないをそらんじたりした。

幸いにして実際に須坂の家で幽霊を目にしたことはいちどもなかった。けれども、この家にいると、ふとした拍子になにかに見つめられている気がしてはっとすることが、たまにあった。

それはたとえば、奥の部屋でひとりで夏休みの宿題をしているときだったり、障子を開け放した部屋の畳の上で午後のまどろみに入りかけたときだったり、夕暮れどき土蔵の暗がりをのぞき込んだときだったりした。そんなとき、ふと、あたりの音がかき消され、降るような蝉時雨だけががらんとした空間を満たす。そして、なにか見えないものが、その空虚な空間の奥からじっと自分を見つめているのを感じ、あわてて祖母の姿をもとめて居間へと走った。それは、ひょっとしたら、かつてこの家に暮らし、この家で亡くなった多くの祖先たちのまなざしだったのかもしれなかった。

祖父もこの家で亡くなった。祖父の記憶はほとんどないのだが、その葬式の場面はいまでもなんとなく覚えている。ふすまを取り外して大広間にした母屋に、白木の大きな祭壇がつくられ、その前にいくつもの灯明がともされていた。いつも薄暗かった部屋がその日は灯明のせいか、やけに明るく感じられた。

小学校に上がる前だったぼくには初めて目にする明かりの灯された葬式の祭壇は、心をときめかす、とてもきれいなものに見えた。門口に置かれた黒い枠のあるぼんぼりや灯明、ふだんは見たこともない花飾りも、なんとなくいつもとちがった華やいだ気分を呼びおこした。ふだんはがらんとした庭に黒い服を着たおおぜいの人たちがいるのを見るのも、わくわくして愉しかった。

祖父の死を悲しむには、自分はまだ幼すぎた。けれども、祖父の写真と骨壺が安置された仏壇に手を合わせていたとき、ふと背後からだれかに見つめられている気がした。そうなのか、と幼心にふと思ったのは、祖父は、いまやこの家をつつみこむ、しめやかな空気とひとつになったのだという奇妙な確信だった。

祖父はぼくにとって初めから遠い存在だった。奥の部屋の鎧甲や、そこに飾ってある古い写真に写っている知らない人と同じくらい遠かった。祖父はいま、そんな遠い知らない死者たちの仲間になったのだ、そして、この家のしずかな空間のなかで、それとわからないほどゆっくりと息をしているのだ。それは少し怖いことではあったけれど、いたずらをしたり、うかつなこと−−夜中に便所に行くとか−−をしなければ出会わずにすむとも思った。

祖母や伯母や叔父も、しずかな人たちだった。一時期、従兄弟がこの家の離れに暮らしていたことがあったけれど、それでも母屋の居間に流れていたのは、いつも静寂にひたされた端正な時間だった。従兄弟たちと遊んでいて、大声を出したりすると、座卓のそばにすわった祖母が、和服の背筋をのばしたまま一言強い口調で「騒々しい!」といった。大きな声ではなかったが、ぼくたちは冷たい刃物を当たられたように、身をすくませた。

町田の伯父や、北海道の伯父が来ているときは、ふだんよりはにぎやかだったし、談笑の声がはじけることもあった。そんなときでも、いつしか声もひそやかになり、やがて会話の間にさしはさまれる沈黙の存在感がしだいに大きくなり、ついにはこの家をつつみこむ深い静寂の中にとりこまれてしまうのだった。あたかも、この家を包んでいる静寂の底に分厚い澱が堆積していて、大きな音を立てて、その澱が舞い上がるのを怖れているかのようだった。

だから、ぼくは何度も会っているはずの伯父たちがどういう人なのか、ほとんど知らなかった。町田の伯父は恰幅がよく、堂々としていた。「伯父さんは英語がぺらぺらだから」と、親類のだれかが話していたのを聞いたことがある。北海道の伯父は穏やかな人で、会うとまず、ぼくの頭をやさしくなでてくれた。こちらの伯父は大学の先生をしているらしかった。二人ともやさしかったが、ぼくの他愛もない悪ふざけに、まともにつきあってくれるのは、着流しで、いつも碁を打っている叔父だけだった。
(つづく、たぶんあと2回くらい)

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コメント

田中さま

たまたまこちらのサイトを見つけました。
カイロで何度かご一緒した山口かおり(旧姓有馬)です。
ガイドだったりセミラミスで働いていたりした当時、何度かお宅にお邪魔したことがあります。

この一年ばかり中東関係と横浜の食べもの関係のブログをやっていて、ふと田中さんのお話を思い出して記事に上げました。

TBいたしますので、ご笑覧ください。

末筆ながら、奥様にもよろしくお伝えください。

>アリマさん
わっ! ほんとにお久しぶりです。
ルクソールのノボテル(だっけな?)でうかがった、バスの中で小便を袋に詰めてもってきたツアー客のおばさんの話が忘れられません。久しぶりなのに、いきなり思い出すのがこんな話ですみません。ともあれ、お元気そうでなによりです。

アリマさんのブログにあったカルツームの風景もなつかしい。本まで紹介していただきありがとうございます。

わ!なんか凄い話を覚えてらっしゃいますね。
あれは、でも、バスの通路で突然「大」を堂々としたオバサンの話です・・・(バス中がフリーズしたものでした)。

カイロの本は、愛読書ですよ。
メイドのウィダードとは、結局上手く行かなかったけれど、読むたびに懐かしい思いがします。

また立ち寄らせていただきます。
これを御縁に、また色々教えてください。

家ってホント、生き物みたいですね。
昨年の秋、ルーマニア北部のマラムレシュ地方を再訪しました。時代は変わりつつあり、住む人のいなくなった家が数多くありました。家は住む人がいなくなると崩壊に向け少しずつ滅びてゆきます。その滅びの姿が印象的でした。
10月にルーマニアの山奥に行きます。面白いトンガリ屋根の家が数多くあることを知りました。そのとき、ついでにマラムレシュにも行って滅びの形を撮りたいな、と思っているのですが、、、、。

遼東半島で変な家を撮ってきて、写真を現像中です。古代人はデジタルは使っていないのです。

中国は、、、、、、女の人のファッションが日本とほとんど変わらないのと建設中のビル、アパートがすごい。着いてしばらく唖然としていました。

このごろ中国に限らずどこに行っても「唖然」とすることが多い。

>小松田堂鐘さま
お帰りなさい。
青島に「海草屋根の家」は見つかりましたか。

「家は住む人がいなくなると崩壊に向け少しずつ滅びてゆきます」と聞いて、最近読んだ「黄色い雨」というスペインの小説を思い出しました。
著者はフリオ・リャマサーレスというひとで、最近読んだ小説の中ではだんとつにすばらしかった。
スペインの田舎の滅びゆく村の中に取り残された記憶というのか、あまりいうとネタバレになってしまいますが、小松田さんなら、すごくよくわかる感覚ではないかと思います。
重くて、暗いので、あまり人にはすすめられないのですが、ぞっとするほど美しく、幻想的な作品でした。

某メールマガジンで、先日の「虫関係」のお話とこちらのブログを紹介させていただきました。

記事をTBします。

本記事と関係ないお話で、たびたびスミマセン。

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