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エジプト・エアはなつかしい

エジプト・エアに乗るのは久しぶりだ。カイロに暮らしていた頃はエジプト・エアばかりだったが、以後は選択の幅もひろがって、あえてエジプト・エアに乗ることもなかったのだが、久々に乗ってみると、とてもなつかしい。

まず座席のテーブルの留め金のプラスチックのツマミがかたい。かたいなんてもんではなく、両手でひねらないと動かない。どうしてこんなにかたいのだろうと、よく見てみるととなりのツマミと形がちがう。いったん座席から外れてしまったのか、市販のねじ釘でとめてあるのだ。それだけならいいのだが、そのねじ釘が途中で曲がってしまったのか頭の部分をペンチのようなもので切ったらしく、その切り口が外に飛び出している。これはちょっとワイルドだ。まわりを見渡すと、ほかにもそんなワイルドなつまみがある。

前にすわった若いやつが、離陸からすぐに背もたれを倒しっぱなしにしている。機内で読むためのものをあれこれ用意してきたのに、狭くて作業にならない。前をのぞくと、長髪でサングラスをかけていて、耳にiPodをねじこんで寝ている。腹が立ってきて、膝で前の座席を押したり、揺らしたりしてやるが反応がない。さすがに食事のときは、「おい貴様、いいかげんにしろよ!」という内容のことを大人の対応でいってやったので、敵も背もたれをもどしたが食べ終わると、またぐいんと背もたれを倒す。大人の対応も疲れるので、後ろの方の空席に移ることにする。

空席はいくつかあったのだが、どれも読書灯がつかない。つくにはつくのだが、なぜかスイッチを入れると、後ろの席の読書灯がついたりするものもある。これは困るだろう。でも、読書灯がつくのがそこだけなので、前の席でスイッチを入れて、後ろの席へ移る。一番後ろから二番目で、後尾には数人のエジプト人乗務員が待機している。みなからだがでかい。複数人で待機している間はずっとおしゃべりしている。エジプト人は声がでかいうえ、よく笑う。「へへへへ、ワッライ?」(「マジ、ホントかよ?」の意)。一人になると、口笛を吹きはじめる。肺活量があるせいか、口笛とは思えないほどよく響く。

食事が終わった後は、飲み物のサービスはぜんぜんない。さすがにのどが渇くのか、乗客がしばしば後ろにやってきて、飲み物をもらって帰って行く。ぼくものどが渇いたので、なにかもらいに後ろに行くと、エジプト人乗務員があいかわらず談笑している。「なにか飲み物がほしいんだけど」というと、「イエス・プリーズ」といって、カウンターの上を指す。紙パック入りのジュースとミネラルウォーターのボトルなどが並んでいて、その横に使い捨てコップがある。乗務員はまた仲間とおしゃべりをはじめてしまった。セルフサービス、らしい。

自分でジュースを注いで席に戻って、ふと上に目をやると天井に着いている金属製のカーテンレールが外れてぶらぶら揺れている。これあぶなくないかと思って、少し不安になるが、うしろから響いてくる陽気な口笛を聞いていると、まあいいかというおおらかな気分になる、わけはない。

しばらく作業して、数時間眠ると、つんつんと肩をつつかれる。ぼんやりと頭を起こすと、エジプト人女性客室乗務員がなにやら文字の書かれたナプキンを目の前に差し出している。よく見ると、日本語で「お肉、おかゆ、てんぷら」と書いてある。日本人の客室乗務員が書いたものらしい。

エジプト人女性乗務員は無言でその紙をつきだしたままなので、なにか反応しなくてはならないのだが、こちらも起き抜けなので頭がすぐには働かない。一瞬してからそれが食事のメニューらしいと気づくと、なぜか彼女は急にその紙を下げると、もう一方の手で指を上に向けてすぼめるようにして、上下にふった。これは「ちょっと待て」という意味のエジプトのジェスチャーだが、知らない人にはなんのことだかわからないだろう。ぼくもなぜ、ちょっと待てなんだかわからないうちに、彼女は行ってしまった。それから20分ほどして「てんぷら」が運ばれてきた。さっきの紙はなんだったのだろうか。

最初に座った席の前の背もたれ倒し男は、あいかわらず寝ている。背もたれ倒し男には、自分はどうも縁がある。よく覚えているのは、エジプトでガイドの仕事をしていた頃のことだ。当事者はツアーに参加していたぼくのグループの女子大生だった。国内線に乗っていて、お茶が配られたあと、突然彼女の前の席の背もたれが勢いよく、うしろに倒されたのだ。その弾みで紅茶のカップがひっくりかえり、彼女の白いブラウスにかかってしまった。彼女は悲鳴をあげた。

前に座っていたのは、別の日本人ツアーに参加していた中年のオヤジだった。そいつは後ろをちらっと見たものの、あやまることもなく、知らんぷりをしている。彼女はもちろん怒って、なにするんですか、といった。ところが、そのオヤジもその奥さんもあやまろうとしない。それどころか、私には関係ないというのだ。

離れた席に座っていたぼくは飛行機を降りたときに、彼女のとなりに座っていた友だちからこのトラブルを聞いた。ひどい話だ。すぐにぼくはそのおやじのところに行って、あんた、ひどいじゃないですか、あんたのミスでこの子に紅茶がかかったのに、一言の謝罪もないとはどういうつもりなんですか、といった。

ところが、そのとき帰ってきた言葉に耳を疑った。忘れもしない。そのおやじは、こうのたまわったのだ。

「私は国際人だから、そんなことであやまる必要はない」

「はっ?」

ぼくは頭の中で、そいつの言葉をくりかえした。

わたしは こくさいじんだから そんなことで あやまるひつようは ない

こいつはなにをいっているんだ。頭がおかしいのか。

「あんた、なにいってるんですか? あんたのせいで、この子の服が汚れちゃったんじゃないですか。なのに、なんであやまらないんですか?」

オヤジはにやにやしながら、グループについて歩き出している。われわれのグループの一人のおじさんも、さすがに腹を立てて、そいつに「あなた、なにをしたかわかっているんですか、あの子の服をあんなにしたのはあなたなんですよ」とそいつにつめよる。でも、オヤジはどこ吹く風である。

となりにいた奥さんにむかって、ぼくは「奥さん、あなたの旦那のしたことは許されることではないですよ」というが、似たもの夫婦というのか、奥さんもまるで取り合おうとしない。腹が立ってきて、ぼくは、そいつの前にたちふさがって「おい、おまえ! おまえバカか、なにをしたかわかってんのかよ」といった。

すると、そいつがなんといったか。

「私は東大を出ているんですよ」

「はっ?」

わたしは とうだいを でているんですよ

これは冗談でもなんでもない。本当にそいつはこういったのだ。いまどき、どんなベタなドラマでも使わない科白である。しかし、本当にその馬鹿オヤジはそういったのだ。

こいつ、ふざけているのか。それとも、ほんとうに頭がおかしいのか。しかし、これだけでは終わらなかった。そいつは、そのあとなぜか突然英語でしゃべり出したのである。

「I prepared」

一瞬何をいったかわからなかった。

「はっ?」

すると、そいつはこっちが英語がわからないと思ったのか、上を向いて笑うと、もう一度いった。

「アイ・プレペアド」

かかってこいというつもりなのだろうか。だが、おやじの意図をはかりかねて、こっちは一瞬詰まってしまった。すると、そのときそのグループを率いていたメガネのエジプト人ガイドが騒ぎを聞きつけてやってきた。そいつにむかって英語で事の事情を説明した。ところが背もたれという単語がわからず、しばし口ごもっていると、オヤジがせせら笑った。すると、そのエジプト人ガイドが、「ワタシ、ニホンゴ、ハナセマス」といった。

そこでぼくは、このオヤジがどんなに無礼なことをしたのか、まくしたてた。エジプト人ガイドは、こちらの話を聞くと、両手を合わせて合掌のポーズをすると、「アナタハ イイヒトデス」といってこっちをさし、それからオヤジをさして、「コノヒトモ イイヒトデス」といった。おいおい、そいつはいい人じゃない、そいつは悪いやつなんだよ。どーしよーもないやつなんだよ、といっても、銀縁メガネのエジプト人ガイドは合掌するばかりである。なんなんだ、こいつは。話にならない。

ふたたびオヤジに向き直ってぼくはいった。おまえは最低だ。恥だ、日本人としてお前のようなやつが存在することが恥ずかしい。何が国際人だ。頭がおかしいのか、お前は……。すると、そいつもさすがにカチンときたのか、「それは聞き捨てならない言葉ですね」といいだした。こっちはもっとカチンと来た。バカヤロー、お前も、お前の奥さんも、自分たちがなにをやっているのかわからないのか。おまえら、人間の恥だな。

「だれか来てくださーい」と奥さんが声を上げた。さっきのアホ・エジプト人ガイドが、「サア、モウイキマショウ」といった。しかし、こっちはもう沸騰していた。おい、このホマール!(「バカ」の意) おまえの出る幕じゃないんだよ、このアホバカおやじは許せないんだよ。ぼくはオヤジの胸ぐらをつかんだ。奥さんがヒステリックに叫んだ。するとそばにいた被害者の女の子が、「もういいです」といって泣き出した。しかたなく、それ以上つめよるのをやめた。ツーリストポリスが来て、なにやらエジプト人ガイドに聞いている。「もういいです」と彼女の友だちもいうので、そのままオヤジのグループと別れることにする。後味が悪かった。じつに悪かった。そう、そんなことがあったのだ。

飛行機の窓からカイロの夜景が見える。カイロの夜は美しい。夜を彩るオレンジ色の光が、ところどころ闇の中に島をなしている。日本からカイロに着く便はたいてい夜だ。だから、このオレンジ色の夜景を見ることができる。あふれんばかりの人びとがあの光の下にいるのだと思うと、わくわくしてくる。あんなにエジプトにうんざりしていたのに、この夜景だけは別格である。

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コメント

はじめまして、私は「ある夜ピラミッドで」を読んで以来、
真知さんのファンになった一読者です。
「エジプト・エアはなつかしい」を読ませて頂きまして、
改めて「ある夜、ピラミッドで」を読み返してみたくなりました。
私がアラビア語を勉強している時、
「これは現在版"エジプトないしょばなし(田中四郎著)"のようですよ。」と言って
アラビア語の教授だった田中四郎先生にこの本を薦めたことがあります。
田中先生は真知本を読み終え、私に本を返す時に
「彼は(真知さんは)文章を書くのが上手いですね。
私も楽しませてもらいましたよ。」とおっしゃってました。

投稿: かまる | 2006年10月24日 (火) 15時51分

kamaru sama
Comment Arigatou gozaimasu.
Ima addis ababa nanode nihongo utemasen. Tanaka Shiro san no hon, kikoku shitara yonde mimasune.

投稿: Machi Tanaka | 2006年10月27日 (金) 23時22分

遅ればせながら今読み終わったところですが・・・
笑って笑って笑い転げました!!!


「東大オジサン」 「背もたれ男」 「いいかげんガイド」 「熱血真知さん」 「困って泣いちゃった少女」

役者勢ぞろいで、またひとつ楽しい(?)旅の思い出が出来ましたね♪


遠く離れた日本より、仙人と共に旅の安全を祈っております。。。。

投稿: 森ルン | 2006年10月30日 (月) 22時55分

アジスアベバですか?田中先生の著書の中に「クスリの話(田中四郎著)」というのがあって、アジスアベバでの先生の小話があったのを思い出しました。ご存知かとどうかわかりませんが、田中先生は、日本初アラビア語学科設立時の第一期生で、50年近く前、エジプトに留学されていた経験のあるかなりのツワモノです。

投稿: かまる | 2006年11月 2日 (木) 10時02分

「東大」の話、いやはや。自分のグループには責任かんじますよね。それを侮辱されたら怒るのはあたりまえだが、、、。
昔、ベールートの高級ホテル・セント・ジョージでビデにウンコをして流さず、そのままチェックアウトしようとした国会議員がいた。ホテルが注意したら「俺は国会議員だぞ」と返事をした。以後3年間、日本人は宿泊禁止になった。1960年中ごろの話です。でもこれは「東大」より恥の部分で可愛い話ですよね、なにしろウンコのことですから。ビデを生まれて初めて見たら、やっぱり何か、したくなるのではないかな。これは日本人の恥と言えるかもしれないが、「東大」は人間の恥ですものね。でももしかして国会議員の先生は視察旅行中、ヨーロッパで、ずーとビデにウンコしてチェックアウトしてきた人かもしれない、、、、。

投稿: 小松田堂鐘 | 2006年11月16日 (木) 12時58分

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