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エチオピアでサングラスをかけると

エチオピアからエジプトに戻ってきたので、ようやく更新できる。エチオピアのネットは回線速度がえらく遅いうえ、ホームページの表示すらままならなかった。

さて、エチオピアに入って早々にメガネを落として割ってしまった。目が悪いのでメガネがないと、ほとんどなにも見えないのだが、幸い、度付きのサングラスを持ってきていたので、それをいつもかけることにした。かなり濃いレンズなのだが、日の光がとても強い土地なので、昼間は快適である。

問題は夜である。エチオピアの夜は暗い。田舎に行くと街灯もない。そこにサングラスをかけると、もう真っ暗である。でも、サングラスを外すと物の輪郭が曖昧になり、暗い霧の中を歩いているようで、足下の石さえはっきり見えない。サングラスをかけると、もっと暗くなるのだが、物の輪郭や遠近感はなんとかつかめる。仕方なく真っ暗闇でサングラスをかけて歩く。芸能人みたいだ。

夜、部屋に入ってもサングラスをはずせない。エチオピアの宿の部屋というのは、どこもとても暗い。安宿だと、たいてい40ワット電球が一つだけである。そこに濃いサングラスをして入ると、もう闇の中である。部屋なのだからサングラスをはずしてもいいのだが、昼間撮影した写真をパソコンに読み込んだり、本を読んだり、書き物をするには、やはり裸眼だと見えにくいのでサングラスをかけてしまう。しかし、やはり世界が暗いと、どうしても陰気な気分になってくる。

それならビールでも飲みに行くかと外に出る。もちろんサングラスをかけているから、夜道はひたすら暗い。しかも、エチオピアのバーがまたどこも異様に暗い。40ワットの電球に赤いセロハンを巻いてあったりして、裸眼でも暗すぎると感じるのに、サングラスをかけていると、もう闇の中の手探り状態である。料理を頼んでも、闇鍋状態で、ビールのコップが汚れているのかどうかもわからない。

取材で写真を撮影するときも困った。山の中にある岩窟教会をめぐったのだが、岩を掘りぬいただけの教会なので中はとても暗い。もちろん電灯などない。壁画を見るために、僧が棒の先にローソクを灯して掲げてくれるところもあるが、こっちにはなにも見えない。ガイドが「みごとなものでしょう」というが、真っ暗なのでなんともいえない。とりあえずストロボをたいて撮影して、あとで見て、へえ、こんなものだったのかと納得したりする。

そんなふうだったから、室内の写真は失敗も多かったのだが、それでもなんとか取材を終えて首都のアジスアベバに戻ってきた。アジスアベバの宿は、エチオピアでも屈指の由緒のあるホテルなのだが、古い建物なので天井が高く、そこに例によって40ワットの裸電球がぽつねんとぶら下がっている。サングラスをかけたままだと、本を読むにも、パソコンで文章を書くにも、暗すぎて作業にならない。

そこで電気屋で150ワットの電球を買ってきて付け替えてみた。すると陰気な馬小屋のようだった部屋が、空港免税店の化粧品売り場のように煌々とした眩しい空間に生まれ変わった。裸眼だとやや明るすぎの感もあるが、サングラスをかけるとちょうどいい。さらに、もうひとつ使われていない電球ソケットがあったので、そこにも電球を買ってきてねじ込んだところ、パーティー会場のようになった。やはり、光は人間の心をゆたかにしてくれる。

アジスアベバも首都とはいえ、夜はまだまだ暗い。宿のあるピアッサという地区は、ブンナベットと呼ばれる、いかがわしい飲み屋が軒を連ね、麻薬の売人やポン引き、娼婦も多い界隈である。アフリカの都会の中では治安がよいほうだといわれているとはいえ、夜に歩くにはやや緊張する。ましてサングラスのせいで視界はほぼ真っ暗である。行き交う黒人の顔もほとんど真っ黒くつぶれてなにも見えないので、襲われたりしたらいやだなあと思いながら足早に歩く。

でも、真っ暗な中、サングラスをかけているのは、周りの人間にとっても奇妙に写るようで、「そんなんで見えるのかい」と聞いてくるあんちゃんもいる。そんなときは、そのまま無言でニヤリと笑うと、たいていそれ以上はなにも聞いてこない。

サングラスをかけていると、こちらの目の表情を読まれない。ふだんは、それがフェアじゃない気がして、めったにサングラスはかけないのだが、こうして何週間も昼も夜もかけっぱなしだと、だんだん慣れてくる。サングラスをかけると、大胆な行動にも出やすいことに気がついた。仮面をしているようなものかもしれない。

エチオピアはどこへ行っても、子供がうるさい。それもあいさつ代わりに、いきなり「ユー、ユー、ブル!」(おい、おまえ、カネ!)といってくる不届きなガキも少なくない。下校時の小学生の集団などに出くわすと、そのうち1ダースくらいがいつまでもついてきて、ずっと「ユー、ユー、ブル!」とか「ファランジ、マネー(ガイジン、カネ!)」と口々にいってくる。根性の悪いのになると、ポケットに手を突っ込んでくるやつもいる。彼らはべつに乞食やストリートチルドレンではなく、いたってふつうの小学生である。

いったい、どういう教育を受けているのか、となんどもこういう状況に出くわすたびにやりきれない思いでいたのだが、あるとき、アジスアベバ郊外の布市場で買い物していたときに、やはり同じ状況になった。そこはちょうど小学校の門のところで、折しも授業を終えた小学生たちが一斉下校するところだった。そろいの緑のセーターを着た彼らは、めざとくこちらの姿を見つけると、さっそく「ユー、ユー」「ブル!」「マネー!」と口々に叫びながら、まわりをとりかこんだ。

最初は無視していたが、やがてその中のいたずら好きがこっちのカバンをつついたりする。周りの大人が追っ払うが、何十人もの集団にふくれあがった小学生どもはもはや別の生き物と化していた。

「ユー、ユー」「ブル、ブル!」「マネー!」

濃いレンズの奥から彼らの顔を一人ひとりじっくり見回し、それから数を数えながら深呼吸をゆっくり五回くりかえす。

「ユー、ユー」「ブル、ブル!」「マネー!」

以前見たことのあるエチオピアの飢餓に苦しむ子供の写真を思い浮かべ、マザーテレサの祈る姿を思い浮かべ、行進するガンジーの姿を思い浮かべ、苦行する仏陀像を思い浮かべ、コーランの冒頭の文句や般若心経などを心の中で唱え、心の中に広げた半紙に「慈悲」という文字をゆっくり書いてみる。

「ユー、ユー」「ブル、ブル!」「マネー!」

つぎの瞬間、ぼくは足下にあった大きな石を手に取り、それを地面にたたきつけた。子供たちがさっと数歩下がった。ぼくは顔を上げると、校門からなおもはき出されてくる子供たちの流れをかきわけながら、学校の校舎にむかった。ファランジ! ファランジ!とまわりじゅうで歓声があがった。その子供の歓声の中を、ひたすら無言で校舎に向かい、最初に目に入った大人に声をかけた。先生か、と聞くと、うなずくので、これまでたまっていた思いの丈を、息せき切って英語でまくしたてた。

あんたの学校では子供たちにマナーというものを教えているのか。それとも、見も知らぬ外国の大人にいきなり「カネ、カネ」といいなさいとでも教えているのか。英語では、あいさつはハローというんだ、だが、このガキども、いや、このお坊ちゃまがたは、カネ!というのが挨拶だと誤解しているらしい。あんたも教育者なら、こんなふざけた態度を子供たちが平気でとることを同じ国民として恥ずかしく思うべきではないか。エチオピアが立派な国になるためにも、子供たちにきびしくマナーを教えてほしい。ユーユーだとか、ブルブルだとかいうのは、失礼なことだということを子供たちにちゃんと教えてもらいたい。見れば、この子たちはむずかしそうな英語のテキストをもっているけれど、一番の基本はちゃんとした礼儀正しい挨拶をできるようにすることではないのか。

こちらの剣幕に押されたのか「先生」は少しおどおどしていた。それでもときどきうなずいたり、眉をしかめたりして、こっちの話に共感はもってもらえたようだった。たしかに手応えを感じて、ぼくはさらに子供の教育について持論を展開した。子供たちがまわりをドーナツ状にとりかこみ、ファランジーとか、ユーユーといった嬌声が飛び交っていた。校門のところからは町の人たちが事の成り行きを見守っていた。

「先生」がなにかいいたそうにしているので、ぼくは言葉を切った。言い分があるなら聞こうではないか。「先生」は、アイ、アイとかいいながら、申し訳なさそうに小首を振った。それから片手をあげて、イングリッシュ、リトル……と小声でいった。イングリッシュ、リトルって……だって、あなた、うなずいていたじゃないですか!

ひょっとしてなにもわかっていなかったのか。そこで「キャン・ユー・アンダースタンド・イングリッシュ?」と聞くと、「先生」は照れくさそうな笑みをうかべて、目をぱちくりしている。

あなた先生ですよねと、ぼくは念を押した。すると「先生」はそれもわからないというふうに首をふった。どうやら最初から適当に返事していたらしい。ぼくはまわりの子供に向き直って、「先生」を指さしながら「ティーチャー?」と聞くと、みんな首を振る。なんだよ、じゃあ、だれなんだよ、この人は。「先生」は申し訳なさそうな顔をして、そそくさと行ってしまった。たまたま校庭にいた関係ないひとだったらしい。がっくり。。。

ハア、と大きなため息が出た。どっと疲れが押し寄せてきて、ぼくはその場にうなだれた。いったい、自分はなにをやっているのだろう。さっきまでの興奮がすっかりしぼんで、脱力感だけが残った。近くの木の枝で鳥が鳴くのが聞こえた。

そのとき、不意にぼくの手が握られた。顔をむけると、坊主頭の男の子がぼくの手を取り、白い歯を見せて笑っている。反対側でべつの男の子がもう一方の手を取った。すると、まわりの子供たちも、競って手を伸ばし、ぼくと手をつなごうとした。

ぼくは先ほどまでさんさん腹を立て、ののしっていた子供らを両手いっぱいにぶら下げるようにしながら、複雑な思いで校門を出た。後ろからファランジ、ファランジとはやし立てる声が追いかけてきた。通りすがりの大人たちがじっと見ていたが、そのときサングラスの奥でぼくがどんな目をしていたのかは、彼らにもけっして想像つかなかったことだろう。

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コメント

こんにちは。

懐かしいですね。エチオピアのクソがき。(笑)

スリ、泥棒、うそつき、ぼったくり等、大抵の小悪人になら2日でひとそろい出会えるアディス・アベバ。

アディスには温泉(というか、天然個室風呂)がありましたね。

ひー。エチオピアかぁ。
また行きたいような行きたくないような、でも行きたいような…。


帰国してイワシのなめろうを作ってビールのつまみにし、先ず風呂に入り、寝たが変な時間に起きてしまった。
パリでセキュリティーチェックが長くエールフランス便に乗り遅れた。次のJAL便を手配してもらったが、久しぶりのJALに乗り、その凋落ぶりに驚いた。なっていないのである。

眼鏡をかけ始めて日があさく、眼鏡をかけている人がどんな日々を送っているのかわからなかったが、この文章でよくわかった。かくいう自分もハンガリーで読書用の眼鏡を壊した。以後非常に不便でありました。

昔、異常に眼がよく見えたので年をとって眼鏡を使わなければならなくなって、少しとまどっていました。

成田で紅葉がそれほどでもなくて意外でした。
では、無事のご帰国を。

>ダさん
天然個室風呂、一等(約180円)に入ったのですが平日の午後で二時間待ちでした。お湯がたっぷり出るのがうれしいですね。

>小松田さん
カイロでめがねをつくると安いのですが、乱視が入るとむずかしいらしいです。元になるメガネがあって、まったく同じ物をつくるのならば半日でできます。イタリア製のフレームでレンズ込みで5000円くらい。ただ細かい調整などは期待できないようですが。

エチオピアでは子供もさることながら大人にもかなりへこまされました。
外国を旅行する時は「その国にお邪魔させてもらっている立場なんだから、謙虚な気持ちで」というものをいちおう信条として持っているんですが、そんな殊勝なこちらの思いを蹴散らしてくれますね、あの国は。

今でもエチオピアのことを思い出すと、苦々しく、腹立だしく、それでいて無性に懐かしい、愛憎入り混じった複雑な気持ちになります。

エチオピアを旅行した後だと(スーダン人はもちろんのこと)あのエジプト人ですらいい人達に見えてしまうのだから、エチオピア人、たいしたものだと思います…。

>あんばささま
そうですね。となりのスーダンなど同じくらい貧しいのに、客人に対しては礼をつくそうとするプライドを感じますが、エチオピアでは最初からめぐんでもらって当然みたいな態度に出られて面食らうことが少なくないですね。でも、それでいて「無性に懐かしい」というのもわかる気がします。

真知さん、ちょっとご無沙汰です。
あまりコメント書かなくてスミマセン。
このお話しはとても……なんというか、行儀悪くごはんを食べながら読んでいたんですが、何度もブッと吹き出してしまい。でもいい話。
椎名誠氏のたとえを使っては不本意でしょうがおもしろかなしずむに満ちています。
真知さんだけが、こんな体験や思いをしているわけでは決してないだろうとは思うのだけど、やはりすごく特異なコトのように見えるというか。
とりあえず。お粗末。

眞紀さん、お久しぶりです。
エチオピアの田舎でも、なんどか子供に手をつながれました。
そのくせ、べつの子供は「ブル、ブル」いってくるのでどう距離をとればいいものか悩みました。
これからも、ときどきなんか書いてくださいね。
ぼくはダンカンの歌が好きです。

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