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私の恥ずかしい写真、あげます

いまさら、あけましておめでとうでもないが、やっと今年初めの更新である。新年だから、景気のいい話で始めたいと思ったのだけど、なかなか景気のいい話がない。それどころか、身の回りの景気がへんである。

毎年4等が1枚くらいは当たっていたお年玉付き年賀状も、今年はまったく当たらなかった。テレビは工事でアンテナが破壊され映らなくなった。また、コーヒー豆に紛れ込んでいた石のせいで、長年使っていた手回しミルの刃が欠けた。新しいミルを買わなくてはと調べたら、同じ型のミルをつくっていたドイツの会社は去年倒産したとかで、もう手に入らないという。やれやれと思っていたら、この前は3年くらい使っていたデジカメを紛失した。こんなんでは、いつまでたっても更新できないではないか。

デジカメがないことに気づいたのは、なくなってから何日もたってからだった。どこでなくしたのか、初めはまったく思い出せず、カレンダーの日付を見ながら、この日はなにをしたっけと霧の中を探るように乏しい記憶を引っ張り出していった。

そのうち、はたと思いあたったのは前の週末のできごとだった。その日、奥さんと近所の公園へ散歩に行ったのを思いだした。そのとき背負っていったリュックに、たまたまデジカメが入っていた。そこで公園に着くと、梅だかなんだかの花のつぼみを二、三枚撮影した。つまり、そのときは、まだデジカメはあったのだ。

さらに、その後の記憶を探るうちに、すっかり忘れていたとんでもないできごとを急に思い出して血の気が引いた。というのも、あのデジカメのメモリーには、奥さんが撮影した、ぼくの恥ずかしい写真が収められていたからだ。なんということだろう。

記憶がはっきり甦ってきた。あのとき、奥さんはダイコンを手に「これ、つっこんじゃうからね」といったのだ。そんなことしたら、こわれちゃうよ、やめてくれと拒んだのだが、彼女は容赦なかった。ぼくを後ろ向きにすると、ダイコンを一気につっこんできた。ああ、こんな格好はとても人には見せられない。しかし彼女はそれでも飽きたらず、さらに、4分の1に切った白菜までつっこもうとする。恥ずかしいからやめてくれ、と抵抗しても、彼女は、ちゃんと後ろ向いてなさいといって白菜をねじ込んでくる。そして、あろうことか、その情けないぼくの姿を、デジカメで撮影したのだった。なんという屈辱。しかし、よりによって、そんな写真を収めたままのデジカメを紛失してしまうとは……。

デジカメを拾ったのが悪いやつで、もし写真をいかがわしいサイトにでも投稿されたら、どうなるのか。幸い、背後から撮影したものなので顔は映っていないが、そんな写真がウイニーとか、そういうのでネットにばらまかれ、そのうちに個人情報まで特定されてしまったりしたら、どうすればいいのだ。知り合いから、さりげなく、「変わった趣味をお持ちのようですね」などといわれたら、なんと答えればいいのだろう。

誤解を解くためにも、ここでいっておかなくてはならない。そう、あれは公園の帰り道だった。途中にあるスーパーで野菜やら牛乳やらを買ったのだ。レジ袋が有料だったので、背負っていたデイパックに買った物をつめたのだが、どうしてもダイコンと白菜が入らない。どうしようかと考えていると、奥さんがぼくの背のデイパックの左右のメッシュのポケットに目をつけた。そして、左のポケットにダイコンを、右のポケットに白菜をつっこんだのである。そして、その情けない姿を、奥さんが後ろから写真に撮ったのである。けっして、趣味というわけではない。

いや、そもそも問題はデジカメがどこでなくなったかである。ともあれ、このときまではデジカメはたしかにあったのだ。それから15分ほどの道を、背中にダイコンと白菜をさしたまま歩いて帰宅した。近所の人に見られないよう、こそこそと人気のない道を選んで足早に帰ったのを覚えている。

デジカメがないことに気づいたのは、それから数日後である。家の中をいくら探しても見つからない。ということは、あの写真を撮ってから、家までの道のりの途中で落としたとしか考えられない。ジャンパーのポケットにでも入れていて、何かの拍子で落ちたのだろうか。人の少ない道だから、だれかにすられた可能性は低い。いずれにしても、あのスーパーから家までのどこかでデジカメはなくなったのだ。

紛失に気づいた翌日、警察に電話したが、デジカメの落とし物はなかった。一応、紛失届を出して、もし見つかったら連絡してもらうということになったが、まず無理だろう。

それにしても、あのデジカメを拾った人が、メモリーの中身を覗いて、あの写真を見たら、どう思うだろう。背中のリュックサックの左右にダイコンと白菜をさした男の後ろ姿は、どう見てもへんである。だが、これを読んでくれた人なら、その背後にある深い事情をきっと理解してくれるものと信じる。

もし、どこかでリコーのカプリオGXというデジカメを拾って、メモリーの中に、いま述べたような写真を見つけた方は、どうか私までご連絡ください。お礼に、あの写真をプリントして、額に入れてプレゼントいたします。そんなわけで、本年もよろしくお願いします。


あと、以前このデジカメを紹介してくれた人類学者のlalombeさんも書いている『旅行人』エチオピア特集が発売中です。読みでのある、なかなか濃密な特集になっていると思います。こちらも、よろしくお願いします。

No154_170pix

 

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コメント

旅行人、エチオピア特集面白いですね。表紙の写真が実に不思議。遠い昔に見たことのあるような光景ですね。(実際は見ていないのだが)

大根はホント、困りますね。数年前、近くの質屋でルイビトンの肩掛けバッグが6000円で売りに出ていました。そのバッグに生け花的に大根を突っ込み、ネギなどで彩りをそえて肩にかけるといいんじゃないか、と買い求め実際「大根とネギの生えるルイビトン」という日仏理解促進の作品をかついで家に帰りました。自分では国際理解に役立つ作品だ、と思いましたが家人はルイビトンに反発、俗っぽい、ミーハー、唾棄すべきブランド崇拝、とクソミソでした。
世間の目も冷たく「それはないんじゃないの」「本気でルイビトンを持っている人に失礼だよ」など私の日仏理解促進生け花をかつぐ姿を見た、いつも行く床屋は髪を刈りながら言いました。そいつの首を絞めてやろうか、と思いましたが理性でやめました。なにしろ向こうはカミソリを持っていますからね。

結局、そのルイビトンは五反田ガード下のヤキトリ屋のマリちゃんにあげました。彼女がそれにネギを入れて歩いてもらいたい、と願いつつ。

大根って厄介ですね。
大根の姿を思うと、緊張感がゆるんでしまう。締め切り近い原稿を書く気が失せる。困る。

投稿: 小松田 堂鐘 | 2007年2月 8日 (木) 02時05分

左にダイコン、右に白菜。

身を張ってそんなことしてくれる旦那様。
私なら間違いなく、惚れ直しますね。
思わず写真に納めた奥様の気持ち、
ものすごく共感します(笑)

投稿: アリ | 2007年2月 8日 (木) 22時05分

>小松田堂鐘 さま
旅行人の表紙、印刷したら少しつぶれてしまったのですが、立っているほうの修道士はじつは笑っています。

大根はほんとに困ります。あと、ネギも。買った店で二つに切ってもらえばいいのでしょうが、家に帰るまではなるべく切りたくないので、そのまま持って帰るのですが、自転車の前かごから大根とネギを飛び出させて走るのは、ちょっと恥ずかしい。そんなときにかぎって、近所の奥さんと顔を合わせたりする。ルイビトンにネギをつっこんで歩くというのは、考えただけで爽快ですね。

>アリさん
うれしいお言葉、ありがとうございます
でも、奥さんは惚れ直して、ということではなく、笑いものにしたくて写真に撮ったのだと思います、たぶん。

投稿: 田中真知 | 2007年2月 9日 (金) 20時54分

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