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2007年5月

気分はグレートジャーニー

前回の記事を書いたら写真家の小松義夫さんから、あの関野吉晴さんもグレートジャーニーの途上、パナマで鼠径ヘルニアになって帰国してメッシュ式の手術を受けたとの話を聞いた。術後は、ふたたび現地に戻り、自転車やカヌー、橇などで旅をつづけたとのこと。鼠径ヘルニアになっても、手術すればほぼ完全に治ってしまうことを身をもって証明したのである。


鼠径ヘルニアという病気は古代エジプト時代から知られていたらしい。紀元前2300年頃のエジプトの墓に、すでにヘルニアを患っていると思われる人物のレリーフが残されている。

Hernia


この人はどうやら沼地で網でカモなどを捕まえる漁師のようだ。その下腹部を見ると陰嚢が大きくふくれあがっている。鼠径部からはみ出した腸がそのまま下にずりおちて、陰嚢に入り込んでしまった状態と見られる、とある学者が分析している。陰嚢水腫という可能性もなくはないが。


いずれにしても当時はろくな治療法もなかった。医学について書かれたその頃のパピルスによると、「(ヘルニアを)腹の中に押し込めるために患部を温めなさい」という指示があるくらいだという。しかし、これではいつまでたっても治らない。


漁師は立ち仕事だし、ふんばることもあっただろう。そんなある日、ぽっこり腸が鼠径部からはみ出してしまった。漁師はときどき、その出っ張りを手で押し込めながら、だましだましつきあっていたのだが、そのうちにお腹の中に戻らなくなってしまった。そして、ついにはレリーフのような状態になってしまった。でも、漁師はそれにもめげることなく、沼地でカモを捕りつづけていたのだろう。運悪く腸が壊死して亡くなったかもしれない。


当時のミイラからはヘルニアの跡と断定できるものは見つかっていないという。というのも、横になるとヘルニアは引っ込んでしまうし、エジプトでミイラをつくるときには腐りやすい内臓は取り除いてしまう。このためはっきりヘルニアと断定できる痕跡がミイラには残らないのである。


ところで、鼠径ヘルニアは、二足歩行というヒト特有の姿勢と大きくかかわっているという。二足歩行は、四足歩行に比べて、鼠径部(足の付け根)の筋肉に大きな負担を与える。このことがヒトが鼠径ヘルニアと縁を切れない大きな原因だと述べる解剖学者もいる。
 

この話を聞いて、鼠径ヘルニアはヒト特有の病気だと書いたところ、犬にも鼠径ヘルニアがあるというコメントをいただいた。調べてみたら、そのとおりだった。ネコやウマが鼠径ヘルニアになることもわかった。つつしんで訂正させていただきます。

 
とはいえ、ヒトが二足歩行という進化にともなって、四足動物よりもいっそう鼠径ヘルニアになりやすい身体を獲得することになったのはたしかなようである。ほかにも肩こりとか、腰痛とか、難産とか、股関節関係の病気も二足歩行による弊害と見られている。


鼠径ヘルニア患者は、四つ足時代の古い身体からの脱出と、二足歩行の獲得というダイナミックな進化のドラマのただ中にいるのである。「早く人間に(霊長類ヒト科の生き物に)なりたい」−−その思いが鼠径部の隆起という形で声なき叫びを上げているのだ。そう考えると、恥ずかしいどころか、生物進化の神秘の道筋、もう一つのグレートジャーニーを身をもってたどっているような、ちょっと誇らしい気分になりはしないだろうか、なんとなく。

 

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鼠径ヘルニアなんて恥ずかしくない 1

ふだん自分のからだをしげしげと見ることなどあまりないので、初めてそれを見たときは少なからず驚いた。右脚の付け根の少し上あたりに、まるでピンポン玉でも入れたみたいなぽっこりとしたふくらみがある。なんだ、これは? いまから2カ月ほど前のことだ。
 

そういえば、以前からそのあたりで腸がつるりとずれるような感覚があったのだが、痛みもなかったので気にもしなかった。しかし、このふくらみはふつうではない。指で押すとお腹の中に戻るのだが、鼻をかんだり、くしゃみをしたりすると、押し込んだ部分がつるりとすべる感覚があって、またぽっこりとふくらんでしまう。むむ、これは、いわゆるヘルニア(脱腸)というやつではないか。

 
ネットで調べてみると、やはりそうだった。正しくは鼠径ヘルニアというらしい。脚の付け根の鼠径というところの隙間から、腸の一部がはみだしてくるのである。

 
原因はというと、幼児の場合は先天的だが、大人の場合は年齢とともに力の入りやすい鼠径部の筋組織が弱ってしまうためだという。40代以上の男性に多いらしく、とくに立ち仕事や腹圧のかかる仕事に従事している人に多いともいう。立ち仕事も腹圧のかかる仕事もしていないのだが、ひとつ思いあたるのはこのところやたらくしゃみが連発して出るようになっていたことだ。

花粉症というわけではないと思うのだが、いちどくしゃみが出ると、連続して4回から5回、ときにはそれ以上出る。しかも音が大きい。子供のときは、よく中年のおやじが「へーくしょい!」とバカでかいくしゃみをするのを見て、なんて品のないくしゃみだ、あんなおやじにはなるまいと思っていたのだが、気がついたら自分も同じようなくしゃみをしているのだから、いやんなってしまう。


べつに好きでしているわけではない。どうも、おやじのくしゃみがでかいのは医学的な理由があるらしい。なんでも加齢によってからだの免疫力が落ち、そのため体内に入った異物を自力で出さなくてはならなくなるため、必然的にくしゃみがでかくなるらしい。しかし、くしゃみの威力というのは、じつは人間の発揮する瞬発力の中でおそらく最大のものなのだ。

 

なにかで読んだのだが、くしゃみの初速は実弾並みで、その際にからだにかかる反動は数百キロにのぼるという。実際、くしゃみをするとき下腹に手をあてると、すごい圧力がかかっているのがわかる。このせいで鼠径部に内側からくりかえし圧力がかかり、ついには鼠径部をこじあけて腸が飛び出してしまったのかもしれない。それにしても、昨年は顔面神経麻痺で顔の半分がだらりとずり落ちるし、今年は腸がはみ出すし、年をとるとからだのしまりがなくなるなあ。

で、鼠径ヘルニアだが、気づいたときにはとくにつよい痛みがあるわけではなかった。しかし、そのまま放っておくとはみだした部分が戻らなくなることもあるという。ひどいときには腸が壊死を起こして命にかかわることもあるので、なるべく早く手術をしたほうがいいという。

 

手術なんていやだなあ、と思っても、いちど出てしまったヘルニアが自然に治ることはないという。実際、いくら押し込んでも、だんだん外に出てくる頻度が増えていくのがわかった。くしゃみをしたり、鼻をかむときには、かならず片手で下腹部を押さえていなくてはならなかったし、外を歩くときも、なにかの拍子でぽこっと出てしまいそうになるので、手で下腹部を押さえておく。

 

しかし、人の多い街なかを歩いているとき、とくに女性の多いところで、自分の下腹部に手をあててもぞもぞやっているとなにやら勘違いされそうなので、ポケットに手を入れて下腹を押さえたりもしたが、これを鏡に映してみると、いかにも不自然で変態っぽく見える。かといって、始終私が下腹部を押さえているのは、医学的な理由があるからですとアピールして歩くわけにもいかない。そのうち、笑ってもぽっこり、咳してもぽっこり、深呼吸してもぽっこり、階段を上ってもぽっこり、おならしてもぽっこりと、いよいよ情けなくなってきた。

 

これはもう手術を受けるしかない。そこで、いろいろ調べてみると、ヘルニア手術といってもいろんな方法があることがわかった。一つは、昔から行われていた方法で隙間のできた筋組織を縫い合わせるというもの。ただし、これだと術後、傷口がつれたり、再発率が高いというリスクもある。

90年代になってから導入されたのは、筋組織を縫い合わせず、隙間にメッシュでできた人工補強材を入れて腸が出ないようにする方法である。これだと再発率が低く、術後の痛みも少ないという。ただし、このメッシュ法にもいくつかのパターンがあり、それぞれに一長一短がある。

 

あれこれ調べまわって悩んだ末、メッシュを用いた手術法の中でも、もっとも新しいという「ダイレクト・クーゲル法」という手術を受けてみようと決めた。ただし、この手術法を実施している病院は近所にはなく、結局、横浜にある病院まで行くことになった。それにしても、病気の知識から、手術法の詳細、それにその方法をとっている病院や医師についてまでネットで調べられるとは、まったく便利な世の中になったものである。

 

話変わるが、ぼくの子供の頃は「脱腸」というと、なんとなく恥ずかしい病気というイメージがあった。意味もわからず「やーい、だっちょ、だっちょー」といって、友だちをからかうのに使った記憶もある。日本の鼠径ヘルニア患者数は年間15万人くらいだというから、700人に1人くらいはヘルニア経験者ということになる。ただし、いまだに「恥ずかしい病気」というイメージは根強いらしく、ヘルニアになっていても医者にかかろうとしない潜在的な患者がけっこういるはずだともいわれる。痛みもないし、命にもかかわらないので、ついつい放っておきがちなのだろう。気持ちはわかる。

 
しかし、やはり医者には行ったほうがいい。ヘルニアだからって、恥ずかしがる必要などない。

 
次回も予定を変更して−−予定なんてないのだが−−鼠径ヘルニア予備軍の方々のために、鼠径ヘルニア手術体験記をお送りします。

 
 

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