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気分はグレートジャーニー

前回の記事を書いたら写真家の小松義夫さんから、あの関野吉晴さんもグレートジャーニーの途上、パナマで鼠径ヘルニアになって帰国してメッシュ式の手術を受けたとの話を聞いた。術後は、ふたたび現地に戻り、自転車やカヌー、橇などで旅をつづけたとのこと。鼠径ヘルニアになっても、手術すればほぼ完全に治ってしまうことを身をもって証明したのである。


鼠径ヘルニアという病気は古代エジプト時代から知られていたらしい。紀元前2300年頃のエジプトの墓に、すでにヘルニアを患っていると思われる人物のレリーフが残されている。

Hernia


この人はどうやら沼地で網でカモなどを捕まえる漁師のようだ。その下腹部を見ると陰嚢が大きくふくれあがっている。鼠径部からはみ出した腸がそのまま下にずりおちて、陰嚢に入り込んでしまった状態と見られる、とある学者が分析している。陰嚢水腫という可能性もなくはないが。


いずれにしても当時はろくな治療法もなかった。医学について書かれたその頃のパピルスによると、「(ヘルニアを)腹の中に押し込めるために患部を温めなさい」という指示があるくらいだという。しかし、これではいつまでたっても治らない。


漁師は立ち仕事だし、ふんばることもあっただろう。そんなある日、ぽっこり腸が鼠径部からはみ出してしまった。漁師はときどき、その出っ張りを手で押し込めながら、だましだましつきあっていたのだが、そのうちにお腹の中に戻らなくなってしまった。そして、ついにはレリーフのような状態になってしまった。でも、漁師はそれにもめげることなく、沼地でカモを捕りつづけていたのだろう。運悪く腸が壊死して亡くなったかもしれない。


当時のミイラからはヘルニアの跡と断定できるものは見つかっていないという。というのも、横になるとヘルニアは引っ込んでしまうし、エジプトでミイラをつくるときには腐りやすい内臓は取り除いてしまう。このためはっきりヘルニアと断定できる痕跡がミイラには残らないのである。


ところで、鼠径ヘルニアは、二足歩行というヒト特有の姿勢と大きくかかわっているという。二足歩行は、四足歩行に比べて、鼠径部(足の付け根)の筋肉に大きな負担を与える。このことがヒトが鼠径ヘルニアと縁を切れない大きな原因だと述べる解剖学者もいる。
 

この話を聞いて、鼠径ヘルニアはヒト特有の病気だと書いたところ、犬にも鼠径ヘルニアがあるというコメントをいただいた。調べてみたら、そのとおりだった。ネコやウマが鼠径ヘルニアになることもわかった。つつしんで訂正させていただきます。

 
とはいえ、ヒトが二足歩行という進化にともなって、四足動物よりもいっそう鼠径ヘルニアになりやすい身体を獲得することになったのはたしかなようである。ほかにも肩こりとか、腰痛とか、難産とか、股関節関係の病気も二足歩行による弊害と見られている。


鼠径ヘルニア患者は、四つ足時代の古い身体からの脱出と、二足歩行の獲得というダイナミックな進化のドラマのただ中にいるのである。「早く人間に(霊長類ヒト科の生き物に)なりたい」−−その思いが鼠径部の隆起という形で声なき叫びを上げているのだ。そう考えると、恥ずかしいどころか、生物進化の神秘の道筋、もう一つのグレートジャーニーを身をもってたどっているような、ちょっと誇らしい気分になりはしないだろうか、なんとなく。

 

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

真知さん

よくエジプトのヘルニアの記述をみつけましたね。感心します。たしかに温めてもだめそうですね。

昨日、友人のOさん宅で、日本から調査に来ているE子さんとギザで一緒に働いているYさんと食事をしました。真知さんがヘルニアであったことを伝えたら、皆、心配していました。「腰、大丈夫ですか?」、「腰はきついからな・・・」

「いや、椎間板ではなくて、脱腸ですよ」というと、一気に爆笑されてしまいました。

ヘルニアと脱腸ではどうしてこうも反応が違うのでしょう。

ただ、一人E子さんだけは笑わず「いや、わたしも小児性ヘルニアを2回やってるんです。あれは笑ったら本当に痛いです」と心痛な面持ちで同情していました。気分はグレート・ジャーニーの話しをしたら、「じゃあ私も進化の最先端だったんですね」と目を輝かせていました。

皆さんから「お大事にされてください」とのことです。


投稿: 河江肖剰 | 2007年6月 9日 (土) 01時49分

>河江肖剰さま
ありがとうございます。
脱腸というといまだにイメージがわるいのだな。
そんな中、痛みを知っているE子さんのような女性を私は尊敬します。E子さんをエジプト・ヘルニア同盟の名誉会員に推挙したことを本人に伝えておいてください。

投稿: 田中真知 | 2007年6月 9日 (土) 14時37分

 ヘルニアに限らず、そういう体験は発表するべきだ、と思います。生きる勇気と知識をもらえるからです。人間肉体というはかない存在。非常に弱くまた強い。その存在の個人体験を語る、ということはヒューマニズムの基本だと思います。だからグレート・ジャーニーなんですね。

流星、つまり隕石に直撃されて亡くなったかたもいる、と思う。その方は運が悪いのか、良いのかわからないですが、、、。一方、病気などで、もう駄目だと医者に言われて20年以上生きた人もいる。人間ってわからないですね。

旅行中のマラリアの体験など、どんどん発表するべきだと思います。A型肝炎、狂犬病、しかりです。

投稿: 小松田 堂鐘 | 2007年6月10日 (日) 16時35分

はじめてコメントします。
犬は鼠径ヘルニアにならないと書いてありますが、うちの犬は鼠径ヘルニアになったことがありますし、犬にとってめずらしい病気?ではないみたいですよ。

投稿: sanji | 2007年6月10日 (日) 21時10分

>小松田堂鐘さま
旅行中の病気体験、えたいの知れない発疹とか膿瘍とかいろいろありました。奥さんはザイール川下りの間に二度のマラリアとアメーバ赤痢になりました。旅は自分のからだを見直すいい機会でもありますね。

>sanjiさま
貴重なご指摘ありがとうございます。調べてみたら、犬ばかりでなく、ネコもウマもカニクイザルも鼠径ヘルニアになるようですね。野生動物の鼠径ヘルニアが、どのような原因で、またどの程度の割合で起きるのかはわかりませんが、二足歩行動物にかぎった病気ではないのですね。
解剖学関係の本に、鼠径ヘルニアは二足歩行になったことでヒトが抱えることになった病気の一つとあったので、早合点してしまいました。つつしんで訂正いたします。

投稿: 田中真知 | 2007年6月11日 (月) 01時37分

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