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眠るひと

高校生の同居人がいる。要するに息子なのだけれど、これが朝まるで起きられない。学校までは自転車でも通える距離なので、そんなに早く起きなくてはならないわけではない。


遅刻をして困るのは本人なのだから、べつに起きないのはかまわないのだが、いやなのは、彼のセットした目覚まし時計のベルで、こっちがへんな時間に起こされてしまうことである。


どういうつもりなのかわからないのだが、彼は目覚ましの鳴る時間を朝の5時半とかにセットしたがる。完全に起き上がるまで寝床で煩悶する時間を考慮しているのかもしれないが、ほんとうの理由はわからない。いずれにしても、それで起きたためしはない。


彼の使っている目覚ましは、とても音が大きい。うるさくて隣の部屋にいてもこっちの目が覚めてしまう。さすがに本人も本能的にうるさいと感じるのか、隣の部屋からは目覚ましを時計をバチッと引っぱたく音が聞こえてくる。


しかし、リピート機能というのか、3分くらいたつとまた鳴り出す。またバチッと止める。まだ鳴り出す。またバチッ。これが10回くり返されると目覚ましは沈黙し、本人は安心して深い眠りに入る。このくらいの年齢の頃は、眠いのはわかる。逆にこっちは年のせいか、朝すぐに目が覚めてしまう。恨めしい。


あるとき、このままほおっておいたら、どのくらい寝るのだろうと思ってほおっておいた。数時間後、もぞもぞと音がしたのでのぞいていたら、ゆっくりと伸びをして起き出して、時計を見て「さいあくだ〜」とつぶやく声がした。昼の12時半だった。まるまる午前中遅刻だ。


それでも懲りたようすもなく、あいかわらず10回目覚ましを叩いて、ぐっすりと熟睡というパターンをくりかえす。蹴飛ばそうと思ったが、やはり暴力はいけない。


そこで、ある日ふと思いついて、カラーサインペンを何本かもってきて、寝ている彼のほっぺたに渦巻き模様やイラストなどをあれこれ描いてみた。これも愛の鞭である。


1時間くらいたってもぞもぞと起きる気配がした。すでに遅刻は必至なので、このまま出かけてしまったらどうなるだろうと観察していたのだが、トイレに入るときに鏡を見て気づいたようで洗面所でごしごし顔を洗っている。ずっと無言である。顔を洗い終わると、ドアをバタンと大きな音を立てて閉めて出ていった。


愛の鞭も効を奏さずその数日後、また眠りつづけている。途中でいちど起きようとしたらしいが、上半身が部屋から出かかったところで力尽きたようでうつぶせに倒れたまま動かない。すでに10時である。


と、そのとき呼び鈴が鳴った。出てみると作業服の男性が「ベランダの点検にまいりました」という。そんな話は聞いてない。あやしいと思って冷たくあしらうが、カレンダーを見てみると実際に点検の予定が書かれていた。


そこでその人を家の中に入れたのだが、ベランダまで行く途中、半分部屋からはみ出て倒れている高校生のすぐそばを通ることになる。点検の人は転がっている彼に気づいたはずだが、大人の対応というのか、なにもいわずにベランダに向かう。死んでいるわけではないので、こっちがあせる必要もないのだが、でもやはり気まずい。


点検の人が5分ほどで点検を終えて帰るときも、高校生はうつぶせに倒れたままである。でも、作業の人は、あたかもそこにはなにも存在しないかのように、どうもありがとうございました、またなにか問題があったらご連絡ください、といって帰っていった。


それからさらに30分くらいたって、彼がもぞもぞと起き出した。そして時計を見て、ぽつりと呟いた。


「さいあくだ〜」
 
 
 

 

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コメント

私も高校の頃は夕方5時から翌朝の6時まで寝てました。
共働き家庭だったせいもあり、中学からずっと弁当を自分でこさえなくてはいけなかったため、仕方なく6時に起き、朝食(夕食)を済ませ、弁当を作り、風呂に入って学校に行ってました。
でも、高校の頃っていつも眠くありませんでしたか?タモリによると、若者がよく眠れるのは体力あるからだ、反対に年寄りの睡眠時間は短い、と。なるほど、と思いました。私は今6時間眠れればいいかなあ。
ところで真知さんのお子さんってそんなに大きくなったんですか?2000年の「勝手にキャンプ」に、知的できれいな奥様と真知さんに瓜二つの男の子と一緒にいらしてましたよね。奥様も一時旅行人で執筆されていて、お子様のことを書いておられましたよね。あの男の子が高校生ですか。こっちが年取るわけですよね~。真知さんは確かアジア旅行から帰国されたばかりで、おみやげの牛乳を乾燥させた固形物を分けて頂きました。どうもありがとうございました。どこの国でしたっけ?チベット?違っていたらごめんなさい。

投稿: さっちゃん | 2007年12月19日 (水) 14時42分

>さっちゃんさま
たしかに高校生のときは眠かったですね。授業中もよく居眠りしていたし、いつでもどこでもよく眠れた。でも、夕方5時から翌朝の6時まで寝ていらしたとはおどろきです。弁当をつくって風呂に入ってから登校というのはけなげでしたね。たしかに体力がないとできないですね。

2000年のキャンプというともうずいぶん前ですね。最近では「男の子」も私に瓜二つといわれなくなったようで、ほっとしているようです。あのときの牛乳の塊のようなものはモンゴルの遊牧民からもらったものです。なんとも不思議になつかしい味がしました。

投稿: 田中真知 | 2007年12月20日 (木) 02時44分

ロンドン在住の二人の子持ちの主婦です。
遊星通信の頃からの読者ですが田中真知さんの大ファンです。

四月から2週間ほどエジプトの行くので情報探しの為に、旅行人サイトを訪れたのですが、真知さんのページがあるとは。今、ちょっと舞い上がって喜んでいます。旅行人を読んでいても、真知さんのページが終わると、もっと読みたいな〜と、いつも思っていたので、真知さんの文章を更に読めると思うと嬉しいです。今から早速プリントアウトしてゆっくり読ませていただきます。

本も出されたのですね。母が旅行人をまだ送ってないのでしょうか。知りませんでした。今から早速購入させていただきます。楽しみが更に増えました。

私は真知さんの文章の内容は勿論の事、文章の描写や表現がとても好きです。知的ですよね。その後、主人と話すとがっかりします。
これからも、楽しみにさせて頂きます。
お体の御気をつけて、執筆なさって下さい。

追伸:沢山ありすぎると思いますが、エジプトでお薦め場所がありましたらお教え下さい。ずうずうしくて申し訳ありません。

投稿: はかまだ ゆうこ | 2008年1月 5日 (土) 07時26分

>はかまだゆうこさま
新年早々、身に余るコメントに感激です。遊星通信の頃から読んでくださっていたとは、たいへんうれしく思います。もっとも、このブログはあまり知的でないので、がっかりされないかと心配です。今年はこれまでのエッセイに書き下ろしを加えたものを出す予定です。

エジプトでお薦めの場所、どういう旅行をされるのかによってもちがうと思います。ピラミッドやルクソール、アブシンベルといった王道はべつとして、それ以外に時間的ゆとりがあれば、シワ・オアシス、バハレイヤ・オアシス、シナイ半島(シナイ山)でのご来光などのいずれかを入れると面白いかも。ルクソール−アスワン間のナイルクルーズものんびりしていいですよ。

現代エジプトということなら、カイロならアタバのスークや旧市街、スルタン・グーリーのスーフィーダンス、また、アスワンだとスークやエレファイティネ島、オールド・カタラクトホテルなども味わいがあります。知り合いのエジプト専門の旅行会社のウェブサイトがあります。エジプト好きだからこそ書ける血の通った情報が網羅されているので、参考になるかと思います。旅の相談にも乗ってもらえますよ。
http://www.nilestory.co.jp/

投稿: 田中真知 | 2008年1月 5日 (土) 19時51分

早速のお返事ありがとうございました。大感激です。
今年は本を出されるとの事。
旅行人の月刊誌の頃からのエッセイをまとめられるのでしょうか。
私的にはとても望んでいた事ですので嬉しい限りです。
プログもプリントアウトすると本みたいで、いいですね。

エジプトは家族でバックパッカースタイルで行きますが、
2週間という短期間+子連れなので、そうお金にシビアにならず
ゆったりと行きたいと思います。
御薦めの場所や情報ありがとうございました。
早速調べさせて頂きます。

昨日書き忘れたのですが、私は真知さんの写真も好きなのです。
私も写真が好きなのですが、デジカメで撮るようになってから
どうもいい加減になってしまって、そんな時々に、真知さんの写真を拝見しますと「あ〜」初心に帰らねばと思ってしまうのです。
比べる事さえ失礼なのですが、私の写真はどうも人間が景色に同化してしまっています。真知さんの写真は、風景の中の人間に人間らしさがきちんと感じられるのです。

それにデジカメにしてから、どうも綺麗に撮れすぎて、気持ち悪くもあります。アナログの一眼レフに戻るか、そろそろデジカメの一眼レフも買おうかと思っています。

失礼ですが、真知さんも今はデジカメ一眼レフですか?
最近の写真では旧市街をさまよう(No.149)のP54、P30、 P38の写真が大好きです。

追伸:昨夜プログを3ヶ月分ほど読ませて頂きました。おもしろいですね。確かに本と違って普通の人だぁ〜と思いましたが、身近に感じられました。昨日のメールでは文字の打ち間違えが二箇所、御見苦しく失礼致しました。

投稿: はかまだゆうこ | 2008年1月 6日 (日) 07時29分

真知さんのエッセイ集が出るんですか?
初春から嬉しいニュースです。楽しみに待ちます。

『転生』も拝読しました。しみじみと考えさせられるいい本でした。真知さんに訳されるのを待っていた本なのでしょう。自分が訳すべき一冊の本にめぐり会えるというのは、ひとつの才能だと思います。

私が中国語の仕事をしていたころは、頼まれた仕事をこなすだけのことだったので、「翻訳家」とは呼ばれたくないし、呼ばれるべきでもない、と感じていたものでした。

投稿: 鈴木かおり | 2008年1月 6日 (日) 14時51分

>はかまだゆうこさま
エジプトは子供にやさしいのでヨーロッパから来られると、ほっとすると思います。子供がうるさいからといっていやな顔されることもありません。4月はまだすごしやすいと思いますが、暑かったら街なかのジューススタンドで生ジュースをたっぷり飲むのもおすすめです。

写真までおほめいただき恐縮です。デジカメの一眼レフはもっていません。「旧市街」特集や「エチオピア」特集で使っているのは、いまはカメラ部門を潰してしまったコニカミノルタのコンデジです。古いので反応速度などは遅いのですが、いまのところ、これで事足りてます。

>鈴木かおりさま
あたたかいお言葉ありがとうございます。こういう言葉をいただくと、もっと野心をもってというか、待ってくださっている方たちのためにも、ちゃんと仕事しなくてはという気持になります。

『転生』も読んでくださったのですね。私に訳されるのを待っていた本かどうかはわかりませんが、オンム・セティという特異なキャラクターをあつかう著者のスタンスに、つよい共感をおぼえたのはたしかです。

投稿: 田中真知 | 2008年1月 7日 (月) 12時48分

「上半身が部屋から出かかって・・・・」はいいですね。眠る姿に方向性がある。それは正しいことです。

息子さんには一度お会いしましたが独特のキャラクター、そして何ともいえぬ笑顔がよかった。あの笑顔とキャラクターがあれば、もう大丈夫で人としてなにもいうことはないのではないでしょうか。

南アラビア、ハドラマウト渓谷のシバームの町の前には吹きだまりに砂が積もったワディがある。杖をついた老人がワディを町に向かって歩いていて砂だまりのところでバッタリと倒れた。助けようとして老人のところに歩み寄ろうとしたら、近くにいた男が「老人は昼寝に入ったのだ」という。バッタリと砂の上に伏して眠っている老人の姿は町に対する方向性があった。素敵な姿だった。人間はこうありたいものだ、と倒れている老人の姿を見て深く思った。

投稿: 小松田 堂鐘 | 2008年1月11日 (金) 10時37分

>小松田堂鐘さま
そういっていただけると、ほっとします。ちなみに本日も彼は寝坊していきました。

「老人は昼寝に入ったのだ」という言葉はいいですね。以前、新宿で飲んでいて電車がなくなって池袋までは歩けたのですが、そこで力尽きて道路脇の植え込みに倒れ込み、そのまま眠ってしまいました。明け方にホームレスの人が、そんなところで寝ていたら風邪を引くぞ、と起こしてくれました。ビルの谷間にうっすらと光がさしこんでいて、とてもいい目覚めだったのを覚えています。

投稿: 田中真知 | 2008年1月12日 (土) 11時52分

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