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2008年1月

ケニアの暴動のこと

ケニアのナイロビで長年暮らしている早川千晶さんとパーカッショニストの大西匡哉さんが、昨年末の大統領選挙の結果をめぐって、ケニア各地に広がっている暴動について現地からブログでレポートをつづけている(大統領選挙によるケニア暴動レポート)。


暴動についてはテレビや新聞でも報じられているが、例によって遠いアフリカのことということもあってか、それほど関心を集めているようには見えない。たまたまニュースを目にした人たちも、アフリカは危険なところだ、殺し合いなんかして野蛮な人たちだという印象しかもたないという、いつものパターンになってしまうのかと思うと、あの大陸をずいぶん歩きまわった身としてはかなしい。


早川さんは今回の暴動の現場の一つとなったナイロビにあるキベラというケニア最大のスラムで、学校をつくったり図書室をつくったりという活動をつづけてきた人だ(彼女のくわしい活動については、ここここここを見てほしい)。彼女がキベラの住人たちとともに設立したそのマゴソスクールという学校に通っているのは孤児やストリートチルドレンや虐待を受けた子供たちばかりである。校長をつとめているのは、幼いときに両親を亡くしたリリアンさんという女性である。


キベラにも飛び火した暴動はマゴソスクールに通っている子供たち、そして学校にかかわっているケニア人たちの暮らしを直撃した。暮らしどころか、生命にかかわるような重篤な事態に発展している。早川さんのレポートには、いまなおつづいている暴動によって傷つき、荒廃していく人びとの気持ちや、あぶりだされていく矛盾が、恐ろしいほどの生々しさで記されている。同時に、この不条理の中で人間の善を信じて協力し合う人たちが少なからずいることに驚かされる。暴動については、背景を知らないとわかりにくいかもしれないが、YouTubeに挙げられた以下の動画が参考になる。(混迷ケニア・民族の亀裂の行方「きょうの世界」前編後編 2008.1.11 NHK-BS1より)


何であろうとわかりやすくないと見向きもしてもらえない今の日本では、アフリカのことに関心が向かないのは仕方ないのかもしれない。なぜならアフリカはけっしてわかりやすくはないからだ。でも、わかりやすくないからこそ、そこから得られるものは大きい。それには、わかろうとする努力、あるいはわからないまでも、そこに寄り添って彼らの視線に自分の目を重ね合わせてみようという努力がどうしても必要となる。


これからの時代、人はますます見たいものしか見なくなり、見たくないものは、まったく見なくてもすむようになっていくのではないか。メディアやインターネットを見ていると、その傾向にますます拍車がかかっているような気がして、それが怖い。


大統領選挙によるケニア暴動レポート(早川千晶/大西匡哉/神戸俊平)


 

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眠るひと2−−あるいは「求めない」こと

寒中お見舞い申し上げます。今年もよろしくお願いします。


年始めに身辺雑事で恐縮だが、前回の続きである。眠りつづけた結果なのかどうなのか、同居している高校生、要するに息子がもってきた二学期の成績表がかなりきびしいものだった。


べつに成績がわるいのは仕方ないが、うちの経済事情を考えると、留年されるとひじょうに困る。しかし、彼のもってきた成績はその可能性がけっして低くはない、というよりかなり高いことを示していた。


それにしても理数系はわかるとしても、どうして「保健」なんていう科目まで赤点なのだ。こういうのは暗記すればすむのではないか。いったい試験には何が出たのかと訊くと、本人は、ぼそりといった。


「生殖器について……」


うーん、なんと答えればいいのかわからない。恥ずかしかったのだろうか。でもそれはきちんと知っておかないと将来困るのではないか。よし、それならおとうさんが教えてやろうともいえず、しばし気まずい沈黙がつづく。


ともあれ、三学期にかなりがんばらないとまずい。よくよく聞いてみると、なかでも数学がどうもちんぷんかんぷんらしい。そりゃ寝坊ばかりしていて授業中も寝ていればわからなくなるだろう。


自分も経験あるが、このわからない頭のうえに、さらにもっと難解なものを積み上げていったら、さらにわからなくなって溺れてしまう。留年しないためにはどうしたらいいか点数計算してシミュレートしてみると、なかなか厳しい。


本人も交えていろいろ考えた末、ここはドーピング代わりに塾に行かせるしかないという結論に達した。高校生になって塾なんてと思っていたが、留年されるとこちらが困るので苦渋の決断である。


話変わるが、うちのテレビは何ヶ月も前から画面が飴色に染まっていて、ときおりそれが緑になったり、急に電源が切れたりと、かなり変調を来している。そこで年末の安売り時期に、いま流行りの液晶テレビというやつに買い換えようと考えていた。うちでは亀を飼っているから(ぼく以外だれも世話をしないが)、亀山モデルにしようかなどとひそかに算段していたのだが、その亀山モデルが塾代に化けてしまおうとは思いもよらなかった。


もちろん塾に行けば成績が上がるなんていう単純なものではないとは思うのだが、奥さんの意向もあり、なにもしないよりは精神的に楽になるのではないかという、いくぶん神だのみ的なところもあって、ちょうど年末だし、とはいえお賽銭にしてはやや値の張る亀山モデル、いや塾代が消えていくことになった。


塾の選択とかはぜんぜんわからないので、そのあたりは奥さんがしたのだが、結局、ジョージだか、トーマスだか、マイケルだかというアメリカ人の名を冠した個人指導の塾になった。でも、先生は日本人らしい。


暮れの押し詰まった時期にジョージ(仮名)に無理をいって数学と化学のドーピングを頼んだ。しかし、当の本人はあまり危機感がないのか、この日にドーピングをといっても、その日はだれそれたちと忘年会があるからだめだとか、その日はなんだかの打ち上げがあるとか、大晦日は友だちのだれそれと日の出山の山頂へ初日の出を見に行くとか青春の謳歌に余念がない。そんな青春の間をぬって彼は冬休み中、ジョージに通った。


年が明けて3日目。奥さんは実家に帰っていて、家には高校生と二人だけだった。寝床でうとうとしていると電話に起こされた。受話器を取ると、ジョージ(のひと)だった。


「明けましておめでとうございます。……あのう、○○くんは何時頃、家を出られたでしょうか。まだ着いていないのですが」


「はあ?」


着くわけがない。だって部屋をのぞくと、布団の中でぐっすりと眠っている彼の姿があるのだから。


「授業は9時からなのですが……ひょっとしてバスが遅れているとかでしょうか……」


子機を耳に当てたまま、彼の部屋に入り、毛布にくるまる眠るひとの尻を蹴飛ばす。でも、むくむくと動いただけで、起きる気配がない。そこで、もういちど同じことをする。すると、眠るひとがよろよろと上体を起こす。夢の余韻にひたっているのか、黙想するような半眼を保ったまま、上体を起き上がりこぼしのように優美にたゆたわせている。


「……少々お待ちください」


そういって子機のマイクの部分を指でふさいでから、get up にあたる言葉をけっして上品ではない日本語でやや大きめの音量で発したところ、高校生ははっと気づいたように首を振っている。それから枕元の目覚まし時計を手に取って見つめると、なにもいわずに首を垂れた。結局、この日のドーピングはキャンセル。


亀山モデルが塾代に化けると見せかけて夢と消えた、とそんな大げさなことではないのだが、せめて塾があることくらい覚えていてくれ、と脱力していると、バリに暮らしている友人からメールがあった。最近話題になっている『求めない』という本を読んだとあった。


 求めない—
 すると
 失望しない


 求めない—
 すると
 ひとから自由になる


 求めない—
 すると
 自分のなかのものの方が
 ずっと大切なんだ、と知る


バリに10年以上暮らしている彼は、最近になって自分の暮らしが精神的に楽になってきたという。それは、自分の気持ちのあり方が、(バリ人に)「求めない」というのにずいぶん近づいてきたからではないかという。その気持ちはなんとなくわかる。エジプトでも、なにもかもがごちゃごちゃになっているとき、ふとそう思える瞬間があったのはたしかだ。


そうか。求めることがまちがっているんだな。生きてるだけで十分ではないか。なにがあろうと、よく眠れるというのはすばらしいことではないか。ドーピングなんて意味ないよな。亀山モデルなんてなくたってなんとかなる。テレビの画面が緑色だったり黄色だったするからって、そんなことたいしたことではない。だって、生きてるのだから。眠れるというのはすばらしい。三年寝太郎のお話しだってあるではないか。


なんとなく釈然としない気もするのだけれど、まあ、そういうことにしておこう。


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