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2008年2月

恐れを知らない男のインタビュー

 
以前、エジプトにいたころに知り合った風変わりな友人、アサカワくんのことを書いたことがある。彼は高校生のとき、テレビで湾岸戦争のニュースを見ていたく刺激を受け、高校卒業後、エジプトの大学に入るためにカイロにやってきた。

 
独学でアラビア語をマスターし、アメリカン大学、カイロ大学で学んでいたアサカワくんは、イスラム過激派によるテロが盛んだった90年代半ばのカイロで、当局とのさまざまな騒動を引き起こして数年後、国外退去同然に風のようにエジプトを去っていった好青年である(もっとも、その後も風のようになんどか舞い戻ってきたが)。前に書いたのは、その当時の一エピソードである。読んでいない人は、なかなか胸にせまる話なので読んでください。
 

世の中にはスゴイひとはたくさんいる。しかし、アサカワくんの場合、たしかにスゴイのだけれど、その行動があまりに常軌を逸していることが多く、あきれてしまうのだ。カイロにいた頃のぼくは、アサカワくんとそんなに行き来があったわけではない。彼はだれともつるまず、いつも単独行動だった。それでも、たまに会うと話をしたり、酒を飲んだり、うちで食事をしたりした。

 
そんなときに彼がちらっと聞かせてくれる経験談は、ぼくがふだん暮らしている同じカイロの話とは思えなかった。エジプトの警察に拷問を受けていましたとか、アパートに帰ったら部屋の荷物が全部ひっくり返されていましたとか、ガザに行っていたのですが、そこでハマスの連中に縄跳びを教えてましたとか、とにかく物騒なのである。だが、彼はけっして危険な行為に酔いしれるようなタイプの人間ではない。ただ、思いついたことを、よけいな逡巡をせず、ためらいなく、淡々と行動にうつしているだけなのだ。

 
そのころの彼はまだ19か20だった。それでもアラビア語と英語を自由に操り、おそるべき企画力と情報収集力、そして行動力に秀でた彼は、当時の在カイロの日本メディアすら舌を巻くレベルとスピードでアラブ・イスラエル世界の闇を突き進んでいた。アサカワくんの話を聞くのはたのしかったが、一方でこんなことをしていたら、ひょっとして、いつか殺されちゃうんじゃないかと、ひそかに危ぶんでいたほどだった。だから、彼がエジプトを出国できたときはほっとしたものだった。

 
しかし、その後もアサカワくんは持ち前の、逡巡なき行動力によって突き進んでいった。写真などろくに撮ったこともないのにカメラマンとしてイラク政府に招待されたり、イラクで映画制作プロジェクトを立ち上げたり、そうかと思うと、風俗の客引きをやっていたり、健康機器のセールスマンをしていたり、ベリーダンサーをプロデュースしていたり、はたまたモロッコでラジカセを売っていたりと、あいかわらず神出鬼没の人生を送ったあげく、いまは農業関係の会社の取締役になっている。
 

そんなアサカワくんがネット上で「留学と就職」についてインタビューに答えている記事があった! 顔写真も実名も出ている。ほかの多くの留学経験者の中にあって、彼の体験は相当特殊だと思うのだが、ちゃんと本当のことを話しているのかなと思ったら、本当に話していた。もちろん掲載されているのは経験のごく一部だが、それでも彼がどういうひとかは十分伝わる内容になっている。ぼくの知っている話もあれば、知らない話もあったし、ちょっとごまかしている話もあった。彼の話が「海外留学生・帰国子女のための適職紹介」の参考になるかといえば大いに疑わしいのだが、まあ、読んでみてください。絶対に面白いから!


 
 
 

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極東ブログでとりあげられた

 
「極東ブログ」で『転生』の書評が出たと担当者から連絡があった。極東ブログというのは、finalvent さんというブロガーが国際問題や社会問題を取り上げてじっくり論じる論壇型ブログとして、ネットの世界ではかなり有名らしい。そういう世論形成に影響力のあるブログの書き手をアルファブロガーというのだそうだ。


寡聞にして、そういう言葉があることも今回初めて知ったのだが、なるほど読んでみて感心。じつにするどく面白い。初めのほうなんて、出版社にとっては、イタイところをつかれたという感じだろうけれど、訳者としては、そう、そーなんですよ、と思わずうなずきながら読んでしまった。


つまり、いまの時代に、本書のようなテーマにかかわったものを出そうとすると、好き嫌いはべつとしして、セールス上、どうしてもスピリチュアルとか、そういう文脈にのせざるをえないし、読者の側もひょっとしたら、それを期待するのかもしれない。けれども、前にも書いたように、この本は、いわゆる「転生」という不思議現象を扱ったスピリチュアルものと思って読むと裏切られる。

 
finalvent 氏も書いているように、オンム・セティの生涯は、相当ラディカルではあるものの、ひとりの女性の個性化の物語として読むことも可能だ。しかも、それは「転生を信じなくても十分に理解できるもの」である。この点において、彼女のエキセントリックな生き方は、ある種の普遍性を帯びる。それは古代エジプトの宗教の普遍性とかそういうことではなく、個人的な信仰や信念をもつうえでオンム・セティが保っていた倫理観の普遍性である。
 

ぼくが感心するのは、彼女の活動が、いまのスピリチュアルブームにありがちな、成功哲学や現世利益といった方向にむかわなかったことだ。それは、ひょっとしたらfinalvent 氏が指摘するように、彼女の人生が「死をわたる罪と許しの物語」という側面を帯びていたせいなのかもしれない。本文中で、心理学者のマイケル・グルーバーがふれていることだが、それは彼女の生涯がいわば過去におかした罪の贖いのプロセスとして位置づけられることと関係している。


ややこしくなるのでこのくらいにするが、ひとつ強調しておきたいのは、オンム・セティがアビドスで有名になり、BBCなどのメディアの取材を受けていた時期は、ちょうど1970年代後半から80年代初めにかけてという、いわゆるニューエイジ運動が盛んな頃だった点だ。むろんエジプトの田舎の村で、テレビもなく、エジプト学の専門書以外は、旅行者が置いていったペーパーバックくらいしか読むものがなかった状況では、彼女がそうした風潮をリアルに感じていたとは考えにくい。

 
しかし、その頃、アビドスのオンム・セティのもとを、多くのオカルト的人物たちが訪れたのも事実である。たとえば、催眠状態の中で膨大なお告げを聞いて、過去や未来のさまざまなヴィジョンを口述したエドガー・ケイシーというアメリカの予言者がいるが、このエドガー・ケイシーの息子はなんどもオンム・セティのもとを訪れている。
 

エドガー・ケイシーは古代エジプトについておびただしい予言を残している。その科学的証明のために息子は私財をつぎ込んでエジプトにおける考古学調査のスポンサーにもなってきた。オンム・セティと彼がなにを話したのかはわからないが、少なくともケイシー側にとってはオンム・セティは、父親の予言を証明するための重要な証人だったはずだ。


また、アイルランドに本部を置くイシス友邦団というオカルト団体がある。ここはいまなお古代エジプトの宗教を信じる者たち(その多くは白人らしいが)からなり、そこの創設者のオリビア・ロバートソンという女性もオンム・セティに会いに行っている。オリビアもかなり変わった人で、アイルランドの古い城で、いまだに古代エジプトの神官のようなかっこうをして、古代めいた儀式を行って暮らしているらしい。1917年生まれでまだ健在だというから、もう90歳を越えている。オリビアはオンム・セティを自分たちの教団に誘った。オリビアによると、オンム・セティは死ぬ数週間前に会員になったということである。


だが重要なことは、多くのスピリチュアル系の人たちがオンム・セティを自分たちの文脈にとりこもうとしたものの、彼女自身は、その文脈からつねにはみだしていたということだ。おそらくオンム・セティはオリビアやケイシーの息子の活動に一定の理解は示していたのだろう。けれども最後まで彼女は教祖にも、予言者にも、オカルティストにもならず、なみはずれた知識と経験と感受性をもったミーハーな古代エジプト・ファンのまま、その生涯を終えた。


オンム・セティはアビドスのセティ一世神殿について300ページ近い解説書(ABYDOS: Holy City Of Ancient Egypt)を書いている。その壁画の解説をつらぬいているのは、預言めいた神秘的解釈でもなければ、オカルト的なシンボル解釈でもない。むしろそれは吉田秀和を思わせるような、繊細で、感覚的な芸術批評である。感情的表出の乏しいとされる古代エジプトのレリーフの中に、オンム・セティはメランコリーや悲しみ、喜びを聴きとり、そこに控えめに託された思いを、ていねいにすくいあげていく。オンム・セティの転生経験を、そうした、こまやかな感受性の延長線上に位置づけたとしても、なんら問題ないようにさえ思う。


ところで、話は変わるが、そのあと極東ブログのほかの項目も読んでみたら、面白くてバックナンバーまでずんずん読んでしまった。手作り豆腐から、ダルフールの話まで取り上げられている。それも表面をぺろっとなめる程度のものではなく、どれもガリガリとかみくだいて、のみこんで、消化したうえで文章にしているから読み応えがある。こういうものをこれだけの頻度で書き続けられるというのはすごいなあ。ブログといいながらときに季刊と化している身としては感心しきりだが、そんなことではなく、ひとつ「あっ」と思ったのは、何年か前に図書館でなんとなく借りて読んだ本が書評に取り上げられていたことだった。
 

それは『高学歴男性におくる弱腰矯正読本−−男の解放と変性意識』(須原一秀著)という本だ。ネーミングのセンスを疑う奇怪なタイトルである。それでも、わが身をふりかえれば、実際、大学を出ていて、しかも弱腰な性格なので、つい借りてしまったのかもしれない。


で、これが、finalvent 氏 も書いているように、かなり奇妙な本だった。著者は大学の哲学の先生。内容は、よくあるポジティブ・シンキング系、あるいは説教系の生き方応援マニュアルではまったくなく、日常生活にふと訪れる変性意識体験というものについて、学生たちから経験談を集めて、その本質を考察するというようなものだったと思う。本が手元にないし、もう何年も前に読んだものなので、記憶が曖昧なのだが、そこに集められた変性意識の経験談が微妙なものばかりだったことが面白かった。


変性意識体験というと、宗教的な改心とか、啓示といった、スケールの大きなものが思い浮かぶが、そういうものはほとんど出てこない。むしろ集められているのは、外を見ていると風景がぶよぶよとした質感を帯びてきたとか、絶壁に立っていて、このまま死んでもいいと思ったとか、日常をちらりと過ぎる微妙な感性の揺らぎばかりなのである。それは子供時代、ふしたきっかけで訪れる不安感や恍惚感などに近いのかもしれない。
 

それがどうして弱腰を矯正することにつながるのか。著者によると、弱腰とは、自己保存本能の過剰な高まりということらしい。これが世界から意味を感じる経験を奪い去る。一方、先ほどのような微妙な変性意識状態にあっては、こうした自己保存本能が低下するとのこと。このとき、ひとは自己意識から解放され、日常の枠の外側に広がる意味の世界にふれることができるのだという。この点からすると、いわゆる癒しや救いというものは、かえって自己保存本能を高めてしまうので、用心しなくてはならない、といったような話だった。

 
こうして思い出してみると、かなり奇妙な主張にも聞こえるのだが、思考ではなく感覚の揺らぎを通してエゴの枠組みを考えるという視点が面白かった。実際のところ、それを知ったからといって、すぐ弱腰が矯正できるというものでもない。それよりも、こうした微妙な感覚に注目する著者に興味が湧いたものだ。それから何年もたって思いがけず、この奇怪なタイトルの本が取り上げられているのを見てなつかしく思ったのだが、それ以上に驚いたのは、この本を書いた須原さんという方が一昨年に自死されていたことだった。しかも、自死にあたって、その心境をつづった『自死という生き方―覚悟して逝った哲学者』という本が最近出たらしい。


その本は読んでいないが、自己保存本能の低下をもたらす体験を提唱されていた方が、結果的とはいえ、自己保存本能の放棄ともいえる自死というかたちで世を去ったことに、陳腐ないいかただけど因縁めいたものを覚えた。

 

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発作的特別編 「ゆきのひ もりのなかで」 (かっぱくんとあひるさん1)

 

01

あさ めが さめると

 
 
02

そとには ゆきが ふっていた

 
 
 
03

ゆきだ

 
  
 
04


ゆきだ
 
 

 

05


ゆきだ


  

 

06


ゆきが ふってきた


 
 


07


あれ だれか  ゆきに うまってる

  
 


08


「さむくないの?」

「うもう きているから さむくないよ」

 
 


09


「じつは ゆきだるまを さがしているんだ いっしょに いかない?」

「うん いく」

 

 

10

「どうして ゆきだるまを さがしているの? 」

「それはね ゆきだるまを みつけないと はるが こないからだよ」

  
  

11


「あれ これは いったい なに?」

 
 
 
 

12

「ああ これは かたつむりだよ さむいから まるまっているのさ」

「ふーん」


 
 
 


13

「あれ あのひとは なに?」

「あれは おすもうさんだよ」

 
 
 

14


「おすもうさん かたくなって うごかないよ」

「それはね かんげいこ しているからさ」


 
 

15


「あれ あのものは なに?」

「あれは なまはげさ」


 

 

16


「なまはげ?」

「そう ゆきだるまの らいばるさ」

「ふーん」

 
 


17


「あれ あのひとは?」

「あれは だれかな おーい」


 
 


18


「あ なんだ そうじを しているんだよ」

「そうじ?」


 
 

19


「ほら ほうきを もっているだろう ゆきを はいて たいらにしているんだよ」

「どうして たいらにするの?」

「はるの じゅんびだよ」

「ふーん」

 
 
 
 


20


「ここは なに?」

「ゆきだるまが つかわなくなった いえだよ ゆきだるまの ぬけがらが あるだろ」

「ふーん」


  
 
 

21

「きもち いいね」


「うん」

  
  
 

22


「さあ しゅっぱつだ きみは ぼくの ぶんしんに のりたまえ」

「ぶんしん?」

「さあ ゆきだるまを さがそう」

「ぶんしん?」


   
 
 

23


「あ ゆきだるまだ!」


 
 
 
 


24


「これで ちゃんと はるが くるんだね」

「そうだよ これで はるが やってくる きみの おかげだよ」

 
 
 
 


26


「ゆきだるま も みつかったし そろそろ おわかれだ」

「ぼく さびしいよ」

 
 
 
 
 

25


「かなしまないで ゆうじょうの しるしに きみに とくべつな ちえの ことばを ぷれぜんとしよう あとで あけてごらん」
 
 
 
 

27

「きっと また あえるさ ちえの ことばを わすれないでね」

 
 
 


28


「…………」

 
 
 
 
 
 

29


「あひる さん……」


 
 
 
 

30

 
 


〈おわり〉

 
 

つづきもあります。


2 はるを さがしに

3 おはなみ

4 あまやどり

5 なつの まひるの ゆめ(前編)

6 なつの まひるの ゆめ(後編)

7 あひるさんの ゆめ


 
まだ、あります。あとは「バックナンバー」からどうぞ。


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『転生』神々の領域?をかすめる

昨年の11月に出したジョナサン・コットの『転生―古代エジプトから甦った女考古学者』(新潮社)という翻訳本だが、今年になってから、にわかにアマゾンのランキングが上がっていた。いい本だとは思っているけれど、エジプトのことだし、だれもが興味をもってくれるものとは思っていなかった。だから、ランキングが2万位とか3万位くらいであっても、全国では何十万冊、何百万冊も本は出ているのだから、まあ、そんなものだろうと思っていた。


ところが、今年になって順位が数千番台に上がってきて、どうしたのだろうといぶかしく思っていた。広告が大きく出たという話も聞かないし、大手新聞や書評で取り上げられたという話も聞かなかったし、ネットで一部の人たちがちょこちょこと取り上げてくれているのを、ありがたいなと思って合掌しながら見ていたくらいだった。


しかし、1月の中旬頃になると、順位が2000番台になってきて、ときどき1000番台になることも出てきた。もちろんうれしいのだけれど、どうもわけがわからない。あいかわらず書評が出たとか、どこかで紹介されたという話は入ってこない。なにしろエジプトの片田舎の風変わりな英国人女性の話であって、国家の品格がどうしたとか、デブがどうしたという話ではないのだから。


ところが、1月下旬になるとさらに順位が上がって、1000番以内に入るようになった。700位とか600位とか、ときには400位とかになっている。このくらいの位置を占めている本は、いわば出版界のレギュラー選手たちである。野球はよく知らないが、まあ一軍選手たちの中に入って、おどおどしながらプレーしている社会人出身のドラフト5位指名選手のような気分で、どうも居心地が悪い。


400番台くらいになったときに、このあたりでもう潮時だろうと思い、そのあとしばらくランキングを見なかった。落ちていくのを見るのは、やはり胸が痛むからだ。ところが、やはり気になって数日前にのぞいてみたら、なんと100番台になっている! 野球はよく知らないが、これはいわばAクラス入りというやつかもしれない。空港でいうと、マイレージだかをためたときに入れるVIPラウンジにいるような、そわそわした落ち着かない気分である。なんでもご自由に注文してくださいといわれながら、やはりどぎまぎして結局いちばん安いコーヒーを頼んで、しかも飲んだあとのカップを自分で厨房まで片付けそうになる、あのいたたまれない気分である。


しかし、どう考えてもこの上昇ぶりは異常である。もちろん、アマゾンランキングはネット上での売れ行きなので、書店の売れ行きとは別である。実際、ネット上で検索してみても(検索の仕方が下手なのかもしれないが)とくにひっかかってくることもない。上の部屋の岡崎大五先生のように取材が殺到することもない。あいかわらず、半ば冬眠してぼおっとしているベランダの亀の苔むした甲羅を、ときどきタワシで洗ってやるような閑寂とした日々に、いささかの変わりもない。それに、いくらなんでも、ここらでもう頭打ちだろう。


と思っていたのだが、いまさっき(2008.02.01/pm18:00)のぞいてみたところ、なんと総合74位! ノンフィクション部門、歴史地理部門はともに1位である。

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ベスト100以内といえば、本にとってはほとんど神々の領域である。野球はよく知らないが、ここはもうオールスターや大リーガーしか許されない雲の上の世界である。しかも、いまや、『転生』は並み居る大リーガーの面々を上回っていた。たとえば、『いつまでもデブと思うなよ』(91位)や『大人の見識』(79位)を踏み越え、いまや、あの『ホームレス中学生』(68位)や『女性の品格』(59位)に迫らんとしているではないか! こんなことはもうないだろうからと、急遽ブログを書くことにした。きっとだれも信じてくれないだろうから、ちゃんと画像も保存した。

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もちろん、さらに上には『夢をかなえるゾウ』(5位)とか、『ハリー・ポッターと死の秘宝』(4位)といった至高の神々の世界が広がっている。でも、もうこれで十分である。それよりも、いったい、どうしてこんなことが起きたのか、まるで見当がつかなかった。そこで担当者に頼んで全国の新聞の読書コーナーを調べてもらったところ、やっとそのわけがわかった。


文筆家の大竹昭子さんがこの本について評を書いてくださり、それが熊本日日新聞と沖縄タイムズと下野新聞、中国新聞などに掲載されたらしいのだ。大竹さんには感謝の言葉もない。もっとも書評が載ったから売れるというものでもないので、買ってくださった方にはさらに感謝である。アマゾンにレビューを書いてくださっているケイさんという方にも多謝である。


とはいえ、アマゾンのランキングは一時間ごとに更新なので、ベスト10はつねに入れ替わっている。いま(pm18:38)のぞいてみたら、すでに89位に後退していた。74位というのは瞬間最大偏差値のようなものだったのだな。でも、もう十分である。いい夢を見せてもらった。。。と満足している場合ではないのだが、そんなにすごいランキングに入らなくてもいいので、世の心ある人に手にとって読んでいただければ訳者として、これにまさる喜びはない。すぐに役に立つとか、お金が儲かるとか、もてるようになるとか、そういう本ではまったくないけれど、心の奥底に、しんと澄みきった湖のような空間をつくってくれる本だと思うので。


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