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2008年10月

似ているような似てないような

久々に音楽の話題。このページの左下の方に昔つくった音楽の一部がリンクされている。先日、それを聞いたある人から、この「On the Road」というCDに入っている「East Wind」という曲、一青窈の「かざぐるま」によく似ているのだけど、といわれた。


ちなみに一青窈というアーティストがいることは知っていたが、「ひととよう」と読むとは思わずずっと「いっせいとう」だと思っていた。しかも、女性だと知る前は、一風堂(古い……)みたいなバンドだろうとなんとなく思っていた。


それはさておき、さっそくYouTubeで検索してみた。


これがEast Windで、以下が「かざぐるま」(作曲:武部聡志)である。よかったら聞き比べてみてほしい。


サビの展開はぜんぜんちがうし、なにより楽曲のクオリティだって比較にならないのだが、たしかにくらべてみると、最初の2コーラスくらいは似ている気もする。


かざぐるまの方があと(2005年)に出たものなので、ぼくが真似したわけではないし、もちろんその逆もないだろう。実際、これほどたくさんの曲が作られているのだから、似てくることだってあるだろう。


けれども、いったい、どのくらい似ていると、それが問題と見なされるのだろう。仮に自分がプロの音楽家で、この曲を人目に触れるかたちで正式に発表していたとしたら問題になりうるのだろうか。


そこでプロの音楽家に聞いてみた。陶山隼(すやま・じゅん)さんという方で、数年前、彼からコンピューターを使ったデジタル音楽機材の使い方を教えてもらっていたことがある。もっとも、ていねいに教えてもらっても、頭がついていかず、つくづく自分にその手の才能がないことを思い知った。なんでこの手の機材は家電みたいに操作がかんたんにならないのだろう。
 

当時彼はバイク便の仕事などしながらがんばっていたが、いまや柴咲コウとか川嶋あいとかBoAとか関ジャニ?とかに楽曲を提供している売れっ子である。いまやっている上戸彩の出ているオロナミンCのCMで、青山テルマがうたっているのも彼の曲である。


で、その陶山さんに聞いてもらったところ、「まちさん、これは明らかにそっくりです。訴訟すれば100パーセント勝てます!」ということはまったくなく、「音源を聞いた感じでは似ているように感じましたが、分析してみると完全に同じラインになる部分が一小節ちょっとあるとはいえ〈似て非なるもの〉というのが私の見解です」とのひじょうに冷静な分析をしてくれた。ほっとしたというか、ちょっとがっかりしたというか。


彼は、わざわざ二つの曲を譜面に起こしてまでくれた。

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陶山さんによると「音楽には文化的背景を含めた〈気持ちいい展開〉という暗黙のルールが存在し、同じようなメロディー展開をする楽曲はこの世に数多に存在します……コードに捕われずにメロディーに執着すればきっと同じコード進行の曲を耳にした時にも『あ!』とは思っても、逆に『同じ感性を持った人が居た』と喜べるはずです」という。なるほど。


今回のような展開のパターンで、彼がすぐ連想したのは久石譲の「塚森の大樹」という曲だという。「となりのトトロ」の中に出てくる曲である。ここなどで聞くことができる。なるほど。ちなみに、「かざぐるま」という曲は藤沢周平原作の「蝉しぐれ」という映画のイメージソングだったという。East Windもなんかのイメージソングで使ってくれないかな。陶山さん、お忙しいところありがとうございました。
 


ひとりギャンブル記:

負けてしまった。更新が一日遅れ所持金ゼロに逆戻り。プレッシャを高めるために一週間以内の更新にどーんと1万円を張ることにする。


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オンム・セティの翻訳本第二弾

新しい翻訳本を出した。1年くらい前に、ジョナサン・コットの『転生−−古代エジプトから甦った女考古学者』(新潮社)という翻訳本を出したが、あの本で取り上げられていたオンム・セティという人物について、彼女と最も親しかったエジプト人が新たにまとめた評伝である。

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転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』(学研/2008.10月刊/税込み2310円)


前にも書いたがオンム・セティはイギリス生まれの考古学者。エジプト考古局の最初の女性職員となって、一九八一年に上エジプトのアビドスで亡くなるまで、エジプト考古学の歴史の生き証人として多くのエジプト学者たちの尊敬を集めていた人物である。

 
そうしたアカデミックな世界に身を置く一方で自分が古代エジプト時代、アビドスの神殿の巫女をつとめていたという記憶をもち、その記憶に導かれるように本当にアビドスの神殿の調査官になってしまったという人である。


前回の本の著者のジョナサン・コットはオンム・セティの死後に取材をはじめてあの本をまとめたのだが、こんどの本はオンム・セティと四半世紀にわたって交流し、彼女を物心両面からサポートしつづけた人物によるもの。同じ人物を扱っているので内容的に重なる部分はあるが、一人の人物を異なる視点から見ると、ずいぶん見方にちがいが出てくるのだなと訳していて興味深かった。


著者のハニーさんというエジプト人はオンム・セティがもっとも信頼し、自分の内面生活を隠すことなく打ち明けた唯一の人物だった。それだけに、オンム・セティの内面生活や人間的な側面、エジプトの歴史に対する見方などをいっそう深く掘り下げている。もし、コットの『転生』を読んで面白いと思った方なら、この本もきっと面白く読めると思うので、興味のある方は読んでいただければ幸いです。


新しい本のタイトルは上の写真にもあるように『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』である。しかし、言い訳めいてしまうが、この本の原題は「Omm Sety's Egypt」(オンム・セティのエジプト)である。

 
それがどうして「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」になってしまうかというと、そこに日本の出版界の事情がある。昨年出したコットの『転生』だって、原書のタイトルは「The Search for Omm Sety」(オンム・セティを探して)である。どこにも転生なんて言葉は出てこないのである。


訳者としても、どちらも、そのままシンプルに日本語訳したタイトルの方が、本の内容を素直に表していてずっといいと思うのだが、そういう意見はなかなか通らない。

 
こんどの本は表紙カバーもなんともいえないのだが、中身には、編集担当の方の尽力で、カラー口絵を入れたり、コラムを4本も書き下ろしたり、長めのまえがきとあとがきをつけたり、読みやすくなるよう構成を変えたり、わかりやすくなるよう説明をくわえたりと、いろいろ工夫を凝らした。タイトルと表紙で違和感を感じる方があるかもしれませんが、中はデザインもふくめて、とてもいいので、くじけないでくださいね(?)。最後の方なんて泣けます。


ところで、タイトルが『転生者……』となると聞いたとき、とっさに思い出したのは中島らもの小説『ガダラの豚』である。その中で、物語に登場する民族学者が本を出版するくだりがある。手元に本がないのでうろおぼえなのだが、その学者はアフリカの民間呪術の研究者で、自分の論文に『アフリカにおける共感呪術の民俗学的事例の研究』といったようなタイトルをつけて編集者にわたすのである。

 
ところが、それが書店にならんだときにはなぜか『ズバリ、呪で殺す!』というようなタイトルになっている(あとで確かめます)。しかし、そのおかげか地味な論文であるはずのその本は爆発的に売れて、その学者はテレビで引っ張りだこになり、一躍お茶の間の人気者になってしまうのだ。まあ、それで本当にたくさんの人が読んでくれるのならいいのだが、はたしてどうなのだろうか。


話は変わるが、やはり今回のことで思い出したことがある。昔うちにポール・モーリア全集というレコードがあった。たしか母親が通販で買った10枚組くらいの箱入りのセットだった。高校生の頃はピンク・フロイドやジェネシスなど聴きながら、ときどき気が向くとポール・モーリアをかけたりしていたが、その中に収められていた解説がおもしろかったのを覚えている。

 
それは彼らのヒット曲で「オリーブの首飾り」という曲についてだった。チャラララララ〜というポピュラーなメロディーは、だれでもいちどは耳にしたことがあるはずだ。いまでも、よく手品ショーのバックなどに使われる。ここなどで聞ける。


で、このオリーブの首飾りだが、添付されていた解説によると、元のタイトルは「El Bimbo」(エル・ビンボー)というものだったらしい。オリジナルを演奏していたのは「ビンボー・ジェット」(!)というグループで、最初に日本で発売されたときのタイトルは「嘆きのビンボー」というものだったそうだ。


で、当然ながら、まったく売れなかったそうだ。もちろん「ビンボー」とは日本語の「貧乏」とは関係なく、イタリア語で「ベイビー」といった意味らしいが、音が同じだからやはり連想してしまう。なにしろ「嘆きの貧乏」である。

 
でも、曲自体はいいので、ポール・モーリア楽団が取り上げるにあたって日本語のタイトルを新たにつけることにした。そこで原題とまったく関係のない「オリーブの首飾り」というタイトルにしたところ、爆発的なヒットになったということが黒鉄ヒロシの描いた貧乏人のイラスト入りで書かれていた。


そのようなわけなので、「オンム・セティのエジプト」あらため「転生者オンム・セティと古代エジプトの謎」もよろしくお願いします。


 


プチ賭記:
一週間以内に次の更新をするという前回の賭だが、期限ぎりぎりで勝てました。これでプラス3000円です。次は一週間以内の更新に大胆にも3000円!

 
 
 

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ラジオデイズ

前回書いた「ラジオ深夜便」の内容の一部がkuris2さんという方のブログで取り上げられていた。知らなかったのだけど、この番組はけっこう人気があるらしい。あと、WEB本の雑誌の店頭POP製作所に『孤独な鳥…』のポップがあがっていた。どなたがつくってくれたのかわからないが、なかなか、かっこいい。

 
考えてみるとラジオをほとんど聞かなくなった。たまに朝早く起きたときFMをつけることがあるくらいで、AM放送となると耳にするのは床屋に行ったときくらいだ。もっとも、せわしないおしゃべりが耳に触って、あまり好きではない。
 

夕方に床屋に行くと、たいてい局アナがリスナーに電話をかけてクイズに答えさせるというのをやっている。髪を切ってもらいながら、よくまあ、こんなくだらないクイズにわざわざ葉書を出して応募するよなあ、よほど暇なんだな、などと呆れているのだが、思いかえせば自分だって、かつてはそうだったのだ。それは、ずっと昔、中学生の頃だった。

 
当時は深夜放送ブームで、クラスの中の三分の一くらいが0時以降の深夜放送番組を聴いていた。リスナーはTBSのパックインミュージック派か、文化放送のセイヤング派の二つに分かれた。あとニッポン放送のオールナイトニッポンというのもあったが、住んでいた地域のせいで電波があまりよく入らず、聞いている人は多くなかった。ラジオ関東でも深夜放送をやっていたはずだが、これはもっと受信状態が悪く、きっと関東の外れの山の中に放送局があるのだろうと勝手に思っていた。

 
ぼくはセイヤング派だった。曜日ごとにDJが変わるのだが、ぼくは月曜日の落合恵子さんのセイヤングがお気に入りだった。その頃の彼女はすでにフリーになり長いキャリアを積んでいたはずだが、番組を聞きはじめた頃、なにかの雑誌の裏広告で『落合恵子写真集 レモンちゃんのすべて』という写真集の通販広告を見つけた。それは彼女がまだ新人アナウンサーとして人気が出はじめた頃に出したものらしく、もう市販もされていないということだった。

 
さんざん迷ったあげく、こっそり注文した。2週間くらいして厳重に包装された郵便物が届いた。わくわくしながら中を開くと、彼女がミニスカートをはいてカウボーイのコスプレをしてピストルをかまえていたりして、中学生ながら、なんともいえない複雑な気分になったのを覚えている。

 
番組によく葉書も書いた。最初に出した葉書はいまもよく覚えている。「落合さん、こんにちは。質問なんですが、どうして日本酒に大関というのがあるのに、横綱というお酒はないのですか?」というものだった。それは愛や恋、別れといった話がメインだった彼女の番組にはおよそ似つかわしくない話題だったのだが、なにしろこっちは中学生、それもどちらかといえば冴えないほうだったし、愛や恋はよくわからないから、そのくらいしか書くことがない。
 

ところが、初めて書いたその葉書が読まれた。そればかりか翌週には、全国からさまざまな回答が寄せられ「江戸時代は相撲の最高位が大関までしかなかったからではないでしょうか」とか「うちの地域には横綱というお酒がありますよ」とか「うちの方には小結というのもあります」とか、その後何週間かにわたって盛り上がった。
 

さらにその盛り上がりがきっかけとなって、番組の中に「質問コーナー」という枠まで設けられることになり、ラジオってのはおもしろいなあと受験勉強そっちのけで葉書を書きつづけた。いま思えば、インターネットの掲示板のようなものだった。
 

その後も葉書を出しつづけた。出した葉書は、わりと読んでもらえた。そのうちに名前も覚えてもらえた。女性のような名前なので、印象に残ったのかもしれない。こっちも同じ話題では飽きられるだろうと思い、つぎはこのネタで行こうとか、そのネタにどんなふうにひねりを加えようかとか、高校受験の勉強そっちのけで、そんなことばかり考えていた。もっとも最初に書いた大関の話以外は、なにを書いたかよく覚えていない。
 

あるとき、東京の書店で彼女のサイン会があると聞いた。彼女の『スプーン一杯の幸せ』という本を買うとサインをしてくれるという。なにしろ中学生だから『スプーン一杯の幸せ』がなにを意味するのかよくわかっていないのだが、サインをもらうときに名前を名乗れば、ああ、あなたがいつも葉書をくれるタナカマチさんなのねとでもいってもらえたら、きっととてもうれしい気持ちになるだろう。そんな場面をなんども頭の中で想像しながら会場の書店に出かけた。
 

本を買って、長い列に並んで(ピークは過ぎていたとはいえ、まだ彼女の人気はすごかった)順番を待つ。いよいよ自分の番だ。

 
でも、どういうわけか口が動かない。顔も上げられない。下を向いて無言で本を差し出すと、彼女はさらさらとサインして「ありがとう」と微笑んで本を返してくれた。ぼくは硬直して本を受けとると、下を向いたままやっとお辞儀だけして、そのまま立ち去った。
 

帰りの電車で自己嫌悪に陥った。サイン入りの『スプーン一杯の幸せ』をその後、読んだのかどうか記憶にないが、そのあとくらいから彼女のセイヤングをあまり聞かなくなり、深夜放送からも離れていった。

 
それから何年かして落合恵子さんがセイヤングをやめ、深夜放送もかつての熱気をうしなっていった。それと前後して彼女は作家として活躍するようになり、クレヨンハウスという子供の本の専門店なども開いたと聞いていたが、ぼく自身は彼女の書いたものを読むこともなく、セイヤングの思い出は過去の納屋へとしまい込まれ、埃をかぶっていった。『レモンちゃんのすべて』も『スプーン一杯の幸せ』もいつのまにかなくなっていた。

 
それから20年くらいたってエジプトに住んでいた頃だった。妻が一時帰国の折、子どもを連れて表参道のクレヨンハウスに行ったとき、書棚にぼくの『アフリカ旅物語』が平積みされているのを見たという。まわりは児童書や絵本ばかりだから、ちょっと場違いで変だったわよと聞いて、一瞬、ひょっとして20年前にせっせと葉書を書き送っていた中学生の名前を、彼女はまだ覚えていてくれていたのかもしれないと思ったものの、いや、そんなことありえないよなあ、絶対あるわけないよなあ、とすぐに否定し、でも、万が一そうだったらうれしいよなあと、くるくる思いが揺れた。


いまでも新聞などで彼女の名前を見ると、そのことをたしかめてみたい誘惑にかられることがある。でも、その勇気は持てそうもない。たとえ訊こうとしても、あのサイン会のときの小僧のように、またなにもいえなくなってしまうかもしれない。


付記:

まったく話が変わるが前回の賭け(次回の更新がすばやくできると思う方に1000円)には勝った。これで+1000円の儲け。これを元手に次の賭けに出ます。一週間以内に次回の更新ができる方に2000円!
 
 

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ラジオ深夜便

秋になってしまった。唐突な更新のうえ、緊急で恐縮ですが、今夜(10月12日)夜11時15分からのNHKラジオ深夜便(NHKラジオ第一放送)の「読書で豊かに」というコーナーで、パーソナリティーをつとめる宗教人類学者の植島啓司さんが拙著『孤独な鳥はやさしくうたう』を取り上げてくださるそうです。時間のある方は聞いてみてくださいね。


前にも書いたが、植島啓司さんとは、ずいぶん前、バリ島で会った。たまたま泊まっていたホテルが同じで、朝食の席でうしろのテーブルに座っていたのが彼だった。眉間にしわを寄せてパパイヤを口に運びながら、英語のペーパーを読んでいる彼からは、もてる中年男とはこういうものだという雰囲気がびりびりと放たれていた。


会話の中で、ぼくがカイロに暮らしていたというと、「カイロですか。あそこのシェラトンのカジノにはよく行きました』といった。カイロの話をして、ピラミッドでもイスラムでもなく、いきなりカジノの話が出てくるところがすごい。そうなのだ。植島さんは世界を股にかけるギャンブラーでもあるのだ。競馬でもカジノでもドッグレースでも麻雀でも何でもやる。ぼくはギャンブルはぜんぜんしないのだが、それでも植島さんのギャンブル哲学にはどこか武道に通じる深遠な精神が感じられる。


彼の『賭ける魂』という本には、こうある。「勝つことの次によいことは賭けて負けることであり、いちばんよくないのはやらないこと、やれないことである。……われわれの人生は実際には勝ち負けによって成り立っているのに普段はそれが覆い隠されている。ギャンブルは勝つことや負けることの意味を改めて実感させてくれるし、潔さというものを教えてくれる。もっとも大事なことはむしろ〈負けること〉の背後に隠されている」


「賭けて」という言葉を取り、「ギャンブル」を「武道」に置き換えても意味が通じる。そうか、いちばんよくないのはやらないことなのか。そこで刺激されて自分も競馬必勝法の類の本を何冊か買う。「月100万円も夢ではない!」「的中率80%」「競馬は賭け事ではなく投資だ」といった、たのもしいコピーが表紙に踊っている。読んでるだけでなんとなくわくわくしてくる。でも、こんなんで本当に月100万も夢ではないのか? だったら、みんな働かなくなってしまうのではないか、といった考えがちらっと浮かぶが、いやいや、モテル男になるにはギャンブルだと自分を説得する。


ところが、妻に「これからぼくは競馬で稼ぐ!」と宣言したら、なにいいだすのよ、これ以上負けてどうするのよ!&%呆○怒$#*嘆#$&殺!%?!(以下略)といったけっこう痛いところを突いた反応が返ってきて、結局実現していない。話がずれてしまったが、そんなわけでもっと早く紹介しておけばよかったのですが、よかったら今夜のラジオ深夜便、聞いてみてください。それでは次回の更新がすばやくできると思う方に1000円!

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