ラジオデイズ
前回書いた「ラジオ深夜便」の内容の一部がkuris2さんという方のブログで取り上げられていた。知らなかったのだけど、この番組はけっこう人気があるらしい。あと、WEB本の雑誌の店頭POP製作所に『孤独な鳥…』のポップがあがっていた。どなたがつくってくれたのかわからないが、なかなか、かっこいい。
考えてみるとラジオをほとんど聞かなくなった。たまに朝早く起きたときFMをつけることがあるくらいで、AM放送となると耳にするのは床屋に行ったときくらいだ。もっとも、せわしないおしゃべりが耳に触って、あまり好きではない。
夕方に床屋に行くと、たいてい局アナがリスナーに電話をかけてクイズに答えさせるというのをやっている。髪を切ってもらいながら、よくまあ、こんなくだらないクイズにわざわざ葉書を出して応募するよなあ、よほど暇なんだな、などと呆れているのだが、思いかえせば自分だって、かつてはそうだったのだ。それは、ずっと昔、中学生の頃だった。
当時は深夜放送ブームで、クラスの中の三分の一くらいが0時以降の深夜放送番組を聴いていた。リスナーはTBSのパックインミュージック派か、文化放送のセイヤング派の二つに分かれた。あとニッポン放送のオールナイトニッポンというのもあったが、住んでいた地域のせいで電波があまりよく入らず、聞いている人は多くなかった。ラジオ関東でも深夜放送をやっていたはずだが、これはもっと受信状態が悪く、きっと関東の外れの山の中に放送局があるのだろうと勝手に思っていた。
ぼくはセイヤング派だった。曜日ごとにDJが変わるのだが、ぼくは月曜日の落合恵子さんのセイヤングがお気に入りだった。その頃の彼女はすでにフリーになり長いキャリアを積んでいたはずだが、番組を聞きはじめた頃、なにかの雑誌の裏広告で『落合恵子写真集 レモンちゃんのすべて』という写真集の通販広告を見つけた。それは彼女がまだ新人アナウンサーとして人気が出はじめた頃に出したものらしく、もう市販もされていないということだった。
さんざん迷ったあげく、こっそり注文した。2週間くらいして厳重に包装された郵便物が届いた。わくわくしながら中を開くと、彼女がミニスカートをはいてカウボーイのコスプレをしてピストルをかまえていたりして、中学生ながら、なんともいえない複雑な気分になったのを覚えている。
番組によく葉書も書いた。最初に出した葉書はいまもよく覚えている。「落合さん、こんにちは。質問なんですが、どうして日本酒に大関というのがあるのに、横綱というお酒はないのですか?」というものだった。それは愛や恋、別れといった話がメインだった彼女の番組にはおよそ似つかわしくない話題だったのだが、なにしろこっちは中学生、それもどちらかといえば冴えないほうだったし、愛や恋はよくわからないから、そのくらいしか書くことがない。
ところが、初めて書いたその葉書が読まれた。そればかりか翌週には、全国からさまざまな回答が寄せられ「江戸時代は相撲の最高位が大関までしかなかったからではないでしょうか」とか「うちの地域には横綱というお酒がありますよ」とか「うちの方には小結というのもあります」とか、その後何週間かにわたって盛り上がった。
さらにその盛り上がりがきっかけとなって、番組の中に「質問コーナー」という枠まで設けられることになり、ラジオってのはおもしろいなあと受験勉強そっちのけで葉書を書きつづけた。いま思えば、インターネットの掲示板のようなものだった。
その後も葉書を出しつづけた。出した葉書は、わりと読んでもらえた。そのうちに名前も覚えてもらえた。女性のような名前なので、印象に残ったのかもしれない。こっちも同じ話題では飽きられるだろうと思い、つぎはこのネタで行こうとか、そのネタにどんなふうにひねりを加えようかとか、高校受験の勉強そっちのけで、そんなことばかり考えていた。もっとも最初に書いた大関の話以外は、なにを書いたかよく覚えていない。
あるとき、東京の書店で彼女のサイン会があると聞いた。彼女の『スプーン一杯の幸せ』という本を買うとサインをしてくれるという。なにしろ中学生だから『スプーン一杯の幸せ』がなにを意味するのかよくわかっていないのだが、サインをもらうときに名前を名乗れば、ああ、あなたがいつも葉書をくれるタナカマチさんなのねとでもいってもらえたら、きっととてもうれしい気持ちになるだろう。そんな場面をなんども頭の中で想像しながら会場の書店に出かけた。
本を買って、長い列に並んで(ピークは過ぎていたとはいえ、まだ彼女の人気はすごかった)順番を待つ。いよいよ自分の番だ。
でも、どういうわけか口が動かない。顔も上げられない。下を向いて無言で本を差し出すと、彼女はさらさらとサインして「ありがとう」と微笑んで本を返してくれた。ぼくは硬直して本を受けとると、下を向いたままやっとお辞儀だけして、そのまま立ち去った。
帰りの電車で自己嫌悪に陥った。サイン入りの『スプーン一杯の幸せ』をその後、読んだのかどうか記憶にないが、そのあとくらいから彼女のセイヤングをあまり聞かなくなり、深夜放送からも離れていった。
それから何年かして落合恵子さんがセイヤングをやめ、深夜放送もかつての熱気をうしなっていった。それと前後して彼女は作家として活躍するようになり、クレヨンハウスという子供の本の専門店なども開いたと聞いていたが、ぼく自身は彼女の書いたものを読むこともなく、セイヤングの思い出は過去の納屋へとしまい込まれ、埃をかぶっていった。『レモンちゃんのすべて』も『スプーン一杯の幸せ』もいつのまにかなくなっていた。
それから20年くらいたってエジプトに住んでいた頃だった。妻が一時帰国の折、子どもを連れて表参道のクレヨンハウスに行ったとき、書棚にぼくの『アフリカ旅物語』が平積みされているのを見たという。まわりは児童書や絵本ばかりだから、ちょっと場違いで変だったわよと聞いて、一瞬、ひょっとして20年前にせっせと葉書を書き送っていた中学生の名前を、彼女はまだ覚えていてくれていたのかもしれないと思ったものの、いや、そんなことありえないよなあ、絶対あるわけないよなあ、とすぐに否定し、でも、万が一そうだったらうれしいよなあと、くるくる思いが揺れた。
いまでも新聞などで彼女の名前を見ると、そのことをたしかめてみたい誘惑にかられることがある。でも、その勇気は持てそうもない。たとえ訊こうとしても、あのサイン会のときの小僧のように、またなにもいえなくなってしまうかもしれない。
付記:
まったく話が変わるが前回の賭け(次回の更新がすばやくできると思う方に1000円)には勝った。これで+1000円の儲け。これを元手に次の賭けに出ます。一週間以内に次回の更新ができる方に2000円!
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「へんな毒すごい毒」 韓国語版









コメント
驚きました。「ラジオ深夜便」が人気番組であることは知っていましたが、こんなに反響があろうとは。会社に本の注文ががんがんやってきます。うちの場合の「がんがん」というのは、一日あたり5〜6本で「がんがん」と表現します。こういうことはかつてありませんでした。新聞や雑誌の書評に掲載されても、今はほとんど反響などない時代なのですからね。たいしたもんです「ラジオ深夜便」。
ちなみに、私もこの番組に出演したことがあります。ラジオやテレビの場合、番組に出るアナウンサーやタレントが、著者の本を読んでいることなどほとんどありませんが、この番組で初めて話し相手のアナウンサーがちゃんと読んでいてくれたのが」印象的でした。好感度が高いです。日頃聴いてるわけじゃないですけど(うちはNHKが受信できないのです)。
投稿: 某編集長 | 2008年10月15日 (水) 20時35分
>某編集長さま
「がんがん」うれしいですね。
たしかにお相手のアナウンサーの方も読んでくれているというのが伝わってきて、うれしかったです。
投稿: 田中真知 | 2008年10月16日 (木) 12時32分
そうですねー、ラジオ聞かなくなりましたねー。ずっと前から何かうるさすぎて、おしゃべりが!気の効いたおしゃべりと素敵な音楽があれば十分なんですが・・・
遅ればせながら”孤独な鳥はやさしくうたう”を読ませてもらいました。どれも素敵な話でした。そのなかで「10年目の写真」が読んだ後まで気になっています。
あと、「マラケシュのラヴェル」でモロッコへ行きたくなりました。友人からうざったいモロッコ人の話を、充分聞かされているのですが。
投稿: ゴン | 2008年10月17日 (金) 20時48分
>ゴンさま
本を読んでいただきありがとうございます。
「10年目の写真」、あれを書いてずいぶんたってから彼のオリジナルプリントを見せてもらったのですが、大げさでなくすごい写真です。いろんな特殊な技法を使っているので一枚完成するのに半年くらいかかるのですが、来年、個展を開けるよう、いまいろいろ算段をしています。もうすこししたらはっきりすると思うので、この場でお知らせしますね。
モロッコは、以前と比べるとずいぶんスマートになりましたよ。客引きの類が法的に禁止されたこともあって、うんざりするような思いはいまではほとんどしないはずです。安心して旅行してください。エッサウィラはいいですよ。
投稿: 田中真知 | 2008年10月20日 (月) 10時56分