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イトヒロさんのこと

歩いて10分ほどのところに、ときどき散歩に行く公園がある。その公園へ向かう途中、いつも目に入る看板があった。「あった」というのは、その看板に描かれていたイラストが1年ほど前に描き直されてしまったからだ。


それはマンガのようなシンプルな線で描かれたメガネをかけた男性の絵だった。横に、道にゴミを捨てるのはやめましょうと書かれていた。けっして巧い絵ではなかったが、そのイラストの男性のほのぼのとした雰囲気が、なんとなくイラストレーターのイトヒロさんを思わせた。


イトヒロさんが脳の病気で長いこと入院しているのは聞いていたから、ぼくは公園へ散歩に行くたびに、その看板のイラストを目にして、イトヒロさんのことを思い出した。ぼくがイトヒロさんと過ごした時間は多くはないけれど、それでも公園に着くまでの短い時間、ナイロビのホテルで市場で買った米から小石を取り除いたりしたことなど、あれこれ思い出すのに不自由はしなかった。


けれども、1年くらい前に、その看板がカバの親子の絵に描き直されてしまってからは、正直、あまりイトヒロさんのことを思い出さなくなっていた。だから、今回イトヒロさんの訃報を耳にしたとき、とても申し訳ない気がした。


イトヒロさんと最初に会ったのはケニアのナイロビだった。もう15年以上前になる。グロスブナー・ホテルという、ナイロビ郊外にある長期滞在型のホテルだった。おだやかで、几帳面で、他人にとても気をつかう繊細な人、というのがぼくの彼に対する最初の印象だった。その印象は、その後も変わらなかった。


イトヒロさんは動物が本当に好きだった。イトヒロさんの描いた動物や虫や鳥の絵はヨーロッパの博物画に匹敵するほどみごとな出来映えだった。それは科学的に正確でありながらも、どこかユーモラスで、動物の存在そのものにいとおしさを感じてならないというか、ひたすらの慈しみを感じさせる絵だった。


ぼくはかわいがっているわけではないが、ベランダでカメを飼っている。あるとき、そのカメについての他愛ない話をイトヒロさんにしたら、とても面白いといってくれて、折り返しカメの生態についてくわしいメールをくれた。


ああ、こんな話でもイトヒロさんは面白がれるんだなと思って、さらに調子に乗って、やはりかわいがっていたわけではないが、その頃うちにいたアフリカツメガエルの話などをしたら、また面白がってくれた。それからなんとなく、ちっぽけな生き物が愛おしく感じられるようになって、メダカやエビなども飼うようになった。


ちっぽけなメダカやエビでも、ずっと飼っていると些細ではあるが、それなりにいろんなことが起きる。きっとイトヒロさんなら、そんな話でもすごく面白がって聞いてくれたにちがいないと思う。


病気になる前のイトヒロさんと多摩川の上流に石を拾いに行ったことがある。ほかにエッセイストの宮田珠己さん、イラストレーターの森優子さんもいっしょだった。なにをしにいったかというと、文字どおり、ただ石を拾いに行っただけである。川原の石を適当に拾って、適当な名前をつけて楽しむという、なんの生産性もない、じつに適当な企画だった。イトヒロさんは、「この企画は秘密です」といっていたが、あまりにすばらしいのでばらしてしまった。


平日の昼間、働き盛りの大人が、川原で石ころ拾いにうつつを抜かす。効率優先の時代の流れに飄々と逆らうような、ある意味、挑発的ともいえる、そんな企画を思いつくイトヒロさんの感性に感心した。ぼくは赤っぽい石をカツ丼石、角の尖った石を不良石、黒くて気むずかしそうな石を怒れる刑事石と名づけて、即興の刑事ドラマをつくった。じつにくだらなく、ぜいたくで、幸福な時間だった。


イトヒロさんが入院して1年目くらいにお見舞いに行ったとき、イトヒロさんがこんなことをいった。「この病気になって、ああ、オレは自分の人生の主人公じゃなかったんだなと思うようになったよ」。それは、いつものようにおだやかで、やさしい口調だった。イトヒロさん自身、自分の病気が完治の難しいものだとは知っていたから、それは正直な気持ちだったのだろう。


イトヒロさんがいつかぼくにいってくれた、いくつかの言葉は、いまもとても大切なものになっている。それはイトヒロさん本人にとっては、なにげないひとことだったかもしれないが、ぼくにとっては、心の底に灯火をともされたような暖かさをおぼえる言葉だった。イトヒロさんは、そういう小さなことをきちんと見てくれる人なのだ。どんな言葉だったかは秘密にしておく。

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コメント

イトヒロさんが亡くなったのですか。
お会いしたこともない方ですが、次から次へと、旅行人誌上に月刊イトヒロで描かれていた生き物の絵が浮かび、悲しい気持ちでいっぱいです。
ご冥福をお祈りします。

真知さん、挨拶遅れましたがちょっとご無沙汰していました。
ええと、貴ブログはいつも拝読していました。
私は、縁あって真知さんのことは存じてますが、イトヒロさんとお会いすることはついになかった。
でもあれも縁で、これも縁だ、と、思ったりします。
私が月刊イトヒロを読んでいたことも、訃報を聞いて今ショックなのも、イトヒロさんはご存じない。
でも縁のひとつには変わりないんだなあ……なんて。
まったくまとまりが悪いですが。

投稿: 三谷眞紀 | 2008年11月18日 (火) 00時54分

>三谷眞紀さま
眞紀さん、こんにちは。
蔵前さんの編集長のーとに、イトヒロさんのことがもっとくわしく書かれています。
あれも縁、これも縁、まさにそうですね。

投稿: 田中真知 | 2008年11月18日 (火) 02時10分

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