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おばさま、芸術の秋をゆく

芸術の秋である。今季はピカソやフェルメールも来ているので見に行きたいのだけれど、なかなか時間がとれない。ピカソといえば、以前、だれかがピカソ展に出かけたときのことを書いた文章で忘れられないものがある。


どこで読んだのか、だれが書いていたのかも思い出せないのだが、その人がピカソのミノタウロスの絵を見ていたとき、となりに二人組の中年女性がきたという。二人はしばらくミノタウロスの絵を眺めていたのだが、そのうち女性のひとりがぼそりとこういったという。


「……肉、食べたいわね」


聞いていた著者は思わず絶句したそうだ。たしかに、ミノタウロスは半分ウシの化け物だが、それで食欲が刺激されて、肉を食べたくなってしまうとは。ちなみに、ピカソのミノタウロスには、いくつかバリエーションがあるが、こんな絵だ。


Minotaur


まあ、ワイングラスももっているし、カモがネギ背負っているようなもので、思わずワインでステーキでも食べたくなってしまったのかもしれない。でも、そのおばさまはステーキではなく、「肉」を食べたいわといったというから、あるいはもっと野性的で、生々しい衝動が湧いてきたのかもしれない。ピカソの芸術の力は偉大だが、それ以上に、そのおばさまのセンシュアルなインスピレーションもすばらしい。みなさんも肉を食べたくなりましたか。


ピカソではないが、何年か前に「人体の不思議展」という展覧会に行ったことがある。これは人気があって、いまも全国を巡回中らしいので、見た人も多いだろう。人間の死体を解剖して、血管だけにしたり、筋肉だけにしたり、神経系だけにしたり、薄くスライスしたり、手足や内臓をばらばらにして見せたりという、公開当時はかなり衝撃的な展覧会だった。


こんな感じの展示です。

4

有楽町の国際フォーラムで公開されたときは、とても混んでいて、たしか1時間くらい並んで中に入った。ちょうど、ぼくの前に、二人組のおばさまがいた。おばさまというより、どちらかといえばおばあさまに近い雰囲気だった。


中はとても混んでいた。ショーケースの周りも黒い人だかりで、近づくのも一苦労だった。やっとケースの前にいた人がどいて、ぼくの前の二人のおばさまがその間にするりと入った。すると、おばさまの一人が「さて、冥土のみやげに見せてもらおうかしらねえ」といった。冥土のみやげ……。


ショーケースに展示されていたのは脚だった。ちょうど膝下から足首、足先にかけての部分で、一部、皮膚を取り除いて筋肉や血管の様子がわかるようになっていた。それを見ていたおばさまのひとりが、ぼそっといった。


「……あら、カトウさんみたい」


「そうねえ……」


そうねえ、って、解剖された死体の足首を見て、思わず思い出されてしまうカトウさんて、どんな人なんだ。二人は相づちを打ちながら、カトウさん、どうしているかしらとか世間話をはじめた。人体の不思議展を見ながら、ご近所なのかお友だちなのか知らないけれど、あたかも本人の写真を前にしているかのように世間話を始めてしまう、あなたがたの感性に感動しました。

 
以来、展覧会に行っておばさまの二人組などがいると、ついなにを話しているのか気になってしまう。これが若い女の子を連れたおやじなんかだと、にわか仕込みのうんちくをならべたてたりしていて、やれやれと思うこともあるのだが、おばさまはストレートで新鮮だ。


そんなわけで、ああ久しぶりに美術館に行きたいなあと思っていたら、奥さんが、今日は仕事が休みだからフェルメール展に行ってくるといって出かけていった。ぼくは時間がないのでパス。平日の午前中ならゆっくり見られるだろう。フェルメールの絵に流れる穏やかな時間にひたるのは、精神的にもいいことだし、できればぼくも行きたかった。

Wineglass


夕方、帰宅した彼女に、どうだったと聞くと、どうもこうもないわよ、ああ、疲れたと、ぶつぶついっている。なんだか様子がちがう。フェルメールで癒されてきたのではないのか。


彼女によると、着いてから知ったのだが、なんでも東京都美術館は第3水曜日は65歳以上入場料無料になるのだそうだ。平日だから空いているだろうと思っていったのに、逆に65歳以上が怒濤のように押しよせて、いつもよりもずっと混んでいて、中に入るのに2時間待ちだったそうである。中もたいへんな混みようで、とてもゆっくり見られるような状態じゃなかったといって憤慨している。


だいたい、なんで65歳以上がただなのよ、いったい、65歳以上の人口がいまどれくらいいると思ってるのかしら、あのひとたちって、いちばんお金もってんのに、それをなんでタダにしなきゃいけないの? お金払ったって、見たい人なら見るわよ。中には品の良さそうな老夫婦もいるけれど、あきらかに絵なんか、どうでもいいわ、タダだから来たのよというかんじでしゃべりまくっているのもいるし、ラジオ聞きながら見ているひともいるし、タダにして2時間立たせて、中はぎゅうぎゅうで、ろくにゆっくり見られないなんて、美術館にとっても手間がかかるだけだし、なんにもならないじゃない。愚策よ、愚策! だったらお金のない若い人たちこそ、ただで入れてあげるべきよ……(中略)……それに並んでいるときだって、アタシの後ろにいた老夫婦なんか、ダンナが奥さんを前に割り込ませようと思ってなんども押してくるのよ、ずらーっと何百メートルも並んでいて、ひとり追い抜かしたからってそれがなんなのよ、せこい!もー、なに考えてんのかしら!(`ヘ´)#%、§δ*’&ξ∇#(&?!(`ヘ´)……(後略)


 

……さすが、おばさま、ストレートだ。あのー、ところで、フェルメールはどうだったんでしょうか?


 
ひとりギャンブラー日記:
前々回も負けているので、マイナス9万8000円。
このところ負け通しである。プレッシャが足りないせいかもしれないので、つぎの一週間以内の更新には100万円を投じることにする。


 


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コメント

ああ~!笑った笑った!
涙を流して声を出して笑いましたよ。

「肉たべたいわね」もきましたが、
やっぱり一番は「カトウさん」!!
足首で、相槌がうてちゃう相方さんがまたすごいですね~。

フェルメール展、私も何年ぶり(日本では何十年ぶり)に美術館に足を運びました。運よく並ばずに入れましたが、とても絵の世界にひたる感覚ではありませんでした。奥様の怒りはごもっともかと。
私も絵より、もっとおばちゃまたちの会話に耳をすませてくるべきだったかも・・・。

新ブログ開設おめでとうございます!
そちらも楽しみに伺います~♪

投稿: ゆうこ | 2008年11月27日 (木) 21時15分

>ゆうこさま
常識にとらわれないおばさまたちのコメント力には、ときどき唸らされます。ウルビーノのビーナス展では、「若いから肌キレイよね」とつぶやいているおばさまもいました。絵なんですけど……。
皿回しの方もよろしく。

投稿: 田中真知 | 2008年11月28日 (金) 00時28分

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