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2008年12月

横谷宣写真展 「黙想録」 のお知らせ

新年を間近にして、かるいぎっくり腰になってしまった。やれやれである。腰は痛いのだけど、それとは関係なく、今回はうれしいお知らせだ。


『孤独な鳥はやさしくうたう』を読んでくださった方なら覚えてくれているかもしれないが、あの中に「十年目の写真」という、旅先で出会った写真家の話がある。その写真家のオリジナル・プリントを初めて目にしたのは、あの話を書いて何年かしてからだが、そのときの衝撃は言葉につくせない。彼のオリジナル・プリントを、いつかたくさんの人に見てもらう機会ができればと思って、ちょこちょこ動いていたのだが、その甲斐あって、来年早々、彼の個展が開かれることになった。場所はお茶の水のギャラリー・バウハウス。詳細はここ

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©Sen Yokotani


ぼくは写真は素人だし、専門的なこともわからない。それでも、これまで、なかなかいい写真だなとか、巧い写真だな、センスがいいなと思える写真は、プロのものもアマのものも含めて、いろいろ見てきた。とくに旅の写真を撮る人には、すばらしい技術やセンスのある人も少なくない。


けれども、横谷宣さん(というのが彼の名前だ)の写真は、そういう意味での写真ではなかった。まったく次元がちがうのだ。センスがいいとか、うまいとか、そういうレベルではない。センスも技術も並外れているのだけれど、そんなことではないのである。テーマや撮影対象がすごいというのともちがう。まるで別次元を覗きこむような、これまで目にしたことのない視覚体験なのだ。こんな写真が存在するのか、と彼のオリジナルプリントを目の前にして、ひたすらため息をついた。


ぼくは横谷さんに、これまで個展とかしたことないのですか、と聞いた。すると彼は、いちど仲間内で展示したことはあるのですが、一般向けの個展はやったことがありません、といった。「どうしてやらないの?」と聞くと、もし売るとなったときに、写真を焼くのにものすごい手間がかかるからだという。


デジカメの登場で写真はより身近で、手軽なものになった。しかし、横谷さんの写真の場合、撮影するカメラ(レンズ)も自作だし、紙や現像液の調合からなにからなにまで、すさまじいこだわりをもっている。プロの写真家なら、そのくらいは当たり前なのかもしれないが、それにしても彼のプリント法だと一枚の写真を完成するのに最低でも半年くらい時間がかかるという。


聞いていると、ほとんど陶芸のような一点物の世界だ。専用の暗室も必要だし、手間も時間もおそろしくかかる。それを思うと、やる気になれないんですといって彼は笑った。彼はべつに時代に逆行しているわけではない。ただ、彼が表現しようとしている世界を視覚化するには、いまだにそういう方法を使わざるをえないからなのである。


それでも、これほどの写真がほとんどだれにも知られずに存在しているのは、もったいなさすぎる。そこで感性の合いそうな知人をつれては、当時三軒茶屋にあった彼の家をなんどか訪れて、彼の写真を見てもらった。写真を見た人たちは、みな一様に沈黙し、ため息をついた。世界中の不思議な家を撮影しつづけている小松義夫さんは、「……横谷さんの写真は一枚最低300万です」といった。


そんなことをくりかえすうちに、どうにか彼の写真展を開けないかと思いがますます強くなり、人づてに写真評論家の飯沢耕太郎さんを紹介してもらった。ぼくのような素人でなく、飯沢さんのようなあらゆる写真を見てきている人には、横谷さんの写真はどう映るのだろうか。内心すこし不安をかかえながら、そのときすでに岡山に引っ越していた横谷さんから送ってもらったオリジナル・プリントのアルバムをもって飯沢さんに会った。そのときの印象を、飯沢さんは写真展の案内に寄せた文章に書いている(ぼくの寄せた文章もあります)。


そのあと飯沢さんに紹介してもらったお茶の水のギャラリーに、横谷さんのアルバムを抱えて足を運んだ。ギャラリーのオーナーで写真家である小瀧達郎さんは、パリやベネチアを題材として美意識の高い幻想的な写真を撮る方で、以前『マリクレール』などで、ぼくもその作品をよく目にしていた。その小瀧さんが横谷さんの写真を見て、何分もしないうちに、うちでやらせてくださいといった。


写真の世界のことはわからないまでも、プロ、アマふくめて、これだけおびただしい写真や「作品」が氾濫する中、ほとんど一目で横谷さんの写真のすごさに即座に反応できる人に、二人もつづけて出会えたのは幸運としかいいようがない。


横谷さんの写真は、いわゆる売れる写真ではない。時代におもねるような要素もない。流行りのキーワードなど最初からはねつけてしまいそうな孤高の沈黙がある。しかし、じっと見つめていると、そこにたたみこまれた豊饒な時間が澄んだ地下水のように流れ込んできて、心の中にたまった澱を洗い流してくれるような気持ちにさせられる。そこには純化された祈りにちかいものすら感じさせる。それは今日の写真において、めったに出会えないものである。


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横谷宣氏(撮影:田中真知)


東京近郊に住んでいる人でも、あるいはそうでない人でも、時間があってもなくても、ぜひお茶の水のギャラリー・バウハウスに足を運んで、横谷さんの作品世界にふれてほしい。横谷さんの写真はオリジナル・プリントで見なくては、意味がない。オリジナル・プリントの力をこれほど感じさせられる写真も珍しいのではないか。それは、ぼくには古い寺院の中に長い間忘れ去られていたイコンを思わせる。なにより筋金入りの貧乏旅行の中で、こうした写真が撮られていたという事実が信じられない。


1月16日の晩には飯沢耕太郎さんと横谷さんとの対談もある。飯沢さんも若いころ、ナイロビでスワヒリ語を勉強していたこともあり、旅の果実をたっぷり堪能している人で、キノコのスペシャリストでもある。どんな対談になるか、まるで予想がつかないのだが、きっと面白いはずなので、2000円だけど時間のある方は来てみてください。ぼくも行きます(腰が治ってたら)。


ギャラリー・バウハウスはニコン・サロンとかキヤノン・サロンみたいに、ただ展示するところではなく、写真を売るギャラリーである。展示期間も二カ月と、たいへん長い。彼の作品が気に入った方は、ぜひ作品を買ってください。けっして安くはないかもしれないけれど、それが確実に彼の活動を応援することにつながる。


それにしても、人のために動くのは、自分のために動くより、はるかに腰が軽くなるのはふしぎだ。いまはぎっくり腰だけど。ちなみに『孤独な鳥……』の「十年目の写真」を読んでいない方のために、期間限定で、旅行人誌に発表時のページをpdfファイルでアップしておきます。
 


それでは、どなたもぜひ今回の写真展はくれぐれもお見逃しなきよう! 人に自分の好みを押しつけるのは気が進まないが、今回はちがう。これは見なくてはならない写真だ。とくに写真を撮ったり見たりすることに興味のある人には、ぜひ見てほしい。ほんとうは、こんなご託などならべたてたくないのだけど、とにかく足を運んでほしいがゆえに書いた。実際に写真を見るときは、ここに書いてあることなどいっさい忘れて、彼の写真にむきあってみてください。

それではみなさま、よいお年を。くれぐれも腰にはご用心。


     *


横谷 宣写真展 「黙想録」 gallery bauhaus(お茶の水)

会 期 / 2009年1月7日(水)~2月28日(土)
時 間 / 11:00~19:00
休 廊 / 日・月・祝
入場料 / 無料

横谷 宣×飯沢耕太郎対談
日 時 / 2009年1月16日(金) 19:00~
参加費 / 2000円(要予約)


くわしくはこちらで。
 
 
 
 

 

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ゴリタンの作文

前に書いたエントリーに寄せられたひさのさんのコメントに、パウル・クレー展にいっしょに行った小さな子がくれた手紙のことが書かれていた。「あのときの私は絵なんてちっとも見れなくて、へやに響くちゃあちゃんの靴の音ばかりに気がいっていたけど……」という一節は、とてもすてきだ。

 

それを読んでいて思いだしたのは、小中学校の同級生だったゴリタンのことだ。ゴリタンはたしか小学5年のときに転校してきた。色黒で、唇が厚く、目がぎょろりと大きく、細い手足を優雅にゆらして走った。その走る姿から、あだ名は、一瞬にして天啓のように「ゴリタン!」と決まった。

 

6年生のとき、家庭科の小テストがあった。その中に、青菜の油炒めにかんして、「フライパンに青菜はいつ入れますか」というような問題があった。テストが返却されたとき、だれかがゴリタンの答案をうばって、答えのらんを見ると、そこにはこう書かれていた。

 

「あぶら ぼつぼつ なた いれる」

 

ひょっとしたら、「あぶら ぼつぼつ なたとき いれる」だったかもしれない。いずれにしても答案を見たやつは爆笑し、みながそれを回覧しては爆笑した。ゴリタンの回答に○がついていたのか、×がついていたかはおぼえていない。おそらく期待されていた答えは、「油が十分温まってから入れる」といったようなことだったのだろう。ゴリタンもその意図は理解していたのだが、うまく言葉にならず、結果的に「あぶら ぼつぼつ」という、よりストレートで感覚的な表現になったのだろう。

 

ふだんのゴリタンとの会話はまったく問題なかった。けれども、文章となると、小さい「っ」や「ゃ」が使えなかったり、助詞がとんだり、抽象的な言葉がでなかったりして、なんともいえない、たどたどしいものになった。それがおかしくて、ぼくを含めた悪童どもは、ゴリタンのテストや作文が返却されると、それを奪ってはみんなで回し読みした。

 

いま思えば、ゴリタンの文章には、社会の約束事を逸脱したストレートで直観的な手ざわりがあった。当時のぼくたちも笑いながらも、そのユニークな表現に魅了されていたのだと思う。その証拠に、2年くらい前に30数年ぶりにあった当時の同級生のKくん(いまは中学校の国語の先生をしている)と話していたときにも、ゴリタンの作文はすごかったなあという話題が出た。

 

だいたい小中学校時代の友だちの書いた作文やテストの回答なんて、自分のものだって覚えていないのがふつうだ。けれども、ぼくたちは二人ともゴリタンの作文や回答を、おどろくほどよく覚えていた。 

 

−−「あぶら ぼつぼつ なた いれる」は衝撃的だったよなあ。


−−そういえば「やまださんの おかね どんなた」というのもあったよなあ。

 

それはたしか算数の問題で、山田さんがもっていたお金をいくらか使って、そのあと山田さんのお金はどうなりましたか、といった問いに対するゴリタンの答えだった。算数の問題だったから、答えは数字であるはずだったが、おそらくゴリタンは問題をなんども頭の中でくりかえし、いったい山田さんのお金はどうなったのだろうか、と考えた末、その思考のプロセスをそのまま言葉にしたのだろう。それが「やまださんの おかね どんなた」だった。

 

小学校の卒業文集にのったゴリタンの作文も、いまでも部分的にそらんじられるくらい、よくおぼえている。たいてい卒業文集などというと、「小学校の楽しい思い出を胸に、新しい中学生活にむかって旅立ちます」とか「中学校ではサッカー部に入って、がんばろうと思います」といったことを書くものだ。しかし、ゴリタンの作文では、その関心は、中学校へ自転車で行けないとつまらないというものだった。彼の作文はこうむすばれていた。

 

「ぼくは中学校へは自転車で行ったらいいなとおもう。……自転車でなかったらつまらない。……自転車で行けないのはくやしいけど、中学生だからがんばれるだろう」

 

そつのない、悪くいえば、面白くもない作文が多い中、ゴリタンの作文は異色だった。もちろん、それは国語的にいえば、まちがいだらけかもしれないし、成績をつけるならぜんぜんなっちゃいないということになるだろう。

 

しかし、そこには、たしかにゴリタンが、その作文を書いたときにリアルに感じていた、とりとめのない実感や不安が息づいていた。自転車で行けなきゃつまらない、という思いが、作文を書いている間中、頭の中をよぎっていることが、そのたどたどしい文章からじわじわ伝わってきた。もし、この文集の中から、もっとも文学的なものを選ぶとしたら、まちがいなくゴリタンの作文だった。

 

学校の勉強では、先生や社会が期待するふるまいや行動をとることが、いい成績につながる。国語もそうだ。けれども、ゴリタンの作文はちがった。それはまわりの期待や意図とはかかわりなく、彼自身の中から立ち上がってきたものを、そのたどたどしさのままにストレートに表現していた。受けねらいでも、ケアレスミスでも、ひらきなおりでもない。そのときはおかしくて笑っていたけれど、それが30年以上たったいまでも記憶に残っているのは、どこか彼の作文に、ほんとうの意味でのリアルな個性的世界があったからだと思う。

 

30数年ぶりに同級生のKくんと話していたとき、やはり6年生のときゴリタンが書いた詩のことが話題になった。それは日光に修学旅行に行ったあと、国語の時間に旅の思い出を詩で書くようにいわれたときのことだった。

 

みんなは華厳の滝や東照宮、宿での夜の楽しさなどを題材にしていたはずだが、自分のものもふくめて、何を書いたかまったく覚えていない。ただし、そのときゴリタンが書いた詩だけは、けっして忘れられない。それはたった一行だったが、これほどインパクトのある詩を、ぼくはいまだにほかに知らない。こんな詩だ。

 

 

 




 たき  おしっこみたいに  でる

 

 

 

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チングリッシュで行こう

写真家の小松義夫さんが、こんな本を貸してくれた。

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CHINGLISH(チングリッシュ)? あ、そうか! 以前「北京オリンピック予言の書」と題して、中国で販売されている日本語・中国語の日常会話集にあふれるヘンな日本語をとりあげたが、いわばその英語版である。こんな本が出ていたとは……。


ここでも、ずーっと前に、日本で見られるヘンな英語をとりあげたことがある(「Non Stop Frightはお好き?」)。その独特な英語表現は Japanese Engrish(Englishではない)と呼ばれているそうだが、そうか、中国だとチングリッシュか。なんてすてきなネーミングなんだろう。


さっそく新書版サイズのそのミニ写真集をめくってみる。

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どこかの店の看板か? 「歓迎光臨」が、Welcome to Presence。Welcome だけでもよさそうだが、そのあとに Presence(存在)である。存在を歓迎する。なにやら哲学的な幻想性すら感じさせる。ネイティヴ・スピーカーからしたら妙に聞こえるのだろうが、どこか漢詩や俳句に近い、極限まで切り詰めた東洋的な宇宙観が漂ってくる。

 
 
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これも哲学的だ。隆盛星地帯とはどういう地帯だかわからないが(また中国語に堪能なかおりさんのご光臨を待ち望みたいが、病み上がりなので無理なさらぬよう)、FREE YOURSELF FROM THE MISERY OF A EXISTENCE とは「存在の悲惨から自由になれ」とは含蓄がありすぎる。


 
 
 
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「芝生に入るな」ということらしい。漢字から推測するに、「小さな草にも生命があることを思い、踏みにじるようなことをしてはならない」ということか。だが、問題は英訳だ。ここには中国語とは独立した別のメッセージが込められている。なにがすごいかというと、ここでは主語が「草」なのだ。文法的間違いはさておき「私はあなたの微笑みが好きです。でも私の顔に靴をのせるあなたはきらい」という草の身に成り代わったメッセージなのである。

 
 
 

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「夫妻肺片」という料理名もすごいが、それを直訳してMan and wife lung slice としてしまうところもすごい。むりに重訳すると「男と妻の薄切りの肺」となってほとんどホラー映画のようだが、たぶん機械翻訳したんだろうな。ちなみに夫妻肺片とは、ウシのタンとレバー、胃袋(ミノ)を四川風に味付けた料理だそうだ。「夫妻」というのは回族の夫婦が考案したことに由来するらしい。

 
 
 

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ストレンジ・ジュース! ちょっと飲んでみたい。それにしても、この「奇なんとか果汁」というのは、いったいどんな果実なのだろう。

 
 
 
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気持ちはわかる。水洗トイレによく書いてある英語標示は、ふつうは flush the toilet だが、Wash after relief の方がリアルだ。「やれやれ」とホッとしたあとで、ジャーッと流す。実感が伝わってくる。このトイレが水洗かどうかわからないが、もし水洗でないとすると、自分の尻を洗うという意味も込められているのだろうか。


 
 
 
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同じくトイレの標示。身障者用トイレ(disabled toilet/accessible toilet)といいたかったのだろうが、Deformed Man Toilet。これでは直訳過ぎて「変形した人用トイレット」になってしまう。


この本を作ったのはオリバー・ルッツ・ラドックというドイツ人。ただし、彼はこの本で中国の珍妙な英語をバカにしてやろうと意図したわけではない。それどころか、まえがきによると、彼は中国語の学位を取るために上海に留学中、この手の奇妙な英語を見て「魅了された」と書いている。


ラドックは述べている。「チングリッシュはしばしばたいへん滑稽だ。なぜなら、チングリッシュへの翻訳によって生み出される新しい意味には、ときに、はっとさせられるような生々しさがあるからである。……チングリッシュは、西洋人が微妙な話題について話すときのために注意深く築いてきた婉曲な言語学的語法を、瞬時にして破壊する。……アメリカの詩人ロバート・フロストは『詩心は翻訳によって失われてしまう』と書いたが、チングリッシュについてはそれは誤りだ」


ラドックがこの本をつくったのは、こうした詩心にあふれた幻想的なチングリッシュに魅惑されたことにくわえて、それが現代の中国から急速に失われつつあることを憂えたためだという。かつてはそこいら中に氾濫していたチングリッシュは、北京オリンピックの開催を機に、政府当局の手によって北京、および中国の街から駆逐されつづけているという。こうした言語的浄化政策のために、いまやチングリッシュは言語の絶滅危惧種だというのだ。


むろん中国政府としては、チングリッシュのような不正確な英語が氾濫する状況は、近代国家にふさわしくないと考えているのだろう。けれども、フラット化する世界の中で、こうした言語的バリエーションがなくなっていくのは正直さびしい。


英語はユニバーサルな言語だ。けれども、だからといってイギリス英語やアメリカ英語ををみながまねする必要はないと思う。たとえば、エジプトではRの発音は巻き舌になるし、PやEのようにアラビア語にない発音は、BやIで代用される。「ペプシコーラください」は「ビブシ、ブリーズ」となる。それでなんの問題もない。ピジン・イングリッシュもそうだが、英語のユニバーサル化とは、ほんとうは英語が各地でローカライズされて、その土地のものになってしまうということではないか。


日本人だって英語を話すとき、RとLの発音ができないからって恥ずかしがる必要などないのだ。RとL、BとVの発音のちがいなど、もともと日本語にないのだから無視すればいい。定冠詞も複数形も無視すればいい。逆に日本人がイギリス人やアメリカ人向けに、そういうJapanese Engrishを教える学校をつくる。発音練習もやらせる。欧米人生徒がRとLを発音仕分けていたら「だめだめ、日本ではRとLは同じ音なの」というふうに指導する。これこそ異文化コミュニケーションというものではないか。


あと、前にも書いたことがあるが、英語学習でよくいわれることに、英語を話すときは論旨を明確にとか、自分の意見をはっきり述べるようにとかいうのがある。けれども、ほんとうは内気で引っ込み思案なのに、英語をしゃべるときだけ、急に積極的になったりするというのも変ではないか。そりゃ、欧米は自己主張が基本にある文化かもしれないけれど、日本はそうではない。


そこでどうせなら、日本語会話特有の曖昧表現、たとえば「つまり、まあ、なんというか、アレですなあ」とか、「まあ、ぼちぼちというかんじで、なんとか、かんとかやってますわ……」といった、ほとんど意味内容のない曖昧なフレーズをJapanese Engrishの会話表現として盛り込んでいく。これを日本にやってくる欧米人ビジネスマンに学ばせれば、誤解を招きやすいビジネス交渉もばっちりである。Japanese EngrishとChinglishでディベートをするというのも面白そうではないか。Japanese Engrishにしても、Chinglishにしても、もっと誇りをもっていい。


ちなみに、Japanese Engrishの最高傑作の一つは、やはり前にも紹介したこのポスターだと思う。

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Akita to Okinawa, Non Stop Fright(秋田から沖縄へ。止まらぬ恐怖)とは想像しただけでスリリングだ。


一方、チングリッシュの傑作はこれである。


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コンドームのネーミングが「DAMAGE」(ダメージ)って……。うー、スリリングだぁ。


P.S. カッパの皿回しも更新。
 
 
 

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おばさまのコメントが文学であること

前におばさまのコメント力に感心した話を書いた。ピカソの絵を見て、これはキュビズムの何とかでとか、青の時代の何とかで、というのでは、ただのうんちくでしかないし、ちょっと怖いわよね、というのでは感想でしかない。しかし「肉、食べたいわね」といった瞬間、それは文学になってしまうのだ。たとえばーー。

 

カオリはピカソの絵を前に、急に食欲がこみ上げてくるのを感じて、思わず唾液をごくりと飲み込んだ。喉の奥がしめつけられ、無性に生肉にむさぼりつきたい衝動にかられた。屠ったばかりの血の滴る生肉が脳裏に浮かんだ。あたしったら、どうしたのかしら、とカオリは赤面した……。

 

……てなかんじで、そこから物語へと発展してしまいそうなのだ。同じく、人体の不思議展で解剖された足首を見て「カトウさん」を思い出したご婦人の想像力も文学へ昇華しそうな可能性を感じさせる。

 

そこに展示された死体の足首を見て、マキは不意にカトウのことを思い出した。血の気を失った青白い彫刻のような足首。似ている……とマキは思った。マキがカトウとつきあう気になったのは、彼の白くて、ひんやりとした足首に惹かれたからだった……。

(注:登場する人名はすべて仮名であり、実在の人物とは関係ありません)

 

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カッパの皿回しも更新しました。そういえば賭け金はどうなってんだろうな。

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