横谷宣写真展 「黙想録」 のお知らせ
新年を間近にして、かるいぎっくり腰になってしまった。やれやれである。腰は痛いのだけど、それとは関係なく、今回はうれしいお知らせだ。
『孤独な鳥はやさしくうたう』を読んでくださった方なら覚えてくれているかもしれないが、あの中に「十年目の写真」という、旅先で出会った写真家の話がある。その写真家のオリジナル・プリントを初めて目にしたのは、あの話を書いて何年かしてからだが、そのときの衝撃は言葉につくせない。彼のオリジナル・プリントを、いつかたくさんの人に見てもらう機会ができればと思って、ちょこちょこ動いていたのだが、その甲斐あって、来年早々、彼の個展が開かれることになった。場所はお茶の水のギャラリー・バウハウス。詳細はここ。

©Sen Yokotani
ぼくは写真は素人だし、専門的なこともわからない。それでも、これまで、なかなかいい写真だなとか、巧い写真だな、センスがいいなと思える写真は、プロのものもアマのものも含めて、いろいろ見てきた。とくに旅の写真を撮る人には、すばらしい技術やセンスのある人も少なくない。
けれども、横谷宣さん(というのが彼の名前だ)の写真は、そういう意味での写真ではなかった。まったく次元がちがうのだ。センスがいいとか、うまいとか、そういうレベルではない。センスも技術も並外れているのだけれど、そんなことではないのである。テーマや撮影対象がすごいというのともちがう。まるで別次元を覗きこむような、これまで目にしたことのない視覚体験なのだ。こんな写真が存在するのか、と彼のオリジナルプリントを目の前にして、ひたすらため息をついた。
ぼくは横谷さんに、これまで個展とかしたことないのですか、と聞いた。すると彼は、いちど仲間内で展示したことはあるのですが、一般向けの個展はやったことがありません、といった。「どうしてやらないの?」と聞くと、もし売るとなったときに、写真を焼くのにものすごい手間がかかるからだという。
デジカメの登場で写真はより身近で、手軽なものになった。しかし、横谷さんの写真の場合、撮影するカメラ(レンズ)も自作だし、紙や現像液の調合からなにからなにまで、すさまじいこだわりをもっている。プロの写真家なら、そのくらいは当たり前なのかもしれないが、それにしても彼のプリント法だと一枚の写真を完成するのに最低でも半年くらい時間がかかるという。
聞いていると、ほとんど陶芸のような一点物の世界だ。専用の暗室も必要だし、手間も時間もおそろしくかかる。それを思うと、やる気になれないんですといって彼は笑った。彼はべつに時代に逆行しているわけではない。ただ、彼が表現しようとしている世界を視覚化するには、いまだにそういう方法を使わざるをえないからなのである。
それでも、これほどの写真がほとんどだれにも知られずに存在しているのは、もったいなさすぎる。そこで感性の合いそうな知人をつれては、当時三軒茶屋にあった彼の家をなんどか訪れて、彼の写真を見てもらった。写真を見た人たちは、みな一様に沈黙し、ため息をついた。世界中の不思議な家を撮影しつづけている小松義夫さんは、「……横谷さんの写真は一枚最低300万です」といった。
そんなことをくりかえすうちに、どうにか彼の写真展を開けないかと思いがますます強くなり、人づてに写真評論家の飯沢耕太郎さんを紹介してもらった。ぼくのような素人でなく、飯沢さんのようなあらゆる写真を見てきている人には、横谷さんの写真はどう映るのだろうか。内心すこし不安をかかえながら、そのときすでに岡山に引っ越していた横谷さんから送ってもらったオリジナル・プリントのアルバムをもって飯沢さんに会った。そのときの印象を、飯沢さんは写真展の案内に寄せた文章に書いている(ぼくの寄せた文章もあります)。
そのあと飯沢さんに紹介してもらったお茶の水のギャラリーに、横谷さんのアルバムを抱えて足を運んだ。ギャラリーのオーナーで写真家である小瀧達郎さんは、パリやベネチアを題材として美意識の高い幻想的な写真を撮る方で、以前『マリクレール』などで、ぼくもその作品をよく目にしていた。その小瀧さんが横谷さんの写真を見て、何分もしないうちに、うちでやらせてくださいといった。
写真の世界のことはわからないまでも、プロ、アマふくめて、これだけおびただしい写真や「作品」が氾濫する中、ほとんど一目で横谷さんの写真のすごさに即座に反応できる人に、二人もつづけて出会えたのは幸運としかいいようがない。
横谷さんの写真は、いわゆる売れる写真ではない。時代におもねるような要素もない。流行りのキーワードなど最初からはねつけてしまいそうな孤高の沈黙がある。しかし、じっと見つめていると、そこにたたみこまれた豊饒な時間が澄んだ地下水のように流れ込んできて、心の中にたまった澱を洗い流してくれるような気持ちにさせられる。そこには純化された祈りにちかいものすら感じさせる。それは今日の写真において、めったに出会えないものである。

横谷宣氏(撮影:田中真知)
東京近郊に住んでいる人でも、あるいはそうでない人でも、時間があってもなくても、ぜひお茶の水のギャラリー・バウハウスに足を運んで、横谷さんの作品世界にふれてほしい。横谷さんの写真はオリジナル・プリントで見なくては、意味がない。オリジナル・プリントの力をこれほど感じさせられる写真も珍しいのではないか。それは、ぼくには古い寺院の中に長い間忘れ去られていたイコンを思わせる。なにより筋金入りの貧乏旅行の中で、こうした写真が撮られていたという事実が信じられない。
1月16日の晩には飯沢耕太郎さんと横谷さんとの対談もある。飯沢さんも若いころ、ナイロビでスワヒリ語を勉強していたこともあり、旅の果実をたっぷり堪能している人で、キノコのスペシャリストでもある。どんな対談になるか、まるで予想がつかないのだが、きっと面白いはずなので、2000円だけど時間のある方は来てみてください。ぼくも行きます(腰が治ってたら)。
ギャラリー・バウハウスはニコン・サロンとかキヤノン・サロンみたいに、ただ展示するところではなく、写真を売るギャラリーである。展示期間も二カ月と、たいへん長い。彼の作品が気に入った方は、ぜひ作品を買ってください。けっして安くはないかもしれないけれど、それが確実に彼の活動を応援することにつながる。
それにしても、人のために動くのは、自分のために動くより、はるかに腰が軽くなるのはふしぎだ。いまはぎっくり腰だけど。ちなみに『孤独な鳥……』の「十年目の写真」を読んでいない方のために、期間限定で、旅行人誌に発表時のページをpdfファイルでアップしておきます。
それでは、どなたもぜひ今回の写真展はくれぐれもお見逃しなきよう! 人に自分の好みを押しつけるのは気が進まないが、今回はちがう。これは見なくてはならない写真だ。とくに写真を撮ったり見たりすることに興味のある人には、ぜひ見てほしい。ほんとうは、こんなご託などならべたてたくないのだけど、とにかく足を運んでほしいがゆえに書いた。実際に写真を見るときは、ここに書いてあることなどいっさい忘れて、彼の写真にむきあってみてください。
それではみなさま、よいお年を。くれぐれも腰にはご用心。
*
横谷 宣写真展 「黙想録」 gallery bauhaus(お茶の水)
会 期 / 2009年1月7日(水)~2月28日(土)
時 間 / 11:00~19:00
休 廊 / 日・月・祝
入場料 / 無料
横谷 宣×飯沢耕太郎対談
日 時 / 2009年1月16日(金) 19:00~
参加費 / 2000円(要予約)
くわしくはこちらで。
「へんな毒すごい毒」 韓国語版



















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