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チングリッシュで行こう

写真家の小松義夫さんが、こんな本を貸してくれた。

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CHINGLISH(チングリッシュ)? あ、そうか! 以前「北京オリンピック予言の書」と題して、中国で販売されている日本語・中国語の日常会話集にあふれるヘンな日本語をとりあげたが、いわばその英語版である。こんな本が出ていたとは……。


ここでも、ずーっと前に、日本で見られるヘンな英語をとりあげたことがある(「Non Stop Frightはお好き?」)。その独特な英語表現は Japanese Engrish(Englishではない)と呼ばれているそうだが、そうか、中国だとチングリッシュか。なんてすてきなネーミングなんだろう。


さっそく新書版サイズのそのミニ写真集をめくってみる。

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どこかの店の看板か? 「歓迎光臨」が、Welcome to Presence。Welcome だけでもよさそうだが、そのあとに Presence(存在)である。存在を歓迎する。なにやら哲学的な幻想性すら感じさせる。ネイティヴ・スピーカーからしたら妙に聞こえるのだろうが、どこか漢詩や俳句に近い、極限まで切り詰めた東洋的な宇宙観が漂ってくる。

 
 
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これも哲学的だ。隆盛星地帯とはどういう地帯だかわからないが(また中国語に堪能なかおりさんのご光臨を待ち望みたいが、病み上がりなので無理なさらぬよう)、FREE YOURSELF FROM THE MISERY OF A EXISTENCE とは「存在の悲惨から自由になれ」とは含蓄がありすぎる。


 
 
 
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「芝生に入るな」ということらしい。漢字から推測するに、「小さな草にも生命があることを思い、踏みにじるようなことをしてはならない」ということか。だが、問題は英訳だ。ここには中国語とは独立した別のメッセージが込められている。なにがすごいかというと、ここでは主語が「草」なのだ。文法的間違いはさておき「私はあなたの微笑みが好きです。でも私の顔に靴をのせるあなたはきらい」という草の身に成り代わったメッセージなのである。

 
 
 

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「夫妻肺片」という料理名もすごいが、それを直訳してMan and wife lung slice としてしまうところもすごい。むりに重訳すると「男と妻の薄切りの肺」となってほとんどホラー映画のようだが、たぶん機械翻訳したんだろうな。ちなみに夫妻肺片とは、ウシのタンとレバー、胃袋(ミノ)を四川風に味付けた料理だそうだ。「夫妻」というのは回族の夫婦が考案したことに由来するらしい。

 
 
 

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ストレンジ・ジュース! ちょっと飲んでみたい。それにしても、この「奇なんとか果汁」というのは、いったいどんな果実なのだろう。

 
 
 
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気持ちはわかる。水洗トイレによく書いてある英語標示は、ふつうは flush the toilet だが、Wash after relief の方がリアルだ。「やれやれ」とホッとしたあとで、ジャーッと流す。実感が伝わってくる。このトイレが水洗かどうかわからないが、もし水洗でないとすると、自分の尻を洗うという意味も込められているのだろうか。


 
 
 
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同じくトイレの標示。身障者用トイレ(disabled toilet/accessible toilet)といいたかったのだろうが、Deformed Man Toilet。これでは直訳過ぎて「変形した人用トイレット」になってしまう。


この本を作ったのはオリバー・ルッツ・ラドックというドイツ人。ただし、彼はこの本で中国の珍妙な英語をバカにしてやろうと意図したわけではない。それどころか、まえがきによると、彼は中国語の学位を取るために上海に留学中、この手の奇妙な英語を見て「魅了された」と書いている。


ラドックは述べている。「チングリッシュはしばしばたいへん滑稽だ。なぜなら、チングリッシュへの翻訳によって生み出される新しい意味には、ときに、はっとさせられるような生々しさがあるからである。……チングリッシュは、西洋人が微妙な話題について話すときのために注意深く築いてきた婉曲な言語学的語法を、瞬時にして破壊する。……アメリカの詩人ロバート・フロストは『詩心は翻訳によって失われてしまう』と書いたが、チングリッシュについてはそれは誤りだ」


ラドックがこの本をつくったのは、こうした詩心にあふれた幻想的なチングリッシュに魅惑されたことにくわえて、それが現代の中国から急速に失われつつあることを憂えたためだという。かつてはそこいら中に氾濫していたチングリッシュは、北京オリンピックの開催を機に、政府当局の手によって北京、および中国の街から駆逐されつづけているという。こうした言語的浄化政策のために、いまやチングリッシュは言語の絶滅危惧種だというのだ。


むろん中国政府としては、チングリッシュのような不正確な英語が氾濫する状況は、近代国家にふさわしくないと考えているのだろう。けれども、フラット化する世界の中で、こうした言語的バリエーションがなくなっていくのは正直さびしい。


英語はユニバーサルな言語だ。けれども、だからといってイギリス英語やアメリカ英語ををみながまねする必要はないと思う。たとえば、エジプトではRの発音は巻き舌になるし、PやEのようにアラビア語にない発音は、BやIで代用される。「ペプシコーラください」は「ビブシ、ブリーズ」となる。それでなんの問題もない。ピジン・イングリッシュもそうだが、英語のユニバーサル化とは、ほんとうは英語が各地でローカライズされて、その土地のものになってしまうということではないか。


日本人だって英語を話すとき、RとLの発音ができないからって恥ずかしがる必要などないのだ。RとL、BとVの発音のちがいなど、もともと日本語にないのだから無視すればいい。定冠詞も複数形も無視すればいい。逆に日本人がイギリス人やアメリカ人向けに、そういうJapanese Engrishを教える学校をつくる。発音練習もやらせる。欧米人生徒がRとLを発音仕分けていたら「だめだめ、日本ではRとLは同じ音なの」というふうに指導する。これこそ異文化コミュニケーションというものではないか。


あと、前にも書いたことがあるが、英語学習でよくいわれることに、英語を話すときは論旨を明確にとか、自分の意見をはっきり述べるようにとかいうのがある。けれども、ほんとうは内気で引っ込み思案なのに、英語をしゃべるときだけ、急に積極的になったりするというのも変ではないか。そりゃ、欧米は自己主張が基本にある文化かもしれないけれど、日本はそうではない。


そこでどうせなら、日本語会話特有の曖昧表現、たとえば「つまり、まあ、なんというか、アレですなあ」とか、「まあ、ぼちぼちというかんじで、なんとか、かんとかやってますわ……」といった、ほとんど意味内容のない曖昧なフレーズをJapanese Engrishの会話表現として盛り込んでいく。これを日本にやってくる欧米人ビジネスマンに学ばせれば、誤解を招きやすいビジネス交渉もばっちりである。Japanese EngrishとChinglishでディベートをするというのも面白そうではないか。Japanese Engrishにしても、Chinglishにしても、もっと誇りをもっていい。


ちなみに、Japanese Engrishの最高傑作の一つは、やはり前にも紹介したこのポスターだと思う。

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Akita to Okinawa, Non Stop Fright(秋田から沖縄へ。止まらぬ恐怖)とは想像しただけでスリリングだ。


一方、チングリッシュの傑作はこれである。


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コンドームのネーミングが「DAMAGE」(ダメージ)って……。うー、スリリングだぁ。


P.S. カッパの皿回しも更新。
 
 
 

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

ChinglishもJapaneseEngrishも文化なのですね。
各国オリジナルEnglishをいっぱい普及させて、イギリス英語やアメリカ英語を1ローカル英語にしてしまえば面白いなー。
前回のおばさまの一言には参りました。これからはおばさまの一言にも文学を感じるようにします。

投稿: ゴン | 2008年12月13日 (土) 10時55分

>ゴンさま
言葉に正しいも正しくないもないのかもしれませんね。携帯の絵文字みたいなのにしても平安時代からあったそうですから。

ピカソ展、最終日の前日に行ってきたんですが、人でごった返していて見るところじゃなかったです。
「イセエビを持つ少年」(だったかな?)の絵の前で幼稚園くらいの男の子が、大声で「ヘンなちんちん!」とのたまわってました。たしかに!

投稿: 田中真知 | 2008年12月15日 (月) 16時18分

ごぶさたしています。あんまり真知さんのブログが面白いので、職場でも自宅でもブックマークして、更新を心待ちにしているアートセラピーのときにご一緒したひさのです。

カッパの皿回しも愉快に拝読しました、
そこからふたたび飛んで、クラブでのヒップホップ体験も、抱腹しつつ読みました。もう、「サイコー」です。
クラブ、わたしも一度しか行ったことないんです。おとなの街ロッポンギにてでした、こわかった~笑
真知さんの言われるところの、「松」タイムの入り口くらいまで居たと思うんですが、サイコーですかの呼びかけ等はなかったです。
それとも「梅」女がまだ残ってやがる、と延び延びにさせちゃっていたのかな。

おばさまのコメントが文学であること、なども感激しつつ読みました。まったくほんとだ、文学ですね。
わたしは6,7年前に、初めてちいさな子と美術館へ行く機会があって(当時小学低学年だった従姉の子と。パウル・クレー展でした)、数年後、中学生になったその子からもらった手紙に、
「あの日は本当に楽しくてよく覚えているよ。
 あのときのわたしは絵なんてちっとも見れなくて、へやに響くちゃあちゃんの靴の音ばかりに気がいっていたけど・・・」
とあり、なんて素敵な文だろうって、良い手紙をもらったなと大切にしています。

変なことばシリーズも最高で、それがここに来て、生き物としての言語に対する絶対的な愛情やエールを感じて、感動すらおぼえましたよ。
真知さん、サイコーです。
ぜひまた一週間以内の更新、プレッシャーもどーんと、そうですね300万円くらい賭けてください。

投稿: ひさの | 2008年12月17日 (水) 15時19分

>ひさのさま
おひさしぶりです。
ひさのさんもクラブ経験者なのですね。梅クラブの会を結成するのもいいですね。松への道には終電という、なかなか困難なハードルがありますが、がんばりましょう(何を?)

へやに響くちゃあちゃんの靴の音ばかり、というのはいいなあ。絵本の一節みたいだ。そういうのが、ほんとうの感想文という感じがしますね。
一週間以内の更新、なかなかきびしいですが、世界的な景気低迷の折、景気刺激のために300万いきます!

投稿: 田中真知 | 2008年12月18日 (木) 09時30分

「星地帯」って私にもあまりピンと来ないんですが、中国ヤフーで検索してみたら、アディダスのページで同社の製品を身に着けたスター選手が紹介されているところが「星地帯」だったり、なんかファッションブランドらしきもののネーミングにも「星地帯」が使われていたりしました。
 だからたぶん「隆盛」という百貨店か何かの「星地帯」というオシャレなコーナーで、英語の惹句をつけて「スターみたいに華やかになろう」的なことをいいたくて、逆転の発想で「惨めな存在から抜け出そう」になっちゃったのかな・・・
 逆転というより、逆効果ですけど。

投稿: かおり | 2008年12月21日 (日) 16時04分

 あと、「ストレンジ」ですが、日本の漢字で表記すると「奇異」で、意味はそのまんまです。後ろの小さな字は「進口」で、これは「輸入」という意味。
 だから、見たことないような輸入果物のジュースということで、注文してみてのお楽しみ、「びっくりジュース」ってことじゃないかな。

投稿: かおり | 2008年12月21日 (日) 16時08分

>かおりさま
ご光臨、ありがとうございます。星地帯、なんとなく華やかなところ、といったかんじでしょうか。和製英語のスターのようなニュアンスなのでしょうね。
奇異果汁はびっくりジュースですか。
ちょっと手を出すのがこわいですが、意外とマンゴージュースあたりなのでしょうか。

投稿: 田中真知 | 2008年12月21日 (日) 21時40分

もちろん、こういうサイトはご存知ですよね。
http://www.engrish.com/

投稿: 前川健一 | 2009年1月16日 (金) 14時15分

>前川健一さま

前川さん、お久しぶりです。
もちろん知ってます。
ちょっとニュアンスはちがいますが、こんなのもあります。

http://ten.web.infoseek.co.jp/japan/top.html

投稿: 田中真知 | 2009年1月16日 (金) 15時04分

>まちさま

 それじゃ、ロンリープラネットが出した2冊
”Signspotting"の1と2は、すでに入手済みですね。これ、おもしろかった。

投稿: 前川健一 | 2009年1月16日 (金) 17時17分

>前川健一さま

あ、それってamazonのChinglishの紹介ページの下に関連図書として紹介されていた本ですね。これは絶対面白そうだと思ったのですが未入手です。取り寄せよう。

投稿: 田中真知 | 2009年1月18日 (日) 14時53分

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