横谷宣×飯沢耕太郎ギャラリートークより
1月16日にギャラリーで横谷宣さんと写真評論家の飯沢耕太郎さんとのトークイベントがあった。トークはとてもよかった。ギャラリーのオーナーの小瀧さんも書いているように、それはまさに「しあわせな写真の一夜」だった。当日の様子を撮った写真が、小瀧さんのブログで見られる。ほかにも、当日参加した方たちが、いくつかのサイトで、その感想や内容について綴っている。
行っていない人のために、ここでもおおまかな内容を紹介する。実際には飯沢さんの質問や参加者からの質問にたいして、横谷さんが応じるかたちで行われたトークなので、ここに書いたように、すらすらと話がすすんだわけではない。彼のとつとつとした口調や雰囲気を再現することも困難だ。これは、あくまで横谷さんの発言をまとめた覚え書きである。
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Yokotani Sen Talk
私は岡山で生まれ育ったんですが、岡山は田舎でなにもないので、遊びといえば、山で釣りをするくらいでした。兄につれられて、山によく釣りに行ったんですが、そのうちに、自分は釣りよりも、歩くことが好きなことに気づきました。小学校のころから山の中を野宿しながら何日も歩きまわりました。高校のときには、岡山県を野宿しながら一周したり、大学のときには家からずっと歩いて富士山まで登ったりしました。……歩いていると、いろんなことを考えるんです。それが楽しかったですね。
大学を中退してスタジオに入りました。だれでもそうだと思うんですが、仕事で撮る写真と、自分の撮りたい写真はやっぱりちがうんですね。自分の頭の中には、つねになにかこう、ぐわーっとしたイメージがあったんです。そのぐわーっとしたものっていうのは、ちょうど画家の筆のタッチのようなものだった。でも、私は絵は描けないから写真でそれを表現できないかなと、いつも考えていました。
26、7のとき、ロンドンでの仕事が現地解散になったあと、バスに乗って、モロッコの奥のほうまで行きました。仕事では外国はなんども行ってましたが、ひとりで旅をするのはそれが初めてでした。モロッコの奥の砂漠の中の小さな町で、バスを降りました。電気もガスも水道もないような町でした。
その町の、ある家の前で、一人のおじいさんが、石の上にすわって、一日中なにもしないでぼおーとしていたんです。実際には、ヒツジの番をしていたんですけど、ヒツジは勝手に草を食べていますから、べつに一日中見ていなくてもいいんですけどね。私もそのおじいさんをぼおーっ見ていたんですが、そのときに、こういう生き方があるんだと思いました。日本にいたときは、写真にかぎらず、ちゃんと仕事をしてお金をかせいで、社会的に自立しなくてはならないといわれつづけていたんですけど、そのおじいさんを見ていたとき、そういうことはどうでもいいのだと思ったんですね。となりの大きな町にも行かずに一生を終える、そうした人生もあるし、そういう人が、堂々と生きているわけです。
レンズの改造は25歳くらいからやっていました。100本くらいレンズをバラして玉を取りだしてつくってみたりしました。そうやって自分の頭の中にあるくわーっとしたイメージを、なんとか形にしてみたかった。ふつうのレンズというのは、画面の端から端までピントが合うようにつくられています。けれども、それだと自分の中にあるイメージとやっぱりちがうんです。まわりはぐねぐねしていて、真ん中はピントが合っているような、そんなイメージに合わせてレンズをつくっていました。
モロッコへ行ったあと、ひたすら旅をしました。世界中見て回ったら、自分にとってのユートピアみたいなのがあるんじゃないか、とも思っていました。基本的につぎどこ行くかは決めないで、人に聞いたり、地図を見て地形の面白そうなところ探しては、あちこち行きました。国連のトラックに乗ってソマリアの難民キャンプへ行ったり、戦場へ行ったり、なんの装備もなく雪山へ登ったり、そんなふうにして10年くらい、やみくもに旅行しましたね。レンズは、そのときいちばん気に入っているレンズ1本しか持ち歩きません。トラックの荷台とかに乗って移動したり、野宿したりするのに、荷物が多いとたいへんなんです。基本的にはデイパックに寝袋とフィルムだけでした。
私が自分なりのいい写真の撮り方とおもっているのは、いい風景やいい情景は探すなということです。基本的には夕方しか撮りません。夕方は光がいちばんきれいなんです。日が落ちる直前のオレンジ色の光と直後の青白い光ですね。昼間だと紫外線が多いので像がシャープに結びません。青や紫は屈折しやすいので像がもわっとしてしまう。それにたいして、赤い夕方の光は直進性が高く、いちばんシャープなんです。だから、私の写真はソフトフォーカスなように見えますけれど、じつはシャープな写真なんです。そこがいい場所でなくていい。物ではなくてきれいな光を撮りたい。ああ、いい光だなと思ったらシャッターを押す。レンズも、その夕方の光をきれいにとらえられるように改造したものなので、昼間撮ると、ハレーションを起こして真っ白になってしまいます。

先輩からは、せっかく世界中、旅行するんだから、ついでにカラーポジも撮っておけば仕事になるからといわれたんですけど、やはり一個のイメージに集中しないと気が散ってしまうんですね。でも、自分の改造レンズで撮った写真をデザイナーに見せても、「面白いけどこういう仕事はないな、ピントが合っていないからね」といわれました。そこで、もう少し仕事になるような写真もとらなきゃと思って、ふつうのレンズで撮ってみたりもしたんですけど、そうすると、撮っているときも撮った後もどきどきしないんですね。やはり、自分はこれでしか写真が撮れない。
ただし、ピラミッドの写真は、迷っていてふつうの写真を撮らなきゃと思っていたときに撮った、自分の中ではふつうっぽい写真なんです。レンズも自分でつくったやつではなく、1000円くらいで買ったぶっこわれたローライのレンズです。ピラミッドはとても大きいので、初めは100メーターくらい離れたところからぐるりと一周して眺めて、また別の日には500メーターくらい離れたところを一周して、また別の日には1キロ離れて一周したり、さらに5キロ離れて回ってみてというのをくりかえし、とりあえずここというふうにポイントを決きめると、今度は、毎日夕方そこにいって一カ月くらい眺めていたりしました。
そうやって撮影した写真を現像するんですが、レンズが改造したものなので現像液も自分でつくりなおさなくてはならないんです。市販の現像液はふつうのレンズ用にできているので、レンズをつくるたびに現像液もつくりなおします。そうすると、現像液の調合によって、最初のころはヌメッとしたかんじの写真になったのですが、あとになってくると現像の仕方を変えてカリッとしたかんじがいいなと思うようになりました。そのあとさらにカリカリっとしてきて、イメージに近づいてきたなと思っていたんですが、いまになってみると薄暗い、どんよりした感じがなくなってきたので、また前のやり方に戻そうかと思っています。だから、ここにある作品も、私の中では未完成なんです。
現像はカルバミド調色という方法で行っています。カルバミドとは尿素です。現像の仕方は、いろんな昔の資料を見て、実験しました。カルバミド調色は、銀をいったん消して尿素で色をのせるのですが、私は銀を少し残して漂白して、そこに調色した色を載せています。そうすると重なり合う部分が、明るさによってちがう色になり、それが深みにつながるんです。結局、色の差を出すためにいったん水洗して乾かしてまた10日して水洗します。
印画紙は、フランス製のアルシュという500年くらい前からつくられているものを使っています。コットンの毛足の長いものを漉いてつくった水に強い紙です。水に入れると繊維が緩むので、置いて半年くらいたつと黒がしまるんです。そのあとでコーティングするので、一枚できあがるのに最低半年くらいかかります。ただ、この印画紙が製造中止になってしまったので、これから焼く場合は、別の似た印画紙を使います。それもなくなってしまったら、自分でつくるしかないですね。印画紙をつくるのはけっこうかんたんなんです。問題は工場で作っているのとちがって均質性が出せないので、テストをたくさんしなくてはならないことです。
この間テレビで、秋葉原でお客さんを殴るアイドルの女の子が人気だという話を見ました。お客さんは殴られるのが幸せなんだそうです。われわれから見ると変態かもしれないですけど、そんなことでも本人にとっては幸せなんですね。私も変態かもしれませんが、こうやって写真をつくるのが最大の喜びなんですね。ある程度がまんしてもそれをやるのはなんともない。欲望をけずっているのではなく、かたよった欲望がある。好きなことを持っている人はそうだと思います。まともに仕事に行ってお金を稼いで家族をもってというのがかならずしも幸せではないのではないか。
私は子供のときから、よく先生に怒られました。自分ではまちがっていないと思っていても、みんなとちがうからだめだといわれつづけてきました。それなら見た目だけでも同じにできればいいんですが、私はどんくさくてできなかった。でも、旅をしたことのある方ならわかると思うんですが、世界を旅していると、日本人が当たり前だと思っているそういう価値観が、じつは世界では非常識だということがわかってくる。モロッコで見たおじいさんもそうですが、そういう人が堂々と生きている。金がなくても、自分の力で、自分の好きなことをしていくのが私には幸せなんです。欲望をけずって、こういうことをしているのではなくて、楽しくてしょうがないんです。
横谷宣×飯沢耕太郎ギャラリートークより
(於ギャラリー・バウハウス 2009.1.16)
文責:Machi Tanaka
「へんな毒すごい毒」 韓国語版









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