「美しい」新刊のお知らせ
新緑の美しい季節である。更新のたびに季節が変わり、それに合わせて背景を変更している気がする。で、今回は新刊のお知らせ。予告とかも書くつもりだったのだけど、手をこまねいているうちに出てしまった。タイトルは『美しいをさがす旅に出よう』(右の写真参照)。といっても旅行記ではない。椎名誠さんが推薦文を寄せている白水社「地球のカタチ」シリーズの一冊。
内容はというと、人はどんなときに美しいと感じてきたのか、なにを美しいととらえてきたのか。それは地域や時代によってどのようにちがっているのかといったことを、さまざまな角度から考えてみた美しさをめぐるエッセイのような評論のような旅行記のような、図版のたっぷり入った本である。
シリーズ・コンセプトが高校生から読めるようにということだったので、美学や芸術論のような抽象的な議論ではなく、具体的な例をできるだけとりあげた。美しいとはなにかということよりも、こういう美しさもありなのだ、こういうものでも美としてとらえられるのだ、という観点から世界を見つつ、美しいという感じ方をより柔軟にする感性のストレッチをこころみたつもりだ。
それは、たとえば、歴史や地域の中で風景というものがどのように見られていたかといったこと、廃墟や解剖図が美しさの感じ方を切りひらいたこと、文化によって「美人」の条件が異なること、化粧と美意識の変化のこと、インドやアフリカなど世界のさまざまな民俗芸術のこと、動物にとって美しさと生存戦略との関係といったこと等々、さまざまである。これまで発表した文章も一部収められているが、ほぼ書き下ろしである。

活字も大きめだし、図版や写真もたくさん入っている。表紙の帯には某編集長がインドで撮影してきたばかりのワルリー画を、編集長本人に先んじてお借りして使わせていただいた(ありがとうございます)。一風変わった本だけれど、旅やアートの好きな人なら、おもしろく読んでもらえるのではないかと思う。

本文でもふれているが、美しいと感じる心の動きとは、人間にとって、とても不思議な感覚だと思う。ことによると、われわれの感性の中で、いちばん大切なのが、美しいという感じ方ではないか。なぜなら、美しいという感じこそが、生命を深いところから充実させ、支えてくれるものだと思えてならないからだ。
人と人との関係性もそうだ。自分にとって美しいものに相手が関心を示してくれたり、相手が美しいと感じているものに共感が湧くと、どんな言葉で説得したり説得されたりするよりも相手のことがより深く受け入れられる気がする。美しいという気持ちはコミュニケーションの基本であるようにさえ思えることがある。

不思議に思うのは、なにかのおりに、それまで美しいと思えなかったものが、にわかに美しく見える「とき」があることだ。美しいと感じる地平が、潮の引いたあとにあらわれたなめらかな砂州のように、どこまでも広がっていく。そんなとき、いままでネガティヴにしかとらえられなかった風景や、関心の対象でさえなかったものが、はっとするほど美しく思えたりする。ああ、きみはそこにいたのか、という驚きである。それはまぼろしか思いこみかもしれないけれど、たとえそうであっても、そのときに見えた光景というのは、とてもだいじなもののような気がする。そんなことを考えながら、この本を読んでいただけたらうれしい。
「へんな毒すごい毒」 韓国語版










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