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エジプトの豚のこと その2

前回、エジプトの豚虐殺の話を書いたら、長年エジプトに住んでいる友人からメールをもらった。それについてコメント欄に書きだしたら長くなってしまったので続編ということで新たにエントリーを立てました。


エジプトの友人によれば、「(今回の措置は)全く偽善そのもの……他国に先立って衛生面から防御策をとっているとの恰好づけ」という。「コプトの大主教もこの処理案に賛成したそうです。政府は補償するといってますが、これもまずないのではないかと思います。会社の同僚(イスラム教徒)に今回の政府の方針についてきくと賛成との事。決して日常的に過激な言葉を口にする者たちではないのですが」とのこと。ほぼ思ったとおりだった。


ただ、意外だったのはエジプトのコプト大主教が、このたびの豚の処分に賛成しているらしいということだった。調べてみると、たしかにそのとおりだった。しかし、今回、いちばん打撃を受けるのはコプト教徒の豚生産者・処理業者などだ。彼らを保護する精神的支柱であるはずの大主教なのに腑に落ちない。しかも、その発言は、政府の方針に逆らってはいないものの、なんとも歯切れがわるい。


大主教は「エジプトのコプト教徒のほとんどは豚肉を食べない。エジプトの豚肉は非イスラム教徒の観光客によって食べられている」と述べ、さらに感染予防対策を優先する政府のやり方を認めるような発言をしている。でも、これは明らかにエジプト政府の顔色に気をつかっている弱気な発言だ。しかも事実ともちがう。「エジプトのコプト教徒のほとんどは豚肉を食べない」というのは正しくないし、今回の処置が感染予防対策などではないこともはっきりしている。国連のFAOをはじめ、感染症の専門家たちも感染の確認されていない国で豚を処分することがナンセンスであることは明言しているのだ。


にもかかわらず結局、処理は強行された。予想されたことだが、警察隊が装甲車で豚を飼育している地域に乗り込み、豚を飼育している人たちとの間で衝突が起こり、負傷者や逮捕者が出ている。このような事態を止められなかった大主教への失望を口にするコプト教徒も多いというが、そりゃそうだ。でも、そこまで大主教が政府に気をつかわなくてはならないのには理由がある。やはりコプト教徒の立場が弱いのだ、エジプトでは。

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今回の事件には、やはりエジプトのイスラム化という背景があるのだと思う。長い歴史の中で見るとエジプトにはなんでも飲み込んでしまうような、ふところの広い寛容さがあった。しかし、それと逆行するようにエジプトのイスラム化が、近年じわじわと進んでいる。キリスト教徒やさまざまな移民を抱え込んだ国家主義的なアイデンティティは影をひそめ、むしろ汎イスラム主義とでもいうか、イスラム国家の道をめざしているような政治的動きが目立つ。要するに、国内のコプト教徒よりも、外国のイスラム教徒のほうを同胞と見るような感覚である。こうした極端なやり方が粛々と進められていくことは、とても怖い。それは南隣のスーダンで長年行われてきたイスラム化という名の下の民族浄化政策に重なるものがある。


現在も、エジプトのコプト教徒にはいろんな法的な制約がある。モスクを建てるのにはたいした許可が要らないが、新たに教会を建てようとすれば、膨大な手続きが必要になる。警察や役人、教育機関などでもコプト教徒が高い地位に就くのはむずかしい。コプトにとって社会的に不利な法的システムがまかりとおっているのが現実である。けれども、事実上の一党独裁の政府の下では、それに表立って逆らうことは、かえって自分の首を絞めることになる。今回の大主教の弱気発言も、そうした事情があるのだろう。


気の毒なのは、今回のあおりをいちばん食ったのが、エジプトのマイノリティであるコプト教徒の中でも、もっとも弱い立場にある人たちであったことだ。政府は補償をするといっているというが、その額は豚1頭につき1000ポンド(約2万円)という。しかし、実際にエジプトの事務処理の煩雑さや遅さを考えると、友人がいうようにきちんと支払われる可能性はとてもあやしい。それにたとえ一時的にわずかばかりの補償金をもらったからといって、生活の糧を失った彼らの先行きは暗い。それに豚の飼育者だけの問題ではなく、冷凍倉庫業者や運搬業者、販売業者など、その周辺の何万という人たちの生活だってかかっている。コプト教徒は豚を食うとか食わないという問題ではない。


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コメント

イスラム教徒は本来寛容で親切だと聞いていたのですが、この記事や昨年NHK(?)で見たイランのユダヤ教徒の街から人がいなくなってきていると云った話を聞くと、イスラム世界が原理主義者にじわじわ侵されてきているのでしょうか?
アフガンでも、女性は家から一歩も出るなという男性の発言が聞こえてきましたが・・・・

投稿: ゴン | 2009年5月10日 (日) 13時14分

>ゴンさま
イスラムという宗教そのものは寛容だと思います。今日のイスラム化は宗教問題ととらえられられがちなのですが、これは政治的問題だととらえたほうがあたっていると思います。
イスラム世界が原理主義者に侵されているというのではなく、むしろイスラム主義が現在のグローバル化や経済の開放政策などとリンクしてきているという状況があります。
イランのユダヤ教徒の移民は、イスラエルからの移民奨励政策もかかわっているので、いちがいにイスラム化とはいえないと思います。イスラエルは人口を増やしたいので。また、アフガンの女性差別は、イスラムの教えとは関係なく、土地のローカルな習慣です。
いろいろ事情がこみいっていて、なかなかわかりづらいのですけどね。


投稿: 田中真知 | 2009年5月11日 (月) 12時25分

>田中さま RESありがとうございます。

日本という今までイスラムと接触が少ない社会にいると、良く分からないイスラム世界に対して偏った見方をしがちですが、簡単にはこうだと決め付けられないのですね。マスコミ情報も偏りがちですから、現場を見てきた人の記事を広く見る事が必要なんだなーと思いました。

投稿: ゴン | 2009年5月13日 (水) 13時41分

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