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2009年6月

オバマとベールと黄熱病

取材仕事で2年ぶりにエジプトに来ている。ちょうどオバマ大統領のエジプト訪問直前にエジプト入りしたので、こっちの新聞やテレビでもオバマ関連のニュースが目立った。撮影で大ピラミッドに入ると、オバマがくるのに備えて玄室に電話線を引く工事が行われていた。ピラミッドを訪問する予定とのことだが、いくらなんでもオバマがピラミッド内部の細い通路を腰を曲げて上って、蒸し暑い玄室までやってくるとは考えられない(実際、内部には入らなかった)。


ただ、オバマがカイロ大学で行った演説はエジプト国内ではすごい視聴率だったようで、タクシーの運転手なども、オバマはいいことをいう、と上機嫌だった。オバマの演説はイスラム教徒に呼びかける内容だったそうだが、エジプト国民の一割を占めるコプト教徒についてはなにかいっていたのだろうか。演説の内容をくわしく読んだわけではないのでわからないが。


オバマ来訪に備えてというわけではないだろうが、空港や遺跡の入り口など、いろんな施設が新しくなっているのにはおどろいた。カイロ空港にはメタルフレームにガラス張りの新しいターミナルビルができていた。床は磨き上げられ、スターバックスみたいな、おしゃれなカフェもある。昔の上野駅のような古色蒼然とした、かつての空港の雰囲気も好きだったのだが、時代は変わるのだなあ。いま、これを書いているのだってカイロ市内のマクドナルドである(自分のコンピューターなので、もちろん、ひらがな入力!)。カイロのマクドナルドでは、いまや全店無線ランが通じている(遅いし、不安定だが)。ここの女子大生たちもパソコンを持ち込んでいる。


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街並みの雰囲気はあまり変わったようには見えない。自動車の数がますます増え、以前から手の施しようもなかったカイロの街の渋滞がさらにひどくなった。あっちでプップー、こっちでプップーとクラクションのとぎれる暇がないのも以前と同じだ。


渋滞がひどいので移動には地下鉄を使うことが多い。地下鉄はたしか2000年くらいに開通したはずだが、この国では日本などに比べると物が古びるスピードが10倍くらい速いのではないかと思うほど、車両といい、窓や座席といい、もう50年もたったのではないかと思うほどに、すっかりくたびれている。路線を示したシールははがれ落ちたり、一部読めなくなっていたりするし、プラスチックの座席は黒ずんで、亀裂が入っていたりする。こう見ると、日本の地下鉄や電車はきちんとメンテナンスしているのだなと、あらためて思う。列車がホームに着くと、人が降りる前に乗り込んでくるのは、以前と変わらない。

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あと、2年前との大きなちがいは携帯の普及である。ただの携帯ではなく音楽機能のある端末が普及したのか、車内で携帯で音楽をかけているエジプト人がけっこういる。それもヘッドホンなど使わないで、携帯のスピーカーで堂々と鳴らしている。となり同士でちがう曲をかけていることもある。携帯のスピーカーだから音質はよくないし、音量を上げれば音が歪む。でも、だれも注意しない。音に対して寛大なのはあいかわらずである。


携帯でクルアーン(コーラン)を流している人も多い。突然、隣の座席に座っている人のポケットからクルアーンが鳴りだしたりもする。携帯の着信音をクルアーンに設定しているのだ。タクシーで運転手がラジオでクルアーンを流していることはよくあるが、着信までクルアーンとは。もちろん、そこには信仰心もあるだろうが、くわえて周囲に自分の信仰心をアピールするという見栄もあるのだろう。


あと、街中でベール(ヒジャーブ)をかぶって髪を隠している女性の姿が、さらに増えた。ベールの着用率は1990年代から増えてきたといわれるが、いまでは若い女性の8割近くがベールをしているのではないか。この現象をイスラム回帰と見るむきもあるが、むしろ、ベールが宗教的シンボルではなく、ここの女性のファッションとして定着したというほうがあたっているように思う。現にベールのデザインは以前よりバラエティーにとんでいるし、それがいちがいに宗教回帰と思えない理由に、ベールはしているけれど、ボディーラインが浮き出るようなぴっちりした服やジーンズの若い女性の姿が目立つ。べール&ボディコンである。

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話はがらりと変わる。このあとスーダンに行くので、先日、黄熱病の予防接種を受けにいった。日本だと接種場所がかぎられ、接種にかかる代金が約1万円と高い。カイロだとその数分の一ですむ。ただし、接種場所は病院ではなく、新市街にある古いホテルの中。いかにも怪しいのだが、ずいぶん昔、やはりそこで接種を受けて、公式なイエローカードをもらった記憶がある。いまもやっていると聞いて、足を運んだ。


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くだんのホテルは看板は出ているものの、中はがらんとして真っ暗で営業している様子もない。奥の方では壁をこわしている人もいて、ほとんど廃墟と化している。つぶれたのかと思って帰ろうとしたら、中にいた人が注射はあっちだと教えてくれる。教えられた方へ行くと、奥に一室だけ明かりがついている。六畳ほどの小部屋に小さな机と椅子があり、そのまわりでベールをした普段着のエジプト人女性が三人でおしゃべりしている。


ぼくが入っていくと、みながいっせいに振り向く。「ここで黄熱病の接種をしてくれると聞いたのですが」というと、ここだ、ここだといって、すわるようにいわれる。どこに行くのかと訊くので、スーダンに行って、それからエジプトに戻ってきて、日本に帰る予定だというと、机の前にいた女性が「それなら3本だ」といって、指を3本立てる。


3本? 聞けば、「アフリカ」からエジプトに戻ってくる場合には、黄熱病のほかにコレラと髄膜炎の接種が必要だという。そんな話は初耳である。日本の外務省では接種が義務化されているのは黄熱病だけのはずだと反論しても、「エジプトに戻ってくるのなら3種打たなくてはだめだ」の一点張り。しかも、その3種をいちどに打つという。


そんなの大丈夫なのか。日本ではコレラだって二回に分けて打つ。黄熱病はたしかほかの接種との間隔を一週間くらい空けるんじゃなかったか。それにまとめて3本も注射してちゃんと免疫ができるのか、副作用はどうなのか。説明を求めても、「だいじょうぶ、怖がらなくていい。先月まではさらにインフルエンザの接種も必要だったので4本だった。あなたは3本なんだからラッキーなのよ」という。答えになっていない。医学的におかしいのでは、となおも反論するも、その女性は「私は医者よ、医者の私がいっているのだからだいじょうぶ」という。そのとき初めて彼女が医者だと知った。彼女は、これはエジプトの法律にのっとって行われることなのだ、断ればイエローカードは発行できないという。うーん、ほとんど脅迫ではないか。


押し問答するも、こちらもイエローカードが必要なので結局、観念する。注射代135ポンド(約2500円)を払うと、看護婦らしき別のエジプト人女性がにこにこしながら、冷蔵庫からワクチンと3本の注射器を取り出して、左腕に二本、右腕に一本、たてつづけに注射。「腕がだるくなるかもしれないけど、それはノーマルだから」といわれイエローカードを渡され、「バイバイ」といわれる。


そのあとネットで調べてみると、黄熱病の接種についての日本語の解説ページに、「接種後10日目から10年間有効です。接種しますと、1ヶ月は何も注射できませんのでご注意下さい」とある。1ヶ月だって? あーあ、なんてことだ、と思っても、もう後の祭りである。発熱などはないし、気持ち悪くもならなかったが、腕はだるいし、やはり不安なので翌々日に大使館の医務官に電話して聞いてみる。


医務官は、3本ですか、といってちょっと黙っていた。そのあと「ただ、緊急の場合には同時に注射をすることはあります。副作用のリスクという点からすれば望ましいことではありませんが、それがもとで免疫ができないということはないとおもいます。まあ、二日たって発熱などないようでしたら大丈夫でしょう」とおっしゃる。「緊急の場合」ではけっしてなかったはずだが、とりあえずは、ひと安心する。


カイロの居候先のエジプト在住ウン十年のWさんに話すと、「それは交渉しなくてはいけませんな」といわれる。「冗談まじえて、エジプト人のあんたたちは強いから3本でも大丈夫だけど、日本人は弱いから1本で十分なんだとか、この前、黄熱病だけしか打っていなくてエジプトに来た日本人の知り合いがいたとか、うそでもいいので、いろいろいうことです。実際には黄熱病だけでも空港で問題になることはないはずですから。まあ、そのときに笑いやジョークをまじえながらするのですよ。そうしないとこっちの人は意地になりますからね」。


さすがに、ジョークをまじえるゆとりはなかったな。Wさんによると、カイロ空港でも黄熱病の接種は受けられるそうだが、その場合イエローカードが発行されないこともあるらしい。「それじゃ受けたことを証明できないので意味ないじゃないですか」というと、「まあ、そうですな、ははは」という。エジプトはあいかわらず、深いのか浅いのかわからない。

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