« 2009年8月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月

軽井沢で辻邦生展を見る

軽井沢高原文庫で開催されている「辻邦生展 豊饒なロマンの世界」(11月3日まで)を見るために、秋の軽井沢を訪れた。高速をおりてしばらくすると、道路標示に「風越」と書かれていた。辻さんの短編小説に「風越峠にて」というのがある。久しぶりに辻さんの世界にやってきたと思った。

Rimg0025


学生時代、辻さんの小説を読んで衝撃を受け、仕事にかこつけてファンレターを出した。それがきっかけで手紙のやりとりをするようになり、当時、辻さんが勤めておられた学習院大学の研究室に遊びに行くようになった。辻さんは、明るくて、天真爛漫な方だった。ものすごく多忙なはずだったのに、ぼくのような勝手な一ファンが押しかけても、いつも楽しそうに話を聞いてくれたり、親身になって相談に乗ってくれたりした。(その頃の思い出については、10年前、辻さんが亡くなったときに書いた追悼文「辻邦生さんへの最後の手紙」にも記したので、読んだことのある方もいるかもしれませんが、よかったら読んでください。pdfファイルです)。


辻さんが一貫して表現しようとしてきたのは、死や滅びといった無常の中におかれた人間が、いかにして生を肯定しうるかということだった。ぼくは、彼の小説に描かれるさまざまな人物--ユリアヌスだったり、ボッティチェリであったり、信長であったり、ランボーであったり、西行であったり--をとおして、生というものの不思議さ、存在することのおどろきに目を開かされ、本を読み終えたあとは、いつも、自分が生まれ変わったような気持ちにさせられたものだった。

Rimg0019


辻さんが亡くなってから、ぼくは彼の小説になかなか手を出せずにいた。生前に書かれたエッセイや評論をまとめたものが出たり、新たに文庫が出たりすると買ってはいたものの、そのページを開くのはなぜか勇気がいった。それが、なぜなのか、自分でもよくわからなかった。そして気がつくと、辻さんが見つめていた世界から、自分がずいぶん遠ざかってしまったような気がして、空虚な思いにとらわれるのだった。


高原文庫には、辻さんの直筆の手紙、生原稿、創作メモや手記、スケッチなどが展示されていた。辻さんは創作の過程を記したそうした日記や手記を作品といっしょに発表しているので、展示されていた文章には見覚えのあるものも多かった。

Rimg00031_4
注:これは展示されていたものではありません


初めて見るものもあった。印象的だったのは、小学三年生のときに書かれた「春の景色」という作文だった。筋立てがあるわけでもなく、いわゆる、そつのない優等生らしい作文ではない。それは通学途中の電車の窓から見えた春の風景を、淡々と、ひたすら言葉にうつしかえたものだった。
 

「・・・右がわの林の中にも、ところどころに桜がさいていた。また、かたまっていっぱいさいている所もあった、なかなか面白く、色々の、形に見えている、ねこのような形にも見える、代々木駅の方にきんぎょのようになったのがあった、電車は、どんどん走った・・・左の方を見ると、富士山やそのほか色々の山々が銀のあたまを上にだし、たかくたかくそびえている・・・屋根の裏も、林の裏も桜でいっぱいである・・・」
 

ここからは通り過ぎていく桜や山々に陶然として魅入られている男の子の姿が浮かんでくる。目の前の風景を言葉にすることで、自分がその美しさと一つになってしまいたい。そんな官能的な惑溺がここにはある。


だが、それこそのちの小説家、辻邦生にほかならなかった。日が昇り、鳥がうたい、花が咲き、星がまたたく。そんなシンプルな日々のいとなみへの愛おしさこそ、辻さんの作品世界のいちばん根っこにあったもののように思う。途方もない悲劇や虚無の中にあってさえ、地上にあることの喜びがあれば、この生は生きるに値するものになる。少年の日の作文の中にも、そんな辻さんの美への惑溺があったことに、なるほどなあと思った。


辻さんの肉筆原稿にかこまれた高原文庫の空間は、とて心地よく、いつまでも、その中にたゆたっていたかった。原稿に目を落とすたびに、その本を読んだときのことや、辻さんと話したときのことなどが、ありありと思い出された。長いこと、読み返せなかった辻さんの小説に、もういちど向き合ってみようと思った。まずは、ぼろぼろになるまで読んだ『モンマルトル日記』を読み直そうか、それとも年に一度は読んでいたユリアヌスにしようか。それとも軽井沢に来たのだから、有島武郎の出てくる未読の『樹の声 海の声』にしようか。砂漠を旅しながら、数え切れないほどくりかえし読んだ短編「献身」や「円形劇場から」も読みかえしたい。

こんなことを書いても辻邦生さんの作品を読んだことがない方には、ちんぷんかんぷんかもしれない。でも、そんな人たちは、これからあの辻作品の素晴らしい世界に出会えるという、願ってもない僥倖を与えられている。好みは人それぞれだけど、ぼくの書いた本を読んでくれて、すこしはいいなと思ってくれた人なら、辻さんの本は、きっと気に入ってもらえると思う。歴史物が好きなら、司馬遼太郎さんや塩野七生さんの書くものと辻さんの書くものが、どんなふうにちがうのか、興味深く読んでもらえるだろう。これから、ここでも辻さんの思い出や、彼の作品について折にふれて書いていきたい。


高原文庫を出るとき、受け付けにあった展覧会のための小冊子を買った。ぱらぱらと広げると、堀江敏幸さんが寄せた文章の冒頭に「ぼくらはね、だれもが辻邦生になりたかったんですよ」という言葉が飛び込んできた。ああ、そうだ、そのとおりだよなあと思う。自分の中に荒々しいデモーニッシュなものを抱えながらも、その価値観で他人や社会をけっして裁いたりはしない。人間というものがいかに信用のおけない、救いがたい存在であるかは十分認めたうえで、そんな人びとの途方もないいとなみを肯定していくまなざしをもつ。そう、そんなことはだれにもできない。だから、だれひとり辻邦生にはなれなかった。

Rimg0148


翌朝、辻さんがよく散歩していたはずの山の中を歩いた。落ち葉を踏みしめながら歩いていると、上から吹き下ろしてきた一陣の風が、斜面の木々を揺らしながら、下に向けて吹きすぎていった。目に見えない風の精が林の中をかけぬけていったかのようだった。辻さんは最晩年、水村美苗さんとの往復書簡集『手紙、栞を添えて』のあとがきの中で、軽井沢の山で見た「風のトンネル」について書いている。あるいは、これがそうなのかもしれなかった。


| | コメント (2)
|

日本海でヨットを見る

夏が終わって、すっかり秋です。また、季刊ブログになっていました。毎度のことで、申し訳ありません。更新しないと罰金という方法もあまり功を奏さない。身辺雑記は苦手だし、なにかテーマをと思うと、それが心の負担になるのかも、といってもいいわけにはならないなあ。これからは身辺雑記でもなんでもいいので、短くても、こまめになんか書くようにします、といっても説得力ないなあ。。。


ともあれ、久々の更新。この前、縁があって新潟で初めて国体というのを見た。見たといってもヨット競技だけである。しかし、ヨットレースというのは、なかなか素人目にはわかりにくく、陸上競技などを見るときのような観客側の盛り上がりに欠けるのだ。

Rimg0191


ヨット競技も、基本的に競争である。洋上に設けられたブイを決められたルートでまわり、一番速くゴールした者が一着となる。そこまでは、陸上競技とか、スキーとかと同じだ。けれども、レースが行われるのはかなり沖合(1キロ以上)なので、陸地からは、なにが起こっているのかほとんどわからない。


Rimg0055

だいたい、いつスタートしたのかもよくかわらない。スキーや陸上とちがって海の上にはスタートラインが引けない。しかも潮の流れや風や波があるため、ヨットは一カ所にとどまっていられない。そこでスタート地点の周辺をぐるぐるまわりながら、スタートの合図があるまで待機している。風がないと何十分もぐるぐるしていたり、風向きが変わるとブイの位置を変えてコースを変更することもある。けれども、陸地からだとなにが起こっているか、スタートしたかどうかすらわからない。


Pict0391

レースが始まっても、ヨット同士の区別がつかない。帆にはナンバーが書いてあるので高倍率の双眼鏡でもあれば見分けられなくはないのだが、帆はよく動くし数字は小さいし、向きが変わると隠れてしまう。せめて帆の色を変えるとか、数字を大きくするとか、そういう工夫はできないのか。


ブイとブイの間を行ったり来たりするうちに、どれが一位なんだかビリなんだかもわからなくなってしまう。ゴールしてもそこで停まるわけではなく、そのまま走り続けるので、いつレースが終わったんだかもよくわからない。あれ、スタートしたのかな、あれ、もう始まっているのかな、あれ終わったのかな、という感じで、なんともカタルシスに欠けるのである(もちろん、慣れてくればちゃんとわかるのだろう)。

Rimg0242

ヨットというのは、外からのイメージと内実とは、かなり異なるらしい。一見すると、海の上で風を受けて、いかにも優雅な紳士的スポーツのようだが、実際にはスタート時には、相手よりもよい場所をとるために、ヨット同士が牽制しあい、洋上に激しく罵声が飛び交うという。レースが始まってからも、相手の艇の風を遮ったり、進路妨害をしたり、逆に相手の反則を招くような行為をして、そのたびに罵詈雑言の嵐になるのだそうだ。陸地からはそんなことはわからないのだけど。


Pict0340


意外だったのは競技用のヨットには後ろの部分がないのだ。これでは水が入ってくるんじゃないかと思うのだが、前に進んでいれば入ってこないらしい。うーん、不思議な構造だ。強度的には大丈夫なのだろうか。


Rimg0066


運営の手伝いには地元の高校生のアルバイトが大勢動員されていた。そんな高校生たちがプレハブの陰にすわってさぼっていた。ゲームでもしてるのかなと思ってふと見ると、なんと花札をしていた。いまどきの高校生でも花札なんてやるのだなあ。


Rimg0071

海辺沿いの看板にはロシア語が併記されていた。


Rimg0075


新潟の海岸というと、ふと拉致を思い出してしまうが、日本海に沈む夕日はたいそうきれいだった。


| | コメント (4)
|

« 2009年8月 | トップページ | 2009年11月 »