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軽井沢で辻邦生展を見る

軽井沢高原文庫で開催されている「辻邦生展 豊饒なロマンの世界」(11月3日まで)を見るために、秋の軽井沢を訪れた。高速をおりてしばらくすると、道路標示に「風越」と書かれていた。辻さんの短編小説に「風越峠にて」というのがある。久しぶりに辻さんの世界にやってきたと思った。

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学生時代、辻さんの小説を読んで衝撃を受け、仕事にかこつけてファンレターを出した。それがきっかけで手紙のやりとりをするようになり、当時、辻さんが勤めておられた学習院大学の研究室に遊びに行くようになった。辻さんは、明るくて、天真爛漫な方だった。ものすごく多忙なはずだったのに、ぼくのような勝手な一ファンが押しかけても、いつも楽しそうに話を聞いてくれたり、親身になって相談に乗ってくれたりした。(その頃の思い出については、10年前、辻さんが亡くなったときに書いた追悼文「辻邦生さんへの最後の手紙」にも記したので、読んだことのある方もいるかもしれませんが、よかったら読んでください。pdfファイルです)。


辻さんが一貫して表現しようとしてきたのは、死や滅びといった無常の中におかれた人間が、いかにして生を肯定しうるかということだった。ぼくは、彼の小説に描かれるさまざまな人物--ユリアヌスだったり、ボッティチェリであったり、信長であったり、ランボーであったり、西行であったり--をとおして、生というものの不思議さ、存在することのおどろきに目を開かされ、本を読み終えたあとは、いつも、自分が生まれ変わったような気持ちにさせられたものだった。

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辻さんが亡くなってから、ぼくは彼の小説になかなか手を出せずにいた。生前に書かれたエッセイや評論をまとめたものが出たり、新たに文庫が出たりすると買ってはいたものの、そのページを開くのはなぜか勇気がいった。それが、なぜなのか、自分でもよくわからなかった。そして気がつくと、辻さんが見つめていた世界から、自分がずいぶん遠ざかってしまったような気がして、空虚な思いにとらわれるのだった。


高原文庫には、辻さんの直筆の手紙、生原稿、創作メモや手記、スケッチなどが展示されていた。辻さんは創作の過程を記したそうした日記や手記を作品といっしょに発表しているので、展示されていた文章には見覚えのあるものも多かった。

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注:これは展示されていたものではありません


初めて見るものもあった。印象的だったのは、小学三年生のときに書かれた「春の景色」という作文だった。筋立てがあるわけでもなく、いわゆる、そつのない優等生らしい作文ではない。それは通学途中の電車の窓から見えた春の風景を、淡々と、ひたすら言葉にうつしかえたものだった。
 

「・・・右がわの林の中にも、ところどころに桜がさいていた。また、かたまっていっぱいさいている所もあった、なかなか面白く、色々の、形に見えている、ねこのような形にも見える、代々木駅の方にきんぎょのようになったのがあった、電車は、どんどん走った・・・左の方を見ると、富士山やそのほか色々の山々が銀のあたまを上にだし、たかくたかくそびえている・・・屋根の裏も、林の裏も桜でいっぱいである・・・」
 

ここからは通り過ぎていく桜や山々に陶然として魅入られている男の子の姿が浮かんでくる。目の前の風景を言葉にすることで、自分がその美しさと一つになってしまいたい。そんな官能的な惑溺がここにはある。


だが、それこそのちの小説家、辻邦生にほかならなかった。日が昇り、鳥がうたい、花が咲き、星がまたたく。そんなシンプルな日々のいとなみへの愛おしさこそ、辻さんの作品世界のいちばん根っこにあったもののように思う。途方もない悲劇や虚無の中にあってさえ、地上にあることの喜びがあれば、この生は生きるに値するものになる。少年の日の作文の中にも、そんな辻さんの美への惑溺があったことに、なるほどなあと思った。


辻さんの肉筆原稿にかこまれた高原文庫の空間は、とて心地よく、いつまでも、その中にたゆたっていたかった。原稿に目を落とすたびに、その本を読んだときのことや、辻さんと話したときのことなどが、ありありと思い出された。長いこと、読み返せなかった辻さんの小説に、もういちど向き合ってみようと思った。まずは、ぼろぼろになるまで読んだ『モンマルトル日記』を読み直そうか、それとも年に一度は読んでいたユリアヌスにしようか。それとも軽井沢に来たのだから、有島武郎の出てくる未読の『樹の声 海の声』にしようか。砂漠を旅しながら、数え切れないほどくりかえし読んだ短編「献身」や「円形劇場から」も読みかえしたい。

こんなことを書いても辻邦生さんの作品を読んだことがない方には、ちんぷんかんぷんかもしれない。でも、そんな人たちは、これからあの辻作品の素晴らしい世界に出会えるという、願ってもない僥倖を与えられている。好みは人それぞれだけど、ぼくの書いた本を読んでくれて、すこしはいいなと思ってくれた人なら、辻さんの本は、きっと気に入ってもらえると思う。歴史物が好きなら、司馬遼太郎さんや塩野七生さんの書くものと辻さんの書くものが、どんなふうにちがうのか、興味深く読んでもらえるだろう。これから、ここでも辻さんの思い出や、彼の作品について折にふれて書いていきたい。


高原文庫を出るとき、受け付けにあった展覧会のための小冊子を買った。ぱらぱらと広げると、堀江敏幸さんが寄せた文章の冒頭に「ぼくらはね、だれもが辻邦生になりたかったんですよ」という言葉が飛び込んできた。ああ、そうだ、そのとおりだよなあと思う。自分の中に荒々しいデモーニッシュなものを抱えながらも、その価値観で他人や社会をけっして裁いたりはしない。人間というものがいかに信用のおけない、救いがたい存在であるかは十分認めたうえで、そんな人びとの途方もないいとなみを肯定していくまなざしをもつ。そう、そんなことはだれにもできない。だから、だれひとり辻邦生にはなれなかった。

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翌朝、辻さんがよく散歩していたはずの山の中を歩いた。落ち葉を踏みしめながら歩いていると、上から吹き下ろしてきた一陣の風が、斜面の木々を揺らしながら、下に向けて吹きすぎていった。目に見えない風の精が林の中をかけぬけていったかのようだった。辻さんは最晩年、水村美苗さんとの往復書簡集『手紙、栞を添えて』のあとがきの中で、軽井沢の山で見た「風のトンネル」について書いている。あるいは、これがそうなのかもしれなかった。


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コメント

「円形劇場から」は私も好きでした。
私に「なりたかった」ものがあるとすれば、あの物語の最後に語り手が住み着いた土地で、黙々とぶどう畑の世話をしている老農夫だったでしょう。
私はまだ、本当に自分のものとして耕せる土地を手に入れていませんが、もし場所を得て定住できたら、そこにまず数本のぶどうの木を植えるでしょう。

投稿: かおり | 2009年11月 4日 (水) 16時39分

>かおりさま

「爺や」のことですね。ぼくは「爺や」にはなれそうもないと思いましたが、主人公の詩人のように生きたいとは思ったものです。
でも、南国の港町に暮らして、ときどき散文詩を送ればいいような仕事なんて、なかなかないですね。
ぶどうはいいですね。数本のぶどうの木を植えられる日がはやくくるといいですね。

投稿: 田中真知 | 2009年11月 5日 (木) 00時43分

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