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2009年11月

エジプトの禁煙広告

禁煙を何ヶ月か続行中という友人から、「毎朝布団の上でのたうつほど身体が気持ちよい。赤ん坊に戻ったように体がよく動く」というメールをもらった。タバコは吸わないので、その感覚はよくわからないが、すこしうらやましい気もする。いったい、いまなにをやめたら、そのような爽快感が得られるのだろう。


何カ月か前に奥さんが、めまいが数日続いて病院に行った。原因はわからなかったが、筋肉の緊張をとるために、とのことで弛緩剤を処方された。ところが、弛緩剤を飲んでしばらくすると、彼女が涙ぐんでいる。どうしたのかと訊くと、呼吸がとても楽なのだという。いままでだって自然に呼吸していたつもりだったのに、こうして筋肉がゆるむと、もっと楽に呼吸できる。若くて、もっと健康だった頃、自分はこんなふうにすてきに呼吸していたんだったと思い出したのだという。


タバコの話に戻る。この前、エジプトに行ったとき空港の免税店で見たタバコのパッケージにびっくりした。カートンの箱にもパッケージにも酸素マスクをした男の写真がついている。

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説明書きによると、肺ガンの末期患者の写真だという。照明のせいで色がややちがって見えるが、顔は土気色でなんとも痛々しい。パッケージの下半分がこの写真である。これを吸うとこうなるぞということなのだろうが、ここまでやるとはなあ。タイやEU諸国では、ガンに冒された肺の写真がパッケージに印刷されているものもあるらしい。同じ嗜好品でもアルコールとは扱いがずいぶんちがう。アルコールによる死者や中毒者だって相当数にのぼるはずだが、ウイスキーやワインのラベルに肝臓ガンの末期患者や、肝硬変の病変の写真が使われることはないだろうな。


いずれにしても、年をとってくると、なにかを摂取することによって得られる爽快感より、なにかをやめることで得られる解放感の方が大きそうだ。太極拳を何年かやっているのだが、その基本の一つは力をぬくことだ。力をぬくといっても、全部ぬいたらふにゃふにゃで立っていられない。要は、からだを動かすうえで、その動作に必要のない、よけいな力をいっさいぬくように意識する。けれども、それがとてもむずかしい。自然体といっても、かならず長年の癖で、いろんなところに力が入っていて、そうかんたんにはぬけない。それがなにかのきっかけですっとぬけると、それこそ「赤ん坊にもどったように」からだが楽に動くことがある。タバコをやめたあとの感覚というのも、そういうのに近いのだろうか。

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セバスチャン・サルガドの「アフリカ」

このところ写真展の話がつづく。東京都写真美術館でやっているセバスチャン・サルガドの「アフリカ」を見た。サルガドが写真の世界ではとても有名な人だとは知っていたし、作品もなんどか目にしていたことはあったが、まとめて見たのは初めてだ。すでに国際的な評価の定まっている人だし、実際の写真もみごととしかいいようかないものなので、それ以上なにをかいわんやなのだが、やはり美しかった。美しいなどというべきではない難民キャンプや飢餓の写真もあるのだけど、それでも、美しいという言葉をつかいたくなる誘惑をおさえられない写真だった。

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静かな画面からこちらを見つめる難民の子どもや孤児の写真の表情がじつにいい。いいなどというのは不謹慎なのはわかっている。もし、目の前にこの子がいたら、とてもそんな気にはなれないだろうけど、こうして写しとられて、時間と空間から切り離された一枚の肖像写真として対峙してみると、この写真が撮影されたときにこの子が置かれていた境遇から距離を置いて、その表情からたちあがってくる存在感の深みに魅入られる。悲しみや、心細さだけではなく、悲しい中にもある尊厳や力強さといった相反するものが伝わってくる。そう、尊厳かもしれない。


サルガドが撮影した70年代から90年代にかけてのアフリカは、干ばつや内戦といった、この大陸ならではの悲劇を見つめたものが多い。それらはテーマとしてはすっかり手垢のついた「弱者としてのアフリカ」の典型的イメージではあるのだけれど、サルガドの写真から、そうした写真につきまといがちなあざとさは感じられないのが不思議だった。それがなぜなのか、孤児の少年の肖像をみていて、はたと思いあたったのは、そこに尊厳を感じるせいかもしれなかった。


サルガドの写真が美しいのは、その絵のような構図の妙にもあるように思う。エチオピアの難民キャンプで毛布をまとって立つ難民たちの写真があったが、その人物の配置がまるであつらえたように遠景、中景、近景と配されていて、しかも、その体の向きや姿勢が、まるですぐれた西洋の画家が描いたかのように象徴的なものとして直観されるのだ。先日、ゴーギャンを見に行ったのだが、晩年の大作に描かれた人物像がそれぞれ、過去・現在・未来とか、理想や現実、生と死、若と老いといったテーマを現しているように、サルガドの写真もまた、その人物の配置や姿勢に凝縮された象徴的な世界観を思わず感じてしまう。それが意図的かどうかはべつとして、見つめていると、おのずとそうした思考がみちびかれ、想像が広がっていく。


たぶん、よくいわれていることなのだろうが、ジャーナリスティックな報道写真でありながらも、これほどの芸術性をかねそなえた写真という意味で、サルガドは希有なのだろう。たとえばゴヤが時事的なことをテーマに描いた絵画をジャーナリスティックと呼んでいいのかどうかわからないが、サルガドの写真にはそれと同じように、写真に込められた生々しい具体的な事件や情報を知らなくても、普遍的なものを訴えかける力がある。それはやりすぎると、コマーシャルや広告の世界に近づきすぎてしまうが、そのぎりぎりのところで、サルガドの写真はとどまっている。


2000年代になってから撮影されたのは、スーダン南部のディンカ族や、ナミビアのヒンバ族やナミブ砂漠など、それまでのような、どちらかといえば時事的で、きなくさいテーマとは一見異なる対象を扱っているように見えるが、不思議とそこから受ける印象は、それ以前に撮影された写真とそれほど変わらない。それは、やはり彼の写真の底流に尊厳や気品といったものが感じられるせいかもしれない。


出口近くに、2006年に撮られたというスーダンのディンカの写真(チラシにもなっている)がかけられている。前にも書いた気がするが、ぼくがアフリカへひかれたきっかけの一つは、野町和嘉が撮ったディンカの写真だった。それは80年代の初め頃、つまりいまから25年くらい前に撮られたものだが、サルガドの写真でも、それとほとんど変わりのない風景がうつしとられていることに驚きをおぼえた。椅子にすわったディンカの若者の写真も、凛とした気品がつたわってきて、じつにいい。


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むろん、四半世紀の間にスーダンは大きく変わった。南部スーダンの首都ジュバは、南北の包括平和協定の締結後、流入してきた国際機関や中国企業などがもたらした外貨のせいで、いまやジュバのホテルの値段は最低でも150ドルから200ドルという、いびつな状態になっている。ディンカが暮らしているのは、ジュバから数百キロも離れたところだが、それでも近年のさまざまな経済的・政治的変転とは無縁ではないはずだ。こうしてウシを追いながらも、近くの町では携帯電話をもっている若者がいるかもしれない。それでも、ここにはなにか変わらない価値のようなものが、いまだに存在すると信じさせてくれる写真だった。

写真展の図録に西原理恵子さんが寄せた文章が載っていた。立ち読みしただけなので正確には覚えていないが、サルガドの写真は男の子にとっては毒だ、自分もアフリカへ行けばこんな写真がとれるんじゃないかという錯覚に陥ってしまい、人生を踏みあやまった人もいるだろう、というようなことが書いてあって、ああ、そうだよなあと思う。でも、サルガドのようになんか撮れないし、撮れなくたっていいのだ。ぼくがスーダン南部で撮った写真は、なぜか撮られる人たちが、ふだん着ないような一張羅を着て、おめかしして、みんな整列しているというものが多いのだが、そういうのも、あとで見ると、なかなか楽しいぞと思うのである。


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SING FOR DARFURに思う

先月になってしまったが、慶応大学の日吉キャンパスで、スーダンのダルフール紛争をテーマとした「SING FOR DARFUR」(シング・フォー・ダルフール)という映画の上映イベントがあった。ダルフール紛争とは、スーダン西部ダルフール地方で現在も進行中の大規模な紛争。スーダン政府軍および政府に支援された民兵組織が、ダルフールの非アラブ系住民への大量虐殺を行い、30万人以上が殺され、270万人が家を追われたといわれ、世界最悪の人道危機ともいわれている。


初夏に20年ぶりにスーダンを訪れたこともあり、ダルフールという重いテーマを映画でどう取り上げているのか興味があった。監督はオランダ人で非営利作品だという。映画の紹介を見ると、よくある戦争映画とはちがうつくりのようだった。上映後にゲストスピーカーをまじえてのトークセッションもあるという。


この映画には、ダルフールの映像はいっさい出てこない。戦闘や虐殺のシーンも、兵士や飢えた子どもの姿も出てこない。ここで描かれるのは、バルセロナのとある一日だ。その日、バルセロナで「SING FOR DARFUR」というチャリティ・コンサートが開かれる。このコンサートを見に来た観光客のバッグがひったくられ、そのチケットを買い上げたヤクザが、さらにそれを高値で転売する。このチケットをめぐる人びとや、そのほかのダルフールとは関係のない普通の人びとの私的なドラマを、カメラは淡々とドキュメントタッチ(実際はフィクションだけど)で見つめていく。

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戦争という非日常を直接描くのではなく、ダルフールのことなどまったく無関心に都会で暮らすわれわれ自身を描くことで、この映画は陰画のようにダルフールの存在を、自分たちの内面の問題として浮かび上がらせようとする。ダルフールは、これらの人びとの日常の中に、一瞬さしはさまれる偶然の背景のように、ひかえめに、ときにシンボリックに描かれる。凄惨な映像や、わざとらしい人間ドラマにすっかり慣れっこになったわれわれにとって、この映画のアプローチはある意味、新鮮である。モノクロームの洗練された映像も、クールなエレクトロニカ系の音楽の使い方も、この作品のアートとしてのオリジナリティを感じさせた。


しかし、終始スタイリッシュにまとめられた、この作品からダルフール問題の切迫感はほとんど感じられなかった。映画の中にダルフールの現実について考える素材はまったくといってよいほど与えられていない。唯一、終わりのほうでタクシー運転手の口から、原因は石油にあるという言葉が断片的に語られるくらいだ。


この映画がアートとしてつくられたというのなら、それでもかまわない。自分の世界に没頭するあまり外部が見えなくなっている現代人を揶揄し、小さな良心やささやかな善意を描いているという意味では佳品といえる。でも、ここで描かれているのは先進国の人たちの心の空洞化であって、ダルフールはその手段でしかないように思われた。これなら、べつにダルフールでなくたって、イラクでもアフガニスタンでもパレスチナでも、どこだってかまわないのではないか。


けれども、監督や主催者側は、この映画をきっかけに、遠いダルフールで起きていることに関心をもって、自分なりにダルフール紛争について調べたり、なにができるか考えてみよう、といいたいらしかった。でも、それをいうならば、もう少し映画そのものの中で、監督のダルフールに向きあう姿勢が鮮明に出るようにするとか、あるいは、なぜダルフールなのか、監督の到達した結論の範囲で、もっと表現すべきではないだろうか。つっこみの足りないところは観客に丸投げして、エンドロールにジョン・レノンの「Love」(のカバー)を流して、愛とか自由でお茶を濁すという終わり方も、納得のいくものではなかった。


だが、びっくりしたのは、上映後の「ゲスト」を交えての「トークセッション」だった。映画の内容はともかく、これをきっかけにダルフールについて考えるのは悪いことではない。ところが、「ゲスト」として登場した人の中にダルフールやスーダンの現場を知る人がだれもいない。企画者の一人である慶応のメディアデザイン研究科の先生と、興行主である広告代理店の人、それに二人組のお笑い芸人、そのほかに声優さんとかミュージシャンとかである。なんで、これがダルフールについてのトークセッションなのか? 


しかも、いきなり先生が「みなさん、ステージ上のスクリーンに、みなさんのケータイからツイッターでこの映画についての感想を書き込んでください」という。ツイッター? なんで、そんなの使わなくてはならないのだ。だいたいこっちはウイルコムだし、ひらがな入力だし、ツイッターもよくわからない時代遅れのオヤジだぞ。


まあ、それはさておき、会場に集まった人(学生なのか若い人が多かった)たちは、すくなくともダルフールになにがしかの関心を抱いて、ここにやってきたはずだ。それなら、せめてダルフール紛争とは、どういうものなのか、ほかの紛争となにがちがうのか、かんたんでもいいので、なにかしら説明があってもいいと思うのだが、それもない。スクリーンにはツイッターなんかより地図くらい載せろよと思うのだが、結局ダルフールがどこにあるかも説明されない。そういうことは家に帰ってから自分なりに調べましょうということなのか。なら、なんのためのトークセッションなのか。主催者側は上映の輪を広げていって、ダルフールについての関心をムーブメントへと高めたいと考えているらしい。それならなおさら、その後のフォローがだいじなのではないか。


「イベント」ではオランダにいる監督とオンラインで映像をつないで質問したりというコーナーもあったが、最先端メディアを使うとこんなことだってできちゃうんですよというパフォーマンス以上に実のある内容とも思えなかった。そのあと、広告代理店の社長さんが出てきて、この映画の日本での上映に合わせてつくったTouch the Skyというキャンペーンソングが発表される(おみやげにCDもくれた)。「We are the World」のダルフール版ということのようだが、こんな展開になるとは思いもよらなかった。


ステージにはアメリカ人の黒人の女性ゴスペル歌手が出てきて、スクリーンに大写しされるアニメ映像に合わせて、その歌をうたいはじめる。歌は「愛を広めよう、関心を持とう、心を開いて声をあげよう」といったような内容のポップスで、観客も椅子から立たされて手拍子をうながされる。いったい、なんなんだ、これは。展開が早くて、ついていけない。歌はうまいのだが、このアニメ映像といい、ベタな歌詞といい、ダルフールについて考えるうえでなにか関係あるのか。でも、会場の若い人たちはけっこう楽しそうに手拍子なんかしている。おい、若者たち、そんなかんたんにのせられていいのか? 楽しけりゃなんでもいいのか? おかしいなとか思わないのかよ。


まわりを見回していると、歌手がうたいながらステージから降りてきて、こっちに近づいてくる。そして「イェー」とかいってマイクを向けられる。仕方なくこっちも「イェー」と応えてしまい、ちょっと情けなくなる。そのときようやく、やっとわかった。これは映画のプロモーションイベントなんだ。ダルフール紛争について考える場などでは、まったくないのだと。


プロモーションイベントであっても、それがアクションを起こすきっかけになるのならいい。しかし、現実に、これをきっかけに、はたしてどれだけの人が家に帰ってダルフールについて調べて、その関心を持続させて、アクションへとつなげるだろう。たしかに、ネットで情報を検索くらいはするかもしれない。しかし、ダルフールの問題はとてもわかりにくい。だからこそ、イベントをするなら、ノリにまかせた宣伝やプロモーションではなく、もう少しつっこんでダルフールのリアルを伝える工夫をしてほしかった。


愛を持ちましょう、関心を持ちましょうという言説は、さんざん消費されてきた決まり文句だ。20年以上前のライブエイドのときも、愛を広げよう、手をさしのべよう、私たちはみな同じ人間だ、関心を持とうというメッセージが大々的に発信された。その結果はといえば、大量の飢えた子どもたちの写真が出回り、アフリカといえば悲惨な大陸というステレオイメージを人びとの間に定着させることになった。でも、紛争は、愛が足りなくて起きたわけでもなければ、愛があれば解決するような問題でもない。ダルフールで殺戮の責任者として国際刑事裁判所から訴追されているスーダンの大統領だって、「自分は愛と平和を愛する」というようなことを述べているのだから。


ちなみに、このイベントの翌週くらいに、東大の学生による企画で、ダルフール・ジェノサイドについて、外務省の担当者やUNHCRやNGOの専門家、研究者らによるパネル・ディスカッションがあった。これはとても内容が濃く、ダルフール紛争についての流布しているイメージをひっくりかえすような触発的な刺激に満ちていた。関心をうながすというのは、こういうことではないのか。


東大でのパネル・ディスカッションは難解な話だったわけではない。むしろ、われわれが、外部からこの紛争とを見るときにおちいりやすい誤解がなんであり、それにたいして、どのように考えていけばいいかというヒントがちりばめられていた(それについては12月頃に出る次号の「旅行人」誌に書きました)。慶応のイベントのあとで、この東大のパネル・ディスカッションを聞いて、そのギャップにがっくりした。慶応は母校なので、「さすが東大」などとはいいたくないけれど、慶応ももうすこし、がんばってくれい。

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小瀧達郎写真展@ギャラリー・バウハウスを見る

今年の初めに横谷宣さんの個展をした神田のギャラリー・バウハウスで、オーナーの小瀧達郎さんの写真展が開催されている(10.20-12.26)。隅々まで小瀧さんの美意識で統一された、あの硬質な空間に彼自身の写真が展示されたらどんな雰囲気になるのだろうかと期待しながらギャラリーに足を運んだ。


穏やかな静謐さの内に緊張をはらんだ美しいモノクローム写真が展示された地下の空間が無類に心地よい。彼がいくたびとなく訪れたイギリスの海辺の保養地ブライトンを撮影した写真からはノスタルジックでありながら、どこかこの世の風景ではないような静けさが満ちわたっている。

 
ちなみに、これはブライトンの若者たちと警官隊との間に緊張が走っている場面だそうだ。ブライトンは1960年代にモッズ文化の中心となったところ。ぼくは見ていないのだが、「さらば青春の光」という映画の舞台にもなっている。

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©Tatsuo Kotaki

小瀧さんの写真は、いずれも目を近づけると、まるでそこに無限が封じ込められているかのように、緻密にたたみ込まれたディテールがどこまでも深く見えてくる。印刷やモニターではけっして表現できない、その細部の圧倒的な深み。写真とは目に映るものをとおして、そこに映らない空気や香りを伝えるものだということが、精妙な化学反応によってつくられる細密なモノクロームの陰影から匂い立ってくる。この世界を知っているからこそ、写真家は暗室にこだわるのだろう。


小瀧さんの写真を初めて目にしたのは80年代後半の「マリ・クレール」誌上だった。いまは亡きスーパーエディター安原顕さんが編集していた頃のマリ・クレールはバブルの上げ潮もあったのだろうが、よくも悪くも知や文化というものがファッショナブルになりうるという幻想を与えてくれた。その中にあって、小瀧さんの静かな写真には、そんな派手派手しい時代にからめとられず、人のささやかないとなみを、距離をおいて、そっといつくしむようなやさしさが感じられた。

 
この写真もいいなあ。ピンクフロイドのアニマルズのジャケットにも出てくる工場だけど、なんだか神殿のようだ。

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©Tatsuo Kotaki

いまは写真家にとって幸福な時代ではない。安くて高性能なデジカメの登場によって写真表現のハードルは低くなり、だれでもそれなりの写真を撮れるようになった。それは悪いことではないけれど、そのことが写真なんてだれでも撮れるのだという思い込みを流布させ、プロの撮った写真も素人の撮った写真も同じレベルで語られるようになってしまったような気がする。


写真はシャッターチャンスがものをいう、という面もたしかにある。だがその一方で、途方もない手間と気の遠くなるような試行錯誤の果てに、やっと満足のいく一枚のプリントができあがるという世界も存在している。そうした手間と時間をかけないことには、けっして表現できない世界というのがある。それはほんのわずかな表現の綾なのかもしれないが、そのかすかなニュアンスに執拗にこだわり、そのより深い表現を可能にするかどうかが、おそらく職人としての写真家の存在意義なのだろう。


印刷媒体とモニターでしか写真にふれる機会がなくなっているいま、そうした微細な、しかし厳然としたちがいを感知する感覚をやしなうには、やはり質の高いオリジナル・プリントにふれることだと思う。写真を印刷やモニターで見るのと実物を見るのとは、まったくべつの経験である。妙な言い方だが、印刷やモニターで見る写真は有限なのだ。印刷というドットの集まりをいくら細かくしても、それは計量可能な有限の範囲を広げたにすぎない。一方で、オリジナル・プリントは見れば見るほど無限にむかって開かれているのを感じる。とくに小瀧さんの写真はそうだ。この世の時間から切り離された濃密な静謐を味わいたい方は、ぜひ足を運んでみてください。


小瀧達郎写真展(VISIONS OF UKーー英国に就いて)は神田ギャラリー・バウハウスで12月26日まで。


久々のテンポのいい更新ペースです♪ その勢いで「カッパの皿回し」もなんと半年ぶりに更新しました。今回は渾身の力をこめたレディー・ガガ(Lady Gaga)です。そちらもどーぞ。


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