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横谷さんの手作り印画紙

東京神田のギャラリーバウハウスで、「The Collection Ⅱ」という展覧会が行われている。これまで同ギャラリーで写真展をした作家たちの作品を80点、展示してあるのだが、昨年の初め、ここでも紹介した横谷宣さんの作品も10点含まれている。新作ではなく、前回の個展「黙想録」のときに発表されたものの一部(インド、スペイン、シリアなど)、または別バージョンのようである。


もし、前回見たくて見逃した方は2月いっぱい開催されているので、足を運んでみてください。すでに売れている作品もありました。

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©Tatsuo Kotaki


で、その横谷さんだが、いま、なにをしているかというと印画紙をつくっている。ミクシーに横谷さんコミュニティがあるので、そちらではなんどか状況を報告していた。その印画紙づくりの話がなかなかに壮絶なので、内容はややだぶるが、こちらでも少し書いておく。


横谷さんがこれまで使っていた印画紙は製造中止になって久しい。そこでデッドストックになっていた印画紙を手に入れ、プリントを試みていた。けれども、ロットナンバーがちがうと紙のテクスチュアや色合いが微妙に異なるそうで、結局、自力で印画紙作りをすることに決めた。それが昨年の春。


紙をつくるといっても、紙漉をするわけではなく、既成の紙を加工して、そこに乳剤や目止めなどをして印画紙をつくろうというのである。それだけ聞くと、かんたんそうな気もするのだが、実際には『印画紙の作り方』なんて本があるわけではなく、彼の場合、これまでも既成の方法ではない現像やプリント法を自分で工夫して制作を行ってきたので、今回もすべて一から始めるようなものだった。


まず、さまざまな紙のサンプルを集めて、エンボス加工を施すためプレス機を購入し、好みのテクスチュアをつくる。それに何カ月かかかった。それと並行して、暗室をつくる必要があった。天井やら床下やらを開けてダクトをはわせ換気扇を大量に取り付け、水道管を加工して水道をひっぱって部屋を改造。配管をいじっているうちに建物内部に取り付けられた火災報知器に信号が入り、真夜中に消防車が何台もやってきたこともあったそうだ。消防署員は改造された部屋を見て、ぎょっとしていたそうだが、「なんとか、ごまかしました」とのこと。


最近の印画紙は、含有成分に毒性のあるものを使わなくなっているそうだが、その毒性のある成分がじつは黒のしまりとか、色合いに影響してくるらしい。そうしたさまざまな薬剤を取り寄せて、化学実験のように調合しては実験をくりかえし、自分の気に入った乳剤のオリジナル・レシピを探している。ところが、その薬剤から出るガスが、換気扇をたくさんつけているとはいえ、かなりキツイものらしく、咳が止まらなくなったり、食欲がなくなったり、昏倒したりするという。


これらのサンプルを紙に塗布するのだが、それも手でやらなくてはならないので均一に塗るのがむずかしい。掛け軸をつくる表具師に刷毛をオーダーしたり、いろんな塗り方を試したが、ホームセンターに売っているサッシのすきま風を防ぐためのスポンジの断熱材を工夫したものがいいことを発見。そうやって紙に一枚一枚、乳剤を塗って、プリント実験を何百回もくりかえしているという。紙のテクスチュアと、目止め用のコーティング、乳剤を構成する薬剤の割合と、塗る回数や塗る量によって、シャドーや黒の出方が変わってくるので、もっとも理想的な出方になるまで、パターンをいろいろと変えて実験をえんえんとくり返している。


昨年の秋に電話したら、「あと数日でできあがりそうです」という。それから、一ヶ月後に電話すると、また「来週にはなんとか完成しそうです」。なんだか締め切りをすぎた原稿の催促への言い訳みたいだが、彼の場合、言い訳ではなく、ほんとうに完成寸前だと確信しているのだそうだが、最終的な段階で満足できない点が生じて、最後のステージが長引いているということのようだ。すでに前半、後半戦は終わっているのだけどロスタイムが半年くらいつづいているというかんじだろうか。

 
ただ、実験をあまりにもたくさんくりかえしたので「こうすれば、こうなる」というのは、ほぼわかったそうだ。本人にいわせると、「本来なら5年くらいかかってわかることが、半年くらいでわかりました」とのこと。すでに前の印画紙とほぼ同じか、それ以上のシャドーや色合いの出し方はできていて、それはわれわれが見てもたぶん見分けがつかないものなんだそうだが、せっかく手作りでやっているのだから、それだけのものにしたいという。


なんでもかんでも速さが勝負という時代に、こんなにも悠長に制作に(それも写真家が印画紙や刷毛をつくるところから)時間をかけているという事実に、やきもきする反面、うれしくもある。これがスポンサーがいたり、財産があって食うに困らぬ身分の人がやっていたりするのならべつだが、横谷さんの場合、まったくそうではなくて、食パンにキャベツの葉っぱをはさんだだけの食事などしながら、こんな途方もない作業に1年近く明け暮れているのだ。それも、かなり愉しそうに。飯沢耕太郎さんが昨年の秋くらいに岡山で本人に会ったそうだ。どうでしたか、と飯沢氏に聞いたら「あれは、バカですね」とうれしそうにいった。


バカでもなんでもいいので、早く完成させてくれい。そんなわけで、今回ギャラリーに出品されているのは、すでに生産中止となった印画紙で制作された希少なバージョンである。興味ある方はお早めに。


今回、ギャラリーからの帰りに一ヶ月ぶりくらいに本人に電話してみた。淡々とした口調で、聞き慣れた言葉が返ってきた。


「あと、ほんの少しで、できあがりそうです・・・」


ロスタイムの笛が鳴るのが待ち遠しい。


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某日某所での横谷さん(撮影:大藤健士)


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コメント

笑えます。複製芸術の代名詞のような写真制作に、ここまで執拗にこだわる様子は一品物の工芸品をつくるような感じ。時代や潮流に叛旗をひるがえすとかってのではなく、単純にかれの性格に由来するのでしょうね。飯沢氏のことばが効いている。
残念ながらこんかいも見逃してしまいますが、盛会でありますように!

投稿: banana | 2010年1月23日 (土) 19時20分

>bananaさま

ルネサンスの時代には、画家は絵の具や絵筆を自分でつくっていたといいますよね。絵の具の原料を求めて、山に入って鉱物採集をして、それをすりつぶして、自分のための絵の具をつくったりとか。その意味では、彼のやっていることは芸術家として、しごく真っ当なのかもしれません。

投稿: 田中真知 | 2010年1月24日 (日) 11時35分

先週末に、行ってきました。
横谷さんの写真を、念願叶って買うことができました!
もうサイコー。いえーい。って気分です。

http://apakaba.exblog.jp/13644061/

思い入れたっぷ〜りにまたレビューを書きましたよ。

投稿: 三谷眞紀 | 2010年2月 3日 (水) 11時44分

>三谷眞紀さま
お買い上げ、ありがとうございます・・・ってぼくがいうのもへんだな。レビュー読みました。そう、横谷さんの写真、意外と小さいですよね。
入り口のキウイー、かわいいですね。ぼくも思わず写真撮りました。

投稿: 田中真知 | 2010年2月 4日 (木) 03時43分

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