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たまたま

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年の目標は週一回くらいのペースでの更新です。といいつつ、すでに2週間遅れているが、その分はあとで取り戻したい。箱根駅伝で10人抜きというのもあるくらいだし、後半のがんばりが功を奏し、年末には結果的に平均して週一回更新ペースになっていた、という形にもっていきたい。


話は変わる。もしかしたら経験がある人がいるかもしれないが、iPodでシャッフルモードにしているとき、流れてくる曲が、シャッフルされているように感じられないことがある。プレイするたびに、前に聞いたときと同じ曲が流れる一方、なんどかけてもいちども流れない曲もあったりして、これはじつはランダムではないのではと、ときどき感じていた。


ところが、この前の連休、友人の田中三彦さんの訳した『たまたま』(レナード・ムロディナウ著/ダイヤモンド社)という本を読んでいたら、まさにそのことが書いてあった。それによると、われわれが感じるランダムと、数学的なランダムというのはちがうらしいのだ。

 
たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

 

たとえば、0と1を数学的にランダムに10の100万7乗個並べたとすると、0が連続して100万個並ぶ箇所が10箇所現れるという。たまたま、この数列をながめて、その0がえんえんとつづいた箇所に行きあたった人は、とてもそれをランダムとは感じられないはずである。


iPodに最初に採用されたシャッフルのシステムは、このような数学的に正しいランダムを生み出すものだったという。ところが、ぼくが感じたように「これはちっともランダムではない」という意見がけっこうあったらしく、結局、アップル社のスティーブ・ジョブスは「もっとランダムな感じにするために少しランダムではなくした」のだそうだ。


人間という生き物はどこにでもパターンを探したがり、パターンが見つかると、そこに意味を与えずにはいられないという性質がある。つまり、まったくの偶然の産物であっても、人間は、そこにパターンを見出して、意味づけしないではいられない存在なのだ、と『たまたま』の著者(マックス・プランク研究所のフェローだった理論物理学者)はいう。


それは社会的な出来事でも同様だという。「ハリー・ポッターが大ヒットしたのは、すぐれた作品だったから」「ビル・ゲイツが大富豪になったのは才能があったから」と世間は思いがちだ。逆に、売れないものは「劣っている」「時代に合わない」「才能に欠ける」などと評される。けれども、著者は、それはランダムな数列にパターンを見出すのと同じで、科学的な根拠はまったくないという。ならば、ビル・ゲイツの成功の秘密は何か。それもまた「たまたま」、つまり偶然だという。


身も蓋もない話にも聞こえるが、逆にいえば「自分には能力がない」とか「自分は時代から取り残されている」とか「人生がうまくいかないのは愛が足りないからだ」とか「ブログの更新ができないのは、自分が無能だからだ」などと悩む必要はないということだ。むしろ、そういう根拠のないパターンにとらわれて、信念を強化してしまうことが問題だという。


あらゆることが偶然だとすれば、それを起こしやすくするには確率を上げればいい。つまり世界の根本法則は「数打ちゃ当たる」に尽きるということだ。


実際のこの本の内容は統計学や確率論など、ややこしい話がつづいて、けっこう歯ごたえがあるので、ここに書いたような解釈が正しいのかどうかはわからない。けれども、成功するにはあーしろ、こーしろとエラそうな解釈やノーハウを押しつける本ばかりが売れている中、「そんなの、たまたまだよ」といいきってしまうところは気持ちよかった。原題(「Drunkard’s Walk」(ヨッパライの歩み))も悪くないが、邦訳タイトルがいいなあ。

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「本」カテゴリの記事

コメント

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
(といいつつ、大変ご無沙汰してます。)

すごく面白いお話ですね。今年はこんな面白いお話がたくさんブログ記事として出てくることを期待していいんですね! 楽しみです。

投稿: 風観羽 SeaSkyWind | 2010年1月14日 (木) 07時36分

真知さん、あけましておめでとうございます!
今年も(更新を)よろしくお願いします。
私も今年はコメントマメな人になろうと思っています。
(真知さんも読みに来てくださいねん!)

シャッフル機能が「ランダムじゃないのでは?」については、私も100曲しか入らなかった i Pod shuffle 時代に、強く感じていました。
そういうわけだったのですねえ。

たとえば近い人の急な死のように、不幸なできごとが「たまたま」起きたときにも、人は自分や周りの他人などに原因を求めたりしてしまいます。
「因果応報」という言葉に、囚われているのかも。
また、つねに本屋売れ筋ランキングで上位を占める「励まし系」のビジネス本も、「やればできる。努力は報われる」と、大変シンプルに、努力と成功の二項に因果関係を設定しますよね。
あれは笑うわ。
でも、パターン化されると、安心するんでしょうね。

投稿: 三谷眞紀 | 2010年1月14日 (木) 07時38分

ちょっと違うかもしれませんが、ランダムに設定したスクリーンセーバーの画像が、たまたま画面に目を移すときにはいつも同じ画像だったりするのは、なぜ? って、のを読んだことがあります。
なんだっか、それは偶然(たまたま)でもなく、好きな(気になる)画像が表示されるのを無意識で感じ、目を移している、ってことだったような・・・。

投稿: まこ | 2010年1月14日 (木) 12時45分

興味ある内容・・しかし、むつかしそーな内容のこの本を

「世界の根本法則は ”数打ちゃあたる”」と要約してくださって、重要なポイントは掴んだ気になってるワタクシです(笑)。

「根拠のないパターンに囚われて,信念を強化する」って、
これもやりがちですわ〜。

ああ、新年から良いお話聞けましたflair

投稿: おーもり | 2010年1月14日 (木) 12時46分

>風観羽 SeaSkyWindさま
お久しぶりです。面白いかどうかはわかりませんが、どうせつまんないだろうくらいのスタンスで見ていただけたほうが相対的に面白いと感じられるかもしれません。

>三谷眞紀さま
さっそくありがとうございます。私もコメントとか、こっそり書くようにします。
努力=成功ではないでしょうが、数打つ努力が確率を上げるというのはあるのでしょうね。


>まこさま
「好きな(気になる)画像が表示されるのを無意識で感じ、目を移している」
人は自分の中にあるものしか、外に見ていないのだと思います。
渋谷など歩くと若い子が多いなと感じますが、よく見ると老人もけっこういる。見えていないんでしょうね。

>おーもりさま
かなり乱暴な要約なので、じつはまるでちがうかもしれません。
でも、数打ちゃ当たるといってしまうと、心がかるくなります。(でも数打つ体力が・・・)

投稿: 田中真知 | 2010年1月14日 (木) 17時35分

まちさん
今年も、まちさんのブログ、楽しみにしていますので、たまたま更新していただけるよう
(↑まちがってる・笑)
よろしくお願い致します。

●流俳優ファンの中でも
「え~?あの人また●●さんの握手に当たったの?」みたいな人がいますが、
たしかに、数打ってる人かも・・。納得。
って低レベルな話で申し訳ありません。

投稿: ゆうこ | 2010年1月14日 (木) 21時48分

>ゆうこさま
「●流俳優ファンの中でも「え~?あの人また●●さんの握手に当たったの?」みたいな人がいますが・・・」
一瞬意味がわからなかったのですが、しばし考えて穴埋めしたのち納得。●流俳優ファン同士ではそういう会話がなされているのですか。う〜ん、深いなあ。

投稿: 田中真知 | 2010年1月14日 (木) 23時13分

すんごく遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
僕は新年はミャンマーで一人さびしく(?)迎えましたが、真知さんは決意新たに迎えられたんですね。??

この記事にはすんごく納得しました。

投稿: ゴン | 2010年1月19日 (火) 22時43分

>ゴンさま
お久しぶりです。ミャンマーですか。
前はたしか中国からでしたよね。このあとはどちらに行かれるのでしょう。
「決意新た・・・」
決意は新たなんですけど、行動が肝心ですね。。。

投稿: 田中真知 | 2010年1月20日 (水) 08時19分

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