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2010年5月

空白は悩ましい(中)

すみません。やや遅れて「明日」がやってきました。アラビア語では「明日」は「ボクラ」といって、実質的には「いつか」と同じ意味ですが、もちろん、そういうつもりではありません。さて、前回のつづきですーー。

 
 
 

「10万」と記入した書類をポストに投函してから数日後、件の学校から書類が届いた。なんとなくいやな予感。開けてみると、手紙が一枚。


「先生より、利用料10万円とのご指示をいただきました」


(ふむふむ)


「しかしながら、今回と同じケースの場合、日本文藝家協会では1050円、日本ビジュアル著作権協会では5250円の使用料となっています」


(へっ・・・?)


「両協会に属しておられない御著者の場合は、概ね、この間でのご呈示をいただいております」


(ハァ・・・・)


「今回のご提示額と通例との隔たりに驚いております」


(・・・こちらも・・・驚きました)


「・・・できれば、これを目安に5250円(税込)でお願いできればと思います」


って、結局、空白の欄であっても、空気を読んで「常識的な」額を書くことを期待されていたわけである。ということは、そこに3日悩んでやっとの思いで「10万円」などと書いた自分は、とんだ非常識者ではないか。


おそらく、こちらが出した書類を受け取った学校の担当者は、その額を見てびっくりしたのだろう。そして上司に「こんなのが来ました」と持っていったのだろう。それを見た上司は、
 

「ああ、たまに、こういうのがいるんだよ。今年はヘンなのに当たってしまったな」


「有頂天になって、欲の皮をつっぱらせたのかもしれませんね」


「そうだろうな。こういう常識知らずには、ひとつ世間の常識というものをガツンと教えてやらねばいかんな。よし、私が一筆書いてやろう」


「よろしくお願いします」


てな会話がなされたかどうかは定かでないが、上司の名で書かれた手紙は慇懃ではあるが、こちらの申し出は論外、もう一度金額を記入して送れとのことだった。


でも、それならば金額欄を空白にするなんていう思わせぶりなことはせず、初めから1050円か5250円のどちらかを選んでくださいとでも書いておいてくれれば、いらぬ欲望をかきたてられることもなく、価格コムでデジタル一眼レフのコーナーをクリックすることもなく、邪念にふりまわされる自分にげんなりすることもなく、平和な気分で日々を過ごせただろうに。


こんなよんどころない気持ちは前にも経験がある。思いあたったのはエジプトだった。似たような経験のある人は多いだろうが、土産物屋でなにか買おうとするときや、ガイドをした男に報酬を払おうするとき「いくら?」と聞くと、「好きでいい」といわれることがよくあった。


「好きでいい」といわれても、本当に相手が字義通りにそう思っているわけではない。うかつな額を渡すと、「なんだ、これは?」とか「ありえない!」とかいって相手が怒り出す。結局のところ、相手が「好きでいい」というときは、こちらに対して空気を読めという無言の圧力をかけているのだ。


そんなことを思いだしつつ、こちらとしてもどうもしっくりこないので、返事を書いた。呈示された金額5250円で了承するとしたうえで、次のような手紙を書いた。


 ・・・今回、○○様の方で、どのような意図であのような書き方をされていたのか、私の方では図りかねました。著作権利者の意図や権利を尊重してのことなのか、それとも、いわゆる空気を読むことを求められているのか。そこで、あえてあのような金額を提示させていただきました。
 個人的には、現在、日本で作家の置かれている立場は低く、著作権利者としての地位も脆弱であると感じております。他業種と異なり、原稿の執筆にあたっても稿料その他についてあらかじめ相談されることは、ほとんどないという異常な状況が常態化しています。お手紙にあった日本文藝家協会の1050円という額は、たとえなんらかの合意がなされた額であるとしても、ほとんどボランティアであると感じざるをえません。
 そのような所与の状況を当たり前と思ってしまう感覚を疑うというのが、ご引用いただいた拙著の意図でもあり、その意味も込めて、差し出がましいことを書かせていただきました。ご容赦ください。・・・(一部省略)


書いているうちに、これはただ愚痴をこぼしているだけではないかという気分になってきて、ウツウツと落ち込んできたが、なにかいわないともっとウツウツしてきそうだったので、ぱっと書いてぱっと出したところ、ほどなくして返事が来た。


 ・・・こちらがあらかじめ金額を決めていたわけではないのですが、これまでの経験からある程度の幅で金額を想定していたことは否めないところでありますし、先生のおっしゃるように、金額提示をしないことが却って著者の方を困惑させ、不快にさせることになってしまったこと、誠に申し訳なく存じます。所与の状況を当たり前と思ってしまう感覚を疑う、という先生の御著書の意図、それを読み、使用させていただいた者としては肝に銘じていく所存です。・・・(一部省略)


はい、わかっていただければいいんです。ガツンというつもりが、愚痴っぽい、みじめな気分になってしまった。もう、なんでもいいや、と思っていると、さらにべつの学校から同じような書類が届いた・・・。


 

(すみません、まだつづきます。つづきは明日といいたいところですが、やや自信がないので数日内としておきます)

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空白は悩ましい(上)

 
またしばらく空いてしまった。間が空いた後になにか書くときは、長く欠席していた子が、久しぶりに教室の扉をくぐるときみたいに緊張します。ツイッターもそうかもしれませんが、こういう発言型のネット上のメディアというのは無意識の自己肯定力みたいなものがある程度ないとむずかしい、とつくづく思います。


さて、すこし前のことだが、複数の中学・高校から『美しいをさがす旅にでよう』を今年の国語の入試問題に使ったという知らせがあった。私立中学が3校と公立高校が1校。書いた本人としては光栄だが、同じ本から4種類もの国語の問題がつくられてしまうとは、そんなに教科書的文章なのかいと、ちょっと複雑な気分でもある。昨年、アマゾンのレビューに三谷眞紀さんが「国語の教科書とか、中学入試問題や塾のテキストに使われそうな文章だ」と書いてくださったが、そのとおりになってしまった。


1月下旬頃、まず、最初の一校から「入試問題での著作物使用のご報告と二次利用についてのお願い」という書類が送られてきた。内容は、本の一部を試験に使わせてもらったことと、二次利用を許可願いたいというもの。試験問題も同封されていた。二次利用の許諾を求めるにあたって著作物使用料を払うとのことで、そのための書類も同封されていた。


だが、なぜかその使用料の欄が空白である。書類には、ご希望の金額があれば書いてくださいとある。こんなのは初めてだ。以前、塾や予備校の試験問題に自分の文章が使われたことはあるが、そのときは使用料は向こうですでに決めていて、こちらははんこを捺すだけだった。ある塾は2万ほどだったと思うが、それが多いものなのか少ないものなのか、わからなかった。


それが、今回は空白だ。シャイなジャパニーズとしては、こういうのがいちばん困る。相場がわからない。使用料というより二次利用も含まれているようなので、どうしたものなのか。以前、ナショナル・ジオグラフィック誌の仕事をしたカメラマンが、ギャラとして金額欄が空白になった小切手を渡されたという話を聞いたことがあるが、それはギャラに糸目は付けないという意味のはずだ。ずいぶんスケールはちがうが、これもそう考えていいのか。


名の知れた学校だし、予算にゆとりがあるから太っ腹なのかもしれない。しかし、調子に乗ってとんちんかんな額を書いたら、なんて非常識な奴と思われるかもしれない。やはり、ここは見栄を張って、慎ましく書いた方が好印象を持たれるのではないか。いや、そういう気弱なことだから、なめられるのだ。もっと自分の仕事にプライドをもたなくては。ここはひとつガツンといくべきではないか。


でも、はたしてどのくらいが「慎ましく」で、どのくらいが「ガツン」なのだろう。こっちが「ガツン」だと思っても、むこうにとっては「コツン」程度かもしれない。イメージとしては、お相撲さんががっぷり四つに組むくらいのガツンであってほしいものだが、それがどのくらいの額なのか想像つかない。そんなことを思い悩むうちに、心の中に欲望の黒い雲がじわじわ広がっていく。なんちゅう自分はこんまい男なんじゃろうかと、だんだん気が滅入ってくる。


そこで某編集長に電話して相談した。某編集長も自分の文が引用されたことがあるというが、入試問題は経験がないので、わからないという。


「空白なんだから、好きなように書けばいいんじゃない。もしだめだったら、向こうがなんかいってくるよ」

 
「それなら、さ、3万とか書いても大丈夫かな。非常識とか思われないかな・・・」
 

「ぜんぜん非常識じゃないよ。もっと多くてもいんじゃない」

 
「ええっ!?・・・じゃあ、5万とか・・・」
 

「10万でもいいと思うよ」

 
「じゅ、10万・・・! 」
 

自分にとってのガツンはだいたい3万くらいかなと思っていた。それが10万とは・・・もはやそれはガツンではなくアトミックボムに近い。
 

「10万は、さすがに法外じゃないかな?」
 

「そんなことないよ」
 

「ううっ・・・そうかなあ・・・・」


受話器を置いた後、しばし気持ちを落ち着ける。初めは、10万はあまりにも無謀だと思えたが、しだいにあれこれあらぬ想像が湧いてくる。今年は子どもの進学とかでなにかと物入りだったこともあり、「10万かあ、そうか、10万かあ」とつぶやきつつ、つい価格コムなどクリックしてしまう。それでも空白欄を目の前にすると、なかなかそこに金額を書き込む勇気がわかず、「ああ、こんまい、こんまい」とまた落ち込む。やっと書類をポストに投函したのは、それから3日後だった。


 
(長くなりそうなので、つづきは明日書きます)

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