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クールなカブトムシ

間がまた開いてしまった。job huntingさんにはご心配までしていただき恐縮です。もっと気楽に書けばいいのでしょうが、気楽にやるためにはどうしたらいいかと悩んでいると疲れてしまって、ちっとも気楽でなくなってしまいます。ツイッターも書けない。メールとか手紙だとわりとすんなり、ためらいなく書けるのですが、それは相手がはっきりしているからだろうか。


8月も下旬というのに残暑を超えた激しい暑熱がつづいている。ここまで暑くはなかったと思うのだが、6、7年くらい前の夏、当時また小学生だったむすこをつれて、伊豆に行ったことがある。下田の岡崎大五さん邸に世話になった後、伊豆半島南端の石廊崎まで足をのばした。

 

石廊崎を見たあと、そばにあったジャングルパークという施設を訪れた。熱帯のジャングルを模した巨大な温室の中で、熱帯の動物や鳥、昆虫や魚などを見ることができるテーマパークだ。ぼくは小学生のときに家族でここに来たことがある。つまり、そのくらい昔からあったのだが、約40年ぶりに訪れたジャングルパークは、そのときからたいして変わっていないのではないかと思わせる昭和の香を残した施設だった。しかも、この夏いっぱいで閉園するというのだった。

Junglepark2


すっかり老朽化した古い体育館のような建物の中にはいると、秋竜山のマンガの描かれた古びたパネルが生い茂る熱帯植物の中に隠れるようにおかれていて、演出なのか廃墟なのかとまどうほどだった。ただ、閉園をまぢかにひかえているせいか、パーク内には捨て鉢めいた高揚感があった。まもなく行き場を失うことになる多くの外国産カブトムシをくじびきでもらえるというイベントもやっていた。当たりくじが多いのか、むすこにもアトラスオオカブトだったか、外国産のカブトムシのオスが当たった。


 

そのなんとかカブトのオスを抱えて家に帰ると、まだ、当時は生き物の世話に興味のあったむすこは「メスも飼いたい。つがいにして卵を産ませたい」といいだした。ひょっとしたら、ジャングルパークに電話したら、閉園間近だし残っていればゆずってもらえるのではないかというと、むすこが「ボク、電話する」という。あとでむすこに聞いたところ、ジャングルパークの人はたいそう親切で、すぐに送ってあげる、お金はいらないといったという。


その翌々日くらいに、ジャングルパークから宅急便が届いた。ところが、どういうわけかクール宅急便である。品名の欄には「なまもの」にマルがしてある。確かになまものにはちがいないが。。。

 
いぶかしみながら包みを開くと、案の定、クールに冷凍されたメスのなんとかカブトがあらわれた。そのてかりを帯びた黒い背中にさわると、ひんやりとした触感が伝わってくる。


「冷たいね」


「うん・・・」


「生きているの?」


「さあ、どうだろう」


しばらく見ていたが、動く気配はない。脚を縮めていて、生きているようには見えない。


「卵を産ませたいからメスのカブトムシがほしい、とジャングルパークの人にはいったんだよね?」


「うん」


ならば、標本用とかんちがいしたわけでもないはずだ。なまものだから、と運送屋の方でクール便にしてしまったのだろうか。とりあえず、室温で放置しておくことにした。ひょっとしたら解凍されたら生きかえるかもしれない。そのあと、一応ジャングルパークに電話してみた。閉園の前日だ。


「あのー、先日、子どもがそちらに電話して、カブトムシのメスを送っていただいたのですが、ご親切にありがとうございました」


「あ、はいはい、届きましたか?」


「それが届くには、届いたのですが・・・」


事情を説明すると、


「えっ、クール宅急便!?」


ジャングルパークの人が言葉を失った。たしかに、なまものとは書いたけれど、まさかクール便になっていたとは知らなかった。たいへん申し訳ないと、ひどく恐縮している様子が受話器から伝わってきた。


「お子さん、がっかりしているんじゃないですか?」


「いや、そうでもないです」


「すぐに、もう一匹送ります。本当に申し訳ありませんでした」


ただでカブトムシを送ってもらっていながら、こんなに謝られて、かえって恐縮してしまう。


その晩のことだったか、むすこが「カブトムシが動いた」といって、例のクールなカブトムシを持ってきた。なんと、解凍されたら本当に生きかえってしまった。なんという生命力。ジャングルパークの人がもう一匹送ってくれるといってくれたのに、どうしたものか。


翌々日、ジャングルパークからふたたび宅急便が届く。伝票を見ると、こんどは「なまもの」ではなく、「ワレモノ」にマルがついている。そうか、昆虫はワレモノ扱いなんだな。中から、昆虫ゼリーに頭を突っ込んだホットなカブトムシが現れた。動きはにぶいが元気そうだ。


よみがえったクールなカブトムシと、新しいカブトムシを、くじで当たったカブトムシといっしょに飼育ケースに入れる。どれも動きは鈍く、すぐに土に頭を突っ込んでしまって変化のないことこの上ないが、それでも眺めていると、なんとなくほのぼのした気持ちになってくる。


礼をいおうとジャングルパークに電話した。電話は通じたが、カブトムシを送ってくれた担当者の人はすでに異動していた。閉園の期日も過ぎていた。いまは残務処理の最中だという。


「動物たちの引っ越し先は、もう決まっているのですか?」


「ええ、だいたいは。私たち人間の方がたいへんですよ・・・はは」


「・・・はは」


クールなカブトムシは冷凍時のストレスが尾を引いているせいかあまり元気がなく、しばらくして本当に動かなくなってしまった。新しいメスのカブトムシもつがいをつくる前に死んでしまった。くじで当たったオスは、その後ももそもそと生きのびていたが、冬になる前くらいに二匹の後を追った。そのたびに、むすこが建物の裏手の芝生の一角にカブトムシのお墓をつくって木の板をさしてあったが、近所のおばさんに掃除されてしまったのか、いつのまにかなくなってしまった。


町なかでクール宅急便のトラックを見かけると、いまでもあのジャングルパークのカブトムシのことを思い出す。そして閉園してしまったジャングルパークのオウムやサルやピラルクたちは、どこかで元気にやっているのだろうかと思う。


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「雑記」カテゴリの記事

コメント

いや~、こちらこそプレッシャーをかけてしまい、
申し訳ありません。

これからも気楽にやって下さい。

投稿: job hunting | 2010年8月25日 (水) 18時52分

>job huntingさま

ありがとうございます。
適度なプレッシャは必要ですね。

投稿: 田中真知 | 2010年8月26日 (木) 17時30分

なぜ書けないか? そりゃ締切りがないからでしょう。真知さんは締切りがある原稿は、ちゃんと締切りまでに書いているじゃないですか。

内的な締切りを設定しても、それは所詮、弱い心のなかの、ひそやかな決め事でしかありませんので、脆く崩れやすい。締切りを他人が決めて原稿料をもらい、発行が遅れると太損害をもたらし、モノカキとしての資質さえ疑われるのとはぜんぜん違います。そのようなプレッシャーこそが何かをつくりだしているんですね、きっと。

ところで、この背景は涼しげでいいですね。ココログは背景がいろいろ楽しめてうらやましいです。

投稿: 某旅行誌編集長 | 2010年8月27日 (金) 10時28分

>某旅行誌編集長さま

そうか、締め切りがないからか。
でも締め切りなくても、こまめに更新されているブログも多いしなあ。

外からのプレッシャなしにつづけるには、自分のやっていることを楽しんでいるとか、そのことに意味を感じているかという自己肯定感みたいなものが、もうすこしないとむずかしいですね。楽しんでいないわけではないのですが。

たしかに曖昧な締め切りをもうけられると、曖昧に延びていきがちです。いまも、あれとか、あれとか、あれとか。。。
曖昧だと、緊張感がなくなって、かえってやる気が起きなくなります。
自分で自分を鼓舞するのが不得手なので、なかなかたいへんです。

投稿: 田中真知 | 2010年8月27日 (金) 13時47分

>でも締め切りなくても、こまめに更新されているブログも多いしなあ。

そういう人は、自分の心に決めたことを、外圧とは関係なく実行できる人だってことですね。締め切りがないと書けないというのは一般論ではなく、真知さんのことを言ったんですよ。

 ちなみに私も締め切りがないと書かないタイプです。子どもの頃から試験や宿題など、だいたいにおいてそうでした。たぶん、真知さんも、宿題は休みの一番最後、試験勉強は直前詰め込み型だったんじゃないですか?(違ったら失礼)

投稿: 某編集長 | 2010年8月27日 (金) 18時59分

>たぶん、真知さんも、宿題は休みの一番最後、試験勉強は直前詰め込み型だったんじゃないですか?

うっ。。。頂門の一針

投稿: 田中真知 | 2010年8月27日 (金) 19時35分

何か、別の意味で自分がプレッシャーを感じてしまう
お二人のやり取り…。

真知さん、蔵前さん、重ね重ね、すみません…。

投稿: job hunting | 2010年8月30日 (月) 18時35分

べつにjob huntingさんがあやまることなんてありませんよ。むしろ、書くきっかけを与えてくださって、ありがたかったです。

投稿: 田中真知 | 2010年8月31日 (火) 10時39分

大昔、夏休みに子どもたちを連れて北海道帯広に行きました。山の麓に泊まって川の近くに生えている木(クヌギかコナラかな?)を蹴っ飛ばすとカブトムシがバラバラ落ちてきた。次の年、同じことをしても虫の姿は無い。川に砂防ダム(不必要と思えるが、公共事業)ができて環境が変わったのですね。川で面白いように獲れたカジカも姿を消しました。自然のバランスは微妙ですね。「生もの」すなわち「クール宅急便」というようなこと、これからも起こりそうですね。

投稿: アフェカトル | 2010年9月 2日 (木) 09時40分

わははは。すみまへん。某編集長さまとのやり取りが面白すぎて、せっかくのカブトムシの良い話が笑いに転じてしまいました。


まっこと、自分で締め切りを決めて何事かをやるってのは難しいもんです。わたしの話ですが。ぱぱ〜〜〜〜っとやる気になった時にバカちからを出してやってしまわない事には、腰をすえたら最後「ま、いっか〜」だの「飽きた。。。。」だの「こんな事やって何か意味があるのか?」だの
ろくな結果になりゃしません。

個展とか、あえて自分で締め切りを作るってのは、この防止策のひとつであります。

是非次回が「ではなぜ、自分には自己肯定感が少ないのか?」について書いて頂きとうございます。読みたいっす!

投稿: おーもり | 2010年9月 2日 (木) 12時55分

>アフェカトルさま

北海道でもカブトムシがいたというのが意外でした。温暖化で熱帯昆虫の生息域が南に広がってもふしぎはないのですが、森がないとそうもいきませんね。カジカも減っているのですか。川は外来魚ばかりになってしまいそうですね。


>おーもりさま

よけいなことを考えずに思いついたときに、パッとやるにかぎりますね。それはわかるんです。
でも、そんなときにかぎって、その前に気分を引き締めるために机の上をきれいにしようかな、それからカメにエサもやるか、ついでに臭いカメ水も換えよう、水換えついでに風呂も洗うか、それなら風呂の残り湯を洗濯機に入れて洗濯もするか、ありゃ、洗剤がないから買いに行くか・・・などとやっているうちに、すっかり仕事した気になってしまうというケースがままあります。
そんな自分に気づいて、ますます自己肯定感が低くなりというくりかえしです。

投稿: 田中真知 | 2010年9月 2日 (木) 17時27分

クールなカブトムシ 良かったです。
いいお話には、机の整理やカメのお世話も必要なんです。きっと。

投稿: 北海道のブルースカイ | 2010年9月10日 (金) 00時05分

>北海道のブルースカイさま

ありがとうございます。
頭の中身も整理したいところです。

投稿: 田中真知 | 2010年9月10日 (金) 14時27分

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