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千葉市美術館の田中一村展

9月に入って少し涼しくなってきた。前川健一さんもブログを始めて規則正しく毎週、更新している。始めるにあたって前川さんが「真知さんよりすばやく更新します」と某編集長に宣言したところ、編集長は「あんな人と比べちゃいけない」と答えたらしい。う〜む、返す言葉もないな。いまに見ていなさい。


さて先日、千葉市美術館に田中一村展を見に行った。田中一村は50を過ぎてから奄美大島に渡って、南国の風景を独特の構図と色彩で描いた画家。数年前、DHCの広告(!)で初めてその存在を知ってから、ずっと気になっていた画家だったが、奄美に移住する前は、千葉で暮らしていたそうだ。

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広角レンズで思い切り寄ったように、椰子やソテツの葉のシルエットが前面を大きく覆う。その向こうに南国の空や海がのぞいている構図は、一見するとバリの絵画やルソーの絵などを思わせる。でも、この人は幼い頃に中国の絵画や漢詩などを徹底的にたたき込まれていたのですね。若い頃の作品は掛け軸やふすま絵などが中心なのだが、しみついた伝統的な型をこわそうと試行錯誤した末に、晩年のあの様式にたどりついたのがよくわかった。


会場にあった年譜によると、一村は、50歳で奄美に渡ったあと、「5年働いて3年描いて、2年働いて個展の費用を稼ぐ」という10年計画を立て、島の紬工場で染色工として働いたという。でも、結局、個展を開く費用は稼げず、69歳で亡くなるまで、一度も作品発表の機会はなかったというのだが、個展を開くって、1950年代とはいえ、そんなに金のかかるものだったのだろうか。


この人は画壇とは無縁だったけど、それなりにファンがいたらしく、お医者さんの自宅のふすま絵とか、けっこう個人の要請で作品を制作している。でも、そういう人たちは、彼のために個展を開いてあげようとか考えなかったのか。会場には、4面のふすま絵も展示されていたが、これ描いて一村さんは、どのくらいギャラをもらったのだろうか。


それとも原稿料などと同じで、金額の話などせずに引き受けてしまって、あとになって宴会かなんかに招かれて「まあまあ、ご苦労さんでした。今日は遠慮なくじゃんじゃんやってください」とかいわれ、なんとなくそれでうやむやにされてしまったとか、そんなのだったとしたら人ごとに思えない。彼の絵は大きめのものが多く、絵の具の消費量だってばかにはならないはずだ。あのふすま絵だって、絵の具代とか交通費とか諸経費は別で請求できたのだろうか。


同じく年譜によると、一村は、奄美からいちど千葉に戻って、昔からの知人(顧客?)のために作品を披露したというが、そのときに本当に彼の作品が好きで、友人だというのなら、みんなでお金出し合って個展くらい開いてあげないのかよ、とも思う。でかいふすま絵を注文するような顧客がいるくらいなのだから、お金だってあるだろうに。すると、奥さんが、いや、ひょっとしたら、彼が無名なのをいいことに死ぬのを待ってから値をつり上げようとしたのではないかという。おお、そこまでは考えなかった。


奄美時代の晩年の作品では、墨色に塗られた椰子の葉のシルエットが画面を大きく占めているものが多いが、奥さんにいわせると、これはかなり絵の具の倹約になったはずだという。つまり、一村独特の画風は省コスト化の努力とあいまって生み出されたものではないかというのだ。それは眉唾だけれど、50歳過ぎてから染色工になって体をこわしながら働いて、一方でこれだけの質の高い作品を描いていて、いちども生前、望んでいた個展が開けなかったというのは理不尽だなあ。


個人的には奄美時代のものをべつにすると、「秋色」と題された色づいた葉をモチーフとした作品がよかった。千葉市美術館で9/26まで。


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「雑記」カテゴリの記事

コメント

ゲッ! 27日までじゃないんですかッ〜!?

投稿: banana | 2010年9月14日 (火) 01時58分

>bananaさん

だいじょうぶです。会期終了後は奄美の美術館に戻るので、そっちへ行けば見られます。Baliからだと、かえって近いです。

投稿: 田中真知 | 2010年9月14日 (火) 09時42分

むむー。
行ってみようかなあ。
ちょっと遠いので腰が上がりかねています。
もう一声掛けてお尻を持ち上げてください。

投稿: 三谷眞紀 | 2010年9月14日 (火) 15時06分

>三谷眞紀さま

瀬戸内海にくらべれば、すぐそばじゃないですか。車だと東関東自動車道ですぐです。駐車場も無料です。インドネシアから来るひとだっているくらいです(まにあうのかな?)。

ほら、腰が浮いてきたでしょう。

投稿: 田中真知 | 2010年9月14日 (火) 15時49分

まにあったあ〜! 26日朝、成田着そのまま直行ですよ。でも、最終日だからきっと芋洗いかな、汗臭いのヤだなあ。奄美のほうがよかったかも。

投稿: banana | 2010年9月14日 (火) 15時53分

>bananaさま

おお、よかったですね。
成田からだと近いですね。
飛行機に、いや飛行機が遅れませんように祈っています。

投稿: 田中真知 | 2010年9月14日 (火) 16時08分

田中一村展、私はギリギリの23日か24日に行くつもりです。

真知さんならではの感想がとても面白いというか身につまされるというか・・・非常になるほど、と思いました。
彼の絵について書く人はいても、ギャラの心配したり、周囲の金持ちやら友達らは何をしておったのか?!!、、、という事に思いをよせる人は
あまり多くないかもしれないですね。

実際に「この人をなんとかしよう」と動いた真知さんだからこその
説得力あるお話だと感じました。

あ〜、しかし混み混みだろうなあ。。。

投稿: おーもり | 2010年9月15日 (水) 01時56分

>おーもりさま

あとで知ったのですが、一村はお医者さんのふすま絵の代金のおかげで奄美に渡れたのだとか。お医者さん、いいひとだったんですね。

まわりのひとが、ちょっと他人のために動くだけで変わることは世の中にいっぱいあると思うのですが、なかなか、ひとはそうはしない。そういう世の中を世知辛いというのでしょうね。

投稿: 田中真知 | 2010年9月15日 (水) 13時30分

初めまして。お医者さんいい人だったと分かって頂いて良かったです。彼は公務員でしたので、すごーくお金持ちというわけでもなかったのです。それなのに一村さんが好きだったので、生活の面倒を見て好きなように絵を描いてもらっていたようです。だからお医者さんの奥さんは一村さんにあまり好意を持っていなかったようです。「一村のアトリエ」というHPがありますので覗いててみて下さい。

投稿: まどんな | 2010年9月19日 (日) 23時57分

>まどんなさま

こんにちは。HP「一村のアトリエ」、教えていただきありがとうございます。お医者さんの家では、いまでも一村ファンのためのイベントが開かれているとは驚きました。

たしかに、お医者さんの奥さんとしては複雑な気持ちだったでしょうね。一村さんとしても仕事とはいえ奥さんと二人のときには気をつかったんでしょうね。この時期にお医者さん夫妻の紹介でお見合いもしていたそうですが、これは奥さんがすすめたのかな。

投稿: 田中真知 | 2010年9月20日 (月) 08時41分

早速HP見て下さったのですね。有り難うございます。一村さんは家を売って奄美に渡るまで千葉寺の自宅で過ごしていました。ところが1年も経たないうちにお金が無くなり「先生住むところがありません」と医師を頼ってきました。そこで、単身赴任していた所長官舎の一番良い部屋に一村さんを住まわせたとのことです。奥さんの不満はもっぱら金銭的なことだったのでしょう。

お医者さんは一村さんに仕事(市原市教育委員会)とお見合い話をおせわしました。相手の女性は、たまたま奥さんの女学校の同級生だったそうです。お姉さんの強い反対があって縁談を断り、二度と千葉へは帰れないという思いで再び奄美に渡りました。そこから奄美の新しい作風が生まれたようです。

以上長いお話になりました。

投稿: まどんな | 2010年9月20日 (月) 21時28分

>まどんなさま

一村さんをめぐるお話、ありがとうございます。
教育委員会の仕事とお見合い話ということは、専業の画家はたいへんだからやめてはどうかという勧めでもあったのでしょうか。
それに反対してしまうお姉さんというのも、なかなかすごいな。でも、そのおかげで、われわれが今日、彼の作品を見ることができるのですね。
坂本龍馬もそうですが、強い姉というのは弟の人生を変えるのですね。

投稿: 田中真知 | 2010年9月20日 (月) 22時49分

おねえさんずーっと弟のために生きてきた人ですので、弟だけ結婚してしまうなんて許せなかったのでしょう。「強い姉は弟の人生を変える」説得力ありますね。

投稿: まどんな | 2010年9月21日 (火) 22時41分

>まどんなさま

弟のために生きてきたお姉さんですか。それもこわいものがありますね。
「強い姉は弟の人生を変える」逆にいうと、男がしっかり育つには強い姉が必要なのかもしれないですね。安寿と厨子王とか、サリーちゃんに出てくる三つ子の姉のよしこちゃんとか。

投稿: 田中真知 | 2010年9月22日 (水) 01時27分

安寿と厨子王からさりーちゃんまでジャンルの広さはさすがですね。
千葉市美の後に鹿児島、奄美で一村展が開かれますが、規模は三分の二位になるそうです。だからどうしても千葉で見たいと、奄美の知人が千葉に来ました。
今日と明日と2日間堪能するそうですが大混雑に驚いていました。

投稿: まどんな | 2010年9月23日 (木) 20時38分

>まどんなさま

最後の数日はひどく混みそうですね。最終日にインドネシアから来る人混み苦手な友人がいるのですが、だいじょうぶかな。
よしこちゃんと三つ子のほかに、サザエさんとカツオというのもありますね。

ところで、まどんなさんは「一村のアトリエ」のHPをつくられている方なのですか? とても、おくわしいので。

投稿: 田中真知 | 2010年9月24日 (金) 01時55分

天照大神と素戔嗚尊はどうなんでしょう。

質問にお答えします。私はメールがやっとこさ位のレベルですので、残念ながら管理人ではありません。関係者の一人ですが、皆さん情報通ですよ。

さて、最終日の混雑は予想も出来ないと美術館関係者が嬉しい悲鳴を上げていました。せっかくインドネシアからいらして頂くのなら地元のものとしてご案内して差し上げたいところですが、その日はあいにく上京してしまいますので、ごめんなさい。
明日、市美に行きますので様子をお知らせしましす。
でももう出発してしまわれましたね。

投稿: まどんな | 2010年9月24日 (金) 22時42分

今日の美術館は、午前中の雨のためか連日の大混雑のことが周知され敬遠されたのか、エレベーターに並ぶ人も少なく、比較的落ち着いて観賞出来ました。明日も今日くらいなら良いですが・・・

投稿: まどんな | 2010年9月25日 (土) 20時25分

>まどんなさま

いよいよ、今日までですね。来場者数はどのくらいだったのでしょう。こんどは奄美で見たいものです。
地元のひとが有名無名にかかわらず芸術家を支えるという仕組みは大切ですね。
そうでもしないと、この先、だれも作品をつくりつづけることなんてできないでしょう。

投稿: 田中真知 | 2010年9月26日 (日) 00時05分

正確な数は聞いていませんが、今までの記録は千葉市美開館記念「喜多川歌麿展」が5万人で、最終日前日にそれを超えたそうです。地方都市の、駅からちょっと遠い市立美術館の企画としては大当たり!私の知人の知人など、普段美術館に足を運ばない人も行ったとのことですので、やはりマスコミの影響でしょう。かつて、千葉の絵は千葉で、とお願いしましたが奄美の絵は奄美で見るのが一番です。

投稿: まどんな | 2010年9月27日 (月) 17時22分

>まどんなさま

最終日はポスターもカタログも売り切れていたそうですね。あのカタログは力が入っていて、とてもいいですね。こんどは奄美で見たいものです。絵を見たあとに、外に出ると同じ風景が広がっているというのはいいですね。

投稿: 田中真知 | 2010年10月 6日 (水) 08時17分

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