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【再掲】 究極の癒し系? フロレンス・フォスター・ジェンキンスの肖像

今回は思うところあって以前ここにのせて、リンク切れになっていた過去のエントリーにあった記事を再掲。こういう時期ということもあるし、この話をとりあげてみるのも悪くないと思った。写真は撮りなおしました。本来、このブログはこういう音楽話をテーマにしていたはずなのだけど。。。


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今回は最近、聴いたなかでも、もっとも圧倒されたCDを紹介する。これである。

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ジャケットの雰囲気から見当がつくように、かなり古い時代(1930-40年代頃)に録音されたものである。内容は、モーツァルトやシュトラウスらによるオペラのアリア集。ジャケットで天使の羽をつけて立っている中年女性が、歌手のフロレンス・フォスター・ジェンキンス。RCAビクターの100周年記念ということで復刻されたものだ。
 

クラシック・レコードの老舗RCAが100周年記念で復刻するほどなのだから、録音の悪さも気にならないほどの名唱にちがいない。いみじくもタイトルには、The Glory of the Human Voice (人間の声の栄光)とある。実際、このレコードはこれまでアメリカで発売されるたびに話題となり、またたくまに売り切れてしまったという伝説的な人気を博してきた作品なのだ。

 
しかし、これはただの名盤?ではない。本来なら、このような録音が後世に残されること、いや、録音されること自体が常識では考えられないことなのだ。なぜか? その前に、フロレンス・フォスター・ジェンキンスとはどういう人物だったのか、についてふれなくはならない。
 
 
フロレンス・フォスター・ジェンキンスは1868年、ペンシルヴァニアの裕福な銀行家の娘として生まれた。金持ちの娘として幼い頃からピアノを習い、ゆくゆくはオペラ歌手になりたいという夢を抱いていたが、厳格で保守的な父はそれを許さなかった……と、ここまではよくある話である。
 
 
さて、その後、フロレンスは、のちに石油会社社長となった男性と駆け落ちする。ところが結婚生活は不幸で、結局二人は離婚。それからまもなく、父親が他界。フロレンスは、前夫からの相当額の慰謝料と、父親から受け継いだ莫大な遺産を手にして、有数の大金持ちになる。ときにフロレンスは41歳。このとき彼女は、小さい頃からの夢であった歌手として生きることを決意する……と、まあ、ここまでもありそうな話である。

 
ところが、である。フロレンスには端から見た場合、歌手として大きな問題、それも致命的といってよい問題があった。どういう問題だったのかというと、実際に彼女の歌を聴いてもらうのが早いだろう(かならず聴くこと!)。曲は、モーツァルトの歌劇「魔笛」の中の「夜の女王のアリア」。ソプラノ・アリアの難曲中の難曲である−−。
 


すでにこれを聞けばおわかりだろう。

 
そう、彼女は〈音痴〉だったのである。それも生半可ではない筋金入りの音痴であった。

 
しかし、さらにすごいのは、フロレンス自身が、そのことを微塵も気にしていなかったことである。それどころか、彼女は、自分の歌唱に絶大な自信をもっていた。この「夜の女王のアリア」にしても、当時、有名だったソプラノ歌手、フリーダ・ヘンペルの歌とひきくらべて、自分のほうがずっとすばらしいと思うと語ったという。

 
フロレンスは意気揚々と、ニューヨークやワシントンでリサイタル活動を開始した。もちろん資金は自腹である。しかし、肝心の歌の破綻ぶりは素人相手でも隠しようもなかった。こんなんで、はたして観客は集まったのか?
 
 
ところが、これがなんと大盛況だった。こう聞くと、おおかた地位や財産を利用して、いやがる知り合いを無理やりリサイタルに連れ込んでいたのではないか−−ジャイアンみたいに−−とか、観客は怖いもの見たさで、からかい半分でやってきたのではないかと勘ぐりたくもなる。
 

実際、はじめはそうだったのかもしれない。しかし、フロレンスは大まじめだったし、自分の歌手としての才能を心底から信じきっていた。そして、音程や調性などものともしない自由で圧倒的な歌いっぷりに、観客はあっけにとられ、ついで魅入られ、しまいにはその毒のような魔力の虜になってしまうのだった。
 

フロレンスのリサイタルが好評を博したのには、彼女自身の人間的魅力もあった。フロレンスには周りの人びとを幸福な気分にさせずにはおかない天性の明るさがあった。博愛精神にもあふれ、若い芸術家の育成や、貧困者の救済などの慈善事業にも情熱を注いだ。フロレンスはまもなくニューヨークを中心とした社交界で華々しい脚光と尊敬を集めるようになった。
 

いちど彼女の歌を耳にした者は、その魔力から逃れられなかった。彼女のリサイタルのチケットを手に入れるのは「ワールドシリーズのチケットを手に入れるより困難」だった。リサイタルの当日は、会場に入れなかった者たちがホールの外に押しかけ、それを警官隊が追い返さなくてはならないほどだった。

  
ニューヨークのリッツ・カールトンで年に一度開かれていたリサイタルは、とりわけ話題になった。フロレンスは自分でデザインした巨大な金色の翼を背中にひらひらさせて舞台に上がった。そして一回のステージで最低3回は衣装を替えた。スペイン風の衣装をまとって、薔薇の花を口にくわえて登場し、歌いながら、手にした花籠から客席に花を投げることもあった。あるときには花をすべて投げてしまったあとアンコールが来たので、いったん投げた花を客席から回収し、あらためてもう一度花を投げた。

 
彼女のステージに観客の笑いはつきものだったし、批評家による呆れたような酷評もしょっちゅうだった。しかし、フロレンスは歯牙にもかけなかった。絶大な自信家だった彼女にとって、笑いは自分の歌を楽しんでくれている証拠だった。酷評は芸術を理解できない者どもの戯言か、彼女の人気に嫉妬した者たちによる嫌がらせでしかなかった。
 

実際、観客はフロレンスの調子っぱずれの歌に麻薬のような魅力を感じていた。観客は彼女がいつ音程をはずすか、どこまで音程を狂わせたまま疾走しつづけるかを期待をこめて見守った。そして、フロレンスがそのとおりに調子を逸脱してゆくと、観客は圧倒的なカタルシスを感じたのだ。
 

しかし、それは破綻した歌へのあざけりではなかった。フロレンスは音程とか調性といった窮屈な束縛から、人間の声を自由に解き放ったのだ。彼女の歌には、なにものにもとらわれない圧倒的な自由と幸福感があった。ファンは、その自由に抱かれたくて、躍起となって彼女のリサイタルのチケットに群がったのだ。かの、世紀の名テノール歌手、エンリコ・カルーソーもフロレンスの支持者であったという(さすがに共演はしていない……と思う)。
 
 
フロレンスのキャリアのクライマックスは、1944年、76歳のとき、ニューヨークのカーネギーホールを借り切って行われたリサイタルだ。天下のカーネギーホールを個人で借り切るというのもすごいが、貸すほうも貸すほうである。

 
チケットは何週間も前に売り切れ、公演は大成功だった。その前年、彼女はタクシーにひかれるという事故に遭っていたが、事故の衝撃でこれまで発声できなかった高いF(ファ)の音を出せるようになった(と彼女は主張している。ちなみに彼女はタクシー会社を訴える代わりに、自分をひいた運転手に高級葉巻のセットを贈った)ので、レパートリーの幅も広がっていたはずである。
 

この歴史的カーネギーホール公演の1カ月後、フロレンスは心臓麻痺でこの世を去った。新聞に載った彼女の追悼記事には、こう書かれた。

 
「フロレンス・フォスター・ジェンキンスほど仕事にたぐい稀な幸福を見出したアーティストはめったにいない。その幸福感はまるで魔法のように聴く者たちの心へと伝染していった」

 
そうなのだ。CDに残された彼女の歌を聴いていると、不思議に暖かい幸福感がからだにじんわりと満ち広がってゆくのを感じるのだ。それはたしかに金持ち音痴オバさんの道楽かもしれないけれど、その壮絶に破綻した堂々たる歌いっぷりを聞いていると、人生の幸福とは、才能とか能力にあるのではなく、なにかをどこまで好きになれるかということにかかっているのだと、つくづく思う。

 
落ち込んだり、悩み苦しんでいる友だちがいたら、なにもいわずにフロレンス・フォスター・ジェンキンスのCDをプレゼントしてあげよう。よしんば、このCDを贈ったことで、あなたが友だちや恋人を失うことになったとしても、そのときは、あなた自身がこのCDに耳を傾ければいい。フロレンスおばさんが、きっと癒してくれるはずだ。


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「音楽」カテゴリの記事

コメント

モーツアルト、ものすごい衝撃でした(笑)

でも、そのあとの記事を読ませていただいて、深く反省。

歌うときに一番大事なことを、考えさせられました。

YTで彼女のほかの歌声を検索しようと思ったら
インコがでてきたcoldsweats01

投稿: ゆう | 2011年5月 6日 (金) 22時02分

この目が点になるような歌声、本当に私を癒してくれるんでしょうか?Amazon.ukのボタン押しちゃいましたよ!
The Glory of the Human Voice Florence Foster Jenkins"
Wolfgang Amadeus Mozart; Audio CD ; £4.93

投稿: 大谷祐子 | 2011年5月 7日 (土) 00時14分

>ゆうさま

インコ! CDには「鳥のように」という歌も収められているのですが、本当に鳥なんですね。すごい。。


>大谷祐子さま

癒して。。。少なくとも笑わせてくれることはたしかです。笑う→ゆるむ→癒しという感じかな。

投稿: 田中真知 | 2011年5月 7日 (土) 08時44分

先日は久々にお会いできて、楽しかったです。

ご紹介のCDですが、レコード盤をかの「タモリ倶楽部」で聴きました。
なんとかいう、高級なオーディオ機器を使って、「歌ヘタ合戦」が開催されたのですよ。
http://natalie.mu/owarai/news/50983
他にもすごいのがたくさんあって、2回戦で敗退してしまいましたけど、なんか、ほのぼのしました。
ヘタでも音楽は人を幸せにしますね♪

投稿: Chifumi | 2011年6月13日 (月) 16時41分

>Chifumi さま

こちらこそ楽しかったです。
タモリ倶楽部、知人に教えられて録画だけしてあるのですが、まだ見ていません。
もっとすごいのがあるのですか。
上には上(逆かな)があるのですねぇ。

投稿: 田中真知 | 2011年6月24日 (金) 11時13分

はじめまして。
フロレンス・フォスター・ジェンキンスを調べていてこちらに伺いました。
記事、引用させてください。ダメでしたらお知らせください。
彼女の歌声にガツンときて彼女の記事にぐっときました。ありがとうございます。

投稿: 白亜ジュラ | 2013年7月19日 (金) 12時36分

>白亜ジュラさま どうぞどうぞ。彼女の美声?に感動していただけてよかったです。

投稿: 田中真知 | 2013年7月19日 (金) 13時55分

巷で言われているような、いわゆる「音痴」ではないですよね、彼女。
コロラトゥーラがついていけなくて、高音部分がキツくて(ワンテンポ遅れたり、音が低くなったりする)、単に、「難曲を歌いこなせない人」なんだと思います。
ちょっと「ナニ」な人に対して、共感を覚えるのは、誰しもが自分も大差ないことを知り、なお自分より劣るかもしれない能力を目の当たりにして安心したがるからなのでしょうね。

投稿: | 2014年8月14日 (木) 18時14分

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