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2012年3月

辻佐保子先生とのお別れの会のこと

昨年のクリスマス・イブの朝に世を去られた美術史家の辻佐保子先生とのお別れの会が、先日の日曜日に開かれた。大学関係者、出版社、親族・友人にかぎられた会だったとはいえ、窓から皇居外苑をのぞむ広いホールに集まった人たちの数は500人は下らず(いや1000人くらいいたのかな)、生前の先生の交友の広さをうかがわせた。会場真ん中の祭壇に微笑む先生の遺影が飾られ、その前には皇后陛下からの献花が、壁には若い頃の写真や著書などが展示されていた。


高階秀爾、青柳正規といった日本の美術研究者関係の重鎮や、教え子の方たちが追悼の言葉を述べるのを聞き、展示された業績を目で追っていると、99年に亡くなった辻邦生さんが「絶えず書く人」であったように、佐保子さんもまた、たえず書きつづけてきた人であったことを思う。そして、なにより教え子にたいする心配りや面倒見のよさがなみはずれていたことを、あらためて思う。


佐保子さんは送られた論文は丹念に読み、ていねいな感想やコメントを寄せ、手紙にもこまめに返事を書くのがつねだった。どうしてそこまでしてくれるのか、と恐縮した教え子に、佐保子さんは「だって励ますのが私の仕事だから」とおっしゃったというエピソードを、教え子の方が話されていた。3ヵ月前に書いた追悼のブログにコメントを寄せてくださった教え子の方も書かれていたが、佐保子さんのこうしたきめこまやかな気遣いに励まされた人は数知れない。亡くなる前日にも、佐保子さんは研究会に出席されていて教え子たちの発表にていねいにコメントされていたという。


ご主人の辻邦生さんも、そうした心のこもった気遣いをされる方だった。たしか北杜夫さんも「辻は人を明るく励ますひとです」と以前どこかで話していた。この日、青柳さんは、日本の文化や教養のもっともいい面をあの夫婦は代表していた、と述べられていたが、「教養」というのは知識やスキルではなく、そうしたものに支えられた慈悲みたいなものなのではないか。教養とは人を威嚇し、相手の戦闘能力を下げるための盾や武器ではなく、人を励まし、自由にさせる力のことではないか。それがお二人から学んだ、とても大切なことだったように思う。


大学の先生の中には、研究中心で人を育てることにあまり興味のない人もいるし、教え子を自分の手足か道具のように扱ってなんとも思わない人もいる。あるいは、本が売れて有名になったら大学などさっさとやめて、好きな本を書いたり、自分の趣味に専念したりするという人もいる。それもひとつの道ではあるけれど、そうした抜け駆けのような生き方の中から生まれてきた言説に、どこか信用のおけないものを感じてしまうのも事実だ。そういう人にかぎって、自分に利益をもたらさないと判断した人に対しては、けんもほろろだったりする。


知性というものが、他者を否定したり、相手のやる気を挫いたりすることで、相対的に自分のポジションを確保するするために使われているとしたら空しい。それでなくても、いまの社会には、人のやる気を挫き、絶望させるものが満ちあふれている。「絆」とか「きみは一人じゃない」といったどこにも向かわない空虚なスローガンが蔓延する中、実際の人びとは出口のない袋小路へと追い込まれていく。そんな中、一人ひとりにきちんと照準を合わせた温かいまなざしほど救いになるものはない。そうしたまなざしを失ってしまったことのさびしさを、あらためて思う。


とくに知っている人もいないし、人がたくさんいるのに疲れて、途中でホールの外のソファにすわって休んでいたら、一人の男の人が近づいてきて、「もしちがっていたらすみません、ひょっとして田中さん、じゃないですよね」といわれる。「え、そうですけど・・・」というと、相手の方は、「あ、やっぱり、そうでしたか、会えてよかった」という。佐保子さんの弟さんだった。ブログを読んで会いたいと思っていたのだけど、顔もわからないので会えないだろうなと思っていたという。


「私の顔も知らないのに、どうしてわかったんですか?」とびっくりして聞くと、「なんとなく、そんな気がしたんです」という。「なんとなく」といっても、500人、いやそれ以上の人がいる中で、顔も知らず、会ったこともない人をピンポイントで当ててしまうなんて、どうしてそんなことが可能なのか。さすが佐保子さんの弟だ。弟さんは「なんとなく溶け込んでいない感じがしたし、学者さんじゃなさそうだし・・・」とおっしゃる。う~ん、そうか、溶け込んでなかったかぁ、まあ、たしかに平服といわれて本当に平服で来てしまったし、場違いなのはたしかだよなあ、と思う。


弟さんは、佐保子さんの実家でもある名古屋で「おひるね茶屋」というカフェ&ギャラリーを営んでおり、そこに辻邦生・辻佐保子記念館を作る準備をしているという。うれしいことに、そこに前のブログに書いた、届かなかったイスラエルのローソクも展示してくださるという。記念館は4月にオープンの予定だそうだ。楽しみである。


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