« 「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」 | トップページ | あの日、サイパンの鍾乳洞で »

父の遺品の絵

長い間、預けっぱなしにしてあった父親の遺品の一部をすこし前にひきとってきた。大半は本と生前の自分の書いた記事のスクラップや取材ノート(父は新聞記者だった)の類だったが、その中に大きめの茶封筒があった。中を開けると、ほぼA4サイズ大の一枚の絵が入っていた。これである。。。


Rimg0171_2


なんといっていいものか、しばらく言葉が出なかった。それは初めて目にするものだった。父には絵を買ったり、コレクションしたりする趣味はなかったので、取材の折にでもいただいたものなのかもしれない。だとすれば少なくとも30年以上前だ。絵の貼られた台紙の黄ばみも、そのくらいの年月がたっていることをうかがわせた。


「暗い絵ね」と妻がいった。たしかに気分爽快になるような絵ではない。「この絵、どうするの?」と彼女がいった。どうしよう。暗い絵ではあるが、父が遺した唯一の絵だ。しまっておくのもなんだし、飾っておこうか、そんなに悪い絵ではないよといった。えー、ますます運気が落ちそう、とのたまう妻をシカトして、パネルに入れて本棚の上に飾った。


マントをはおった白い顔をした人びとは故郷を追われたのだろうか、暗い眼窩には嘆きや絶望の陰がきざまれている。背後には夜の荒野らしき大地が広がり、夜空には星が光っている。たしかに暗いのだけれど、毎日眺めているうちに、そこに永劫にくりかえされる人びとの非業の原型が見えるかのように感じられてきて、なぜか心安らぐ気持ちにさえなってきたから不思議だ。背後に広がる砂漠や夜空も美しい。


絵は色鉛筆かパステルで描かれている。台紙には画家の名前なのだろう、松田松雄と署名があり、「民--むれ」というタイトルがついていた。何日かしてから、その名前を検索してみたところ、陸前高田出身の画家で、生涯にわたって福島のいわき市を拠点に制作をおこない、2001年に亡くなっていたことがわかった。


父はどういう経緯でこの絵を手に入れることになったのだろう。画家を訪ねたのだろうか。もし取材なら記事があるはずだが、スクラップをざっと見たかぎりでは見あたらなかった。生きることに絶望し、他人を軽蔑し、早く死にたいといつも口にし、酒を飲んで望遠鏡で星を眺めているときだけ絶望から解放されていた父が、この絵にどこか心ひかれるものを感じていたのだとすれば、それはなんとなくわかる気もする。


トマス・ドゥ・ハルトマンの弾くグルジェフの賛歌など聞きながらこの絵を眺めていると、とてもしずかな気持ちになる。この世界には業(因果)によらない出来事がたくさん起きる。人間は業にしばられながらも、ときどき非業にひっぱられて、思いもよらない運命をたどる。それは嘆きであったり、絶望であったりするのかもしれないけれど、人間存在とはそういうものなのだと知ると、すこし楽になる気もする。


ネットの情報によると、この6月にいわき市で画家・松田松雄氏の没後11年展が開かれるという。「何かに怯え行き場をなくした難民や、浜に打ち上げられた夥しい数の死体、悲嘆に暮れる家族の群像」(娘の松田文氏による)などを描いていた陸前高田出身の画家のほかの作品も見てみたい。


|
|

« 「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」 | トップページ | あの日、サイパンの鍾乳洞で »

「雑記」カテゴリの記事

コメント

 初めて知った絵ですが、たしかに暗いけどとてもいい絵ですね。画材はグアッシュですか?シベリアシリーズの香月泰男のような感じもします。真知さんのお父さんは、こういう絵がお好きだったんでしょうか。大切になさって下さい。

投稿: 元編集長 | 2012年5月24日 (木) 20時07分

絵のことはまったくわからない私ですが、何となくムンクの叫びを連想してしまいました。陸前高田といわき、どちらも大震災の被災地域なのが偶然ですね。

投稿: mari_neko | 2012年5月25日 (金) 07時48分

>元編集長さま

ありがとうございます。画材のことはよくわからないのですが、粉っぽいのでたぶん木炭とパステルだと思います。

>mari_nekoさま

こんにちは。作品が描かれたのはずっと前なのですが、震災や津波のあとで初めて目にしたのでなんともいえない感慨がありますね。

投稿: 田中真知 | 2012年5月26日 (土) 19時07分

ものすごい絵ですね。圧倒されました。
生半可な気持ちで手元にはおいておけない迫力があります。
これに比べると、私の父親など、骨董品の類いばかり集めていたので、尾形光琳だの光悦だのといったものばかりで、姿勢が全然ちがいますね。

投稿: 風観羽 | 2012年5月27日 (日) 12時39分

>風観羽さま

思いがけず絵の評判がいい?のでびっくりしています。甘さのない画風がいまの時代にしっくりくるのはたしかです。それにしても「光琳だの光悦だの」って、それもすごいですね。

投稿: 田中真知 | 2012年5月28日 (月) 17時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」 | トップページ | あの日、サイパンの鍾乳洞で »