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追悼・岩田慶治先生

文化人類学者で国立民族学博物館名誉教授だった岩田慶治先生が亡くなった。ハタチくらいの頃だったか、魂とかカミというものをどのように理解すればいいのか迷っていた時期に、「鳥のたましいは空、空のからだは鳥・・・」という、たしか『カミの人類学』にあった一節を読んで、目の前がぱぁーっと開けるような思いがした。


その後、ファンレターのようなものを出したらていねいな返事をいただき、それから浄土寺の家にお邪魔させていただいたり、旅先から手紙を出させていただいたりした。先生は、目が大きく、眉が濃く、長年の修行を経た禅者のような泰然自若とした風格をたたえていた。ふぉっふぉっふぉっという鷹揚な笑い声を聞くと、とても安心した。


岩田先生は、人間だけでなく草木虫魚がともに自由になれる空間ーーそれを彼はコスモスと呼んでいたーーを一貫して志向していた。それはエコロジーのような人間中心の思想ではなく、どこにも中心のない、生と死という境界すらもなくなってしまうような、そんな世界だったように思う。そこには戦時中、爆撃機に乗っていて仲間たちがみな死んでいく中で、ひとりだけ生き残ったという経験も関係しているのかもしれない。そのころ彼がいつも口ずさんでいたのが道元の『正法眼蔵』だったという。


岩田先生は東南アジアの研究者だったけれど、彼にとってフィールドワークとはたんなる観察ではなく、文化の糸にがんじがらめになっている自分という存在から自由になることだった。魚はしゃべらない、生きている者は死ぬ、死者は甦らない、絵に描かれた餅は食べられない、時間は流れ元に戻らない、神さまは見えない・・そういった思い込みからも自由になれるふしぎの地平を、彼は道元をよすがにさがしていた。なんて面白いものの見方だろう、自分もそんな風に旅をしたい、と思った。だから岩田慶治先生は、ぼくにとって旅の先生だった。


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日本に戻ってからはずっとご無沙汰していて連絡もとらずにいた自分がとても恥ずかしい。昔、先生がフィールドで折にふれて綴った歌をまとめたという『牆壁瓦礫集』という私家版の歌集をいただいたことがある。それを本棚の奥から出してめくっていたら、こんな歌が目にとまった。
 

生死は いづこと知らね ひたすらに わが尋ぬるは 何の幻


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「雑記」カテゴリの記事

コメント

「鳥のたましいは空、空のからだは鳥」
 すばらしいことばですね。自分で、なんだか調子がいいなと感じるときには、自分と周囲の世界との境界線がごく薄くなっている気がするのですが、そういうときって、この境地までもう一息、みたいな気がします。
 このごろ少し調子が悪かったので、このことばを教わってなんだかほっとしました。ありがとうございます。

投稿: | 2013年2月19日 (火) 19時59分

コメントありがとうございます。
それはなによりです。
周囲との境界線がなくなる感覚、私も経験あります。
スーダンの山の中にいたとき、自分の身体感覚が変わってしまい、手足が長くなって、からだがまわりにひろがっているように感じられてなりませんでした。不思議だなあと思いつつ、その感覚がとても心地よかったのをよくおぼえています。

投稿: 田中真知 | 2013年2月20日 (水) 12時27分

さっそくカミの人類学を購入し、読んでみました。ロマンチックですね。岩田先生のボルネオ船旅と真知さんのコンゴ船旅が重なるように思えます。今年はぼくも精神的に別次元のゆるりとした旅をしようと計画中です。
一昨年来、何度も被災地に足を運び、どうしても魂のことを考えさせられています。

投稿: 岡崎大五 | 2013年3月15日 (金) 17時10分

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