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2013年3月

3/30 追加トーク決定!「コンゴ・アゲイン!ーー20年ぶりのコンゴ河丸木舟旅」

先日お伝えした田中真知トークイベント「コンゴ・アゲイン!ーー20年ぶりのコンゴ河丸木舟旅」(3月31日)ですが、お申し込み多数のため急遽、
3月30日土曜日に追加トークを行うことにしました

31日と同じ会場で、時刻も午後4時半開場、5時開演です。お面の展示も午後2時頃からいたします。席にゆとりができましたので、ご興味ある方は、ぜひこの機会にぜひお越しください。ご予約は、bozenkun@hotmail.com までお願いします。(hotmailに不具合があったときは gmail のほうにお願いします。 bozenkun@gmail.com)

すでにご予約された方、キャンセル待ちの方には追ってご連絡させていただきます。もし30日のほうがいいという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。

なお、会場から歩いて1分ほどの場所に広くてリーズナブルな居酒屋もあります。終演後、お時間のある方があれば、ゆるい懇親会など行えればと思っております。

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内容は以下のとおり↓

「コンゴ・アゲインーー20年ぶりのコンゴ河丸木舟旅」

1991年の丸木舟ザイール河下りから約20年。2度とすることはあるまいと思っていた丸木舟による河下りを昨年秋思いがけずふたたびしてしまった。

グローバル化のすすんだこの20年、アフリカ中央部のジャングルの中でなにが変わり、なにか変わらなかったのか。前回は食べられなかったサルやイモムシを食べつつ、とほうなくナンセンスにして過酷な日々のなかで見たものはなんだったのか。

空の底が抜けたかのような雨、霧に浮かぶ中洲の村、役人たちとの終わりなき戦い、サルの料理、「ふれあい街歩き?」コンゴ編など写真や動画を交えつつ、コンゴ河の旅から世界や日本のなにが見えてきたかなどもふくめ、硬軟とりまぜつつお話したいと思います。

トークは5時開始の予定ですが、会場は午後1時から開いていてコンゴの仮面の半日無料展覧会をやります。ハピドラム演奏、アフリカのちょっとした物即売会(協賛・あひる商会)もあります。みなさまのお越しを心よりお待ちしています。

出演・田中真知
場所・アユミギャラリー高橋ビルB2(東京メトロ東西線神楽坂駅より徒歩1分)
http://www.ayumi-g.com/image/accessmap.jpg

追加トーク 3月30日(日)午後4時半開場 午後5時開始 (予約受付中 !)

              3月31日(日)午後4時半開場 午後5時開始 (満席)

 約2時間。会場は午後1時から5時まで無料開放で仮面の展示あり。
 トークイベントチャージ・1500円(学生1000円)ワンドリンク付き

ご予約メールはこちら↓
bozenkun@hotmail.com (hotmailに不具合があったときは gmail のほうにお願いします。 bozenkun@gmail.com)

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パッションフルーツは情熱の果物ではなかった。。。

パッションフルーツ(Passion Fruit)のパッションって「情熱」という意味ではなかったんだ。南国の果物だから、なんとなくそれでパッションというのだろうと思っていたのだけれど、このPassionは「情熱」ではなくて「受難」の意味だったんですね。16世紀、南米に出かけたスペインの宣教師が、そこで初めて目にしたパッションフルーツ(トケイソウ)の花をキリストの冠に、3本のめしべをキリストの手足の聖痕に見立てるなどして「受難の果実」と呼ばれるようになったそうだ。

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もう1つ以前から疑問だったのは passionという単語に、どうして「受難」という意味があるのかということ。たとえば、John's Passionといえば「ジョンの情熱」ではなくて「ヨハネ受難曲」だし、Passion Playといえば、べつにSMのような妖しげなものではなくて「受難劇」のこと。でも、どうして受難と訳されるようになったのか。


調べてみたら、passion の語源はギリシア語のパトスで、もともとロゴス(理性・言葉)と対照的な受動的な心の状態(つまり感情)をあらわすのだとか。ギリシア悲劇で、神々が下す不条理な運命にたいして、たとえばアキレウスのような英雄が怒ったりする、という感情がパトスだったらしい。ただし、パトスは受動的(passive)な反応であって外から降ってきた災難みたいなもので、あまりいい意味ではとらえられていなかった。アリストテレスは「ニコマコス倫理学」の中で「パトスのままに生きると・・・知識は無益に終わる」と書いている。


のちにキリストの生涯を表現するときに、このギリシア語のパトス(苦しめられた)という概念にもとづいて、ラテン語のpassioという言葉が用いられ、それが英語のpassionの語源となったということらしい。ところが、それがおそらくルネサンスの人文主義や、近代の啓蒙主義や個人主義の広がりにしたがって、それまで受動的に翻弄されることを表していたパッションという言葉が、異性や夢といったものを対象とした、「オレの熱いパッションを受けとめてくれい」みたいな、むしろ積極的な意味へと変わっていった、ということのようだ。謎がすこしとけた、なんとなく。

Ober

Passion Playで有名な南ドイツのオーバーアマガウ

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