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エジプトの行く末はどうなる?

エジプトの治安悪化に歯止めがかからない。エジプト内務省の発表だと革命以後の殺人事件の件数がそれまでの2倍に増えているという。長年カイロに暮らす友人の話でも、以前に比べて明らかにぶっそうになっていて、身のまわりでも知人がひったくりにあったり、ナイフをもった強盗に追いかけられたりという話をよく聞くという。

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革命以前のカイロは、世界でもまれに見る治安のいい都市だった。それはあの街に暮らしたことのあるひとなら、だれもが感じていたことだろう。夜中に女性が一人で歩くこともできた。外国人女性が明け方にひとりでタクシーに乗っても危ない目に遭うことは、まずなかった。こそ泥やスリはいても、強盗や殺人のような凶悪犯罪は、きわめて少ないといわれていた。

 
当時、カイロの治安の良さは、この街が大都市でありながら、じつは巨大な村のようなものだからではないかと想像していた。つまり、村のように人間同士の結びつきやコミュニティ意識がつよく、そこから生じる周囲への関心が、相互監視のシステムとして機能し、結果的に犯罪への抑止力になっているのではないか。そんなふうに感じていた。


むろん、革命前のエジプトは国家をバックとした強力な警察権力によって統治され、反政府的な言動の芽をつぶさに摘みとっているのは知っていた。けれども、その一方で、人びとのコミュニティ意識の高さが、この国の治安のよさに大きくかかわっているのではないかと、なんとなく思っていた。


ところが、革命後の急激な治安の悪化を見ると、そんな見方がじつに甘かったことに気づかされた。でも、どうして、こんなことになってしまったのか。革命後のエジプトをまだ訪れていないこともあって、なかなか納得がいかずにいた。

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そんなおり、たまたま先月、研究職にあるエジプト人のKさんとMさんと話をしたとき、どうしてこんなことになってしまったのかという話になった。Mさんは「革命後の具体的な変化として警察が携帯している銃から実弾の装填をやめた」といった。それはどういうことかと聞くと、Mさんは「革命前までは強圧的な国家権力が警察を守っていた。だから警察は強権を行使できたし、人びとは警察を恐れていた」といった。


ところが、そうした国家の暴力装置としての警察という位置づけが革命によってひっくりかえった。もはや国家は警察を守ってくれなくなった。ムバラク時代はたとえ警察が実弾を発砲して人を殺しても、バックに国家がついているので、どうにでもなった。けれども、もう警察のやることに国家は責任を持ってくれない。だから警察は強気に出られなくなったし、人びともそれをわかっているから警察を怖れなくなった。


実際、カイロの友人も、なにかトラブルが起きても警察は見ているだけでなにもしないといっていた。人びともまた警官の銃には空砲しか装填されていないのを知っている。Mさんは「警察組織そのものが内側から壊れてしまった」といった。それが犯罪の横行に歯止めがきかなくなった大きな原因だとMさんはいった。「エジプト社会がもっていたコミュニティ意識みたいなものが犯罪の抑止力になっていた気がしたのだけれど」という話をすると、Mさんは「それはいまもあると思うのだけど、ただ革命は自分たちにとってもそれまで信じていたものを根底からひっくり返すような衝撃だったんですよ」といった。

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それから話は、いまエジプトの政権を握っているムスリム同胞団がいかに無能かという話になった。Kさんは「同胞団にはヴィジョンというものがなにもない。それがこの1年ではっきりした。同胞団はひじょうに秘密主義的で、指揮系統もなぞだったし、どういう組織なのかよくわからなかった。そういうわけのわからないものに政権を取らせてしまったこと自体がひじょうに危険なことだ」といった。同胞団は地方ではそこそこ人気はあるが、KさんもMさんも「地方はカイロとちがう。地方は革命のこともよくわかっていない」と口をそろえた。


Mさんはいう。「いまのこういう時代なのに、同胞団は自分たちになにが求められているのか、まったくわかっていない。同胞団は旧政権で既得権益を持っている金持ちたちに対してなにもできない。彼らの支持を失うことを怖れているから。だから経済政策はゼロ。エジプトの官僚や政治家の給料なんて日本の大臣より高いですよ。カイロのシティマーケットではコーヒーが一杯1000円です。格差は広がるばかり。物価はすごい勢いで上がっている。それに対して同胞団はなにもできない。官僚も同胞団のために働きたいとは思っていないから、両者の関係性はとても悪い」


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二人は、同胞団にはヴィジョンがない、とくりかえした。「ナセル革命のときは国をどういう方向へ持っていこうかという思想がありました。あの頃はすぐれた思想家もいろいろいた。でも、それがサダトの時代に空っぽになった。そのあとを次いだムバラクも空っぽ。そこに出てきたのがイスラム主義者。思想的空白にイスラム主義者が食い込むかたちになった」とKさん。「今回の革命にも、欠けているのは思想なんです。ネットはたしかに革命の起爆剤にはなった。でも、ネットは運動を起こすことはできても、思想を伝えることはできない。まだエルバラダイやムーサのほうがヴィジョンがあった。モルシーが大統領に選ばれたのはアメリカの差し金ですよ。ハマスとのパイプにするための・・・」


Mさんは「でも、こうした状況が明らかになったいま、エジプト人は、いままさに自分たちが当事者として国のことを考えるようになりました。エジプト人は、これまでそんなに政治に関心がなかったんですよ」といった。「ええ、そうだったんですか?」と聞くと、「そう、エジプトはね、政治の国じゃないんです。テクノクラートの国なんです。だから、そのテクノクラートを生かすためのヴィジョンが必要なんです」という。Kさんもうなずいた。


「でも、いいこともあるんですよ。同胞団がいかに無能かがこの1年ではっきりしてきて、それでうんざりして同胞団をやめた若い人たちがたくさんいる。彼らが、同胞団の内情を外部にリークしたことによって、やっと同胞団がどういう組織なのかを国民が知るようになった。それはいいことだと思いますよ。いいことなんだけれど、そこから新しい状況が展開するか、その前に経済が破綻してしまうか・・・そこがむずかしいところです」とMさんはいった。


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コメント

んーちょっと違う。ムスリム同胞団はCIAのextensionなんですよ。あとはわかりますねw

投稿: 通行人 | 2014年10月12日 (日) 03時26分

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