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「あの日、僕は旅に出た」、蔵前仁一さんの30年

蔵前仁一さんの新刊「あの日、僕は旅に出た」(幻冬舎)が出た。この本は、「ゴーゴー・インド」「ゴーゴー・アジア」「ホテルアジアの眠れない夜」など数多くの著書、「旅行人」誌などで、いわゆるバックパッカースタイルの旅好きの水先案内ともいえる役割を果たしてきた彼のさまざまな旅、出版社の立ち上げ、そして旅行人誌の休刊にいたるまでの30年の歴史をふりかえった自伝的作品だ。1990年代初めに蔵前さんとナイロビで出会い、その後「旅行人」に長く書かせてもらった身としては、数ある蔵前さんの本の中でも、とりわけ感慨深い作品だった。

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本の初めのほうでは蔵前さんが仕事をやめてインドに旅立つまで、そして帰国していわゆる「インド病」になり、中国やアジアの旅を経て、ふたたびインドを訪れ、1986年の処女作「ゴーゴー・インド」が出るまでの経緯が記されている。「ゴーゴー・インド」は、それまでのインドを語るときに使われていた重苦しいスピリチュアル系の文体から、インドを解放してくれたエポックメイキングな本だった。それまでインド本といえば、大半が精神世界よりの自分探し的なものが多く、著者の投影した思い入れの中を歩かされているかのようなものが多かったからだ。


だが、「ゴーゴー・インド」はちがった。この本は、そうした精神世界系の物語からインドを解放してくれた。自分の思い入れを通して物事を受けとるのではなく、見たり聞いたりしてストレートに感じた驚きや疑問を、これまたじつにストレートな文章で表現する。それはあたりまえのことのようでありながら、ことインドに関してそうしたストレートなまなざしで向き合い、文章にした本はそれまでなかった。しかし、それこそがインドを旅したことのある人ならだれもが感じるリアリティーだった。自分の内面をぐるぐるさまよっているかのようなインド本にくらべて、「ゴーゴー・インド」には猥雑にして絢爛たるインドのリアリティーが鮮やかなまでに生き生きと写しとられていた。


インドばかりではない。蔵前仁一の文体は、旅そのものを、それまで旅につきまとってきたあらゆる物語や神話から解放してくれたのだ。むかし、安宿には何年も旅を続けているようなオヤジが若い旅行者に説教している場面が見られたものだ。だが、そういうオヤジが語りたがる「旅とはかくあるべきだ」「そんな旅は本当の旅ではない」的な説教に対して彼は距離を置く。一方、日本では、旅をしているというと「そんなのは人生を棒に振るようなものだ」「現実から逃避せずに、もっと人生をまじめに生きなさい」と決めつけたがる人もいる。そういう見方に対しても、彼はちがうんじゃないかという。


いずれにしても旅をなにかの枠に押し込めるような見方に彼はつねに首をふってきた。彼の書くものから伝わってくるのは、そうしたこわばった見方や先入観から、自分たちの考え方を自由にしてくれるからこそ旅は面白い、ということだった。そして、そういう彼の旅へのスタンスが幅広い世代の大きな共感を呼んだのだ。


この本の中で蔵前さんは書いている。「長い旅をしているというと、よくいわれたのが次の質問だ。それがいったいなんの役に立つのだ? ネパールがインドの北にあることを知っているのがなにかの役に立つとか、アフリカでクーデターが起きていることを知ることが世渡りのためになるわけではない。しかし、世界を知ることができる。世界をリアルに感じとることができる。それだけで十分なのだ。なにかの役に立つから旅行をしているわけではない。何度そういっても、なかなかわかってはもらえなかった。そいう意味では旅行者は孤立していたし、インターネットのない時代では簡単に情報を交換することもできなかった・・・」それがのちの「旅行人」の前身となるミニコミ誌「遊星通信」をつくるきっかけとなったと、彼は書いている。


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この本の後半は「遊星通信」を「旅行人」という名前に変更し、出版社を立ち上げ、「旅行人」を隔月刊で出しつつ、数々の単行本やガイドブックを出し、さまざまな転機を経て、最終的に旅行人誌の休刊を決断するまでの話だ。これは、これまで語られたことのなかった出版社の経営者としての蔵前さんの話である。それは新鮮な驚きに満ちた若き日の旅の話にくらべると地味で苦いエピソードも多い。もっとも、そこは軽快な文体のおかげですんなり読めるのだが、個人的には、この後半こそが、この本のいちばんの読ませどころのような気がした。


旅には、テイクオフとランディングという2つの面がある。テイクオフは文字どおり、日常をぬけだして旅立つことだ。それはたとえ苦労の多いものであっても、輝きに満ちた特別な時間である。人が旅に出たいと思うのは、あるいは、旅について書かれたものを読みたいと思うのは、この非日常的な輝きにふれたいからだ。けれども、どんな旅にも帰還、つまり日常的な現実への着地がある。じつは、長旅をしてしまった旅行者にとって、このランディングこそがなによりむずかしい。自分も含めて、このランディングでつまずいてしまう人は少なくない。ランディングできないまま、着地点を求めていつまでも上空をぐるぐるまわりつづけているような人もいる。だが、そんな旅人のランディングについて書かれた本というのはほとんどない。


この本の後半は、いわば蔵前さんが旅行人という雑誌をとおしたひとつの現実へのランディングの物語だ。グラフィックデザインをしていたとはいえ、会社経営についてはずぶの素人だった彼が出版社を立ち上げ、手探り状態でコンピューターによるDTP化を進めていく。同時に人件費や諸費用や流通経費をふくめた制作費を割り出し、営業活動を行い、資金繰りを考え、銀行に借金を申し込みといったことを行うことが、どれほどたいへんだったか、この本を読むとよくわかる。そんな地道な作業を行いつつ、月刊誌を刊行し、人の本の編集を行い、ガイドブックをつくり、さらにほかの出版社から出す本も書きつづけてきたのだ。この本に書かれているようなたいへんさは、本人からたまに聞いてはいたが、こうしてまとめて読むと壮絶である。


しかし、いろんな試練や苦難もあり、苦労して会社を維持することに疑問を覚えた彼は、思い切って会社を縮小する。旅行人誌もカラーをふんだんに使った大型の特集を組むという形に生まれ変わる。こうしてつくられた季刊旅行人は、そのデザインワークのすばらしさといい、内容の濃密さといい、特集のコアさといい、他に類のないものだった。それは世間の需要や要望などは関知せず、蔵前さん自身が「僕が興味のある場所やテーマを中心に特集を組み続けてきた。どんなマイナーな場所でもいっさいおかまいなし」に「それ一冊で資料にもなり、保存版になるような見ごたえある特集。他の雑誌で取り上げられない国や地域を、読みごたえのある分量で特集する」という方針をとったがゆえに実現したことだ。だが、その季刊旅行人もそれから7年後に休刊。23年間、165号にのぼる歴史が幕を閉じる。


この本には教訓めいたことはいっさい書いていない。新たな旅の文体をつくりあげ、それを発表する媒体を確立し、さらに出版社をたちあげて・・・といった、ある意味では旅のひとつのスタイルをつくりあげた著者の記録でありながら、ここには「こうやって努力してきたからいまの私がある」的な話などもちろんない。「強い意志や努力や行動力によって夢を実現しました」的な話もまったくない。「私にとって旅とはこういうものなのだ」的な話もない。


でも、それこそが蔵前仁一の魅力なのだ。「自分がおもしろそうだなと思ったことにただ一歩を踏み出す。うまくいくときもあればいかないときもある。それだけのことだ」と彼は書く。そうなのだ。旅立っても旅立たなくてもいい。たまたま自分は旅立った。そうしたら楽しかった。だからもっと旅をしたい、そのおもしろさを人に伝えたいと思った、でも、それには自分がおもしろいと思えないと意味がない、そういうことを、彼は徹底してきただけだ。そして「できることはみんなやっちゃったよな。アジア・アフリカを長く旅したときにイメージしたことはだいたい実現した」。だから、彼は旅行人の休刊を決めた。


おそらくこの先、旅行人のような旅の雑誌がつくられることは二度とないだろう。これほどぜいたくで、読者にも時代にもこびることなく、旅の楽しさをとことんつきつめた、楽しくて、深くて、おそろしく手間のかかる雑誌など、だれもつくろうとするひとなどいないだろう。それがわかるだけに旅行人が休刊になったことは、やはりさびしい。さびしいのだけれど、それはまた蔵前さんにとって新しいテイクオフにつながることなのだと思う。彼も書いている。「なにかをやめたからといって、することがなくなるということはない。また新しい何かが始まるだろう」と。それは旅をするぼくたちにとっても同じことだ。旅行人誌がなくなったって、旅は終わらないのだ。それじゃあ、また旅に出ようか。

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コメント

四半世紀前ゴーゴーインドを読みました。田中真知さんと同じような感想を持ったものです。それがきっかけで貴方の「アフリカ物語」も読みました。
 総合病院を辞し、町医者として忙しく働き、いつの間にか前期高齢者になって何年か過ぎました。先日、本屋で蔵前仁一さんの「あの日僕は手美に出た」を見かけ手に取り、忘れていた感覚を思い出しています。今も旅の途上に生きて居られるようで、お二人に心からエールを送りたいと思います。

投稿: arz2bee | 2013年7月21日 (日) 15時06分

arz2beeさま 四半世紀前。。もうそんなになるのですね。拙著もお読みいただき、ありがとうございました。蔵前さんの「あの日、僕は旅に出た」はあの時代に旅をした人たち、旅に憧れた人たちにとっては、ひとつの時代の空気を感じさせてくれる本だと思います。
エール、心よりうれしく受け取らせていただきます。ありがとうございました。

投稿: 田中真知 | 2013年7月22日 (月) 11時33分

はじめまして、真知さんの文章の隠れ?ファンをしているスズキと申します。私は真知さんより一回り半程若く、旅の経験もとても少ないのですが、蔵前さん(あるいはその文章)に対する印象は、真知さんがここで書かれているものと割と近いのかも知れないなと思いました。「平熱の人」、蔵前さんに対する私の勝手な印象は一言で言えばそうなります。多くの人と同様「深夜特急」に魅せられてバックパッカーの真似事をした私にとって、蔵前さんの書かれるものは良くも悪くも非常に冷めて感じられました。事実としてそこに書かれている非日常な出来事とは対照的に、それを書く視線はとても日常的で地に足が着いているとでも言うのでしょうか。正直それが物足りなく感じることもあったのですが、そんな方だからこそ、真知さんの言うランディングにも(当然色々な困難はあったとは思いますが)成功できたのではないかと思ったりしています。長々と失礼しました。表面的にはランディングしているものの、まだテイクオフの興奮を忘れられない自分にとって、とても親近感を覚えるお話だったので。

投稿: スズキ | 2013年9月14日 (土) 23時59分

スズキさん、コメントありがとうございます。平熱の人! 言い得て妙です。蔵前さんは旅のドタバタをおもしろおかしく書くタイプの書き手でもなければ、旅の非日常的な高揚感を熱く訴えるというわけでもありません。むしろ体験を淡々と分析することで、われわれが抱えている先入観や思い込みが、じつは根拠のない、脆弱なものであることを提示してくれるというのが彼の面白さだと思います。冷めている、といえばたしかにそうですね。だからといって彼の中に熱がないわけではないとは思うのですが(でも微熱でも、高熱でもないな。。)。「平熱の人 蔵前仁一」、これからのキャッチコピー?にならないかな。本人のいないところでなんですが笑。。。

投稿: 田中真知 | 2013年9月15日 (日) 11時41分

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