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中国武術研究家の松田隆智さんの訃報

中国武術研究家の松田隆智さんが亡くなった。中学生のとき、サンポウブックスから松田さんが出した初めての著書「太極拳入門」「少林拳入門」を読んで、こんな武術があるのかと衝撃を受け、ファンレター、というかほとんど入門志望レターを書いたことがある。当時はブルース・リーの映画が大流行していて、たいてい学校でヌンチャクを振り回しているやつがいたが、そうしたカンフー映画とはちがった伝統的な武芸の系統があることに驚いた。陳家太極拳の使い手が主人公で、松田さんが監修をつとめていた雁屋哲原作のマンガ「男組」は当時の自分のバイブルだった。


中国拳法の打撃法である「発勁」という技法を初めて紹介したのも松田さんだった。松田さんは発勁についてかなり神秘めかした書き方をしていた。それがのちに彼への批判にもつながることになったのだけれど、あの頃は松田さんの著作以外に、日本語で中国の伝統武術の流れや技術を解説した資料がなかった。実際は戦後、台湾から蒋介石の文化使節ということで日本にやってきた王樹金などの武術家もいたのだけれど、その技術は一部の人たちにしか伝えられず、しかも広く公開されなかった。文献とみずからの修行経験をもとに中国武術の歴史や技法をていねいに解説してくれたのは松田さんだけだった。


そんな松田さんと20代の初め頃、この前亡くなった吉福伸逸さんが主宰していたC+F研究所で偶然顔を合わせた。1980年代の初め頃だ。松田さんは武術の世界にいたけれど、密教などへの関心もつよく中沢新一さんのチベットでの密教修行にあこがれていて、「オレは本当はああいうことをしたかったんだ」とぼつりともらした。「ぼくむかし、松田さんにファンレター書いたんですよ」とほろ酔いだった松田さんにいうと、「そうなの? オレあのころ、身を隠していたからね」といった。松田さんはこのころ、ときどきC+Fに出入りしていた。吉福さんにはとくに敬意をはらっていて、たしか対談もしていた。松田さんは「武術は殺人術、精神論はあとづけ」といっていたけれど、実際はけっこう生臭い武術や格闘技の世界よりも、中国武術をとおして身体論や精神論を深めたいという欲求が強かったのかもしれない。


その後、松田さんからなんどか電話をいただいた。中国武術の新しい雑誌を出すことになったので編集長をしてほしい、という話だった。ただ強くなればいいみたいな雑誌にはしたくないんだよ、中国の武術は文化なんだ、その精神性や文化のことをわかっているひとに編集をしてほしいんだ、といわれた。ありがたい話だったけれど、結果的には断ってしまった。自分の関心がすでに中国武術以外のものに向いていたし、内心それならなぜあれほど真剣に書いた手紙にひとことでも返事をくれなかったのか、という気持ちもちょっぴりあった。親しい人たち向けにやっている練習にも誘われたけれど、遠かったのでいちども行かなかった。以来、松田さんと会うことはなかった。


数年前、近所の太極拳教室に通うようになった。太極拳とよばれるものを自分でやるのは25年ぶりくらいだった。昔は習うことはおろか、目にすることすら不可能だった陳式太極拳を若いひとたちが自由に演じたり、発勁という言葉をオバちゃんたちがふつうに使ったりするのを見るにつけ時代は変わったなあと感じる。でも、あれほど集めた松田さんの本や中国武術関係の本も、引っ越しをくりかえすうちに見あたらなくなってしまった。なぜか一冊だけ残っているのは「丈夫な体をつくる東洋の秘法」という松田さんの書いた健康法の本だ。


でも、押し入れの奥をさがしたら、松田さんが1977年、解放されてまもなかったラダックを旅したときの紀行文が収められた古い雑誌を見つけた。吉福さんもかかわっていた The Meditation という雑誌だ。カバーデザインは横尾忠則、巻頭は篠山紀信と細江英江らが撮影した舞踏家の大野一雄や田中泯の写真、執筆者は小中陽太郎、諏訪優、片岡義男、山尾三省、J・G・バラード、松岡正剛、星川淳などいまとなっては考えられない布陣だ。


松田さんの文章の中には武術の話はひとことも出てこない。ジープをチャーターしてゴンパ(チベット仏教寺院)めぐりをしたときの興奮や、旅の途上で出会った少年僧とのエピソードや、アルチ寺で瞑想をしたときのことなどが、淡々とつづられている。時代を感じさせる、なんてことのない旅行記なんだけれど、彼のチベットの密教世界への素朴なあこがれが伝わってきて、「オレは本当はああいうことをしたかったんだ」といったことばを思い出した。でも、きっと松田さんはその後、武術をとおしてそういうことをしてきたんだと思う。

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先日の吉福さんのメモリアルのときに、じつは松田さんも来ているかもしれないと思ってまわりを見回した。そのとき数年ぶりに松田さんのことを思い出したのに、それから数日後の訃報を聞いてなんともせつない。

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コメント

松田隆智さんが亡くなったのは今日しりました。
拳児を読んで中国武術を学ぶきっかけになりましが、中国武術の指導者でも拳児がきっかけになった方が多いので影響がすごいですね。
そのおかげで道場ができて中国武術が身近になったのは良い事です。

投稿: 名無し | 2013年9月22日 (日) 04時35分

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