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ハンナ・アーレントーー沈黙と思考停止の間

評判になっている映画「ハンナ・アーレント」を見た。重い内容なのに、どうして人気があるのか不思議だったが、半世紀後の現代にまさに重なるテーマを扱っているからなのだな。


収容所経験のあるドイツ系ユダヤ人のアーレントは、1961年にナチス戦犯のアイヒマンを裁くエルサレム裁判を傍聴。その傍聴記録をニューヨーカー誌で発表したところ、ユダヤ人からの猛反発に合う。いまでいうところの「炎上」だ。


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歴史的な事実なのでネタバレということもないだろう。アーレントの指摘は2つ。ひとつは悪の権化と見なされていたSS幹部のアイヒマンは、じつは上からの命令を忠実に実行するだけの、悪意すらない、思考停止した平凡な役人に過ぎなかったこと。もうひとつは、ユダヤ人の大量虐殺にナチスに協力した一部のユダヤ人指導者層もからんでいたこと。この第2の点がユダヤ人たちの逆鱗にふれ、彼女は友人や世間から総スカンを食う。


いまアーレントの指摘を冷静に受けとれば、それは事実を明らかにする学問的作業であり、ユダヤ人を批判するものではないことは、映画を見ている観客にも伝わってくる。すくなくとも、この映画を見てアーレントに激怒する観客がいるとは想像しにくい。しかし戦後まだ15年しかたっていなかったこの時代には、いかなる形であれユダヤ人の責任を問うことはタブーであった。600万ものユダヤ人が殺されたのに、おまえはその悲しみにさらに塩を塗り込もうというのか、というおよそ感情的な反応が世の中を覆っていた時代だったのだ。

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いまこのような映画をつくることができたのは、アイヒマン裁判から半世紀以上たって、そうした感情的な反応から彼らもまた解放されたということなのだろうか。エンドロールにはイスラエルの教育省をはじめユダヤ機関の協力があったことが書かれていた。その一方で、ホロコーストのような大きな問題ではないにせよ、いまや、なにか世間の大きな感情を逆なでするようなことをいうと、ネットの浸透もあって激しい反発や炎上がかんたんに引き起こされる。劇中アーレントが語っていたように「読みもしないで」批判したり、あるいは同調したりするのも、すっかりおなじみだ。


世界の各地ではテロや戦争や天災や人災による大量死が起きている。無限につづくかに思われる犠牲とそれにともなう悲しみ。その前ではひとはどうしても沈黙せざるをえないし、そこには死者に対する敬意や哀悼も多分に含まれているのだと思う。だが、敬意から発した沈黙が、思考しようとする他者の声をも沈黙させ、思考停止をうながす無言の圧力になるとしたら、それはやはり暴力だ。「ハンナ・アーレント」はそんなことを考えさせられる作品だった。

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

見ました。
最初は目の前で「満席」となり、騒然として大声も上がる岩波ホールエントランスの様子に(ほとんどが中高年)この映画の人気はいったいどういうものなのか逆に興味がわきました。

再訪して、映画が自分の中に落ち着いてきた頃、ある方のブログを読み、ああ、これはまさに自分を言い当てていると思いました。
http://mina5east.blog.fc2.com/blog-entry-67.html

私もパターン化した毎日の中に安穏と暮らし考えることをせず、おっしゃるように見聞きした悲惨さを前に沈黙する一人だと。

アイヒマンが生まれながらの悪魔のような人間なら誰しも納得できたことが、凡庸な人間であったということが却って空恐ろしく思えるのです。

>snowyさま
「悪の凡庸さ」とはアーレント以前にもマックス・ヴェーバーが述べています。合理的な官僚制が完成した場合、そこに善悪の判断などはなくなり、システムの維持だけが自己目的化する。いまの日本もそんなかんじですね。

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