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作曲者偽装の物語

作曲偽装の件、というより作曲者偽装の件というべきか。今回の佐村河内氏のゴーストライター事件は科学論文の剽窃や、データの改ざんとか、あるいはオレオレ詐欺といったこととは本質的にちがう。作曲者がちがっていても曲がかわるわけでもないし、パクリがあったわけでもない。それでもCDが回収されネット配信も禁止されてしまうのは行き過ぎの気もするのだが、それは結局、音楽そのものよりも、曲をめぐる物語のほうがマスコミや人びとの関心事だったということなのだろう。


音楽にしてもなんにしても、いまひとの興味をひくのは、対象それ自体より、むしろそれをとりまく物語やイメージのほうだ。だから感動商法が横行する。曲そのものの感動より、曲をめぐる物語から感動をひきだすほうがたやすい。中でも、いちばんわかりやすいのがヒューマンドキュメントだ。ハンデを乗り越えて大きな仕事をなしとげた的な物語は好まれる。そのことと作品の出来とは本来関係ないのだが、おうおうにしてその感動が作品に投影される。だから物語のうそがあばかれると作品の存在まで否定されてしまう。

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五木寛之に「海を見ていたジョニー」という短編がある。ベトナム戦争から帰還したジャズピアニスト、ジョニーの話だ。戦場で人を殺してしまったジョニーは、自分にはもういい演奏などできるはずがないといってピアノにふれようとしない。そんなことはない、ぜひ演奏を再開してほしいという親友の前で、ジョニーはピアノを弾く。それは鬼気迫る演奏で、友人はいままでで最高の演奏だったとジョニーに伝える。ところが、ジョニーは、もしきみがこれを本当にいい演奏だというのなら、オレにはもう音楽なんて信じられないといい、かれは結局、自殺してしまう。


学生のころ、この作品を気に入って、ベースを弾いていた友人に「これいいよ」と貸したことがある。しばらくして本を返しに来た友人に「どうだった?」と聞くと、「ひどい話だな。ジャズのことがぜんぜんわかっちゃいない。いい人間でなくちゃいい演奏ができないなんていったらチャーリー・パーカーやバド・パウエルはどうなるんだよ」といった。


いい音楽はいい人間から生まれる。音楽にかぎらず、スポーツやほかのジャンルでもそうだと思うが、すぐれた人間だからこそすぐれた作品や仕事が生み出される、すくなくともそうあるべきだ、そうあってほしいという願望が日本人の中には根強い。

いい作品と、それをつくった人間がむすびつけられることで物語が生まれる。それはベートーベンに代表されるような、苦難と試練を乗り越えた克己と努力の果てにこそ傑作が生み出される、といった物語だ。だから、成功した芸術家や作家が文化人や識者と見なされたり、偶像化されたりしていく。今回の件は、そうした物語への大衆の潜在的渇望を作曲者が積極的に利用し、マスコミや消費者もそれにのっかって起こった。その意味では、みなが共犯者なのかもしれない。

ジョニーの演奏が親友の心を動かしたのは、ジョニーが人を殺した自分について深く悩んでいたからだ。ひとを殺したことへの深い後悔や葛藤、その真摯な人間的な苦悩がかれの演奏にすごみを与えることになった。そのことに気づく前にジョニーは命を絶ってしまった。だから、この話は悲しく美しい。でも、それもまた物語だ。

作曲者偽装の当事者たちもまた、苦悶や葛藤の中で作品を世に出した。それもまた小心と不安にさいなまれたじつに人間的な葛藤であったはずだ。でも、そういう物語は歓迎されなかった。

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コメント

 音楽家をイメージで売るというのは、なにも今始まったことではなく、藤圭子にしても、多数ありますね。クラッシック音楽で思い出したのは、ドラマ「ロング・バケーション」。若きピアノ講師(木村拓哉)を、そのルックスだけで売る出そうとするレコード会社が登場します。「実力がないのがわかってしまうから、コンテストには出るな」と説得します。
 五木寛之も「著者近影」のイメージで売った作家です。嵐山光三郎は「顔文一致」と評しました。それはそうと、真知さんにケンカを売る気はないが、五木の音楽小説は何作か読んだが、ゴミだという印象だから、真知さんの友人の感想に近い。

投稿: 前川健一 | 2014年2月 8日 (土) 10時59分

西洋クラシックの世界でも、リストなんて演奏会場に白馬に乗って登場し、自分の横顔が斜めから見えるようにピアノをおいて演奏したというし、昔から音楽にイメージ戦略はつきものでしたね。作家もそうか。たしかに五木寛之の著者近影はよく目にしたな。五木の音楽小説、ほかには読んでいないのでケンカにはなりません。

投稿: 田中真知 | 2014年2月 8日 (土) 11時33分

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