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2015年1月

日本人人質事件をめぐるハッサン中田さんの緊急会見

イスラム国の日本人人質事件についてイスラム学者・ハッサン中田考さんの会見が、本日(1/22)日本外国人特派員協会で行われた。午後にはイスラム国での取材を3回行っているジャーナリストの常岡浩介さんの会見も行われた。人質の2人の殺害予告時刻がせまる中での緊急会見であり、イスラム国とのパイプのある数少ない人物からの提言ということで、会場にはほとんどのテレビ新聞メディアがつめかけていた。

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会見の様子はYouTubeでもあげられているが(あとのほうにリンクをあげます)長いので、ハッサン中田さんの会見の内容と背景を要約して説明します。中田さんはイスラム法学・神学を専門とする元同志社大の教授で、みずからもイスラム教徒。「クルアーン」の日本語訳もされている。外務省の専門調査員としてサウジアラビアに駐在していたこともあり、外務省の求めでカタール政府と交渉してタリバーンの幹部を日本に招聘したこともある。中東から東南アジアにいたるまで、スンナ派、シーア派にかかわらず膨大な友人や研究者の人脈をもっている。外務省とイスラム主義者と呼ばれる人たちとのパイプ役を果たせる数少ない、というかほとんど唯一の日本人である。


その中田さんからイスラム国の日本人人質の救出について提言をするというのが、今回の会見の主目的だった。だが、その前に今回の事件との中田さんのかかわりについて会場でわたされた資料や週刊ポスト誌(2014.12.5)に掲載された記事などをもとに、かんたんに説明しておく。


中田さんは1980年代後半から90年代初めにかけてのカイロ留学時代に、現在のイスラム国司令官になっているウマル・グラバー氏の知人らと交流し、その後、イスラム国成立以前のウマル氏と友人として、また研究のための交流を重ねてきた。


昨年8月、湯川さんがシリアでイスラム国に拘束されてまもない8月26日、ウマル氏より中田さんに連絡があった。現在拘束している湯川さんの裁判をイスラム法に基づいて行いたい、ついてはイスラム法がわかり、アラビア語ができる人をお願いしたい、裁判がイスラム法にのっとって公正に行われたことを証明するための証人としてジャーナリストも連れてきてほしいというものだった。


これは緊急に対応したほうがいいということでイスラム法学者であり通訳のできる中田さんと、同じくイスラム国での取材歴のある常岡浩介さんが早急にイスラム国入りをすることにした。その際、中田さんは外務省にも協力を要請する。トルコからシリアへ入国する際、命の危険があるのでトルコ政府に協力をもとめてほしいこと、シリア政府軍による空爆が予定されているので一刻も早い日本出国とシリア入国の手はずをととのえてほしい、というものだった。


だが、外務省はこれらの要請を却下。シリアは退避勧告が出ているから行かないでほしい、行くなら自己責任でといわれる。結局、すべてを自分たちで手配し、旅費も自己負担した。このため時間がかかり、出国できたのはウマル氏の連絡から一週間後だった。イスタンブールの空港には大使館員のスタッフがまっていて、外務省は救出にかかわりをもたない旨を確認されられる。外務省からトルコ政府への協力要請もなかったので、移民たちを乗せたローカルバスでの移動になり、空爆のはじまる危険が刻々と迫る中、シリア国境をこえてやっとイスラム国入りをはたす。


そこで会ったグラバー氏は、湯川さんに身代金を要求することや、見せしめに殺害するといった危険はないし、人質解放の可能性は高いといわれる。湯川氏にも面会できるはずだった。ところが、時間がかかりすぎたため、到着してまもない9月6日にシリアのアサド軍による過去最大の空爆が始まり、湯川氏を拘束している責任者とも連絡がとれなくなる。やむなく9月14日に中田さんと常岡さんはトルコに引き返した。すみやかに外務省の協力がえられて、もう少し早く現地にたどりつけていたら助けられたかもしれなかった。


このシリア行きから帰国して3週間ほどたった10月7日、中田さんは突然公安警察から家宅捜索を受け、パソコンやスマートフォン、アラビア語の文献などを押収される。北大生のイスラム国への渡航を助けたという嫌疑で「私戦予備・陰謀」という、これまで実際に適用された例のない容疑をかけられ被疑者とされる。北大生事件についてはここではふれないが、それによって中田さんは以来、実質的に身動きのとれない状態になってしまう。メディアでの発言も控えて、迷惑がかかることからパイプのある司令官ともコンタクトを避けていた。しかし、今回は急を要することであり、人命がかかっていることなので会見ならびに提言をすることにした、というのがこれまでの背景である(長くなってしまった。。)。


ここからは会見での中田さんの発言の要点を引用します。


「今回の事件は安倍総理の中東歴訪のタイミングで起きた。総理自身はこの訪問が地域の安定につながると考えていたが 残念ながらバランスが悪いとおもう。訪問国が、エジプト、ヨルダン、イスラエル、パレスチナとすべてイスラエルに関係する国。イスラエルと国交をもっている国自体がほとんどないことを実感していない。そういう選択をしている時点で、アメリカとイスラエルの手先とみなされ、難民支援・人道支援としては理解されがたい。現在、シリアからの難民は300万人といわれ、その半数以上がトルコにいる。そのトルコが支援対象から外れているという時点でおかしい。


「日本人2人がイスラム国に拘束されていることは政府も把握していた。それなのにわざわざイスラム国だけをとりあげて、対イスラム国政策への支援をするという発言は不用意といわざるをえない。中東の安定に寄与するという発言は理解できるが、中東の安定が失われているのはイスラム国が出現する前からのこと。


「テロリストの要求をのむ必要はもちろんないが、そのことと交渉のパイプをもたないこととは別の問題。たとえ無条件の解放を要求するにしても、安全をどのように確保するのか。その間、空爆を停めることができるのか、だれがどこに人質を受け取りに行くのか。だれと交渉するのかといったさまざまな問題がある。これまでにもこうしたときに仲介者の偽物が現れてアメリカがだまされるというケースもたくさんあった。正しい相手と正しく話さなくては話にならない。


「ここからは私個人の提言をしたい。それはイスラム学者、イスラム教徒としての立場でもあり、同時に日本国民としてアメリカにも日本にも受け入れられるぎりぎりの提言でもある。総理はイスラム国と戦う同盟国の側に人道援助をするといっているが、この論理は同様にイスラム国にも適用されるべきだと考える。


「現在のイスラム国の前身はイラクのスンナ派のイスラム運動。彼らはアメリカ軍によってイラクが攻撃されたことを自身の体験として覚えている。サダム・フセイン政権が倒れたとき、彼らもふくめてほとんどのイラク人は米国軍を歓迎していた。それが数ヵ月で反米に変わった。空爆でとくに女性や子供たちが殺され、それに対してアメリカがまったく補償をしていないことへの怨嗟があり、それがいまもなおくり返されている。イスラム国が行政の責任をもっている地域で多くの人たちが空爆によって殺されている。


「私としては、テロリストの要求に屈して身代金を払ったというのではなく、それをイスラム国の支配下にある地域の国内避難民に対する人道的支援のために支払うという形にできればと思う。それにあたってはトルコに仲介役になってもらって赤新月社(国際赤十字)を通してやってもらう。それではテロリストに対する支援になってしまうのではないかという質問もあったが、イスラム国、あるいはイスラム国の前身であるヌスラ戦線が、ここまで支持を広げた大きな理由は、軍閥や民兵集団とちがって彼らが援助金や物資を公平に人びとに分配したから。それを信じてかれらにまかせる。これがいちばん合理的で、われわれとイスラム国側の、どちらの側にも受け入れられるぎりぎりの線ではないかと思う。


「最後に、イスラム国にいる私の古い友人たちにメッセージをおくりたいと思います。はじめは日本語で、つぎにアラビア語で呼びかけます。ウマルさんへ、イスラム国の友人、知人たちへ。日本の政府に対して、イスラム国が考えていることを説明し、こちらから新たな提案をするから待ってください。でも、72時間はそれをするには短すぎます。もう少し待っていただきたい。もし交渉ができるようでしたら私自身イスラム国へ行く用意もあります。1月17日にヤズィーディー教徒350人を人道目的で解放したことも知っています。それを私も評価していますし、印象もよくなっています。日本人を釈放することがイスラムとイスラム国のイメージをよくするし、私も、日本にいるすべてのムスリムもそれを望んでいます。72時間は短すぎます。どうか聞いていただければ幸いです。


動画はこちらです。

【アーカイブ動画】イスラム学者・中田考氏が緊急会見
(アラビア語メッセージは31:20くらいから)

【アーカイブ動画】ジャーナリスト・常岡浩介氏が緊急記者会見


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パリの新聞社襲撃事件に思う

パリの新聞社襲撃事件をめぐって風刺ということについて思う。アラブ世界でも風刺は盛んだ。エジプトには伝統的にノクタという伝統的な風刺ジョークがある。これは権力者を揶揄したり、あるいは自分たちの愚かしさを笑ったりするものなのだが、おおまかにいっても、それは弱い立場にある者たちが強い立場にある者を揶揄するものだ。


でも、今回の事件のきっかけとなった風刺は明らかに方向が逆だ。その視線は欧米的価値観というグローバルスタンダードをバックに、マイノリティーで非スタンダードな(と見なされている)ムスリムへと向けられている。それは風刺でも表現の自由でもなく、差別であり偏見の助長だ。イスラムはタブーを明確に規定している宗教だ。そのタブーは宗教の根幹をなしていて、それを揶揄するのは、ムスリムにとっては暴力でしかない。


もちろん、ほとんどのムスリムは今回の銃撃事件に深い憤りと憂慮をおぼえているだろう。と同時に、ほとんどのムスリムは預言者が風刺のネタにされることをけっして納得などしていないだろう。「自由」の名の下に行われる差別。カトリックの修道尼がベールをつけているのはオーケーで、ムスリム女性がつけるととれといわれることの矛盾。そういうカッコつきの「自由」が風刺されたことはあるのだろうか。


グローバル化の時代、ニュースはあっという間に世界中に広がる。預言者をネタにするジョークが「表現の自由」を重んじる共通のコンテクストをもった仲間内だけでいわれるのなら、こんな大ごとにはならなかっただろう。しかし、いまはそんな情報が、たちまちグローバルにひろがって、しかも、それが異なるローカルなコンテクストの中で解釈される。その解釈から呼び起こされた憤りが、これまたグローバルに影響を及ぼす。そういう時代にわれわれは暮らしている。

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