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パリの新聞社襲撃事件に思う

パリの新聞社襲撃事件をめぐって風刺ということについて思う。アラブ世界でも風刺は盛んだ。エジプトには伝統的にノクタという伝統的な風刺ジョークがある。これは権力者を揶揄したり、あるいは自分たちの愚かしさを笑ったりするものなのだが、おおまかにいっても、それは弱い立場にある者たちが強い立場にある者を揶揄するものだ。


でも、今回の事件のきっかけとなった風刺は明らかに方向が逆だ。その視線は欧米的価値観というグローバルスタンダードをバックに、マイノリティーで非スタンダードな(と見なされている)ムスリムへと向けられている。それは風刺でも表現の自由でもなく、差別であり偏見の助長だ。イスラムはタブーを明確に規定している宗教だ。そのタブーは宗教の根幹をなしていて、それを揶揄するのは、ムスリムにとっては暴力でしかない。


もちろん、ほとんどのムスリムは今回の銃撃事件に深い憤りと憂慮をおぼえているだろう。と同時に、ほとんどのムスリムは預言者が風刺のネタにされることをけっして納得などしていないだろう。「自由」の名の下に行われる差別。カトリックの修道尼がベールをつけているのはオーケーで、ムスリム女性がつけるととれといわれることの矛盾。そういうカッコつきの「自由」が風刺されたことはあるのだろうか。


グローバル化の時代、ニュースはあっという間に世界中に広がる。預言者をネタにするジョークが「表現の自由」を重んじる共通のコンテクストをもった仲間内だけでいわれるのなら、こんな大ごとにはならなかっただろう。しかし、いまはそんな情報が、たちまちグローバルにひろがって、しかも、それが異なるローカルなコンテクストの中で解釈される。その解釈から呼び起こされた憤りが、これまたグローバルに影響を及ぼす。そういう時代にわれわれは暮らしている。

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「雑記」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。

イスラムは偶像崇拝を禁止していると思います。偶像崇拝という日本語には対象の理想化と言うニュアンスが含まれますので。

「預言者が風刺のネタにされることをけっして納得などしていない」ようなイスラム教徒は、マホメッドを偶像化している、崇拝している、と思えてしまいます。「アッラーのほかに神はなし」に反しておりはしないでしょうか。

特別に預言者だけイスラム教は偶像崇拝を許しているのでしょうか?

預言者はただの伝言人、というわけには、いかないとは思いますが(実績が多々ありますから)。

今のような事態(誰かを特別に祀り上げて諸々の口実に使う事態)を恐れて、イスラム教は偶像崇拝を禁止しているような気はしております。

投稿: 鈴木やす | 2015年1月19日 (月) 19時36分

鈴木さま

コメントありがとうございます。
偶像崇拝の禁止には、イスラム法学的に複雑な議論があります。
わたしは専門家ではないのでくわしいことをいえる立場にはありませんが、ムハンマド(マホメット)は尊敬の対象ではあれ、偶像化はされていません。
また、「偶像崇拝」とは「対象の理想化」ではなく、それを神として崇めることです。

投稿: 田中真知 | 2015年1月20日 (火) 09時59分

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