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辻邦生さんの墓参り、ミシマ、ヒッチハイク

午後、命日に一日遅れで作家の辻邦生さんの墓参りへ。にわか雨のあとの茹で上がりそうな湿気のなかを、蝉の鳴き声がすきまなく満たしている。コンゴの本ができた報告のつもりだったが、肝心の本を忘れた。

昔、ザイール河下りの写真を辻さんに送ったら、あとでもらった手紙に「あの写真は長いことわが家に飾ってありました。まるで青春のシンボルのように美しかったから」と書かれていた。青春はとうに過ぎ、いまや自分は初めて辻さんに会った頃の、辻さんの年に近づいている。

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墓参りを終えて木陰の道を歩いていたら、小柄な若い男の子が近づいてきた。黒髪のヨーロッパ系の外国人で、手にしたノートを無言で示す。墓の場所を示す区画と番地と番号などが書かれている。

「この番地の墓へ行きたいの?」と聞くと「イエス、ミシマ」という。

「えっ、三島由紀夫の墓?」

「イエス、ユキオ・ミシマ」

 ここに三島由紀夫の墓があるとは知らなかった。

「わかった。いっしょに探そう」

 青年は見るからに繊細そうで、自分からはほとんど口をきかなかった。

「ミシマの作品ではなにが好きなの?」

「ゴールデン・テンプル・・・」

「ゴールデン・テンプル? ああ『金閣寺』ね」

 霊園は広くて、なかなか見つからない。

「きみは日本に住んでいるの?」

「ノー、サマーホリデーで来た」

「へえ、それでわざわざミシマの墓に。よほど好きなんだね」

「・・・」

「あ、そういえばミシマは筆名で、たしか本名はヒラオカだったはずだ」

「イエス、キミタケ・ヒラオカ・・・」

「よく知ってるね(笑)」

 まもなくヒラオカ家の墓所が見つかり、墓碑に「平岡公威、筆名・三島由紀夫」の名前があった。

「ここだよ、まちがいない」

「サンキュー・ベリーマッチ」

墓所にじっと立ちつくす青年を残して、その場を去る。どこから来たのだろう。ヨーロッパ系だろうが、英語のネイティブではなさそうだった。聞いておけばよかった。

帰りは夕方の渋滞にかかってしまい、甲州街道がのろのろで、環八に入ってもちっとも流れない。荻窪にさしかかったあたりで信号待ちをしていたとき、助手席の窓の外側で若い男性が紙を示している。今日はよく紙を見せられるなあと思ってみたら、「ヒッチハイク」と書いてある。いまどきヒッチハイク?

いぶかりながらも窓を開けると「北へ行きたいのです。どこまででもいいです」という。悪い人には見えなかったので、○○市までしか行かないけど、それでよければといって乗せることにする。

「助かります。今日は大宮の友だちの家までいくのが目標なんです。朝、川崎から出発して6台乗り継いでここまで来ました。日が暮れるとヒッチハイクはできないので、ありがたいです」

「いまどきヒッチハイクしても、停まってくれないんじゃないの?」

「そうでもないです。親切な方、多いですよ。・・・私、いまは働いているのですが、学生のときはヒッチハイクで日本一周しましたから。夏休みがとれたので当時のヒッチハイク友だちのところを訪ねようと思ったんです。でも、どうせ行くならヒッチハイクで行こうと思って・・・」

「へー」

道々、青年のヒッチハイク話を聞きながら行く。青年は話がうまかった。震災後の東北をヒッチハイクしたときは、津波で命からがら助かったひとのクルマに乗せてもらって、その人から聞いたという話をしてくれたりした。それを聞きながら、ヒッチハイカーは話題豊富じゃないとだめだろうなと思った。ヒッチしたクルマで黙ったままだったり、寝てしまったりというわけにはいかないだろうし、おのずと話のテクニックも覚えていくのかもしれない。タダで乗せてもらうには、それなりの気遣いも必要なのだ。青年を○○市の外れの大きな交差点まで連れていって、そこで下ろす。

話し上手な青年はぶじ大宮に着けただろうか。そして、ミシマファンのシャイな外国人青年はミシマの墓所でなにを想ったのだろう。おそらく二度と会うことはないであろう二人の見知らぬ若者は、かつて辻さんが見てくれていた若いころの自分の姿に重なるのかもしれない。そんなことを想った墓参りの午後だった。


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